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直径2ミリのマスタードシード

マスタードの香りが好きになって10年近く。パチパチという音とともに香るポップコーンのような芳ばしい香りは病みつきになる。マスタードが好きだと気付いたのはコルカタのカストゥーリという店でフィッシュカレーを食べたのがきっかけなんだと思う。あの美味しさは忘れられない。

直径2ミリにも満たない小さな種である。そのままではほとんど香りはしないが火を通すと劇的に変化するし潰しても良い感じである。うまくマスタードの香りをカレーに活かせた時の気持ちよさはなかなかである。

コルカタでマスタードと出会い、その魅力を調べていくと世界中で昔から使われているのだと知ることができた。フランス人は1200年前からマスタードをワインと混ぜ今のよく知られている調味料のようなものを作っていたらしい。ブラックペッパーが普及する遥か前からヨーロッパの人々はマスタードを使っていたのである。食用として普及する前は医療用として使われていたらしく6世紀ごろギリシャのピタゴラスはサソリに刺された時に塗る薬として使っていたらしい。その100年後ヒポクラテスは歯の治療薬としてマスタードを広めていたと言われている。1400年ごろにはスペイン人によって世界中にマスタードは知れ渡っていったらしい。

インドでマスタードが登場したのは紀元前3000年ごろインダス文明の頃には登場していたと何かで読んだ記憶がある。有名な話にゴータマ・シッダールタ(ブッダ)の話にマスタードは登場する。東インドのある村の女性の話である。彼女は結婚して息子を授かった。夫以外の親族は彼女に冷たく、家族だけが彼女の支えであった。しかし子供を授かって間も無く夫は死んでしまった。彼女の支えは残された息子一人になり、親一人子一人で過ごしていたがある朝、目を覚ますと息子がなかなか起きない。何度か起こしたがなかなか起きない。これは何かの病気だと思い彼女は村の薬屋に行き事情を説明して薬を処方してもらおうと薬屋に頼んだが、薬屋は「私が売っている薬では子どもを助けることができない。近くに医者がいるのでそこにいくといい」と言い、彼女を医者に紹介した。彼女はその足で子供を抱えすぐに医者のところに行ったが医者にも「私の力ではどうにもできない、、、ただ、今この村にブッダと言う不思議な力を持っているお坊さんが来ているので、彼ならもしかしたら子どもを助けられるかもしれない」と言い、彼女にブッダのいる場所を教えてくれた。息子を助けたい一心ですぐさま彼女はブッダの元に向かった。ブッダに「息子を助けてくれ」と頼むと、ブッダは彼女に「助けられるかもしれない」と言った。そして「それには条件がある」とも。藁にもすがりたい思いで彼女はその条件を聞いた。それは「どこでもよいから村の家からマスタードシードをもらってくること。ただそのマスタードを貰う家に、親族に死んだ人がいないこと」というのが条件であった。彼女はすぐに村にある家々を訪ねてマスタードシード分けてもらいたいことを頼むと、どの家もマスタードシードを分けてくれた。ただその家に亡くなった人がいないという条件のマスタードシードは、どの家を訪ねても手に入れることができなかった。村にある全ての家を訪ねた彼女は最後にブッダの元に戻っていったらしい。そしてその腕に抱えていた息子はもうそこにはいなかったという。

遥か昔から食料、調味料、医療品として使われていたマスタードシード。インド料理を始め世界中の様々な料理になくてはならないスパイスとして今でも愛されている。

あの小さな2ミリにも満たない種からは様々な料理、教訓、薬が作られていった。小さな種は土から芽生え力強く育つと言われている。
Cut the mustard とはよく言ったものである。

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