「冬支度を整えよう」エバートンのおもてうら-ダウンサイド編-
NSNO Vol.24 エバートンFC 23-24
『冬支度を整えよう』
エバートンのおもてうら
-ダウンサイド編-
◇前回のつづき
NSNO Vol.24、今号は前回-アップサイド編-の続きにあたる-ダウンサイド編-としてお送りする。
〜〜〜
結局、冬支度を整える中でトップスターを買いそびれて1週間が経過した。ツリーの大きさとは不揃いで小ぶりなスターがてっぺんに刺さったままだった。後日、妻に近所の家具店へ買いに出かけてもらい、やっと我が家のクリスマスツリーが完成した。
とある夜更け、自宅で本記事を執筆するためパソコンと睨めっこをしていると、チカチカと点滅するツリーが視界に入った。目先のカレンダーとツリーを交互に見て、迫るクリスマスとプレゼントの準備が頭をよぎった。まだクリスマスケーキの予約もしていない。手作りもアリだろうか…。そんなことを考えながら、ふと同時にビル・ケンライトが逝去してからの時間経過にも気づかされた。我が家のクリスマスツリーは無事にパーツを揃えて完成に至ったが、エバートン・フットボールクラブという大きなツリーは、未だトップスターを失ったままである。
◇
アップサイドダウンーーー
<upside down>は直訳すると「逆さま、ひっくり返す、上下逆」といった意味や「混乱して、乱雑に」といった使い方がある。
例えば、Netflix発の人気海外ドラマ「ストレンジャー・シングス」シリーズでは、現実世界と並行して存在する"裏側の世界"を「The Upside Down」と称した。
また、アップサイド<upside>は「上部、上昇傾向、良い面」といった意味を持ち、ダウンサイド<downside>は「下部、マイナス面、好ましくない点」という意味として用いられる。主に金融業界用語、ビジネス用語としても使用され、企業や業績における将来的な成長余地としての「アップサイド」、損失を被る可能性や想定される失敗のことを「ダウンサイド」と呼ぶ。
ピッチ上で兆候を見せている「成長としての」-アップサイド編-、ピッチ外で「ショックと不安が渦巻く」エバートン・フットボールクラブと向き合う-ダウンサイド編-。
何年もの間、クラブというツリーに飾られた装飾としての選手たちが、表面上は輝きを放ち、戦い、燻ぶってきた。一方、最上部のオーナー、チェアマン、取締役といった組織の根幹たる存在は、ひっくり返せば悪意のない乱雑さで、幾多の混乱を招いてきた。彼らにとっての然るべき選択が、事実が、過去と現在を浮き彫りにする。繰り返された人材採用の失敗は、不本意な成績と財政的な懸念や失墜のトリガーとなり、限界を超えるまでに至った身の丈に合わない運営、新スタジアム建設の功罪や劣悪なガバナンス、それらは注力するほどに自らの首を締めていった。
既に背景に関してはこれまでも本ブログでいくつかの機会にて取り上げてきた。成長・進歩を図った戦略という名の金の雨は、クラブという大木、支える幹、新たな芽を深く根腐れさせたも同然だ。
全ての伏線と展開が、社会派ドラマ、他人事で、フィクションとして架空のスリルとマネーゲームであったならどれほど楽しめただろう。読者の方にとって、私の書き綴ることは誇張や大袈裟な表現として捉えられるかもしれない。だが、事実は小説よりも奇なり、残酷なドキュメンタリーは加速度的に進捗している。
冬支度を整えたピッチ上の姿に比べれば、その裏側と向き合うことは実に陰鬱だ。想像もしなかった世界に誘われた。それでも、私は未だ落胆の胸中で闘志を燃やしている。今回も最後までお付き合いいただけたら幸いだ。
表の熱を感じるために、凍てつく裏を知っておく必要がある。
◇経緯(いきさつ)
全ての始まりは2016年2月、クラブの株式49.9%を購入し、エバートンの新たな大株主となったファルハド・モシリの登場である。
イラン出身、英国育ちのモシリは、元々アーンスト&ヤング(会計、税務、コンサルティングなどのプロフェッショナル・サービス事業を展開する企業)やデロイト・トウシュ(通称:デロイト、世界最大の会計事務所)で務める敏腕の会計士だった。いわばこの道のプロである。
モシリがエバートンに投資を行うため、それまで保有していたアーセナルの株式をロシアの大富豪アリシェル・ウスマノフへ売却し、本格的にフットボール・ビジネスの道を歩み始めた時、多くの人々が幾許の不安とそれに勝る期待感を抱いたはずだ。
あれから、もうすぐ8年が経とうとしている。モシリの立場は段階的に力を増した。比例するようにクラブの力は弱まっていく。
2023年初頭に発表された株式取得は、モシリが過去に行った融資を資本化したもので、"クラブのバランスシートを大幅に強化した"とエバートン公式ホームページでは綴られている。
そう、モシリは自らの手でクラブの繁栄に賭けてきた。彼にとってはいつだって"Challenging"だったのだ。
その色が淀み始めると、新スタジアムという煌びやかな商品との対比が著しくなっていく。
過半数投資家、あるいは大株主として、モシリが着々とクラブを手中に収める道程で、エバートンは過去数年で当時のプレミアリーグでも指折りの大金を投じてきた。我々ファンがその野心に胸を躍らせてきたことも確かである。君臨するモシリの下で最初の正監督となったのはロナルド・クーマン。就任した夏に約1億4500万ポンドを選手獲得につぎ込み、大手を振って幕を開けた。モシリはその後の3人の監督(サム・アラダイス、マルコ・シウヴァ、カルロ・アンチェロッティ)に同じようなレベルの支援を行った。
クラブ初となるDirector of Football(スティーヴ・ウォルシュ→マルセル・ブランズ→ケビン・セルウェル)を据える(交代する)組織体制の強化も図った。そしてクーマン初年度に獲得したEL出場権を最後に、エバートンの成績は奮わないまま時間だけが過ぎていった。監督更迭の補償金には(マルティネス、クーマン、アラダイス、シウヴァまでの期間だけでも)サポートチーム(コーチ・スタッフ)を考慮せず早期解雇にかかった費用は、合計で3,200万ポンド以上とも言われる。鳴物入りだったブランズは、定期的にトップ8に入ることを理論的根拠とする「持続可能なビジネスプラン」を策定したが、その終幕は凄惨たるものだ。
モシリが資金を投じてきたのは、多くの選手獲得、監督交代に費やしたリクルート面に限らず、リヴァプール/マージーサイドの命運を懸けた新スタジアム建設(ブラムリー・ムーアドック/エバートン・スタジアム)も大きな要素である。
大打撃を受けたCovid-19による未曾有のパンデミック、メインスポンサー/ビジネスパートナーであるウスマノフとの繋がりを断たれたロシア・ウクライナ情勢といった予期せぬ事態にも見舞われた。
遡るは2021年夏、紆余曲折あった経緯の中で、我々エバトニアン界隈でこれまで縁がないと思っていたワードが飛び交い始めるようになる。"FFP"(ファイナンシャル・フェアプレー)だ。知識も素養も何もない、エバートンを応援するほとんどが経験したことのなかった事象だからだ。
アンチェロッティの電撃退任で白羽の矢が立ったベニテス最初の夏。今思えば、少し先のエバートンの未来をアンチェロッティは知っていたのだろうと勘繰ってしまう。その1年前とは大きく異なる僅少な資金・支援での戦力強化は積み重なった失敗による現実を知らしめるには十分だった。
その後の歩みは、現在に至るエバートンへのイメージを定着させる記憶に新しいものだ。苦杯をなめる2季連続の残留争い、失った多くの主力選手。猛々しく声を上げる現地ファンやサポーターの姿。ある時は美しく、感動と団結を生んだ残留劇。またある時は醜く映る無数の発煙筒と青い煙幕、ある種の恥ずかしさを覚えたピッチ乱入と最終節にしがみついたプレミアリーグの舞台。ピッチには常にノイズが蔓延り、純粋にフットボールを楽しむだけでは至らない混沌とした時間が続いてきた。
気づけば、夢と期待に溢れた新スタジアム建設だったはずのビッグ・プロジェクトと、クーマン期に想定されたチャンピオンズリーグ出場の野望は見るも無惨に打ち砕かれ、現在に至ってはモシリが信頼を寄せたクラブ幹部3名の辞職を伴うまでに行き着いた。プロテスト・グループの声は勢いを増し、クラブは大幅な体制変更を余儀なくされる。2023年6月、これまでの大株主という立場が揺らぐ人事異動が発表され、モシリは取締役会の非常勤取締役に就任することが発表された。
そして、刻々と完成が近づく新スタジアム建設を控える中、2023年10月のこと。兼ねてから健康面に不安を抱え、"People's Club"の顔として尽力してきたチェアマン、ビル・ケンライトが静かに息を引きとった。ところが、今際の際を経て、功績を称え、喪に服すムードが漂った時間は、混沌とした情況によってかき消されてしまう。
二兎を追うものは一兎も得ず。
今以てこの"ダウンサイド・ストーリー"はクライマックスすら迎えていない。アップサイドで結束するチームの勇姿が、我々の希望を繋ぎ、時をめくのと表裏一体、突きつけられた刃は喉元へと向けられ、前途多難な残酷さとさらに向き合うこととなる。
◇勝ち点-10ポイント
2023年11月17日、ついに審判が下された。
この発表に対するクラブの表明は以下の通り。
▼PSRとは?
=Profitability & Sustainability(P&S) Rules.
収益性と持続可能性の規則。
まず、我々がよく耳にする"FFP"はUEFAが定めるルールの一つであり、プレミアリーグの制定するPSRは別の規約であることを理解する必要がある。
前掲、プレミアリーグによる報告文書『Everton FC deducted 10 points by independent Commission』では、当該の独立委員会による見解の詳細、全文へアクセスできる。また、並べて掲載されたプレミアリーグ・ハンドブックを通し、対象のセクション(PSRに関してはセクションE)、ルール確認をすることが可能だ。
プレミアリーグの全クラブは、毎年収益性と持続可能性に関する規則を遵守しているかどうかを評価される。この規則への準拠は、「PSR Calculation」と呼ばれる計算方法で算出。
各クラブはリーグが定めた期日までに、年次会計報告書、理事報告書、監査報告書といった書類をプレミアリーグに提供する義務がある。
また、クラブが入手可能な最新情報及び、財務計画の正確な見積もりに基づく損益計算書、そして貸借対照表(バランスシート)の見積もり過去3年間、クラブの税引前利益の合計が赤字の場合は、関連する各情報を提出する義務が発生する。
プレミアリーグの規則では、クラブは3年間で最大1億500万ポンドの損失を出すことが許されているが、エバートンは2018年から2021年の間に3億7000万ポンドの損失を記録した。
▼要点
①プレミアリーグとの調整
誰の目にも明らかだったのは、エバートンはプレミアリーグ内でもダントツの赤字経営を行なってきた企業だったということだ。3億7000万ポンドという数字、5年間で見れば4億3000万ポンドの損失を出している。
ただし3年周期の決算において、この損失からリーグの規定により幾らかの項目は控除され、上乗せすることが認められている。損失を出すことができると定められているのは、①Covid-19のパンデミックによる損失、②スタジアム建設・設備に関連するインフラ面、③コミュニティ・プロジェクト(エバートンでいえばEITCなど)、④ウィメンズ・チームやアカデミーチームの運転資金、支出などが該当する。
それでも大幅な赤字、損失を重ねたエバートンはルールに抵触する恐れがあったため、かねてからプレミアリーグと協力し、指導・管理の下で協議を重ねてきたとされていた。
エバートンは、PSRの現在地についてリーグ側と定期的に連絡を取り合い、誠実に行動してきたと主張している。
実際にプレミアリーグは2021年夏からエバートンに対し、事実上の非公式サラリーキャップを含むいくつかの財政的制限を課した。上限金額を設け、移籍や契約を含むすべての取引は、最終決定前にリーグ関係者の承認を得る必要があった。
エバートンはこのやりとりに自信を持っていた。しかし、今回の裁定により明確になったことがある。
自信は過信だった。
擁護するならば、エバートンは純粋な悪意を以って不正行為に及んだのではない。稚拙でお粗末、プランの脆弱さによって失敗に拍車をかけ、激しい競争の中で見積もりの甘さが集積した結果であり、それが事実上、不正行為として決定された。
◇
②プレミアリーグからの指摘と正論
ルールに則り、運営を続けてきた"つもり"のエバートン。
しかしプレミアリーグからの訴えはエバートンが行ってきたことの甘さを浮き彫りにするものだった。エバートンは今回の裁定に対し、緩和要因となる反論(言い訳)を挙げた。
高額なスタジアム・プロジェクトと、資金調達のための融資、技術的な計上方法を巡る意見の相違
Covid-19、パンデミックによる主に移籍市場での売却能力(及び選手Yの事例)
ロシア・ウクライナ情勢による不測の事態と制裁、主力スター選手Xの契約解除に関わる経済的損失
プレミアリーグとの「透明な」協力関係
新スタジアム
2019年にスタジアムの開発、建設における資金がPSRの規約上どのように扱われるか、プレミアリーグは本来の規則では計画許可が下りるまではプロジェクトにかかる支出を資産計上できないとされていた。実際にブラムリー・ムーア・ドックの建設用地が取得されたのは2021年2月のことだった。
プレミアリーグと協議した結果、当初は新スタジアム費用はクラブのPSR計算から除外できないことが判明した。しかし、元CEOのデニス・バレット=バクセンデールが過去にプレゼンを行った通り、2021年8月に双方の中間点が見つかった。エバートンは、資本計上されないスタジアム支出をPSRの計算から除外することができるようになる。これは減点の処罰を受ける直前まで、我々ファンの一般的な共通認識だったが、公聴会が近づくにつれ、不安な情報が取り沙汰されていた。
プレミアリーグは、エバートンがスタジアム開発の資金源について故意に誤解を与えたと訴えている。
7億6000万ポンドを投じたスタジアムの建設費は、モシリからの借入金に頼っていた。クラブの完全子会社として設立されたエバートン・スタジアム・ディベロップメント・リミテッドは、エバートンからの会社間融資のみに偏っており、全面的に依存していた=外部からの借入金がない・収入が無い状態でスタジアム開発の支出を担っていた。
そこでモシリが調達した資金源は大きく2つ。ひとつはモシリの無利子株主ローン(厳密には無利息ではない)と、2つ目はライツ&メディア・ファンディングとメトロバンクPLC(いずれも商業貸付会社)からの商業ローン。
ポイントはこの商業ローン。建前上、モシリによる無利子ローンによって賄われていたと思われる資金源に対し、プレミアリーグは金利手数料が発生したと強調した。
プレミアリーグは、モシリが調達したメトロバンクPLCとライツ&メディアファンディングから借りた商業ローンはあくまでもグラブの運転資金用であり、スタジアム建設用ではなかったと付け加えた。当然ながら、スタジアム建設用の資金でなければPSRの計算から除外することはできない。
この根拠に基づき、エバートンはプレミアリーグに対し、不誠実であり、結果として欺こうとしたという結論を言い渡されたのだ。この資金繰り自体が不正ではないが、結果的に不正につながってしまったのはいうまでもない。エバトンの言い訳は、最終的に複数の資金源が1つの鍋にまとめられていた、という説得力に欠けるものだった。
パンデミックとウスマノフ
スタジアム関連に続き、クラブを取り巻いた環境におけるエバートンの言い分は、随分と情けなく、呆れてしまったというのが私の率直な感想だ。
補足すると、この25-26シーズンから先、年間1,000万ポンド支払われるという期間は20年間に及ぶ予定だった。実際にクーマン期以降、目標が達成されてこなかった成績不振による財政的なカバーは、USMの支援と、ブラムリー・ムーアの革新的なネーミングライツ・オプションの支払いだけが、クラブの深刻な損失とキャッシュフローの問題から救ってくれていた。
Covid-19とロシア・ウクライナ情勢におけるダブルパンチは確かにエバートンにとって予想だにしない大打撃だっただろう。
だが、ここで簡単に「酌量の余地がある」と終わらせることができないのは、この打撃を喰らったのがエバートンだけではないということ。プレミアリーグに所属する各クラブのみならず、私たちを含め世界中の企業や団体が影響を受けた。
その渦中で起きた選手Xの騒動も予期せぬ出来事の一つ。エバートンは出場停止処分における契約違反として約1,000万ポンドを得ようとしていたが、クラブは選手Xの精神面などを考慮、契約違反で訴えないことを決定した。すなわち、結果として損失を被ったと主張した。
独立委員会は、この経営判断は軽減緩和として成り立たないと判定。この決定が下された時点における彼の心理状態についての証拠がなかったこと、エバートンによる1000万ポンドの請求は推測に過ぎなかったことが理由だ。
また、対象期間における選手Yの売却意図についてプレミアリーグを欺いたことも指摘された。
エバートンは2022年通年のPSR提出書類の中で、選手Yを売却対象選手の一人としたが売却できなかった。プレミアリーグはこれは虚偽であると主張。
選手Yは当初、エバートンの夏の選手トレードリストに売却対象選手としてアップされた。しかし、後にリストから削除されると同選手は2020年夏の移籍市場で新契約を結んでいる。
エバートンが適切なオファーを受けていれば、選手Yは計画通り売却されていただろうと判断した。エバートンはCovid-19による市場環境の悪化を嘆くが、同期間の移籍市場における策略と見積もりもずさんなものだった。
加えて、エバートンは2020年夏の移籍市場で複数選手の売却を計画していた。マルセル・ブランズは売却対象選手8人に総額8000万ポンド以上の価値をつけた。しかし、予想通りに売却が進まなかったため、エバートンはCovid-19の影響で市場が低迷したことが失敗の原因だと主張したのである。
プレミアリーグ側は、エバートンが直面した困難に対し、売却対象の選手を買い取る算段・準備がなかったこと、つまりは補強戦略の計画性の無さを指摘し、処分軽減の手段として認めなかった。独立委員会もこれに賛同した。
このように、様々な想定の範囲外から押し寄せてきた環境の変化による影響で"被害者面"を武器に反論を重ねたエバートンだったが、ほとんどの項目でプレミアリーグの正論によって完敗した。以上の判定を踏まえ、"現時点"で確かなことがある。
エバートンだけがこのルールに抵触し、パンデミックの影響が控除されることを頼りに、疎かな経営に踏み切ってきたのである。当然、独立委員会やプレミアリーグからすれば、再三の警告にも関わらず、パンデミックや戦争勃発を"利用"した反論と結果を許すことはできなかった。クラブの責任は明確で、その責任を負う義務がある、と判断した。パンデミックによる控除がなければ、エバートンの処分はもっと酷いことになっていたはずだ。
独立委員会は
「エバートンが置かれている立場は、自らが作り出したものである」と痛烈な言葉を残している。
エバートンはモシリに依存し、モシリはウスマノフに依存した。数多の監督たちに全てを託し、多くの選手を消費した。そして、ファンは彼らのビジネスに期待を寄せた。
▼不服と疑念、怒りは行動へ
プレミアリーグにおいて、これまで前例のない厳しい処分に対し、クラブが表明した上訴審への姿勢は印象的である一方、ファンたちの矛先もプレミアリーグへと向けられた。
少なくとも、減点処分後に控えていたグディソンパークでのゲームへ挑んだ現地エバトニアンたちの姿は活力が漲っていた。断固たる戦う姿勢と団結力は誇らしいものだったと思う。
だが、"corrupt"=「腐敗」の文字とその矛先に多少なりとも疑問を抱いた極東ファンもいたはずだ。現在も不透明で混沌の真っ只中にある買収問題に声をあげるべきではないのか?そんな声も聞こえてくる。
判定直後のエティハド・スタジアム上空には抗議のバナーが飛び、ホーム・グディソンパークで開催されたマン・ユナイテッド戦では無数の"腐敗"カードが掲げられ、観衆が轟かせた抗議チャントはテレビ放送でボリュームを絞る対策がとられた。
現地記者や識者、市長、地元ファンたちからは、疑問の声、異議を唱える声、賛同を求める声、様々な意見が飛び交っている。
制裁ガイドラインが無かったこと、過去のPSRに限らない他クラブの違反に対する処分レベルの差異、独立委員会の陪審員構成など、前例のない事例として疑問が呈される側面を垣間見る形となった。リヴァプール市のスティーブ・ロザラム市長は「深い懸念と反対」を掲げプレミアリーグに書簡を送っている。
今回様々な意見に目を通す中で、独立委員会が提示した4つのポイントは今後も議論を重ねていく上で重く受け止めるべき視点だと感じている。プレミアリーグからの視点、現地ファンからの視点、他クラブからの視点、多種多様ある中で筆者が軸にしたいと感じたものだ。
ひとつは、結果が伴うべきだということ。
2つ目は、ルールを破っていないすべてのクラブの正当性を証明するため。
3つ目は、他のクラブを抑止するため。
そして4つ目は、リーグの整合性と評判を守るため。
我々は
"不当なスケープゴートにされたのではないか?"
"まるで、ファンである私たちが罰を受けたようだ"
その一方で、マージーサイドの"命運"と位置付けたように、荒廃し、歴史的遺産であるはずのブラムリー・ムーア・ドックの再開発が違反の理由として主たる要因の一つに挙げられているのはプロテスト・グループが不服とする意見として正当であるようにも見える。
その答えはまだしばらく先の話になりそうだ。
▼物語の佳境はまだ先に
懸念されている他クラブからの賠償請求の問題をはじめ、エバートンには数多くの課題が残されている。
クラブに課された10ポイントの減点は前述した通り、評価対象となった19-20、20-21、21-22シーズンの財務期間が当てはまる。
イコール、次の対象期間となる22-23シーズンまで、1年間の決算を提出することで過去3年間に至るクラブの新たな評価が始まる。赤字を認めた過去のシーズンが重複されるため、プレミアリーグがさらなる違反があったと主張すれば、エバートンは再びペナルティを課されることになる。既にその疑いの目にかけられていることは間違いない。
リシャーリソン売却による推定6,000万ポンドの移籍金は8,000万ポンドの見積もりの上で果たされた取引であり、今回の判定への要因に繋がるものだった。
矢継ぎ早に進んだアンソニー・ゴードン売却のプラス要素がある一方で、22-23シーズンの夏には多くの戦力強化を図っている。支払いのほとんどが分割払いにより費用を分散させる工夫も行なっているが、残留争いを繰り広げた影響は新たな皺寄せを招いている。
このような財政問題を現在も抱える中、先延ばしになっている不透明な買収問題も同時に進行している。
新スタジアム建設が着々と進む中、推測されていた24-25シーズンからのお披露目予定だったエバートン・スタジアム。つい先日、25-26シーズンより正式に使用開始されることが発表。未だ完了していない資金調達とプレミアリーグによる制裁、そして暗礁たる進捗を見せる闇多き買収問題。新オーナー誕生の承認が下りるのは年が明けた2024年1月以降になる見込みで、一部では777パートナーズの買収撤退の噂なども囁かれている。
本記事ではこの買収問題には触れず、今後の情勢次第で適した機会に臨みたいと考えている。
◇さいごに
『WE SHALL NOT BE MOVED.』
私たちは動じない―。
勝ち点減点後、いつの間にかこんなスローガンが生まれていた。
確か、昨年も『FIGHT FOR US.』というフレーズが飛び交っていた。
私は、私たちは、エバートン・フットボールクラブにどうなって欲しいのか。今回の執筆を通して常に思考することになった。
驚くことに、アップサイドにあったピッチ上のエバートンは飛ぶ鳥を落とす勢いを見せている。減点後初戦のマン・ユナイテッド戦で敗戦するも、12月に入って4連勝で全てクリーンシート、12ポイントの獲得に成功している。アップサイド編で述べた残留への最低条件を考えれば、この上ない絶好のチーム状態にある。負傷者やピッチ外のノイズに狼狽えることなく、メンタリティとフィットネス、ダイシ・フットボールに順応する選手たち、その力強い光景には過去シーズンに片足を踏み入れた「降格」の文字は浮かんでいない。
最前線で戦う選手たちの「動じない」姿勢は、ダウンサイドにあるクラブの行方とは対照的でおもてうらの異常さがより際立って見える。確かなのは、ダウンサイド・ストーリーがアップサイドに多大なる影響を与え、奮起させることも、全てを台無しにすることも可能ということなのだ。
最後に言いたいことがある。「動じない」選手と監督、彼らを支えるサポートチームに称賛を送り、やりがいのあるシーズンを過ごさせてくれることに心から感謝したい。一方で、このやりがいを奪うエバートン・フットボールクラブのダウンサイドは「動じない」姿勢だけでなく「動き、変わり、正す」姿勢を作り上げていってほしいということだ。
新スタジアム完成は、今や元オーナー/モシリにとってこれまでの凄惨たる投資を取り返す手段でしかない。次にエバートンを手に入れたい投資家たちは、エバートン・スタジアムをビジネスの商品としか見ていないだろう。
だが、クラブにはレガシーがある。街があり、人がいる。心がある。
その営みの中に、我々極東のサポーターたちは信仰と生活の中に入ることはできないかもしれない。だからこそ、生まれる愛や、喜びや達成感、学びや繋がりがある。プロテストの方法や観点、現地ファンの行動に疑問を持つこともあれば、憧れや感謝を抱くこともある。
今、フットボールに留まらず、エバートン・フットボールクラブから学ぶことが多くある。そこから目を逸らすのか、知って尚、エバートンを応援していくのか、今回の執筆が一人でも多くの極東エバトニアンに届き、フットボール人生の糧となるきっかけになれたら幸いだ。
アップサイドダウン。
ひっくり返す。この鬱憤も、煩わしさも、悔しさも、
罰を受けたからこそ、ひっくり返すのだ。
エバートンのおもてうら。
表がひっくり返されたとき、裏もアップサイドになっている、
そんな未来あるクラブになって欲しい。
冬支度を整えて、
今、アップサイドの輝きがそれを示している。
2023年12月
月刊NSNO Vol.24
『冬支度を整えよう』
エバートンのおもてうら
-ダウンサイド編-
終
I dedicate this article to Bill Kenwright.
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気に入ってくださり、サポートしてくださる方、ありがとうございます。 今後の執筆活動や、エヴァートンをより理解するための知識習得につなげていきたいと思います。