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私たちはその時、笑っていた。何も恐れないとびきりの笑顔で。

「俺、大学辞めたわ。」

「え…、なんで?」

ヨシカズが発した突然の言葉に、私の身体も思考も完全に動きを止めてしまった。

今年の夏もまた暑くなるんだろうなと、ぼんやりと物思いにふけっていた私。それは七月の昼下がりのこと。

大学三年生だった私たちは、それぞれが自分の道の選択を迫られる時期に差し掛かっていた。



私たちの出会いは高校生の時。

何かの偶然が作用したのか、もしくは見た事もない神様の手が仕事をしたのか、私たちを三年の間ずーっとクラスメイトにした。

学力という点では他の生徒より優れていたせいか、徐々に三人の接点も増えていった。共通点と呼べるようなものはあんまり無かった私たちだけれど、いや、無いからこそお互いを補完し合うような興味の持ち方をしたのかも知れない。

ん?恋愛感情?

これでも立派な女子なのだから、あまり野暮な事は言ってほしくは無いものだ。

思春期の恋愛といういうのは、大概が憧れから始まるものだ。
運動部のエースに対する憧れ、はたまた人類として優秀、イケメンという憧れ、文武両道なんて漫画みたいな猛者も中にはいるだろう。

そんな感情が一気に崩れ去る、憧れの反対は蔑みや幻滅なのか?


私は思う。
憧れの反対は親近感なのだ。


どこかのタイミングで私は彼らに等身大を感じてしまった。

ヨシカズは一匹狼気質で簡単に人を寄せ付けない雰囲気があるが、そんな事は無い。彼は人一倍、寂しがり屋だし相手にされないといとも簡単に落ち込む。生まれ持って何もかもを容易くこなせる天才肌だと思われているが、実際は努力家だ。良い成績を取る為に当たり前に勉強もしている。

なんかカッコ良いと憧れていた私は、あぁ同じ人間なんだなと少しガッカリした。本当にちょっぴりだけだけど。


ヨウジが努力家なのは周知の事実であるし、間近で見ている私も同意見だ。
複雑な家庭事情の為か、異常に自立心が発達しているのも頼れる男を形作る要因であろう。
日頃から常に謙虚な姿勢でいて、彼らしいとも言える剣道部の主将を務め、生徒会の臨時役員もこなしていたのだから完璧超人と言わざるを得ない。

まぁそうなんだけど男性として残念な所もございまして、
女性に対する目線が母親基準なんです。うん、マザk$*%@、いや本人の名誉の為にあえて伏せておこう。
私も幾度となく会っているので、実際とっても素敵なお母さん(年齢不詳)なのは間違いないし、異論は一切認めない。


でも、世の中の全ての基準を母親に求めるのはいい加減やめないか?




あと、母親をママ呼びする事が世間的に許されるのは一番のチート性能に違いない。


そんな男子たちにどうやって憧れを抱けば良いのでしょうか?

知らぬが仏だったのだろうが、知ってしまった以上は共犯者だ。
三人の共通認識として心の共犯関係を楽しんでいる。

私たちは多分、同じ穴の狢、仲間であり友なんだろうと思う。

少なくとも私はそう思っている。…良いよね?


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高校三年生の夏の終わり、部活を引退して受験勉強真っ只中の私たちは、一冊の本を三人で読んだのを覚えている。

【ライ麦畑でつかまえて】

ホールデンのありのままを生きようとするヨシカズに、ホールデンのように世界を感じて受け入れたヨウジ、そして、私は決してフィービーにはなれない。純真というものは自分の中にはもう無いし、粛々と世界を受け入れる妥協をしてしまった。

結局、私は今まで一度も抗うことすらしなかった。

何事もそつなくこなす器用貧乏な私にとって、仲間である彼らはいつだって眩しい。正直に生き自分にも他人にも決して嘘はついていない。変わらず一緒にい続けるのは追いかける為なのだろうか?

それとも、私は私で彼らにとっては同じ道を、同じ歩調で歩む存在なのだろうか?うん、これは私がそうありたいという願望かな。



ヨシカズが旅立つ日、私たちはまるで高校生に戻ったかのようにまた三人で集まった。
当たり前の様に。
街で一番大きな書店で本を物色し、ヨウジと私は悩みに悩んで選んだ一冊をヨシカズにプレゼントしたりした。

お昼はいつも通っていた定食屋さんに行き、高校時代を懐かしんだ。
ただ、定食屋のマスター、もう高校時代のように部活や運動はしていないんだから、ノリでデカ盛りにするのはやめていただきたい。
あと、それを食べきれる男子たちはなんなの?


あっという間に、フライトの時間がきた。

ゲートでの見送りに涙なんか一滴も出ない。なんだか嬉しくて、そしてやっぱりねと呆れてしまって、でもヨシカズが彼らしくある事に私は背中を押された気がした。

野郎同士の別れはシンプルで良い。一言、「またな。」と一言言葉を交わし合うと、あとはおもむろに拳をぶつけ合うだけだ。まるで、どうせまた明日も会うだろ?という様な軽いノリで。


最後に、ヨシカズは私に向き合うと

「おまえは大丈夫だよ。」

「え…、なにが?」

と思わず、笑いながら答えてしまった。


わかってるよ。ありがと。


視界の端には、※私調べ、で今年一番じゃないかと思う様な優しい微笑みを見せるヨウジの姿も映った。



「じゃあ、行くわ。」

そう言い残し、彼は旅立って行った。

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