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読書記録「十二人の手紙」井上ひさし

近ごろ、井上ひさし氏に何かと縁がある(と一方的に感じている)ため、書店で氏の作品を探して読もうと思った。

そこで今回出会ったのが「十二人の手紙」(中公文庫)である。

あらすじ(文庫版裏面より引用)
キャバレーのホステスになった修道女の身も心もボロボロの手紙、上京して主人の毒牙にかかった家出少女が弟に送る手紙など、手紙だけが物語る笑いと哀しみがいっぱいの人生ドラマ。

作中の表現はすべて「手紙」の形式となっており、地の文や会話で構成された一般小説とはジャンルが異なる。プロローグ・エピローグと銘打った2編も合わせ、全13編の「手紙」文から成るオムニバス本だ。
手紙を書く人物たちはあらすじにもあるような修道女や家出少女に始まり、養護施設の院長や偏屈な画家、中小企業の社長からOL、主婦などバラエティ豊かなキャラクターである。

「手紙」という形式ゆえに、読者である私たちに与えられる情報は非常に少ない。彼らが手紙に記した内容以外は全く知らされることがないのだ。手紙と手紙の間が1か月近く空いていて、その間にどうやらとんでもない事件が起こったらしくても、手紙の筆者が語らない限りは詳細がわからない。「いったいなぜそんなことが!?」と一刻も早く結末を知りたいという思いがページを繰る手を速めること速めること。通常、本を読むスピードがそれほど早くない私でも、2時間強で読み終えてしまった。そしてその勢いのままこうして感想を記している。

私が購入した時の帯文には、でかでかと「どんでん返しの見本市だ!」と書かれていた。文庫本の半分を占めるほど大きな帯であったため、思わず手に取ってしまった。すっかり策略にはまってしまい、悔しい限りである。
この帯文の通り、作中にはどんでん返しの結末を迎える話が多い。いや、登場人物たちは分かっていて手紙を書いている。どんでん返されているのは、断片的な情報しか与えられていない、私たち読者なのだ。

一つのストーリーは何通もの手紙のやりとりで構成されている。ある人物が、手紙の相手をだまくらかそうという目的の手紙を書いている場面がある。そこで私たち読者は「おやおや、悪い手紙だなあ」と感じ、相手がまんまと騙されてしまうのをハラハラとした面持ちで見守ることになる。しかし読み進めていくと、実際はその何重も裏をかくような展開が私たちを襲い、怒涛の展開に置いていかれたり、着いていけたが故に心に風穴を空けられたりしてしまう。これはもう、氏の技術に舌を巻かざるを得ない。

私はミステリがあまり得意でなく、推理というものが全くできない。ミステリを読むたびに、ワトソン役というか、探偵じゃない方の人物とおんなじ顔ばかりしている。今回も例に漏れず、1編読み終えるたびに目を見開いて固まってしまったり、登場人物と同じように顔から血の気が引いたりしてしまった。
私のお勧めは「桃」という作品である。あまりの恐怖に心臓がばくばく鳴り、指先に力が入らなくなった。読み進めるのが怖くて、薄目でちらちらと本を覗き込みながら読まざるを得なかった。こんなことをしたのはダイヤルアップ時代にじわじわと表示される画像ファイルを恐る恐る目を覆いながら覗いたとき以来である。

私は備忘録的にこの感想文を書いているが、万が一にもこのページに足を踏み入れる方がいるかもしれないことを考えると、内容についてはこれ以上語ることができない。うかつに何かしらを話してしまうと、それら全てがネタバレになりかねないほど緻密にギミックが組まれているのである。ほんの一文だけシレっと現れた情報が、後になって私たちの胸の奥をぞくぞくと蝕んでくる感覚がそこにある。「えっ、えっ?」とページを戻しては心臓を握られたかのような衝撃を受ける。ここまで手の上で転がされるとむしろ小気味よい。

この本を手に取り、初めの章である「プロローグ 悪魔」を読むと中々に後味が悪く、早速もやもやとした気持ちに捉われる。そんなもやもやも、次の章、また次の章と読み進めていくうちにいつの間にかどこかに追いやられてしまう。小気味よく笑って終われる話や、夢も希望も奪われて更にどろどろとした気持ちに襲われる話など、休む間もなく私たちにぶつけられる感動と悲哀の奔流。そうして初めの話なんてすっかり忘れてしまった頃に、「エピローグ 人質」がやってくる。オムニバス形式の本作品であるが、このエピローグで終われるのはある種の救いのように感じられる。少なくとも私はそう感じた。

先ほども述べたように、詳しい内容は何も語れない。ただ、この記事を後で見返した私自身や、偶然この記事にたどり着いた誰かが「わかる・・・」と思ってくれることを祈りつつ〆ることにする。

最後にもう一度述べるが、私のお勧めは「桃」である。
きっと夢に出てくる。桃を食うたび思い出す。

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