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誤解していませんか?「合理的配慮」


皆さん、「合理的配慮」って聞いたことありますか?最近よく耳にする言葉ですよね。でも、「事前的環境整備」や「支援」との違いがよくわからない…なんて思ったことはありませんか?

実は、ろう者の方々と仕事の話をしていると、これらの言葉を混同している人が意外と多いんです。特に、職場を選ぶときや働き方を考えるときに、この混同が誤解を生んでしまうことがあるんです。

これから、法律での定義など少し固い話も出てきますが、その後で具体的な例を挙げながら、わかりやすく解説していきたいと思います。「ああ、そういうことか!」と腑に落ちる瞬間があれば幸いです。

今回は、「合理的配慮」「事前的環境整備」「支援」という3つの概念の違いを明確にしながら、現状の課題や今後の展望についても考えていきます。職場でのコミュニケーションがもっとスムーズになるヒントが見つかることを願っています。

それでは、まず法律上の定義から見ていきましょう…

1. 用語の定義と法的根拠

1.1 合理的配慮

合理的配慮とは、個別の状況に応じて提供される、障害者の権利を保障するための調整を指します。法的根拠は障害者雇用促進法(昭和35年法律第123号)にあります。

障害者雇用促進法では、事業主に対する合理的配慮の提供義務について以下のように規定しています。

事業主は、障害者である労働者について、障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない。

障害者雇用促進法 第36条の3

1.2 事前的環境整備

事前的環境整備は、社会全体のバリアフリー化を目指す一般的・普遍的な取り組みを指します。法的根拠は障害者基本法(昭和45年法律第84号)にあり、「社会的障壁の除去」として言及されています。

障害者基本法では、以下のように規定しています。

社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによつて前項の規定に違反することとならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮がされなければならない。

障害者基本法 第4条第2項

1.3 支援

支援は、障害者に対する様々な形の援助や手助けを指す広義の概念です。これには個別の対応も一般的な対応も含まれる可能性があります。法的な定義は必ずしも明確ではありません。

支援の特徴:

  • 個人的なものから社会的なものまで幅広い

  • 一時的なものから継続的なものまで様々

支援の例:

  • 介助者による日常生活の支援

  • 障害者向けの福祉サービス

  • ボランティアによる読み書き支援

法律の定義を引用してみましたが、まだよく分からない方も多いかもしれませんね。確かに、法律用語だけでは実際のイメージがわきにくいものです。

ここで、もう少し掘り下げて、これらの概念が実際の職場でどのように適用されるのか、具体例を交えて説明していきます。また、これらの用語が生まれた背景や、現在議論されている問題点についても触れていきたいと思います。

まず、「合理的配慮」という言葉そのものについて、少し考えてみましょう。この言葉、実は英語からの翻訳なのですが、その過程でいくつかの課題が生まれているのです。

2. 用語の問題点と議論

「合理的配慮」は、障害のある人々の権利を保障するための重要な概念です。この言葉は、障害者の社会参加を促進し、平等な機会を確保するための具体的な行動や措置を指します。これらの合理的配慮を国が普及させたきっかけは、2006年に国連で採択された「障害者権利条約(障害者の権利に関する条約)」です。

日本では、2016年の障害者差別解消法の施行に伴い、「合理的配慮」という言葉が広く使われるようになりました。この概念は、職場、学校、公共サービスなど、社会のあらゆる場面で適用されることが期待されています。

しかし、この重要な概念を日本語でどのように表現するべきか、という点について議論があります。

「合理的配慮」という用語は、英語の "reasonable accommodation" の日本語訳です。この翻訳自体に問題があるという指摘が、多くの専門家や当事者からなされています。

「配慮」という言葉選択は、本来の概念の意味を正確に反映していないという批判があります。「配慮」は、ともすれば恩恵的・慈善的なニュアンスを含んでしまい、権利としての側面が薄れてしまう可能性があるのです。

芥川賞受賞作「ハンチバック」の著者である市川沙央さんが提案する「合理的調整」という訳は、この問題を解決しようとする試みの一つです。「調整」という言葉は、障害のある人とない人が対等な立場で協力し、環境を整えていくという本来の意味をより適切に表現していると言えるでしょう。

この翻訳の問題は、単なる言葉の問題ではありません。用語の選択は、概念の理解や実践に大きな影響を与えます。「配慮」という言葉が使われることで、合理的配慮が義務ではなく任意のものだと誤解されたり、障害のある人が受動的な立場に置かれたりする危険性があるのです。

3. 合理的配慮と事前的環境整備の違い

私が「合理的配慮」と「事前的環境整備」について、お話しする時は、よく下のスライドのようなイメージですとお伝えしています。

この図では、「合理的配慮」と「事前的環境整備」の違いや、それぞれの概念が何を目指しているのかを視覚的に説明しています。

  1. 調整がない状態(左端):

    • 障害者と健常者が同じ条件で処遇されるが、結果的に不平等な状態が生じています。すべての人に同じ対応をする「同一処遇」ですが、背の高さの違いにより、小柄な人(障害のある人)は見えない、または機会を得られない状態を示しています。

  2. 平等(同一処遇):

    • ここでは全員に同じ条件(同じ高さの箱)が与えられていますが、背の高い人はすでに十分な高さがある一方で、背の低い人には効果的ではありません。これは形式的な平等(同一処遇)を表していますが、実際には不平等な結果が生じます。

  3. 公平(異別処遇):

    • 「合理的配慮」が適用された場面です。それぞれの個人のニーズに応じて、適切な支援(異なる高さの台)が提供され、全員が同じように野球の試合を観ることができる状態を示しています。これは「異別処遇」による実質的な公平を示しています。

  4. 事前的環境整備(右端):

    • ここでは、すべての人が同じように野球観戦ができるように、最初から障壁を取り除いた環境(フェンスがなくなった状態)が整備されています。この「事前的環境整備」は、合理的配慮とは異なり、個別の対応ではなく、すべての人にとって平等な環境をあらかじめ提供することを指しています。

合理的配慮は「優遇」ではなく、障害者が他の人と同じ条件で活動できるようにするための調整です。また、事前的環境整備は、障害者が配慮を求めることなく、全員が平等に参加できる環境を整えるという考えを表しています。

次に、合理的配慮と事前的環境整備のそれぞれの特徴と具体例について詳しく見ていきます。これらを比較することで、両者の違いがより明確になると思います。

3.1 合理的配慮の特徴

  • 個別の状況に応じて提供される

  • 障害者からの意思表明が基本

  • 過度の負担にならない範囲で実施

具体例:

  • ろう者の社員のために、重要な会議で手話通訳者を手配する

  • 視覚障害のある社員のために、音声読み上げソフトウェアを導入する

  • 車椅子を使用する社員のために、デスクの高さを調整する

3.2 事前的環境整備の特徴

  • 一般的・普遍的に行われる

  • 特定の個人からの要請がなくても実施

  • 社会全体のバリアフリー化を目指す

具体例:

  • オフィスビルにエレベーターや多目的トイレを設置する

  • 社内文書を電子化し、アクセシビリティに配慮する

  • 全社員を対象とした障害理解研修を定期的に実施する

4. 混同の具体例

さて、ここまで合理的配慮と事前的環境整備の違いについて説明してきました。でも、実際の職場ではどんな風に混同が起きているのでしょうか?具体的な例を見てみると、もっとイメージがわきやすいかもしれませんね。それでは、ある会社での出来事を想像してみます。

想定例:
ある IT 企業が、聴覚障害者の雇用を促進するために、全社的な取り組みとして音声認識による自動字幕システムを導入しました。この企業は、この取り組みを「ろう者への合理的配慮の実施」として対外的にアピールしていました。

ここで、日本手話を第一言語とするろう者Aさんが入社しました。Aさんは日本語よりも日本手話の方がコミュニケーションがスムーズにいくことから、重要な会議や複雑な内容のミーティングの際に手話通訳を希望しました。しかし、企業側は「すでに字幕システムという合理的配慮を行っているので、これ以上の対応は難しい」と回答しました。

このような状況が実際に起こった場合、それは合理的配慮と事前的環境整備の混同から生じる問題の典型例と言えるでしょう。

この想定例における問題点:

  1. 企業が導入した自動字幕システムは、実際には「事前的環境整備」に該当します。これは特定の個人のニーズに応じたものではなく、一般的・普遍的に行われる取り組みだからです。

  2. 企業側はこの取り組みを「合理的配慮」と誤認識しており、それが実際の合理的配慮の提供を妨げる結果となっています。

  3. Aさんの手話通訳の要望は、個別の状況に応じた「合理的配慮」の要請です。日本手話を第一言語とする人にとっては、文字情報よりも手話による情報保障の方が適している場合が多いからです。

  4. 結果として、この想定例ではAさんが自身のニーズに合った個別の配慮を受けられず、重要な情報を十分に理解できない可能性があり、実質的な機会の平等が損なわれる恐れがあります。

5. 合理的配慮をめぐる現状と課題

合理的配慮の概念はなんとなくつかめたかなと思いますが、実際の職場ではどんな課題があるのでしょうか?ろう者の方々が直面している現実の問題や、事業主側の取り組みはどうなっているのか、考えていきます。

5.1 建設的対話の重要性

合理的配慮を実現するためには、障害者と事業主との間で「建設的対話」が行われることが重要です。厚生労働省の「合理的配慮指針」では、以下のように述べられています。

合理的配慮は、個々の事情を有する障害者と事業主との相互理解の中で提供されるべきものであり、まずは障害者が働く上で障壁となっているものを明らかにし、事業主と障害者の話合いを通じた相互理解の下に進めていくことが重要である。

厚生労働省「合理的配慮指針」

しかし、この対話自体にも課題があります。

  1. コミュニケーションの配慮が必要 例えば、手話通訳の準備が必要になることがあります。言わば「合理的配慮のための合理的配慮」が必要です。
    具体例:ある企業で働くろう者の方は、人事部との面談で合理的配慮について話し合いたいと思いましたが、手話通訳者の手配が必要でした。しかし、その手配自体も一種の合理的配慮であり、この状況が「卵が先か鶏が先か」のようなジレンマを生んでいました。

  2. セルフアドボカシーの重要性 自分の困りごとを明確に説明する能力が必要ですが、多くのろう者にとって、これは容易ではありません。
    具体例:ある製造業で働くろう者の方は、工場内の警報が聞こえないことに不安を感じていましたが、どのように会社に伝えればよいか分からず、長い間悩んでいました。セルフアドボカシーのスキルがあれば、例えば「視覚的な警報システムの導入」を具体的に提案できたかもしれません。

5.2 事業主側からのアプローチ

厚生労働省の「改正障害者雇用促進法に基づく差別禁止・合理的配慮の提供の指針」(平成27年3月25日厚生労働大臣告示第117号)では、以下のように述べられています。

合理的配慮は、個々の事情を有する障害者と事業主との相互理解の中で提供されるべき性質のものであることに鑑みると、まずは障害者が働く上で支障となっている事情を明らかにし、事業主と話し合うことが重要である。
また、障害者が自らの障害の状態に関する情報を事業主に提供することが、より適切な合理的配慮の提供のためには重要であることに鑑みると、事業主は、障害者からの申出があった場合を除き、障害者に対して、障害の状態等に関する情報の提供を求めるに当たっては、その目的を明らかにして、本人の意思を確認するとともに、本人の意思に反した取扱いを行うことのないよう、十分留意する必要がある。

厚生労働省「改正障害者雇用促進法に基づく差別禁止・合理的配慮の提供の指針」

この指針は、事業主側からのアプローチも可能であることを示唆していますが、同時に障害者の意思を尊重することの重要性も強調しています。

しかし、実際の職場では事業主からの積極的なアプローチはあまり見られないのが現状です。一方で、障害者雇用の経験から、慣習的に合理的配慮を実施するケースもあります。

具体例

  1. ある IT 企業では、ろう者の社員が入社した際、特に要望がなくても自主的にビデオ会議システムに字幕機能を導入しました。これは過去の経験から、有効な配慮だと判断したためです。

  2. 一方、別の会社では、ろう者の社員が困っている様子を見ても、「要望がない限り対応しない」という方針を取っていました。結果として、その社員は必要な配慮を受けられずに苦労していました。

5.3 聴覚障害者教育の課題

聴覚障害者がセルフアドボカシーを身につけることが難しい背景には、聴覚障害者教育の問題もあります。

  • 聴覚障害者教育において、情報保障が十分でないケースが多い

難聴児を持つ保護者へのアンケート集計結果(2023、全国難聴児を持つ親の会)によると、小学校での合理的配慮の対応状況は、手話通訳が約10%、ノートテイク・字幕対応が約20%程度に留まっています。

  • 結果として、セルフアドボカシーを培う機会が限られています

全日本ろうあ連盟の調査(2019年)では、職場でのコミュニケーション方法について「自分の希望を伝えられた」と回答したろう者は45%に留まっており、多くのろう者が職場での自己主張に困難を感じていることが示唆されています。

6. 事業主からの積極的なアプローチの必要性

ここまで見てきた課題を解決するには、事業主の合理的配慮に対する積極的な取り組みが欠かせません。でも、なぜ事業主が積極的に動く必要があるのでしょうか?そして、そのためには具体的に何をすればいいのでしょうか?

実は、事業主が合理的配慮に積極的に取り組むことは、単なる法的義務の履行以上の意味があります。まず、障害者の権利を保護するだけでなく、職場の生産性を向上させる効果があります。多様な人材が活躍できる環境を整えることで、新たな発想や創造性が生まれ、イノベーションにつながる可能性も高まります。

さらに、積極的な取り組みはイメージ向上にもつながります。逆に、合理的配慮を怠ると、法的リスクや人材確保の困難、生産性の低下、従業員のモチベーション低下など、様々な問題が生じる可能性があります。

では、どのように積極的なアプローチを増やしていけばよいでしょうか。まず重要なのは、多様性包摂(D&I)を経営戦略として位置づけることです。合理的配慮を単なるコストではなく、企業価値を高める投資として捉える視点が必要です。

積極的アプローチを増やすための具体的な方策としては、合理的配慮の質や効果を評価し、優れた取り組みを行う事業主にインセンティブを与える仕組みを導入することが考えられます。

このように、合理的配慮への積極的な取り組みは、障害のある従業員だけでなく、企業全体にとってもメリットがあります。長期的な視点で見れば、こうした取り組みが企業の持続的な成長と、より包摂的な社会の実現につながっていくと考えています。

おわりに:みんなの力で実現する働きやすい職場づくり

合理的配慮は、ろう者を含む障害のある人たちが働きやすい環境を作るための大切な考え方です。でも、実際にそれを実現するのは簡単ではありません。様々な課題があるのも事実です。

これらの課題を一つずつ解決していくには、障害のある人もない人も、会社も社会も、みんなで協力して取り組んでいく必要があります。

会社の皆さんには、合理的配慮を面倒な義務や負担だと考えるのではなく、会社の価値を高め、競争力を強くするチャンスだと考えて欲しいです。多様な人材を受け入れることで、新しいアイデアが生まれ、会社が成長する可能性があるからです。

一人ひとりの小さな行動が、働きやすい職場、そして暮らしやすい社会につながっていきます。「相手の立場で考えてみる」「積極的に話してみる」といった日頃のちょっとした心がけが、大きな変化を生み出すきっかけになります。

合理的配慮を実践することで、誰もが自分らしく働ける社会を目指すことは重要です。簡単なことではないかもしれませんが、私たち一人ひとりにできることから始めていけば、きっと変化を生み出せるはずです。

私自身も、この記事を執筆して学んだことを、周りの人々と対話を重ねながら実践していきます。皆さんも、できることから始めてみませんか。


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伊藤 芳浩 / コミュニケーションバリアフリーエバンジェリスト
あらゆる人が楽しくコミュニケーションできる世の中となりますように!