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手話で挑むTEDxTIUの舞台 ~言葉の壁を超えて~

思わぬ縁が繋いだTEDへの道

GW明けに思いがけないメールが届きました。TEDxTIUスタッフからの登壇打診です。今回のTEDxTIUでは「Unspoken」をテーマとしており、そのテーマでのスピーチ依頼でした。TEDへの登壇は以前からの夢で、3回ほど応募したものの落選していたため、半ば諦めかけていた矢先のことでした。

「Unspoken」というテーマは「言外の意」を意味し、言語的マイノリティとしてあまり知られていない生き方を伝える絶好の機会だと感じ、引き受けることにしました。

この機会は、2年前に某大手ITベンダーで「情報アクセシビリティ」について講演した際に知り合った方が、TIU(東京国際大学)のスタッフに紹介してくれたのがきっかけでした。人との繋がりの不思議さを感じずにはいられません。

ここで、TED、TEDx、TEDxTIUについて簡単に説明します。

TED(テッド、Technology Entertainment Design)は1984年から始まった非営利団体で、「より良いアイデアを広めよう」を理念としています。18分以内のプレゼンテーションを通じて、技術・エンターテインメント・デザインなど様々な分野のアイデアを世界中に発信しています。
TEDx(テデックス)はTEDからライセンスを受け、地域独自で運営されるプログラムです。「x」は独自運営を意味し、TEDの理念を踏襲しつつ各地方の特色を出しています。
TEDxTIUは、87カ国の学生が在籍する東京国際大学(TIU)で開催されます。多様性に満ちたキャンパスでの刺激的なコミュニケーションを背景に誕生しました。

予想を超える難関、スピーチ準備の奮闘記

まず、TEDxTIUスタッフとの面談があり、講演の経験や伝えたい内容などをお伝えしました。その後、選考プロセスに入るとの説明がありました。登壇の打診があったものの、スピーカーの適性チェックがあるようです。

1週間後、選考通過のお知らせがあり、半信半疑の思いでした。その際、細かいルールの説明もありました。国際的に有名なイベントだけあって、あらゆるものが明文化されていて、伝統の重みを感じさせられました。

それから、1ヶ月ほどで8〜15分のスピーチの準備をする必要がありました。短時間なので、なるべくシンプルに自分の経験や思いを伝える必要があり、それを原稿にするのがとても大変でした。原稿(日本語)は、英語での字幕ベースになるので、絶対必要でした。

今回のTEDxTIUでは、これまでの講演形式とは異なり、スライドを見ながら話すことはしないで、ほぼアドリブに近い形式でスピーチを行う必要がありました。自分の頭のキャパシティの範囲内で話さなければならず、大きな挑戦となりました。

スピーチトレーナーのリップシャツ信元夏代さんとZoomで3回ほどミーティングを行い、スピーチ内容を固めました。初回のミーティングでは、たくさんのフィードバックをいただいて、かなりもまれました。

TEDxは自己流で喋ることは一切認められず、スピーチトレーナーがつき、コーチングを通してテーマ、内容を決めるプロセスがあります。いかに聴衆を魅了するかに重点が置かれ、かなりハードルの高い要求がたくさんありました。

自分の伝えたいこと「心のバリアを取り除き、他者に関心と理解を持って接することで、コミュニケーションバリアを乗り越えよう」を聴衆の心に残せるにはどうしたらいいのだろうと、何度もスピーチトレーナーとメールのやり取りをしながら、一文一語細部にわたって、こだわり抜いて原稿を何度も書き直しました。

原稿がようやく完成したのが本番の10日前。ここからが本当の闘いでした。原稿にある日本語を、私の第一言語である日本手話に翻訳しないといけないのです。

日本語から日本手話へ:翻訳の壁に直面

日本手話は日本語とは別の独立した自然言語です。独特の文法体系をもっていて、日本語とは語順も違います。手指動作は手の形・位置・動きで構成され、手以外のNM(Non-Manual Signals/非手指動作)に文法的な意味があります。

私自身、ろう教育において手話が禁止されていた時代に生まれました。母校の京都府立聾学校は当時、口話教育が中心で手話は使用されていませんでした。そのため、母語は日本語でしたが、成人後に日本手話を使うようになり、第一言語が日本語から切り替わりました。このような経緯から、頭の中が時々日本語に引っ張られることがあります。

日本語で書かれた原稿を日本手話に翻訳する際、日本語の影響を受けてしまい、うまくいかないことがあります。日本語は主語が省略されたり、指示語(これ・それなど)が多用されたりするため、曖昧な部分が多くあります。日本手話に翻訳する際は、これらの補完が必要になることがあります。また、日本語の単語をそのまま手話に当てはめると、意味が正しく伝わらないことがあるため、日本手話の文法に沿って翻訳する必要があります。これらの要因により、翻訳作業は難航しました。

例えば、「心から笑顔を絶やさず」という日本語を、そのまま手話の単語に当てはめると、「心/から/笑顔/止める/ない」となりますが、これでは「心から笑顔が止まらない」といった誤った意味になってしまいます。私が日本手話で表現する場合、「笑顔」(顔を下から上に上げる)(笑顔の手話の手をゆっくり左右に広げていく)といった表現を用います。ただし、表現方法は個人によって異なるため、これが絶対的に正しいというわけではありません。

読み取り通訳との綿密な打ち合わせ:表現の追求

日本手話への翻訳が完了した後、読み取り通訳を務める佐田明さんと何度かミーティングを行いました。佐田明さんは、CODA(Children of Deaf Adults:聴覚障害のある親を持つ聴者の子ども)であり、俳優・声優としても活躍している方です。同世代ということもあり、今回是非ともお願いしたいと声をかけ、タッグを組むことができました。

Special Thanks:通訳の小松智美さんと佐田明さん

読み取り通訳との打ち合わせでは、「なぜそういう表現をするのか」といった細部にわたる確認作業を行いました。私自身、何となく使っていた手話表現について、改めてその理由を説明するために長時間考えることもありました。

読み取り通訳は、リアルタイムで行われるため、通常であれば通訳の遅れなどでスピーチを一時停止するために、その合図を通訳が出す場合があります。今回は観客に集中する必要があり、また通訳のいる場所が薄暗くて見えにくかったため、ほとんど通訳を見ずにスピーチする必要がありました。そのため、円滑な通訳が不可欠でした。

さらに、ネイティブのろう友人にチェックを依頼し、表現のアドバイスを多くいただきました。全体的に「コミュニケーション」という抽象的な概念を扱うスピーチだったため、具体的なシーンを描くよう努めました。「コミュニケーション」と言っても、様々な場面があるので、「人/出会う/会話する」というように、人と人との間で行われる会話であることが明確に伝わるような表現を心がけました。

そんなわけで、日本手話の表現が固まったのは本番の3日前で、かなりぎりぎりでした。それから何度も自主練習を重ね、夢の中でもスピーチする場面が出るほどでした。

本業に加え、NPO活動でのロビイング、ビジネスと人権関係の記者会見セミナー登壇都知事選挙政見放送の手話通訳問題に関する新聞取材対応など、多忙を極める中で原稿作成や自主練習の時間を確保するのはとても大変でしたが、コミュニケーションバリアに悩む皆さんを勇気づけたいという強いモチベーションで乗り切ることができました。

最終リハーサルは2日前に現地で行われ、通訳の位置や立ち位置などの細かい打ち合わせを行いました。初めての試みであったため、手探りの中で進められました。

未知の挑戦:手探りで迎えた本番の舞台

TEDxTIU本番は、8/1に東京国際大学(TIU)川越第一キャンパスで行われ、7名中3番目のスピーチでした。宇宙飛行士を目指している人、スイスから日本に移住したパン屋オーナー、ワーキングママ、車椅子ユーザーなど多彩な顔ぶれで、英語や日本語でスピーチを行う中、私は日本手話を使用してスピーチをしました。(日本語音声への読み取り通訳付き)TEDではおそらく日本初の試みです。

TEDxTIUスピーカーの皆さんと

これまでは、聴覚障害者では、聞こえる世界と聞こえない世界をつなぐユニバーサルデザインアドバイザーの松森果林さんと手話エンターテイメント発信団oioi(オイオイ)の岡﨑伸彦さんが登壇していますが、いずれも音声付きの手話でした。

本番では、ヘッドセットマイクをスピーカーではなく通訳にセットするなど、通常のスピーカーとは異なる点があり、直前まで細かい調整に追われましたが、無事に終えることができました。

TEDスタイルについて、1点気になることがありました。通常、TEDのスピーチでは、話の展開に合わせて舞台上の位置を変えることがあります。しかし、手話話者の場合、位置を固定したままスピーチを行うことが多いのが現状です。これは、通訳者との位置関係や視認性の問題があるためですが、今後の課題の一つだと考えています。

スピーチの様子(左にスライド、右に英語字幕を表示)

終了後、学生たちから「感動した」「素晴らしかった」「勇気づけられた」「希望を持てた」などの感想をたくさんいただき、大変嬉しく思いました。また、TEDxTIUスタッフからは以下のメールをいただきました。

伊藤様のプレゼンテーション、大変勉強になりました。聞いていた自分も勇気をもらえましたし、自分の「バリア」について考えさせられました。
これまで私は、対面で英語を話す際、文法や人の目が気になり、ありのままの英語を話すことが難しかったのですが、伊藤様のプレゼンテーションを通して、「英語に対するコンプレックス」というバリアを越えられるよう、大学生活で様々なことに挑戦していきたいと奮起することができました。ありがとうございました!

TEDxTIUスタッフのメールより

通訳、ろう友人、TEDxTIUスタッフをはじめ、多くの方の協力と応援があって、このスピーチを実現することができました。心から感謝いたします。TEDxTIUの運営は、Speakerチーム、Technicalチーム、Marketingチームなど、様々なチームが協力し合い、総勢70名以上のスタッフが結集していて素晴らしいチームワークでした。

今回の経験を活かし、さらに多くの方に言語的マイノリティへの理解を深めてもらうための活動に励んでいきたいと思います。

キービジュアルの前で
全員で「x」のポーズ(スピーカーと70名近くのTEDxTIUスタッフと共に)

私のスピーチトレーナーを務めてくださった信元さんが、TEDxTIU後記として、トレーニング時に気づいた事項「異文化コミュニケーション」についてまとめたブログを公開してくださいました。信元さんは、スピーカー界の"アカデミー賞"と呼ばれるCSP®(Certified Speaking Professional)を日本人として初めて受賞されるなど、プロフェッショナルとして高い評価を受けている方です。直接ご指導いただく幸運に恵まれたことに深く感謝しています。興味のある方は、ぜひご覧ください。

※TEDxTIUの活動は公式インスタグラム @tedtiu でも発信されています。興味のある方は、ぜひご覧ください。
※スピーチの様子の動画アーカイブが公開されたら、本記事に追記いたします。


あらゆる人が楽しくコミュニケーションできる世の中となりますように!