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水曜日が待ち遠しい。(掌編小説)

 ヤンは、上司に打診されたニューヨーク転勤を断った時の上司の無表情から、この先この会社で出世や昇給について大きな希望は望めないことを感じ取った。

 香港生まれのヤンは、大学の四年間の英国留学期間をのぞき、香港で暮らしている。友人の多くは海外に散って仕事をしているが、自分はこのまま香港で暮らしていきたいと思っている。

 転勤を断ったのは、妻とはなればなれになるのが嫌だったことと、ウイークエンド、そして水曜日のナイター競馬がもはや生活の一部、自分の一部になっているからでもある。

 ヤンは、特に水曜日を待ち遠しく生活を過ごした。
 ヤンは、同僚のエンジンがまだ掛からない月曜火曜と目一杯働いた。
 水曜の夜の競馬に胸を張って行きたいがためだった。

 水曜の朝、茶餐廳チャーツァンティンで朝食をとりながら、二十歳以上は年上の競馬オヤジと、夜の競馬についておのおのが知っている二、三の狙い馬の情報を交換するのも、生活の一部、自分の一部となっている。

 競馬オヤジは、飲み干したコーヒーカップに小蝿がたかるのを手ではらいながら、「小蝿はコーヒーの香りが好きなんだ。」と言うのが口癖だった。
 毎週のように聞いているその一言が、ヤンに一週間の前半が終わろうとしていることを思い出させる。
 
 水曜の夜、職場から出て、トラムに乗る。
 手元には狙いのレース、狙いの馬に印をつけた競馬新聞。
 窓は開け放しで、香港の湿気を含んだ空気が顔に当たる。
 ほどなく、光に包まれたスタンドが窓外に現れる。
 ヤンは、まもなく始まるレースの熱狂や自分の没頭の先、来週もその次の週もつづいていく変わらない日常を感じ、「このままがいい。」と思う。

<了・700字>

今回の記事で200記事目で、突然創作してみました。
いつも読んで頂いている方には、なにごと?と思われたかも(笑)。

以下、須田鷹雄さんの海外競馬放浪の本をちょっと前に読んだのですが、香港のハッピーバレー競馬場も出てきました。

2022年発行

この、3コーナーあたりを走るトラムの2階から競馬場を見る、というの、私も昔ハッピーバレーに通っていた時に好きで、それを思い出してしまいました。

そこからなぜか飛躍、創作してしまったというわけです。


最近ややペースが落ち気味ですが、200記事に到達しました。
いつも読んで下さる方、ふいに読んでいってくれる方、ありがとうございます。

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