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『ファイヤーボール』後編

【登場人物】
美島 隼(22)北海道ファイヤーズ投手
美島貴子(29)隼の姉・会社員
石野亮介(29)ファイヤーズ捕手
宮本尚之(32)ファイヤーズ投手
美島幸典(58)貴子の実父・隼の継父
吉澤夕菜(25)女子アイスホッケー選手
檜田勇真(30)福岡ホームズ外野手
畑山宏一(45)ファイヤーズ広報担当
岩井 修(40)ファイヤーズ投手コーチ
柿沢良樹(55)ファイヤーズ監督
木戸 学(52)ファイヤーズGM
小沢  (21)ファイヤーズ内野手
春山慎吾(30)埼玉レパーズ外野手
宮本花梨(3)宮本投手の娘

○美島家・リビング(夜)
  貴子、熱々のロールキャベツを皿に盛り、石野に差し出す。満面の笑みで、
貴子「はい、亮介くん、どうぞ」
石野「ありがとう。うまそーっ・・・・・・」
  石野、料理の湯気の向こうにある貴子の可愛らしい笑顔に恍惚となる。
  隼、その幸せな空間を打ち砕くように、
隼 「わーい。ロールキャベツ大好き!」
石野「うっ・・・・・・」
隼 「タカちゃんが作るのは、中にチーズが入ってて、メッチャおいしいよね」
貴子「ありがと。ふふふ」
石野「・・・・・・(何でいるんだよ!)」
隼 「何でいるんだよ! って、今思ったでしょう。(意地悪そうな顔)亮介くん」
石野「おまえなぁ」
隼 「だって、ここ、僕のウチだもーん」
石野「くーっ・・・・・・(何で、みんな隼に対して甘々なんだよ!)」

○(石野の回想・先刻)球団事務所内
  石野、木戸GMに呼び出され、畑山も加わり談笑(面談?)している。
木戸「で、石野くん。美島くんのお姉さんとはいつくらいに結婚するの?」
石野「まだ具体的に決まってませんが、今シーズンのオフには籍を入れたいと思っています」
木戸「そうか・・・・・・で、頼みなんだけど、美島くんは、実家がオアシスみたいな子じゃないですかぁ」
石野「はい・・・・・・(子っていくつだよ!)」
木戸「お姉さんが嫁いでしまうと、オアシスは誰もいない寂しい虚無の空間・・・・・・」
石野「虚無の空間って・・・・・・(嫌な予感)」
木戸「何ていうか、その、美島くんの成績に響かない程度の速度で、慣らしていく感じで、少しずつ、フェードアウトしてほしいかなと。申し訳ないんだけど・・・・・・あはは、悪いね」
石野「・・・・・・わかりました。配慮します」

○(現在)美島家・リビング(夜)
石野M「(俺は子連れ結婚か!)」
隼 「(石野の心を見透かしているかのように)大丈夫ですよ。これ食べたら、先に宿舎に帰りますから。その後、どうぞイチャこらして下さい」
石野「えっ?・・・・・・(赤くなっている)」
貴子「隼、気を遣わなくていいのよ」
石野M「(いや、遣って下さいって!)」
隼 「そんなに野暮じゃないから」
貴子「野暮とか、若いくせに古風な言い回しするのね。ふふ、可笑しい」
石野M「(それなりに姉離れしようとしてるし・・・・・・)」
  石野、少々の罪悪感を覚え、二人を交互に見る。
    *    *    *
  石野と貴子、二人仲良くソファに座っている。隼は先に帰ったため、若干、イチャイチャしている風。
石野「隼って、公立の進学校だったから、部活は恋愛禁止とかじゃないよね」
貴子「うん。甲子園を目指している強豪校とは違うから、いたってゆるーい感じ」
石野「あれだけのイケメンだから、当然もてたよね?」
貴子「うん。昔からバレンタインデーとかチョコはもらってたかな。でも、自分からはあまり女子に話しかけないらしいわよ。たぶん、カノジョもいなかったと思う」
石野「こんなにきれいなお姉さんがいたら、理想も高くなるよなぁ・・・・・・」
貴子「(おどけて笑いながら)私のこと、改めて口説いてる?」
石野「全力で」
貴子「ふふ・・・・・・隼はね。私が母親がわりとして注いだ愛情が、単純にうれしかったのよ。それを恋愛感情と勘違いしただけ。それはもう本人がわかっているわよ」
石野「そうかなぁ」
貴子「そうよ。実はああ見えて、昔から野球の事ばかり考えてるの。うまくなりたいって、真面目すぎるくらい。本当に野球が好きみたいよ」
石野「それは見ててわかる」
貴子「でもね。そろそろ、心に余裕が出てきている頃だから、運命的にズキューンとハートを打ち抜く素敵な女性が現れるわよ」
石野「そうだといいんだけどさぁ・・・・・・」

○(数日後)宮城スタジアム・ロッカー室(試合後・夜)
  東北イーガーズとの試合が終わり、選手たちは着替えて、帰り支度をしている。
宮本「石野、隼、メシ行くぞ」
石野「すみません。今日は隼のお父さんと会食なんです」
  隼、うきうきしている。  
隼 「僕の大好きな牛タンです」
宮本「ああ、そうだったな。(にやにやして)まあ、石野がんばれよ」
石野「(苦笑い)きちんと挨拶する前に、公共電波に乗せてプロポーズしちゃったので、何とも体裁が悪くて・・・・・・」
隼 「うちのお父さん、すっごくやさしいから安心して下さい。それにメッチャかっこいいんですよ。イケオジな感じで」
宮本「出たシスコンに続き、ファザコン。隼てさぁ、家族のことメッチャ好きだけど、そもそも反抗期とかなかったのか?」
隼 「全然ないですぅ。お父さんのこと、尊敬してますし、もう大好きです。仙台に来ると会えるから、楽しみなんですぅ」
宮本「(苦笑い)すでに甘え口調になってるよ・・・・・・しっかし、健全に育成された青少年の見本だな。って、いうか、まるっきしのお子ちゃまのままじゃないか」
隼 「いいんです。六歳までお父さんがいなかったから、その分の期間、延長です」
宮本「どういう解釈だよ!」
石野「あーっ、試合より緊張する」

○仙台市内・牛タン屋(夜)
  隼、石野と一緒に店内へ入ってくる。奥の席に父・幸典を見つけて手を振る。
隼 「お父さーん」
  店内の客の視線が一斉に隼に集まる。球界のエース登場にザワザワとするが、隼は父に会えたのが嬉しいため、全く気にしていない。
幸典「おう、隼」
  石野、緊張の面持ちですごすごと近づく。
石野「はじめまして、石野亮介です」
幸典「そんなに改まらなくていいですよ。存じ上げています。緊張しないで下さい」
石野「あっ、はい」
幸典「いつも隼がお世話になっています」
石野「いいえ、こちらこそ。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」
幸典「そんなことないですよ。結婚は大賛成ですから、どうぞ安心して下さい」
石野「ありがとうございます」
  石野、幸典の満面の笑みにほっと胸をなで下ろす。隼、隣でにこにこしている。
石野M「(このお父さんに、この子ありか・・ ・・・・)」
   *    *    *
  幸典に向かい合って石野、その隣に隼。
幸典「隼が入団してから、ここまでのびのびとプレーできて、成績を残せているのも、石野さんのおかげです」
石野「いいえ、僕なんか・・・・・・」
幸典「なあ、隼」
隼 「うん!」
石野「えっ?」
  石野、その素直な反応に驚き、横にいる隼の顔を見る。
幸典「隼はこう見えて、結構な人見知りなんですよ。でも、入団した時から、石野さんには、とても心を開いているんです。変な言い方ですけど、懐いている・・・・・・」
石野「そうなんですか?(照れ笑い)」
幸典「だから、素直に感情をぶつけられる。わがままも、冗談も言えるみたいです」
隼 「(淡々と素直に)タカちゃんの相手が石野さんじゃなかったら、暴れてたかも」
石野「えっ・・・・・・」
幸典「だから、これからも、貴子共々、隼をよろしくお願いしますね」
石野「はい・・・・・・(じーんときている)」
    *    *    *
  隼、お酒が入り、頬が赤い。へらへら感が増している。
  石野、不思議そうに首をかしげて、
石野「隼って、お酒飲むんですね。はじめて見ました」
幸典「私との時だけ飲むって決めているみたいです。しかも、合わせてくれて日本酒」
隼 「大人になったら、お父さんとお酒を飲むのに憧れてたんですぅ」
幸典「最初は気遣ってくれているのかと思ったんですが、こうして、私と食事をするのがそこそこ楽しいみたいです(笑う)」
隼 「そこそこじゃなくて、毎回、すっごく楽しみにしてる」
幸典「あはは、そうなのか」
石野「チーム内でも、お父さん大好きを公言していますから、間違いないです」
幸典「(隼に向かって嬉しそうに)もういい年なのにな!」
隼 「あはは」
石野M「(何か、この親子・・・・・・ほのぼのとしてしまう・・・・・・)」
幸典「こんな調子だから、貴子もついつい世話を焼いてしまうんですよ」
石野「わかります。貴子さんだけでなく、うちの選手たちもそんな雰囲気です」
幸典「ご迷惑をおかけしています」
石野「いえいえ、迷惑なんかじゃないです。放っておけないキャラというか・・・・・・」
隼 「あはは」
石野「みんなから集められた愛情が、ファイヤーボールになっていると思います」
幸典「そう言ってもらえると嬉しいです。隼はとても人間関係に恵まれている。ありがたいことです」
石野「隼の人間性が引き寄せているんだと思います。誰に対しても優しいですし」
幸典「ありがとうございます。野球は結果で判断される世界ですから、時に厳しく叱ってやって下さい」
石野「(微笑んで)わかりました」
幸典「隼も早く結婚してほしいです。少しは、しゃきっとするでしょうし。いい人いないですかね。なぁ、隼!(笑う)」
隼 「(つられて笑う)あはは」
石野M「(お義父さん、無理です・・・・・・)」

○(翌週)札幌ドーム・グラウンド(試合前)
  試合前練習中。隼、全体での準備運動、ダッシュなど、周りとわちゃわちゃしながらこなしている。その後、宮本とキャッチボール。終わる頃を見計らって、畑山が声をかける。
畑山「美島くーん。今日、始球式をしてくれる吉澤さんと、広報用の写真を撮りまーす。ダッグアウト前に来て下さい」
隼 「今、いきまーす」
  隼、律儀に畑山の方へ走ってくる。
畑山「こちらは女子アイスホッケー日本代表の吉澤夕菜さんです」
  夕菜、体育会系女子らしく爽やかに微笑み、しゃきっと頭を下げる。
夕菜「よろしくお願いします」
隼 「・・・・・・あっ・・・・・・はい・・・・・・」
  隼、ポカンと口を半開きにしたまま、暫し固まっている。
  キャッチャー練習のため、近くにいた石野、隼の表情を目撃。
石野M「!(そんな顔、初めて見た!)」

○同・ロッカールーム
  石野、練習を終えて戻ると、すかさずスマホを取り出し、貴子にラインをする。
(亮介/大事件! 隼がズキューンとハートを打ち抜かれる瞬間を見た)
(貴子/えーっ、ほんと?)
(亮介/ポカンとした顔をしてた)
(貴子/ポカン? 笑)
(亮介/あれは間違いなく恋に落ちた顔だった!)
(貴子/ちなみに相手は?)
(亮介/女子アイスホッケー、オリンピック代表の吉澤夕菜さんだって)
(貴子/ああ、知ってる。美人アスリートで有名だもん)
  石野、何気に小さくガッツポーズをする。
  
○同・ブルペン 
  夕菜、畑山に案内されてやってくる。隼、控えめに一歩下がって、後をついてくる。
畑山「吉澤さん、どうぞよろしければ、ブルペンで投球練習をして下さい」 
夕菜「ありがとうございます」
畑山「美島くん。投げ方を教えてあげたらどうですか?」
隼 「あっ、はい」
夕菜「試合前にいいんですか?」
隼 「今日は上がりですから」
夕菜「では、よろしくお願いします」
  隼と夕菜、それぞれの位置に着く。
隼 「思い切り投げて下さーい」
夕菜「はい。では」
  夕菜、振りかぶると速球をノーバンでビシッと投げ切る。アスリートの運動神経。
隼 「ナイスボール! (かっこいい!)」
  隼、手を叩き拍手で賞賛。ゆっくりと返球する。ここからは話ながらのキャッチボール。
夕菜「実はちょっと自信があるんです。野球をやっていた兄の相手をさせられていたので」
隼 「うちの姉も同じです。僕の相手をしてくれていたので、女性なのにそこそこうまいです」
夕菜「兄姉の影響って結構ありますよね」
隼 「はい(気が合う・・・・・・)」
夕菜「美島さんとキャッチボールできるなんて思いませんでした。もう、兄や仲間に自慢しまくっちゃいます」
  その後も、夕菜は見事な投球を披露。
  隼の恋愛モードが増していくのがわかる。
  石野と宮本、にやにやしながら、その様子をのぞき見している。
宮本「なるほど。三つ年上の美人アスリートか。いいじゃん」
石野「ですよね」
宮本「貴子さんっぽい、雰囲気があるし」
石野「何か、隼の表情がいつもと違うと思いませんか?」
宮本「確かにふにゃふにゃしている」
石野「ふにゃふにゃ?」
宮本「おう。どんなにきれいな女子アナが来ても、無表情だった隼が、気を抜いて素を出しかけている」
石野「そうなんですよ。彼女を見た瞬間、ポカンという顔をしたんです」
宮本「ポカンか」
石野「はい、ふにゃふにゃじゃなくて、まさにポカンです」
宮本「男が一目惚れした時のマヌケな顔だな」
石野「まさに!」
宮本「よし。隼のために一肌脱いでやるか」
石野「何か秘策が?」
宮本「おう(うししし・・・・・・)」
  宮本、悪巧みの顔をして頷く。

○同・グラウンド(試合開始直前)
 対埼玉レパーズ戦、始球式。
 夕菜、レパーズの一番バッター・春山に向かって投球。球はコースど真ん中も、大きく高めに浮き、バックネットにも届きそうな勢い。
 石野、慌てて伸び上がって捕球。
 夕菜、苦笑い。会場は拍手に包まれる。

○同・ダッグアウト通路
  隼、その様子を見て、思わず拍手。
隼 「おーっ、パチパチパチ」
  仲良しの後輩・小沢、隼の姿を見てくすくすと笑う。
小沢「美島さんて、涼しい顔をしたまま、普通にバックネットまで投げちゃいそうな女性が好きですよね。きっと」
隼 「確かにそうかも。オザッチは?」
小沢「僕は変な方向にへにゃって投げて、3バウンドくらいしちゃう女の子ですかね。その後、照れ隠しに、てへっとか笑って。うんうん」
隼 「(妙に感心)へぇー、そうなんだぁ」
小沢「そういうの、何か可愛くないですか」
隼 「うーん・・・・・・」
小沢「・・・・・・」
隼 「人によって恋愛のツボって違うんだぁ・・・・・・」
小沢「(笑って)ですね」

○宮本家・一軒家・庭(その夜)
  宮本の家族、若手の選手らがわいわいとBBQパーティー。
  そこへ隼、石野、小沢がタクシーで到着する。
  宮本の娘・花梨、隼に向かって一目散に走っていく。
花梨「隼くーん」
  隼、すかさず花梨を抱っこする。
隼 「花梨ちゃん、こんばんは」
  隼、花梨といちゃついていると、背後から夕菜が突如現れる。
夕菜「美島さん、先ほどはありがとうございました」
  隼、不意を突かれ思わず赤面。
隼 「あっ・・・・・・(ポカンとしている)」
  宮本、隼の反応にうんうんと頷きながら、
宮本「急遽、お誘いしたら、快く受けてもらってね(うししし・・・・・・)」
  隼、ようやく我に返って、
隼 「そうだったんですね・・・・・・今日の始球式、お疲れさまでした」
夕菜「筋肉パワーを全開しすぎて、バックネ ットに直撃しそうでしたけど(笑う)」
隼 「いいえ、かっこよかったです」
  隼の腕の中で花梨がきょろきょろしている。
    *    *    *
  宮本と花梨を中心に皆が花火をしている。
  隼、笑顔を浮かべその様子を見ている。子供の頃にした花火を思い出している顔。
  夕菜、レプリカユニフォームを手に持ち近づいてくる。申し訳なさそうに、
夕菜「あのう、美島さん」
隼 「(不意を突かれ)あっ、はい」
夕菜「厚かましいお願いなんですけど、今日着ていたユニフォームにサインをいただけないでしょうか。記念に」
隼 「もちろんです。僕でよければ」
夕菜「お願いします」
  夕菜、ユニフォームとサインペンを差し出す。
  背中には「背番号1/YUNA」と入った特注品。
  隼、受け取ると、ささっとサインを書き出す。
夕菜「美しい島で美島って、本当にきれいな名前ですよね。まさに、イケメンエースのイメージにピッタリ」
隼 「(素直に笑って)あはは・・・・・・実は、母が再婚する六歳までは、鈴木だったんです」
夕菜「(驚いて)えーっ」
隼 「誰も聞かないから、今まで言ったことないですけど。ははは・・・・・・」
夕菜「そうなんですね。ふふ」
隼 「余計なことを言うと広報の畑山さんに怒られるので、今のは内緒にしておいて下さい」
夕菜「はい(笑う)」
  隼、サインを書き終え、夕菜に渡す。
隼 「はい、これでいいですか?」
夕菜「ありがとうございます。勝手に美島さんの運とパワーを分けてもらいました。実は、ここ数日の間、少し不安だったんです。来週からカナダへ行くので」
隼 「えっ? カナダ・・・・・・ですか?」
夕菜「はい。北米に女子のプロリーグがありまして、トライアウトに合格したんです」
隼 「すごいですね」
夕菜「まだ、通用するのかわかりません。でも、オリンピックでメダルを取れるように、世界で戦えるように実力をつけたいんです。競技自体の人気も上げたいですし」
隼 「そのバイタリティ、見習いたいです」
夕菜「美島さんこそ、メジャーにはいかないんですか?」
隼「まだ考えたことがないです。その域に達していないというか・・・・・・まずは優勝目指して全力でがんばります」
夕菜「海の向こうから応援しますね」
隼 「ありがとうございます。僕も応援します。新たなチャレンジ、がんばってください」
夕菜「はいっ」
隼 「で、あのう・・・・・・」
  刹那、ドラゴン花火が一気に激しく火の粉を散らす。

○(翌日)新千歳空港・ラウンジ
  移動用の球団スーツを着た選手たちが搭乗を待っている。
  隼、石野、宮本がソファでくつろいでいる。
  後方に柿沢監督や岩井コーチ。周りに選手たち。
  宮本、にやにやしながら隼を肘で小突く。
宮本「で、吉澤夕菜さんとはどうなったんだ?」
隼 「えっ? どうって?」
宮本「恋への進展だよ」
隼 「恋?」
石野「まさか連絡先とかも交換しなかったのか?」
隼 「はい・・・・・・えっ? するものなんですか?」
宮本「おいおい」
石野「・・・・・・(がっかり)」
宮本「お似合いに見えたが、だめだったか・・・・・・というか男ならガシッといけよ」
隼 「ガシッと?」
  後方から、岩井が話に割り込んでくる。
岩井「(にやにやして)まあ、仕方ないな。そもそも初恋って実らへんて言うし」
隼 「(ふくれて)何か、失恋して、慰められてるみたいになってませんか?」
岩井「違うんか」
隼「違いますよ。好きとか言ってないし、ふられてもいないし、そもそも、何も始まってません。それに僕の初恋は、タカちゃんですから!(石野を睨む)」
石野「結局、またシスコンに戻ってるじゃないか! 早く恋人作れよ」
隼 「あーあ、何で、タカちゃんの相手が亮介くんなんだか。はぁ(ため息)」
石野「くーっ」
隼 「それに、まだ独身の岩井コーチに、気にするなとか、言われたくないですぅ」
岩井「それもそうやな。あはは」
宮本「もう、仕方ないなぁ。うちの可愛い娘の花梨を将来嫁にやってもいいぞ。隼のこと王子様だって思ってるから」
隼 「えーっ、宮本さんが義理の父親になるなんていやですーっ」
宮本「おまえなぁ」
  宮本、ふざけて隼を締め上げる。
隼 「あはは」
石野M「(いつになったら、大人になってくれるんだよ!)」
  後方から聞いていた柿沢監督も参戦。
柿沢「隼。野球も人生も恋愛も同じだよ。傷つくことを恐れて、勝負しないと始まらない。まずはど真ん中に直球を思い切り投げ込んでみたらいい。渾身のファイヤーボールをさ」
隼 「監督・・・・・・何か、今の言葉、妙に心に響いたかもです」
柿沢「(照れて)そうかぁ」
隼 「確かに、野球と人生って重なります。先が読めないところ」
柿沢「野球は筋書きのないドラマだって、昔から言われているくらいだからな」
隼 「いいコースに剛速球を投げ切れても、ホームランされることもありますし」
宮本「逆に、明らかな失投を投げても、相手が打ち損じて抑えることもある」
石野「大量失点からの大逆転勝利もある」
柿沢「そう。セオリーどおりにはいかない。流れに飲み込まれて、野球理論なんて、全く刃が立たない時もある」
岩井「そもそも、打たれたくないと思って逃げていたんじゃ、相手を仕留められないってことやな」
柿沢「そういうことだよ。もし、打たれたら、その日は目一杯落ち込んで、次の日に立ち直って、また勝負すればいい。勝ち負けは明確に結果として出るけれど、勝者だけが称えられる訳じゃない」
宮本「野球も人生も、同じ構図ってことですよね。熱い想い、諦めない気持ちとか」
石野「打たれても向かっていく。それに努力と忍耐、挫折からの挑戦とか」
隼 「だから、ファンのみんなもあんなに熱狂して応援してくれるんですよね」
柿沢「そう、老若男女問わず、ゲームに自分の生き方を重ねたり、励みにしたり、一喜一憂してくれる。そのためにも、俺たちは勝ち続ける。リーグ優勝をする。日本一になる」
  周りの選手たちから賛同の拍手が起きる。
柿沢「(照れ笑い)何か、熱く語ってしまったよ・・・・・・」

○(数週間後)札幌ドーム・フィールド
  毎度お馴染みの檜田との対決。
  檜田、ウェイティングサークルでブンブンと素振りをしてからバッターボックスに入る。
  隼、クールな表情のまま、振りかぶって第一球を投げ込む。何と145キロの高速フォークボール。
  ストレートを狙っていた檜田、体勢を崩し空振り。
檜田「・・・・・・(何?)」
隼 「(涼しい顔)」
  二球目、三球目も予想外に高速フォーク。
  檜田、拍子抜けの空振り三振。
檜田M「(何で、三球ともフォークボールなんだよ!)」
隼 「(にやり)」
石野M「(違った意味で大人になってる・・・・・・)」

○美島家・リビング(夜) 
  隼、ソファにくつろいで、スマホを見ている。
  画面は球団公式インスタ。先日の始球式時に夕菜と一緒に撮った一枚。
  写真を見ながら、数週間前の夕菜との会話を思い出している。

○(回想)宮本家・一軒家・庭(夜)
  刹那、ドラゴン花火が一気に激しく火の粉を散らす。
隼 「で、あのう・・・・・・」
夕菜「はい」
隼 「カナダに行ってしまったら、カレシとか悲しみませんか?」
夕菜「(ふっと笑って)カレシはいませんから、その心配はありません」
隼 「(うれしそうに)そうなんですか」
夕菜「自分に恋愛禁止を課しているわけではないんですけど、今はアイスホッケーのことしか考えられません。不器用なんです」

○(現在)美島家・リビング(夜)
  隼、インスタ写真をじっと見つめ、にっと笑って、「いいね」をポチッと押す。
隼M「(応援してます)」
  貴子、そのにこやかな表情を見てうんうんとうなずき、微笑む。
貴子「隼、ごはん」
隼 「今日は何?」
貴子「あさりごはんとブリの照り焼き。野菜たっぷりのつみれ汁。それに高野豆腐の炊き合わせ」
隼 「めっちゃ、和食。実は、この頃、和食も好きなんだよね」
貴子「ふふっ、大人になってるじゃない」
隼 「まあね。でも、残念だったね。こんなにがんばって作ったのに、石野さんが野手会で来られなくなって」
貴子「別にいいわよ。隼がおいしいって食べてくれるから」
隼 「(うれしそうに)だよね」
貴子「うん・・・・・・(あっ、何か私の方が後退してる気がする・・・・・・)」
隼 「いただきまーす」
貴子「どうぞ。たくさん食べてね」
  隼と貴子、相も変わらず仲良し夕食風景。
隼 「タカちゃんさぁ」
貴子「ん?」
隼 「石野さんと初めてあった時、どう思った?」
貴子「どうって、第一印象?」
隼 「石野さんは、タカちゃんに一目惚れしたって言ってたから」
貴子「(嬉しそうに)まぁ、そうなの?」
隼 「(口を尖らせて)うん」
貴子「私は・・・・・・一目惚れっていうより・・・・ ・・」
隼 「・・・・・・(興味津々)」
貴子「この人と結婚するような気がする・・・・・・って思ったの(笑う)」
隼 「何で?」
貴子「何故か」
隼 「予感がしたってこと?」
貴子「そういうことになるのかなぁ。やさしそうで、爽やかで、感じのいい人だとは思ったんだけど、恋に落ちたーっ、みたいな衝動ではなかったのよ」
隼 「ふーん」
貴子「でも、また会いたいと思ったし、この先ずっと一緒にいるような気がしたの」
隼 「(嫉妬にふくれて)結局は一目惚れってことじゃん。何かぷくぷくと腹が立ってきた」
貴子「ふふ。おのろけになっちゃったかしら」
隼 「(まだふくれたまま)でも何か、いいな、そういうの!」
貴子「ふふ・・・・・・人間の出会いって、そもそもそんな感情の繰り返しだと思わない?」
隼 「(考えて)うーん・・・・・・」
貴子「初めてあった時に、咄嗟に抱く感情。さっき、隼が言った予感にあたるのかもしれないけど」
隼 「でも、予感って、後々の結果があるからこそ、そう判断している気もする」
貴子「まあ、そうなんだけど。そう思えることが素敵だなぁって・・・・・・お母さんも言ってたの。ああ、隼のお母さんのことね。初めて、採用の面談で、うちのお父さんに会った時、直感的にこの人になら、無理しないで、何でも相談できるって思ったんですって」
隼 「(感心して)へええー」
貴子「隼を抱えて、シングルマザーであたふたしたところも、包み隠さず見せよう。きっと味方してくれるって」
隼 「僕、覚えてるよ。保育園で熱を出した時、お父さんがお母さんを車に乗せて、迎えに来てくれたこと」
貴子「そんなことがあったのね」
隼 「その時は仕事先の支店長さんだって紹介されたけど、何かお父さんの大きな手に抱っこされた時、嬉しくて、しがみついちゃった」
貴子「それは、お父さんがメロメロになるわけだわ。うんうん」
隼 「今思うと、確かに、お父さんになる予感があった。いや、かっこいいからなってほしかったのかな」
貴子「でしょう? 恋愛だけじゃないわよ。友人関係もそう。隼がファイヤーズに入団したのだってそうよ。球団が隼に予感してくれた。期待してくれた。この先、エースになってくれるってね」
隼 「そうだね」
貴子「そして、ファンのみんなも同じように予感してくれた。恋してくれた」
隼 「もっともっと、がんばらないとだめだね。たくさんのファンに愛されちゃってるんだから(笑う)」
貴子「ふふ・・・・・・まあ、話が逸れちゃったけど、運命の人って、現れた瞬間に分かるんじゃない?」
隼 「確かに・・・・・・」
貴子「あらぁ、こんな話をするなんて、そういう人が現れたのかしら?(ずるい顔)」
隼M「(だから、前からいるもん)」
貴子「(何となく聞き返す)えっ?」
隼M「(タカちゃん)」
貴子「ん?」
隼 「残念でした。いません」
貴子「あらら」
隼 「(ふっと笑って)まだ二十二歳だから、気長に見つけるよ」
貴子「そうよね。私みたいにアラサーじゃないんだから、焦ることないわよね」
隼 「予感といえば・・・・・・実は今年、優勝して、日本一になる予感がするんだ」
貴子「まあ! きっと当たるわね。その予感」
隼 「うん」
  隼、晴れ晴れとした笑顔で貴子を見つめる。

○同・超満員のスタンド~通用口
  選手をはじめ球団関係者、各放送局・メディア、超満員のスタンドに満面の笑み。

○同・ベンチ前
  選手が円陣を作っている。本日の声出し係は、無茶ぶりされた感のある小沢。
小沢「(声をはって)エースで負けるわけがない!」
選手全員「おうっ!」
小沢「守り勝ちましょう!」
選手全員「おうっ!」
小沢「打ち勝ちましょう!」
選手全員「おうっ!」
小沢「(絶叫)オールスター前、首位で折り返しましょう!」
選手全員「おうっ!」
小沢「気合いを入れていくぞーっ、おうっ、 おうっ、おーーーーーーーっ!」
  小沢、両手の拳を突き上げる。
選手全員「おーっ!」

○同・フィールド~スタンド
  ファンの手には、お気に入りの選手の応援グッズ(顔写真うちわ、タオル、手作りボードなど)。
  その中に美島隼の応援グッズ。レプリカユニフォーム、背番号「 11」/ 「MISHIMA」を着た年配のファン、男性ファン、女性ファン、子供のファン。
スタジアムDJ「ピッチャー、美島隼!」
  隼、ベンチからマウンドへ向かう。登場曲はR.E.M.『So Fast, So Numb』。投球練習を始める。その姿は、超絶かっこいい。
             おわり

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