見出し画像

警察官の心の支援はなぜ必要か⑤

五 警察官の心の支援 残された課題

警察官の心の支援の必要だと感じる点について①ではその背景を自然災害と人的災害の両面から、②では警察官の職業文化とストレスが(家族を含む)警察組織外の人間関係に与える影響という視点で、③では組織の中の警察官という立場がストレスを作り出した結果が不祥事に繋がるという懸念を、④では米国には警察官の心の支援についての学ぶべき仕組みがあるという事例を挙げ、検討してきた。

では現在、我が国で「警察官の心の支援」はどのような形で行われているのだろうか。
度重なる自然災害や警察官の殉職などに鑑みて、警察組織は『警察官のメンタルヘルス』に理解を持ちつつあるようだ。

警察庁は2011年4月から5月にかけて岩手県、宮城県、福島県の三県の警察官を対象に『東日本大震災による惨事ストレスに対する調査』を行っているが、続けて2012年にも同様の調査を行っている。(警察官の心の支援はなぜ必要か①参照)また、2014年には『犯罪被害者支援活動の従事する警察職員の代理受傷に関する調査報告者』をまとめていることから、2011年の東日本大震災を機に警察組織において職員のメンタルヘルスへの関心が高まっているものと考えられる。
 それ以前の研究に関して目立ったものといえば、2009年から2010年に調査が行われた【和歌山県立医科大学・医学部・助教/福元仁氏を代表者とした『警察官のうつ病・自殺対策を目的としたストレスの生物学的評価法の確立』】があるが、やはり東日本大震災を境に惨事ストレスに関する調査研究の数は増加傾向にあると感じられる。

一方、警察庁は2019年(平成31年)4月『総合的な福利厚生施策の推進について』通達を行っているが、通達の冒頭に『警察庁におけるワークライフバランス等の推進の取組計画(平成28年3月10日警察庁長官決定)を改正し』とあり、警察組織では2016年に警察職員のワークライフバランスについての取り組みが始められていたことになる。
 1980年代後半に米国で始まったワークライフバランスの概念が我が国で意識されるようになったのは、1985年に制定された男女雇用機会均等法がきっかけとなったようであるが実際にこのことについて政府の取り組みが政策となったのは2007年のことである。

 時を経て2019年4月に改正通達された『総合的な福利厚生施策の推進について』には、新たに『ピアサポートの実施要領』が別添されているが、この『peer support(ピアサポート)』というのは『同じような立場の人が支え合う(または助け合う)』という自助活動を指すもので、福祉の現場で使われることの多いものである。
 警察官がその職業文化から『警察官という職業によって強く結ばれている』ということについては前掲(警察官の心の支援はなぜ必要か②)で触れているが、“感情のコントロール”、“冷笑主義”、“過保護”といった警察官特有の文化の共有は仲間意識を高め、いずれ自分も(また相手も)経験するであろう悩みを打ち明けたり、傾聴することを容易にするものである。このことから、ピアサポートは警察官の心の支援に非常に適したものであると考えられる。しかしながら、ピアサポートに参加することは『その人の立場を経験する』ということに意味があるものであり、自殺念慮などの深刻なメンタルヘルス上の懸念が見られる場合には医師の診察を受けるべきであることを付け加えておきたい。

 最近の都道府県警察ではメンタルヘルスに対する意識が高まりつつあるということは間違いないようである。各都道府県警察には臨床心理士などの専門家が配備されていることも珍しくないが、基本的にその雇用については各都道府県警察に委ねられているようだ。しかしながら、警察官及び警察職員に精神的なショックを与えるような大きな事件を経験した都道府県警察が心理の専門家を積極的に採用する傾向にあるように感じられる。2019年4月の改正通達を受けた都道府県警察では、どのような対処が行なわれているのだろうか。簡単ではあるが聴き取りなどの方法で調査を行ってみたところ、『改正前の既存のもの(平成28年3月10日警察庁長官決定)をベースにピアサポートに対応できるよう整えた』とした上で、『特にこの仕組みが機能しているようには感じない』という意見が多かったように感じられた。

やはり、警察組織内で作られたピアサポートの仕組みを組織内の人間だけで実現するのは難しいのである。形だけでなく実態が伴うメンタルヘルスケアの実現は、我が国の警察組織の喫緊の課題である。ピアサポートを成功させるためにどのような仕組みを作るのか、仕組みを機能させるためにどのような法律や条例が必要か、できた仕組みを警察官とその家族に憂いなく利用してもらうために何が必要かを検討した上で、中身の伴う『ピアサポートの実施要領』を通達することが望ましいと私は考えている。

2018年9月14日 police1.com でJames Dudleyは『成功したピアサポートプログラムに見られる6つの柱』として、以下の6項目を挙げている。参考までに紹介しておきたい。

⒈ 機密保持
信用と信頼を築くため機密保持は重要である。守秘義務が崩壊すれば、心理的なサポートに手を伸ばすことを恥だと感じる人はより一層そこから遠ざかってしまう。守秘義務とプライバシーはピアサポート担当警察官から警察本部長に至るまで保持されていなければならない。

⒉ 行政支援
採用する機関では、署長、保安官、及び指揮官の合意を得ていなければならず、政策と管理命令の作成、財源の確保、人材の獲得を支援すべきである。特に信頼できる有能なプログラムディレクターを確保することは重要である。

⒊ メンタルヘルス専門家の指導とサポート
メンタルヘルスの専門家はガイドラインとポリシーの策定からピアサポートメンバーの選定、訓練のアドバイスと実施、そしてメンタルヘルスのリソースに至るまで、ピアサポートプログラムのすべての段階において重要である。

⒋ 人選
Kirschman博士が指摘したようにピアサポートプログラムのメンバーは信頼され、有能で頼りになると見なされるべきである。彼らには、自身の葛藤や問題を抱えていない、訓練に適応できることが求められる。

⒌ 訓練とサポート
メンタルヘルス専門家たちはメンバーが承認されたメンタルヘルス・ガイドラインに従っていることを保証するために訓練と連携させるべきである。ピアサポートプログラムメンバーが仲間であることを過度に意識したり、問題を解決しようとしたり、犯罪を隠蔽したり、事件を修正したり、個人を擁護したりしないよう潜在的な危険に対処し、再確認する必要がある。訓練では積極的傾聴、中立の維持、トラウマへの理解、自殺や薬物乱用の兆候に注意することを取り上げるべきである。

⒍再検討と監査
どのような政策やプログラムにも言えることだが、効果的なプログラムを維持するには評価と見直しが必要である。利用者数、訓練及びピアメンバーの監視は評価されるべきものだ。社内監査については、客観性を保つために中立的な外部監査人によって補完されるべきである。

James Dudley How to launch a successful peer support program
http://www.Police1.com Sep14,2018

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?