こんな星の夜は、

 「あいつ、あたしのポニーテールが妙に好きだったんだ」
から始まれば、この恋はすでに終わっている。これはすべてが終わった翌日の17時。放課後、久しぶりにロッテリア。起承転結で言えば、転。
「へえ、意味わかんね」
席につく寸前からポテトを食べ始める千紗。あと数秒我慢できないのが千紗の癖。
「なんかね、ポニーテールっていうか、ポニーテールってこう髪の毛が張るじゃん? テール部分じゃない方はさ。その、張った毛とは別に、張れなくてほんのわずかに漏れ出した毛がいるじゃん? それが見るのが好きなんだって。キモいよね」
頼んだポテトはLで、いつもあたしたちはそれを分け合う。
「聞いてもわかんね。てか由里香、キモいって思ってたんだ?」
千紗は口に入ったポテトはそのままに、まるで反射神経だけの会話みたい。
「いま思えばね」
へえ、と言いつつ「もっとそういうキモいエピソードないの?」って千紗の目はしてる。
「あ、あとこれはときどきなんだけど、あいつ慣れない階段を下るのが下手で。意味わかんないでしょ? なんかどっちの足だせばいいかわからなくなるんだって。けど、」
とっさに、口をつむぐ。けど、そういうとこが好きだったんだよね。と言いそうになったから。でも今日は、そういう日じゃない。
「けど?」
会話の途切れ方があまりに怪しくて、千紗のポテトをつまむ手が止まる。
「いや、なんでもない。あいつはサイテー。別れて正解だったよ」
だね、って小さく呟いたのを見て、わかってたまるか、ともちょっと思う。
「千紗はそういう話ないの? 最近彼氏ばっかで聞けてなかったし、きかせてよ!」
千紗とは毎日同じ教室で会うけれど、こういう話はなかなか学校ではできない。というか、あたしがしたくないから千紗にも聞かない。
「おっ、別れた途端友達に無茶振りですか〜? 私を掘ってもなんにもでないよ」
コーラを飲みながら、残念でした〜と言わんばかりに千紗が憎たらしい顔をむけてくる。ずるい、あたしの話ばっかり聞いて! と思いながら、でもそれでもいいや。
「智紀となんで別れたの?」
急な核心を突く質問に思わず足をテーブルにぶつける。あたしが頼んだウーロン茶がちょっとだけ揺れる。
「まあ、すれ違いってやつ?」
「おっとな〜! じゃあ、一番好きだったところ教えてよ」と笑い飛ばす千紗。答えづらい質問は、こうやってスカしても千紗は深追いしてこないから楽で居心地がいい。
「一番好きだったところは、身長。あと服装かな。おしゃれなほうだったと思う。普通にかっこよかった」
1年付き合って外見かよ! と突っ込む千紗にも、本当に好きだったところは恥ずかしくて言えない。テキトーな会話に、智紀との大切だった時間を消費されたくなかった。
「この恥ずかしがり屋め!」
そう言って、ポテトを一気に5本食べる千紗は、でも、そんなあたしのことも知っている。本当のことを言わないのは多分お互い様。許し合っているからこそ、お互いには失望したくないし、されたくない。ほんとは、智紀はね、機嫌がいいと鼻歌を歌うんだ。それは、あたしの知らない曲だったり、あたしが強引に勧めた曲だったりするんだけど、それでね、1日の終わり、帰り道。駅に向かって歩いていくときにちょっと会話が途切れて街のどうでもいい音楽だけが鳴っている時間。そこで智紀が鼻歌歌い出すのが、すっごい好きだったの。あぁ今日が楽しかったんだなってほっとする。それであたしも楽しくなるっていうか。あえて沈黙を作ることもあるよ。今日はどうだったんだろう?って。もちろん歌わないときもあるんだけど。そのときは大抵あたしの機嫌も悪くてさ。だからまあいいというか、そんな感じ。
「まあいいじゃん、終わったことなんだし」
こっちから千紗を誘ったのに、なぜかぞんざいに扱ってしまう。
つい手に取ったウーロン茶はポテトとあんまり合わないけれど、ポテトを食べた罪をウーロン茶はチャラにしてくれる(ような気がしている)。
「え〜と、じゃあさっきの続きで嫌いなとことかほかある? てかまだ話ある?」
テキトーな友達にあたしは今きっと救われている。
「ほかにはね〜めちゃくちゃあるよ。気に入らない映画だったら、エンドロール中に帰りの支度始めるし、こっちは余韻に浸りたいのに。あとはなぜかフケがすごいから黒い服着れないし、絶対カレーはこぼすし、食べ方もちょっと汚いし、デートととかも受け身でまかせっきりだし、大学も未定で将来はゲーマーになるとか言ってるし、いっつもパーカーだし」
でも、でもね。でも、まだ、本当はね。ねえ、千紗。でも本当は違うんだよ、智紀はそんな奴なんだけど、そうじゃないんだ。言いたいけど、認めたくない事実が、あたしの胸の中にはある。それは言葉にしたら負け惜しみになって、そしたらあたしだけが過去に残されたみたいで、別れた原因はお互いにあるけど、フラれたって言い方が多分正解で、でもなんだかそれも言いづらくて。
「でも、好きだったんだ。というか、まだ好きとか?」
虚を衝く、鋭い言葉の光線だった。千紗は、やっぱりどこかで気づいていたみたいだ。
「いや、もう好きじゃない。これはマジ」
それでもあたしは嘘をついてしまう。話を逸らすようにひょいっと残りわずかのポテトをまとめてたいらげて。そんな自分が嫌いだ。

 テーブルには、飲みかけのウーロン茶と、多分中身の無くなったコーラ。それと、ポテトがあったことを知らせる油だらけのポテト容器。

 話は尽くしてないけれど、今日はこのまま帰ろう?
 帰りながらでも、あたしたちは会話はできるし。ロッテリアを出て、マジックアワーを乗り越えたあたしたちを待ちうける田舎の夜は、想像よりもずっと暗かったけれど、ロッテリア出た瞬間、「暗!」ってふたりで言い合ったけれど、でも駅までの道のりは街頭が照らしててくれて、なんだか千紗と肩組んで歩いちゃったりして。自撮りをあわてて駅のホームで撮ったりして、「別れた記念」ってそれいつ見返すのって思うけど、千紗は最初から最後までずっと笑顔だった。「じゃあまた明日」って千紗が先に電車から降りて、ひとりになっても、すぐに千紗からさっき撮った画像が送られてきて、それだけなのにちょっと泣きそうになって。

 それでね、この話は家に帰れば結末を迎えるんだ。そうなんだけど、ちょっとした小さな奇跡が起こるの。最寄り駅に着いて、エスカレーターで改札まで登ってそこからあたし、鼻歌を歌い出したんだ、今日の千紗との話が楽しくって。
 歌ったのは、智紀から教えてもらった「スターフィッシュ」だった。エルレガーデンってバンドの。でね、イヤホンしてて、自分の声の音量とかもちょっとどうでも良くなっててさ、半泣きで歩きながらスマホでツイッター開いたらさ、ずっと活動休止してたらしいエルレガーデンが復活しててさ。10年ぶりだよ? それで、そこでなんかもういいやって。終わっても終わってないっていうか、また戻ってこれるんだって思ったというか。続けるのは難しいけど、いったん終わってもまた戻ってこれるんじゃんってその瞬間に思ったんだ。この知らせを聞いたら、智紀はどれだけ喜ぶんだろう。絶対ベッドの上で飛び跳ねてる。それかもうどこかで歌い出しているかも。そう考えるだけで幸せだと思ったんだ。あたし、鼻歌じゃなくて思い切り歌って帰った。こんな星の夜は、こんな星の夜だったら、君と重なっているかもしれないし。そうだったらいいな、って思って帰ったんだ。

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