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『ドッグレース』(木内一裕、講談社文庫)の感想

 『アウト&アウト』『バードドッグ』と立て続けに難事件を解決してきた矢能政夫。相変わらず仕事はろくにないようではあるが、いままでの開始とは一味ちがうのである。

「(略)あなたの噂を聞いてて、自分を救うことができるのはあなたしかいないと言っているんです」
「どんな噂だ?」
「裏社会がらみのことはどんなことでも探り出せる、超すげえ探偵なんだ、と……」
「人違いだ」(p30)

 矢能の裏社会での評判が爆上がりしていることがわかる。しかし、このことはとてもやばい。裏社会にどっぷりつかっているアウトローたちが深く関わってくるということだ。詳細を省くが今回の依頼者もまさしくそうだ。

 悪人の集まるのならば、それと反対の人種たちからも目の敵にされる。

「鳥飼弁護士はきのう、矢能という探偵の事務所を訪ねている」
「え?」
 中尾警部が眉を顰めた。
「監視をつけたんですか? いいんですかそんなことして?」
            (略)
「あなた方は、矢能政男という人物をよく知っていると聞いたんだが……」
 金山検事が言った。
「矢能!?」
 二人のマル暴の眼が険しくなる。
「あのクソ野郎、事件になんか噛んでやがったんで?」
(p67-68「顰」の「ひそ」のルビを略した)

 矢能が全く動いていない時点でこの取り扱いである。というか今回公的権力側がえげつない。特にシリーズ最多出演のマル暴コンビがゲスを通りこしすがすがしい悪人っぷりである。しかし、矢能の危機はそこに尽きない。

「断る」
「あ!?」
 枝野の声が尖った。
「矢能さんよぉ……、あんた調子乗りすぎだよ」
(P119、尖の「とが」のルビを略した)

 矢能シリーズに欠かせない暴力的犯罪的組織も大活躍である。文庫本帯文にある「警察×検察×ヤクザの完全包囲網」とはこのこと。ミステリ的要素にも噛んでいる。矢能は今回正義側なのに多方面から追撃されていく。

 そして、こんなアウトな状況で、矢能の背後からもピンチが迫っている

 事務所に戻るなり栞がソファーから起ち上がった。矢能は左右に首を振った。
「いい話はなに一つ出てこない」
「……………」
 栞の落胆はわかりやすかった。力なくソファーに尻を落とし、頂垂(うなだ)れている。
(p28、「うなだ」のルビをパーレーンに送る改変をした)

 これも詳細は略す。悪人がおしよせ同時に家族のピンチが訪れている。今回矢能は今までと変わらず、いや、今まで以上にタフで優しくて不器用で、しかもおそろしく怜悧な活躍をみせる。超おすすめのエンタメ小説です。

(最後に、本作と他2作のシリーズと異なる点を。いままでより「マフィア映画」な質感の映像を喚起する力を感じる。序盤の「マルコ」の登場のインパクトが強くて全体をそう感じるのかもしれない。シックな格好よい映像イメージが繰りだされており、フィルム・ノワールファンや翻訳文学ファンにもすすめたい作品です。)



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