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《大学入学共通テスト倫理》のためのフランシス・ベーコン

大学入学共通テストの倫理科目のために歴史的偉人・宗教家・哲学者を一人ずつ簡単にまとめています。フランシス・ベーコン(1561~1626)。キーワード:「イドラ(種族の、洞窟の、市場の、劇場の)」「経験論の祖」「帰納法」「知は力なり」主著『ノヴム・オルガヌム(新機関)』『ニュー・アトランティス』

これがベーコン

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イギリス経験論の祖。思想家・哲学者だけでなく、法学者、科学者の顔も持ちます。父を若くして失い法律家となり、法学代表の議員など政治に関わりながら、最終的に大法官にまで登りつめた人物です(でもそのあと失脚します)。同じイギリス・ルネッサンスの芸術家シェークスピアと同一説も語られたこともあります。それだけ時代に破格の存在感をかもしていると言えるかもしれません!

📝ベーコンの学問の未来に対する信頼を見ましょう!

神は人間の精神を鏡かレンズのようにつくられたので、それは全世界をうつすことができ、目が光をやどすことを喜ぶように、全世界の像をやどすことを喜ぶ(ベーコン『学問の進歩』(服部英次郎・多田英次訳、岩波文庫)p19から引用)

まず、世界をまるごと知りたい人間の知的好奇心を全開に肯定します。もう中世じゃない!

📝同時に、認識のエラーに対する警戒も怠りません!

人間の精神は、事物にあたる光線が(略)反射する曇りのない平らな鏡の性質であるどころか、いな、むしろ、魔法にかけられた鏡のようなものであって、その魔法をといてもとにもどさないかぎり、迷信とまやかしにみちたものである。(ベーコン『学問の進歩』(服部英次郎・多田英次訳、岩波文庫)p227から引用)

精神が捉えた像は、ゆがんでいるどころか魔術的にジャミングされていると述べています。

📝それを導くのがベーコンによる「ノヴム・オルガヌム」です!

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ベーコンの主著『ノヴム・オルガヌム』は「新しい論理の学」という程度の意味のラテン語。しゃれてタイトルだけラテン語にしたのではなく、全編ラテン語で書かれた(未完の)書物です。ベーコンは「母国イギリスを越えて全ヨーロッパの新たな典範となる」意気込みで本書を書いたのだと思います。ここから、『ノヴム・オルガヌム』のベーコンの「精神が世界を捉える正しいやり方」をチェックしていきましょう!(画像は『ノヴム・オルガヌム』の書影です!)

▼まず、真理を求める手続きが厳密です!

我々は推論式による論証を退ける、それは混乱を助長し自然を手中から逸するから。(略)名辞はだが概念の符牒であり記号であるという点に、欺瞞のおそれがある(略)精神のもつ概念そのもの(略)が、事物から不手ぎわにかつ軽率に抽象され(略)結局多くの点で欠点あるものであったとしたなら、一切は崩壊してしまうのである。(ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』(桂寿一訳、岩波文庫)p38から引用)

こんな感じがベーコンの反スコラ学。スコラ学の概念の使用のし方だけでなく、言語の安易な使用さえ批判しています。

▼次に知性のもつエラー、4種類の「イドラ」の存在を指摘します!

➊「種族のイドラ」はこんな感じ

「種族のイドラ」は(略)人類のうちに根ざしている。(ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』(桂寿一訳、岩波文庫)p84から引用)

これが「種族のイドラ」。人間の知覚条件=真理とする人間中心主義をこう呼びます。

❷「洞窟のイドラ」はこんな感じ

「洞窟のイドラ」とは人間個人のイドラである。というのも、各人は(一般的な人間本性の誤りのほかに)洞窟、すなわち自然の光を遮り損う或る個人的なあなを持っているから。(ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』(桂寿一訳、岩波文庫)p84から引用、ただし「あな」の傍点を略した)

これが「洞窟のイドラ」。個人の先入観のことを指しています。ところで、このたとえは「洞窟」より「光」の語の使用がベーコンらしいと思います。

❸「市場のイドラ」はこんな感じ

相互の交わりおよび社会生活から生ずる「イドラ」もあり、これを我々は人間の交渉および交際のゆえに、「市場のイドラ」と称する。人間は会話によって社会的に結合され(ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』(桂寿一訳、岩波文庫)p85から引用)

これが「市場のイドラ」。ベーコンがイドラの「一切のうちで最も厄介なもの」(同上p96)と言うのは納得。人を信じるのはしかたない。ただ、ベーコンは「言語」自体が「交渉」から発生するために不可避の厄介さだという含意を込めています。

❹「劇場のイドラ」はこんな感じ

最後に、哲学のさまざまな教説ならびに論証の誤った諸規則からも、人間の心に入り込んだ「イドラ」があり、これを我々は「劇場のイドラ」と名付ける。なぜならば、哲学説が受け入れられ見出された数だけ、架空的で舞台的な世界を作り出すお芝居が、生み出され演ぜられたと我々は考えるからである。(ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』(桂寿一訳、岩波文庫)p85-86から引用)

これが「劇場のイドラ」。これらのイドラ論をみると認識のエラーは必然だと思えます。4種のイドラブレンドが私たちの通常の認識にあるという話。そりゃ精神は「魔法にかけられた鏡」かも!!?

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画像は魔法の鏡をみているイラストです。強力なイドラと対決し戦うための認識の武器をベーコンは構想しています。これからその方法である「帰納法」をチェックしていきましょう!

▼ベーコンは経験から公理をつかむイギリス経験論の祖です!

あらゆる種類の経験から、まず原因と真なる公理〔一般命題〕の発見とが呼び出さるべき(ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』(桂寿一訳、岩波文庫)p115から引用)

こんな感じがベーコンの「経験論の祖」。リアルな経験に立ち、そこから公理を導こうとする姿勢が「経験論の祖」です。ロック、ヒュームが連なるイギリス経験論の系譜も要チェックです!

▼そしてベーコンは「帰納法」を世界「最大の希望」と扱いました!

今まで使われていたのとは、別の「帰納法」の形態が考え出されねばならない。(略)この帰納法もしくは論証法の充分なそして合法的な樹立のためには、極めて多くのことが準備されねばならず、それらは今まで、生あるいかなる人間にも思いつかれなかった。(ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』(桂寿一訳、岩波文庫)p164-165から引用)

これがベーコンの「帰納法」。個々の経験的事実から、一般的な法則を求める方法です(対義語は「演繹法」)。ベーコンは「単純枚挙法」(Aも〇〇である、Bも〇〇である…Zも〇〇である、よって〇〇が真)という普通の帰納法よりも、「経験的事実」のノイジーさと「一般的法則」の固定しにくさを乗り越えるような「帰納法」の手続きを構想して、近代科学の礎となっています。また引用は、当時なかった世界中の研究を一まとめにする「学会」の発想も含意していると扱えます。

▼ベーコンの「帰納法」のハードな印象をご確認ください!

第一に(略)すべての既知の事例を知性のまえに展示しなければならない。(略)第二に、与えられた本性の欠如している事例を知性のまえに展示しなければならない。(略)第三に、探究されている本性が異なった程度で存在する事例を知性のまえに展示しなければならない。(略)さて、この提示がなされたからには、帰納そのものにとりかかなければならない。すなわち、個々の事例すべての展示をもとに(略)もっと一般的な本性の特殊化であるような本性〔形相〕を発見しなければならない。(『世界の大思想6  ベーコン  学問の進歩 ノヴム・オルガヌム ニューアトランチス』(服部英次郎訳、河出書房)p303,305,312,319から引用)

これがベーコンの帰納法のプログラム。「展示」の具体例は「熱の研究」を例に膨大にあげています。この事例の分け方や検討の仕方はものすごく細かいです(ちなみに、ベーコンは本書で熱運動説をはじめて唱えた人という科学者の顔も持ちます)。とにかく、膨大な実務を経てそこからシンプルな「本性」を特定しようとするベーコンの「帰納法」にすごさを感じます。

▼ベーコンの名言「知識は力なり」の知識はこの所産です!

人が自然の下僕および解説者として為しかつ知るのは、自然の秩序について、実地もしくは精神によって観察したかぎりで(略)自然はこれに従うことによって以外には克服されない(略)すなわち人間の「知」と「力」とのそれは、実際一つに合致する。(ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』(桂寿一訳、岩波文庫)p52から引用)

こんな感じがベーコンの「知は力なり」。自然の秩序を知ることが、自然を克服する方法をも生み出すという学的知への信頼が語られています。現代のテクノロジーの流れの開始点にあたる発想と評価できるでしょう(引用は『ノヴム・オルガヌム』を第2部に据えて大構想を語った「著作配分」にあります)。

最後は、ユートピア物語『ニュー・アトランティス』で〆ましょう!

香料研究所もある。(略)われわれはまた動力研究所も持っている。(略)錯覚研究所なるものもある。(略)これらが(わが子よ)「サロモンの家」の財宝である。(ベーコン『ニュー・アトランティス』(川西進訳、岩波文庫)p61-62から引用)

これがベーコンの『ニュー・アトランティス』。船が「ベンサレムの国」に漂着し、乗員がその国を、学府「サロモンの家」が中心に高度な文明を築いている国を見聞する短い物語です。ベーコンにとって科学の「専門的分化」とその統合の実現が人類の「財宝」だと感じていることが分かります。近代的な学問の方法を開いたベーコンらしいポジティヴなヴィジョンだと思います!

後は小ネタを!

哲学者フランシス・ベーコンは知性がもつエラーのことを「イドラ」と呼んだ。《幻影》が意味のこのラテン語はアイドルの語源でもある。日本語の「アイドル」は「偶像(崇拝する存在)」という意味からきています。この意味はラテン語にはないそう(ただし、ギリシャ語にはある)。ラテン語で『ノヴム・オルガヌム』を書いたベーコンは、この言葉を「幻像(あやまりの像)」という意味でクリアに用いているでしょう。


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