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【インタビュー】目指すのお互いに“伝え、聴きあえる” 学校文化。「ケンカ」「対立」をタブー視しない紛争解決教育の新たな形

職場、友達同士、親子、夫婦、各人間関係のトラブルは意見の食い違いや、同じものを見ていてもなぜか違うように感じてしまうというところからスタートします。そうなると、自分達同士だけでは、なかなか建設的な話し合いが進みません。食い違いや対立がより深くなってくると、自分の目の前の状況にいっぱいいっぱいになってしまったり、相手の悪いところしか見えなくなってしまうからです。


こういった人間関係などのモヤモヤやトラブルを将来に向かって話し合う方法「メディエーション」を、中学生を対象に教えられている一般社団法人 メディエーターズ(2013年より)代表理事の田中圭子さんに、メディエーション に携わられるようになったきっかけから、メディエーション の教え方、具体的な授業の方法、そして今後紛争解決教育を行う上で挙げられる3点の課題についてお尋ねしました。

※一般社団法人メディエーターズ

https://www.mediators.jp


田中圭子さん 

顔写真

愛知教育大学 非常勤講師・国民生活センター紛争解決委員会特別委員・保険オンブズマン運営委員 少額短期保険協会運営委員・NPO法人日本メディエーションセンター代表理事(2003年~2013年)消費生活アドバイザー・消費生活専門相談員・産業カウンセラー・英国 CEDR  Accredited Mediator 



ーーー紛争解決教育をどのような授業を通じて実践されていますか。授業の方法や教材、題材について差し支えのない範囲で教えてください。 

 現在は中学校1年生を対象にメディエーションの授業を行っています。 ビープロダクションの教材では、「ジョニー&パーシー」を活用しています。


また、中学校以外でも、ご依頼を受けた保育園、子どもセンター(放課後の子どもたち)などでも、このアニメを活用しています。
 中学1年生の授業では、入学直後の小学校とは異なる環境になった生徒達が、新たな中学校という社会で戸惑う葛藤や対立とは何かを学ぶねらいとして、このアニメはとても分かりやすい教材です。


私たちは年に6回継続的な授業に伺っていますが、日常的に生徒のみなさんとかかわることはできません。そのため、生徒の皆さんの学びに、柔軟にそして丁寧に対応できるよう、学校の先生方と準備、振り返りなどミーティングを繰り返し、協同授業を心掛けています。現在はアニメの授業と各回の丁寧な振り返りは担当の先生が行っており、先生のアニメの授業や各回の振り返りなどを私たちが受け止めながら、私たちが自然な形で授業に参加させていただけるように、プログラムを組んでいます。 



担当の先生方と協同で授業をおこなうことで、単発のメディエーションの授業ととらえるでなく、学校のモットーや一年を通じて生徒の学びの目的が一致することを目指しています。目標が一致することで生徒にとって何を学ぼうとしているのかが分かりやすいプログラムを作ることを心掛けています。授業運営という点では、各回の私たちメンバーが毎回少なくとも2,3名が参加し、生徒がエクセサイズなどに参加しやすい雰囲気を作り出すことにも力をいれています。


授業の方法としては、アニメの他に実際に学校内でおこる対立などのデモや、種々エクセサイズを行い、その後、振り返りを通して生徒たちが自分たちの日常に結び付けて自ら考える時間を取るようにしています。理論の説明などの小講義は、理論ありきで伝授的な一方的な講義を行うのでなく、エクセサイズなどで学び、振り返りが出てきた時点で行っています。どのような事を学んでいるのかということを、一度整理する意味もありますし、その後、身近な事例を使いながら考えていく授業に参加するなかで、自らの学びを振り返る材料としての小講義を心掛けています。
 

ーーー紛争解決教育における授業の評価方法はどのようにしていますか。また、学習効果をどのように測っていますか。


各回の振り返りを丁寧に行い、生徒たちが日常生活に結びつけてしっかり考えることを行っています。紛争解決において、正解は一つではなく、一つの解を押し付けることは、そもそも紛争解決教育の理念とは一致しないようにも思います。生徒たちが自分達自身で考え、それをそれぞれがどのように行動に結び付けていくのかを大切に考えています。


  いろいろな点で成長過程にある生徒たちは、授業のみならず、友達との関係、周りの大人との関係、社会との結びつきなど多くの点で変化し、成長するものと思います。その中で私たちの授業のみを切り出して測定するのは難しいのではないでしょうか。


  従来、海外では生徒対象のメディエーションの授業はピアメディエーションが主に行われているので、生徒の中で何人かのメディエーターを育成することが目的になっていました。一方、私たちが行っている授業は学年全員がうける授業です。すでに5年目を迎えていますので、中学校全員が授業を受けることになっています。


  たとえ、一部の生徒がメディエーターとして育成されても、他の生徒がメディエーションの事を理解していなければ、仮にメディエーターがかかわろうとした時に「関係ないから、かかわるな」と言われかねないです。


  私は、生徒同士が、例えば当事者になったときは、ともに学びあった仲間や先生に「助けて」と言え、友達同士がけんかしているのを見た時には避けたり、一方的に自分の意見をおしつけるのでなく「大きな声してるけど、間に入っても良い?」と声をかけられる環境や学校の文化をつくるのが、この授業の最大の効果だと思っています。それは学校の生徒それぞれ一人一人を考えた時、一部の生徒をメディエーターとして育てるより、もっと大切な事だとおもいますし、これこそが紛争解決教育だと考えています。

生徒たち一人一人は、授業で実際やったことは忘れてしまうかもしれません。 将来、自分が当事者として、あるいは第三者として何らかの形で対立に直面した時に、自らが考えたこととしてメディエーションの授業で学んだ事を思い出すかもしれません。私は、それも一つの授業のとしての学習効果なのではないかと思っています。紛争解決教育の学習効果は一時的な測定時点では、測り知れないものなのではないでしょうか。


ーーー紛争解決教育における学習効果を高めるために、どのような工夫をされていますか。これまでに方法を変更されたことやそれによる変化などがあれば教えてください。
 
  日常生活の中には、意見の食い違いや、同じ事を見ていても感じる事が違うことは当たり前ででは、そこから自分はどうするのかということを、自ら考えるということを工夫しています。


  何をもって学習効果が高まったというのを定義するのが難しいのが、紛争解決教育なのではないかと思っています。けんかや対立の定義もまた難しいですが、例えば意見の食い違いは、決してなくなるものではなく、むしろ存在することが必然的であることを知る事が必要と思います。もちろん、いろいろな形の暴力の意味することも学ぶ必要はあることは間違いありませんが、紛争解決教育は「けんかをなくそう」という教育ではないと思っています。


自分が当事者としてけんかになりそうな時、自分と相手は何がちがうのか、そして、それぞれの違いを認めあおうとしながら、これから自分はどうすればよいのかを自ら考えることができれば、学習効果があったことなのだろうと思います。また、第三者として友達同士のけんか見かけた時にも同様に、けんかしている当事者が自分たちで考える事ができるような支援するためには、自分は何ができるだろうかとうことを考える事が学習効果として高められたといえるのではないでしょうか。


ーーー紛争解決教育を行う上で、課題に感じられることがあれば教えてください。

 三つ考えられます。第一に一人っ子が増え、また社会で子ども同士がけんかをしたりすることが少なくなった中、対立や紛争を他人事としてとらえられていること、第二に周りの大人もふくめ対立は避けるものとしてとらえられていること、第三にたとえシミュレーションであっても、対立を体験することは、対立に慣れていない子供たちにとってはかなりインパクトのある体験になることです。この3つの課題に対応する意味でも、授業のねらいや生徒たちの状況をスタッフ間でしっかり共有すること、そして授業を行う上で、先生、保護者のみなさんとのフォローアップ体制はしっかり連携することは必要不可欠になります。振り返りのなかでも、そういった生徒の変化をしっかり見て、フォローアップにつなげていくことも必要不可欠です。

ーーー紛争解決教育に携わるようになられた理由、個人的な動機や原体験を、差し支えのない範囲で教えてください。また、紛争解決教育に対する想いや、今後実現したいことなど、未来への展望についてもぜひお聞かせください。


  損害保険会社を退職後、国民生活センターで消費者問題にかかわる仕事についていました。その中、例えば高齢者をターゲットにした詐欺事件のような問題の背景には、高齢者の家族関係が大きくかかわっている事が多く、まずはその根本を解決しないと、目の前の事件は再発されてしまうのではないかと思ったことが原点です。


  その後、わが国で司法改革がすすめられる中で(2000年頃)、メディエーションの存在を知り、海外でのトレーニングをふくめメディエーションを学び、志を同じくする仲間と団体を立ち上げ、その後より実践的な活動をめざし「メディエーターズ」を共同代表の安藤と立ち上げました。

※メディエーターズに関しては下記のリンクより詳細をご覧いただけます。

https://www.mediators.jp/about



私自身は海外でメディエーションを学んだり研究したりする中、ピアメディエーション(学校内の対立や紛争を生徒がメディエーターになって解決をはかる)の存在を知りました。幼稚園、小学校の頃から義務教育としてシチズンシップ教育の一つとしてメディエーションを学ぶことで、各自が対立を客観的にとらえ、自分の行動を自ら考えていく教育は、紛争解決という点のみならず、メディアリテラシー、社会の中で自分の役割を考えるという点でも必要な事なのではないかと実感しています。



  特に学校内の対立は、閉ざされた空間で、かつ、人間関係が続く環境に起こります。そこで一義的な視点のみで解決を図ろうとすると、そこに関わる人間関係は根本から崩され、紛争解決プロセスを経ることで逆に、子どもたちが悩みを抱えてしまいかねません。



  本来は私たち大人も根本から学ぶ必要があるかと強く思っていますが、子どもたちへの教育を通して長い目で将来に向けた種まきができるのではないかと思っています。また、子どもたちが学びあうことで、その周りの大人にも少なからず影響が出てくるのではないかと思います。例えば、家族の問題や、介護の問題など、家族という閉ざされた空間の人間関係は学校と似ているところもあります。ビープロダクションでは介護メディエーションのアニメも制作していただきました。

現在私たちが行っているモデルのメディエーションの日本語書籍は、私たちが執筆した「調停に関わる人にも役立つメディエーション入門」のみですので、今後は、学校で先生方が授業で使える教材なども出版していきたいと思っています。


ーーーこれからの教材づくりも楽しみにしています。インタビューご協力いただき、ありがとうございました!


(おわり)

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