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 2階のその部屋には、締め付けなれている婦人が居た。
皇妃アルテミス、ガリアからここへ嫁ぎ、昨年、男子を生した。

 背は高すぎず低すぎず、白い肌はミルクのようで唇がイチゴのように赤い
金の巻き毛が美しく少し哀しげで上目遣いの視線が、とても魅力的だ。

「初めまして、皇妃さまお目通りが叶い恭悦至極でございます」
 ロッソがその手をとり唇を当てるルナはスカートが膨らむように膝を落とす。
「こんにちは、シヴァ王ロッソさま、ルナ王妃さま」
 2階は皇帝の部屋より更に陽が入り、ぽかぽかと暖かい。

「お庭にお茶をご用意しましたの、ごいっしょしませんか?」

 ルナが階段を降りるのという顔をした。
「喜んで」
 それでもにこにこと、膝を折って挨拶をする。女官に誘われて3人で庭へ出る、芝の上にテーブルが出されチャイナ渡来の陶器が支度されている。
座っていると薫り高いブラックティ、スコーンとビスケットが出るとアルテミスは人払いをした。

「秘密のお話をするときは見通しの良いところでと言いますでしょう」
「お国の諺ですか?」
「ラテンだったかしら」
 ルナとアルテミスで話しに華が咲いた。 ロッソは女たちの話を笑いながら聞いていた。日差しが芝の緑を際立たせ、その上を風が渡る、かすかに、さわさわと言う音。 えもいわれぬ香りの茶を飲みながらメープルシロップをかけたビスケットを口にする

「秘密のお話はね」
 アルテミスがそっと身体を乗り出した。
「ドラッヘンの話ですのよ」
「ドラゴンですね」
 ルナが聞き返す。
「そう、ジークフリートが退治した怪物」
「宝を守るためにファーブニールが変身して」
「でもね、今度の龍はドミニ・カニス」
「神の犬?異端審問ですね」
「カウントベリーに飼われているわ」
「大聖堂にですか?」
 ロッソは無邪気にお菓子をほおばっている。
「でも、どうして龍が」
 ルナがアルテミスをまっすぐに見つめて問う。
「人は自分で変わろうと思わないと変われないわ、皇帝だからとか、聖職だからと目を気にして変わったつもりになると、元々の自分が押し込められて腐敗して澱を貯めて毒になる」
「では」
「表面はとても清らかで好ましい人に見えたりするわ、でも、ヤギに囁かれると、知恵がついて龍になるの」
「とてもためになるお話ですわ、アルテミスさま」
「ドミニ・カニスと言う龍の牙は、証拠を必要としないの、異端だと思えば咬みつくわ、そして、異端にされたものの全てを喰らい尽くし、その財物を主人に持ち帰る。そう仕込まれている犬だから」
「怖い犬ですね」
「えぇ、それとは別に龍は龍を退治すると言われているものを試したのね、試されたものは龍の思惑に逆らい、龍の両手の指を切り落としてしまった」

 ルナがロッソを見た。 ロッソは陶器の手触りを楽しみながら、お茶を口にしている。

「もうひとつ、秘密のお話は、毒を溜め込んだ龍が抑圧から解放されて龍になるとき、身体も変わってしまうの。 英雄ジークフリートを引き裂ける
大きく力強い龍になるわ神皇庁にはそのための薬も有る、ヤギは、龍の抑圧を解放する薬を与えています」
 
ほんの少し風が湿ってきた蒼い空に雲が流れている。
「降るかな」
 ロッソは手を上にして空を見上げた。
「楽しいお話をありがとうございました、アルテミスさま、雨が降る前にお暇します」
「私も坊やと過ごす時間だわ、今日はお付き合いくださってありがとう
ロッソさま、ルナさま」

 バトラーが迎えに来た、庭をぐるっと周る。建物に沿ってエントランスへ行く。バラや色とりどりの花が植えられている
「綺麗ね」
「君ほどじゃない」
 ルナがくすっと笑ったとき、ローヤルガーズが2人向こうからやってきた
いきなり走り出す、抜刀した、サーベルがきらきらしている。 振り上げたサーベルに触れた花が切れて飛ぶ紅い薔薇がはらはらとバトラーが後ろへ逃げる。 ロッソはルナの前に出た。 殿中の倣いで丸腰だ。
 ロッソは薔薇の根元から拳大の石を二つ拾った、オーバースローで素早く投げる最初のローヤルガーズの顔面と鳩尾に決まり人形を放す様にどぉと落ちる、更に石を拾って投げる。 今度のは額に決まり仰け反って倒れる。
 
 ぱんぱんと手を打って払い、そのまま何事も無かったかのように
歩いていると、右側の建物のガラス窓が割れた。

 ステンドグラスの色とりどりのガラスが、細かく氷の粒のように飛んでくる、中から2mを越す大男が長剣でロッソに切りかかる。

 ルナは柔らかな花壇の上に突き飛ばされた。 空が雲に覆われて薄暗くなってきた、不自由な服で倒れて成り行きを見守る。

「なるほど、龍か、身体がブーストされているんだな」
 ロッソが太刀筋を避けながら相手を睨んだ。 龍は赤い顔をし、髪を逆立てている、首は太く、腕もロッソの2倍の太さ剣を振るたび刃風が起こる
フットワークはロッソを上回るくらい速い。

 龍は何も言わないが、心で叫んでいた。
『ここは我の国ぞ、全ては神の代理人である我のものぞ、なにゆえ、邪魔立てする、汝の妻も我が物にしようと画策したが、通らず、異教徒の宝も汝の邪魔立てで手に入らぬわ。 我妻も我を見限り情夫を造り居った。ゆえに情夫を殺してやった、子も我が子でなければ、喰らい殺すまでよ』

 その化け物が子供を手に持ち食いちぎるビジュアルを脳裏に見てルナは怖気を震った。
 まっこうから振り下ろされた剣をくぐり、ロッソは大男の腕を掴んだ、
そのまま、手首を捻って、自分がしゃがむと
 大男はくるっと回転して背中から地面に叩きつけられ手から剣が飛ぶ。
ロッソは馬乗りになって腰を廻しながら、左右の拳を大男の顔に叩き込む
あっというまに1ダース殴り終わると大男は失神していた。

「突き飛ばしてごめんよ」
 ロッソが手を伸ばして立たせてくれた。見ている前で、大男が赤ん坊のようなハドリアヌスに戻っていく
「誰かに見たのを見られると、まずいぞ」
 ロッソが笑いながら急かす。エントランスへ行き、待っていた踊るイノシシのワッペンをつけた馬車にルナを乗せて、自分も乗りこんだ。

「あのままで良いの?」
 馬車が走り出してからルナが言う。
「うん、ほっとくのが最上、皇帝陛下が薬でジキルとハイドじゃ神皇庁もやばい、下手に構うと、ローヤルガーズに全部おっかぶせて、あの2人が処刑される」
「スケープゴートにされる・・・ローヤルガーズも知り合いが多いの?」
「あの2人も道場でやった仲さ、俺が丸腰で不意をつけばなんとかなるくらいの腕前だ、バトラーが投げ易い石を支度しておいてくれたから簡単に片付いたけど」
「それで行きに、お金を渡していたのね」
「うん、大き目の石を転がしておくように頼んで置いた」

「皇帝は良い子に為り切れなかったのね」
「人に良い子だと思われたくて、余計に悪い子になったらしいな」
「ロッソみたいに最初から悪い子で居たらよいのにね」
「俺って悪い子か?」
 
 ロッソがちょっと不満そうに言う
「あら、そういう反応なの? おいで・・・よしよし良い子良い子」

 向かい合った馬車の席から乗り出してルナがロッソの赤毛を撫でる。
シヴァ館に帰るとルナは服を平服に着替えた、やっぱりドレスは動きにくい
美しいと褒められて嬉しいけれど、これからは本当に安全な所で着る事にしよう

 ロッソが部屋に入ってきた。下は、なにやらばたばたしている。
「帰ろう、シヴァへ」
 留守番を残しシヴァのものは全部、国へ引き上げると言う
「そう言うと思って、荷物はまとめてあるわ」
「さすが、ルナ」
 まもなく、グレートデーンがやってきて荷物を運び出した。
館の裏の運河から船に乗る、中型船が3隻。それに乗りタイムズ川の船着場へここからカヌートの大型船に。 このときスルスミとグラーネも積み込まれる。
 川を下っていくと、湾を出るとき、河口近くに大伽藍の大聖堂
カウントベリーの港町。 その中央に周囲8kmの城壁に囲まれた神皇庁がある。
 大舟4隻で海へ下り、エデン湾中程でカヌートの部下が引き連れた艦隊と合流。 エデン湾を出るときに皇帝軍の軍艦が2艘やって来て臨検しようとしたが総勢4艘の艦隊を見ると、そのまま回れ右をして帰って行った。

 艦隊は何事も無く航行する、旗艦の舳先に居るロッソの隣に行く。
空は崩れなかった、雲は無くなった。

 エデン湾を出て一度東へ出て海流に乗って北上していく、海は穏やかだ
クロノスの西、ダルヘンの港を目指す。

「潮風も良いね」
 ロッソが言う、ルナは微笑んで頷いた。潮風がルナの柔らかな金髪を靡かせる。
「もぅ、戦なんてしないで、こうやって遊んで暮らしたいな」
 心底疲れきった調子でロッソが言う。ルナが右手でロッソの左手を握る。
握り返してきて見つめられた。軽く唇を合わせる。

「ルナと暮らせるなら、2人きりでいい、何も要らない。質素で小さな家がいい、笑って暮らしたい誰とも争いたくない」

ロッソの頬に手を当てる、蒼い瞳を見つめる、海の色の瞳

「そうなればステキね」
 抱きしめられる、髪を撫でられている。 

腰まである髪、頭からうなじへ背中へ

潮の香りを感じる、空が抜けるように蒼い

「あっ」
  ロッソが声を出す、左手の遥か陸地から何かが飛んできた。かなり高空を飛んでいるらしいそれは豆粒位の大きさ、かなりの速度で近づいてくる。
  大きな鳥のように羽ばたきはゆっくりだ,ルナの視線を追ってロッソも合わせている。
「まさか、皇帝陛下じゃないよな」
「感じが違うと思う」
「すっげ、本物のドラゴンが飛んでいるのを見ちゃった」
 ロッソがはしゃぐ、上空まで来ると色が見えた。 緑色で後ろ足を水鳥のように後ろに流し前脚を軽く握る形。 首は蛇のようで腹は白く横筋が沢山はいっている、真上に来たとき握りこぶしくらいの大きさに見えた、長い首を伸ばして舌をだしながら、睥睨している。 爬虫類の目のようなそれが探している視線がこちらを向いた。

「こっちを見ているね」
 ロッソが楽しそうに言うルナも頷いた、龍の気がたしかにこちらを向いていて自分たちを探しているのが判った。
 一度上空を通過して、右に傾いだと思ったら旋回してもう一度上空を通過して陸の方へ戻っていった。 それぞれの船の見張りもドラゴンを見つけたらしく4艘の船は大騒ぎになった。

「今、ドラゴンが降りてきたら、どうするつもりだった?」
 ルナは聞いてみた
「あっ、見とれていて考えていなかった」
「ロッソって面白い、今は気持ちも落ち着いているし」
「そうだね」
「喧嘩の前や戦の前は思い悩むのに、実際にその場に行くと落ち着いちゃうよね、貴方って」
「あぁ、そうだね、良く見ていてくれるね」
「妻ですもん」
「ありがとう」
「いいえ」
 軽く唇を合わせた。

 ダルヘンの港に着いたのは日が暮れてからだった。 カヌートが手配をしていたので一同は港街の宿に分宿した。

 ロッソとルナはグレートデーンと酒を飲み唄い、踊った。

「ロッソの奢りなのね、お小遣い大変ね」
 ルナがくすくす笑いながら言う。
「その件、後で相談なんだけど」
「知らない」
「ぐぇっ」
「殿様、ごちそうさま」
 家来も海賊も杯を上げて礼を言う。

 夜もふけて部屋に戻って、一つのベッドで抱き合って眠る。
眠りに落ちるまでごつい手が髪を梳いている、無意識に、ゆめうつつに・・・さらさら、さらさら金の糸

 カモメの姦しい声に目が覚めてルナが器に水を用意して、ロッソを呼んだ。ヤギの脂とぶなの灰で作った石鹸を泡立てる
「おいで」
 しなやかな手で夫を呼び、泡立てたそれを頬に塗る。
「はい、鼻のした、うーんっと伸ばして」
 顎、首筋泡で覆い。婦人物のカミソリで髭をあたる
ぞりっぞりっと、そるたびに水につけて落とし、また、剃る
皮膚を指先でひっぱり伸ばしながら丁寧に・・
 ロッソは目を瞑りされるがままに任せて

 開け放した窓から蒼い空と白波の立つ海、飛び交う海鳥。 そり終わると
水で顔を洗わせ布で顔を拭って頬に唇を当てた。

ドラゴンが来た


 ルナはスルスミに乗り、ロッソはグラーネに乗り、並んで街道を走っていた。 ダルヘンの港から街道を馬で3時間ほど走るとクロノスの領内に入り
そこから1時間かからずにシヴァへ至る。

 2人はいつも通り、供も連れず気楽な格好でライディングをしていた。
荷物は後から家来たちが荷馬車で持ってくるから2人は手ぶらだ。

 ロッソは背中に、常ならぬグラムを背負い、ルナはロッソのバルムンクをスルスミのホルダーに挿していた。

 早朝のこととて、往来は少ない。 直線路で先に向かって上り坂
左右から広葉樹がせり出し道を登りきった、その先の道が見えないあたり
黒い広葉樹の上に黒い点がぽつんと顕れた。

 もう暫く行くと橋だ。 ロッソが馬のスピードを落とし並足にする
ゆっくりと歩かせる。 ルナも同時に気づいた。点であったものがちいさな羽ばたくものに見え、瞬く間に緑色の鳥に見え、昨日のドラゴンだと悟ったときには、ゴオっと音をさせて頭の上、羽風と羽ばたきを残して後ろに飛び去り旋回して戻ってくるとざぁっと音がして、二人を追い越しホバリングから、こちら向きに降り立った。

 最初に感じたのは害意。 とって食らってやるという意志、殺意、淫猥な臭い。 臭気のように体中から発している、ルナを犯そうと考えている。

 蟹股気味の太い足、緑のうろこで覆われ見える爪は3本、白く光る
腹は白く横筋が10本近く。
 前脚は小さく鍵爪を生やし、胸の前にちぢこまっている。 まだ畳んでいない緑色の翼、猛禽と同じで肩から上方へ伸び、その後太い骨に支えられて広がる。

 身体は爬虫類なのに翼は鳥類と同じく羽毛に覆われている。
高さ10m程の緑の壁がいきなり出来たようだ

スルスミもグラーネも前脚で地面を叩き音を出している。 鼻を鳴らす
怯えより、怒り。

 緑の翼をばさりと閉じた。 起こった羽風は、玉葱の腐った臭い。
羽の生え際から首がついているが蛇のように長く、腹の横筋につながる筋に覆われている。 目はヤギ、金色に光り縦に筋が2本。 蛇のように舌をちろちろと・・

いや、それは舌のような炎

喰ろうてやる

どくんっどくんっと心臓が打っている

 ルナを見た。 嬲ってやる。 そいつは確かに意志でそう言った。
喉から出るのは、しゃあああっと言う怒った猫のような雄たけび。
顔も怒った猫に似ている。
「ドラゴン、来た これ♪」

 ロッソが背中からグラムを下ろし鞘を払う。 2mの大剣を右手だけで無造作に持っている。 左手には紅い踊るイノシシの描かれた盾。 ルナはスルスミから手を伸ばしグラムの手綱を握った。

 ロッソが下馬すると、そのまま街道の脇によける。 木陰にはいり
そっと見ている。

 ドラゴンが頭を下げ炎を吐いた。 それは縄のようにするすると伸び
ロッソを包もうと襲い掛かる。 左の盾に阻まれて跳ね返される。

 すかさず咬みつきに来た、静止から突然コマ落としのようで
すとんっと顔が地面に激突した。
 ルナはロッソが喰われたと小さく悲鳴を上げた。
 緑色のうろこに覆われた顔にワニのようなぞろりとそろった歯
口もワニのように大きく開く。

 ぱこんっと間抜けな音がして口が閉じられた、顎が変な角度で地面に着き
閉じた口から炎が細く伸びている。
 その、鼻先にどんっとロッソが乗った。 きらきら輝くグラムの柄
その左右に張り出した鍔がドラゴンの額と水平にぴんと跳ねている。その上にロッソの足が乗っている。

 ヤギの目に宝剣と赤毛の騎士が映る

 ドラゴンの顔が来たときに上空へ跳躍し、体重をかけて一気に鼻を刺し貫いた。 グラムの刃が見えない。 ドラゴンの長い鼻先を鞘として、地面にしっかり縫い付けている。

 ドラゴンは痛みに叫ぼうとするが口を縫われて声は出ない
ごろごろと鳴る喉の奥で声を出そうとしているがくぐもり果たせない。

 そのまま、ロッソが右へ倒れる。 グラムの根元がドラゴンの鼻先に食い込み皮膚をぷちぷちと切っていく、切っ先が地面から浮き上がって顔の皮膚をもちあげ、伸びきった所でぶちっと切れる。

 刃にひっかかった牙と歯が上空に飛び上がる、刃が反対側へ跳ねあがり
陽に当たってきらりと光った。

 ドラゴンの首がばね仕掛けのように跳ねて起き上がった、鼻先から四分の一が切り取られて転がっている。
 輪切りの顔を奇妙に振りながらドラゴンは小さな前脚で顔を抑えようとしてもがく。
 なんとも奇妙な声で喚きまわる。 傷口から唾液と緑の血がだらだらと滴っている。

 緑の翼が開く、ロッソが跳ねる。 降りたときには左の羽が
さらに跳ねて降りると右の羽が切り落とされた。

 顔と背中から緑色の血を噴出して、ドラゴンが立ち上がる
前脚を開いたときロッソが斜めに跳躍し左の胸を刺し貫いた。
 そのまま、柄を握りグラムにぶら下っている。

 ドラゴンが身体を左右に振るとロッソが振り落とされ
膝を折って着地したところに、竜の胸の傷口から緑の血がざぁっと降り注ぐ
ロッソは頭から緑色に染まった。

 最後の力を振り絞りドラゴンが踏みつけようと右足をあげるとグラムが煌き右足が飛んだ、ドラゴンはどぉっと路上に倒れる。

 ロッソは大剣をもったまま尻餅をつき肩で息をして、さらに咳き込んだ。

 倒れたドラゴンがどんっと破裂するそこから3つの球が糸を引いて飛び出し二つが力なく地面に落ちた。
 最期の一つは緑に輝きながら街道をクロノス方向へ飛び去った。

 ドラゴンの死骸は影も形も無い、そのかわり、紫色の衣装の坊主と
黒い衣装の道化師の死骸。

 ロッソは剣をもったまま、緑色の身体で走り出し橋から川へ飛び込んだ。
大きな水しぶきが上がり身体が沈む、ホエールジャンプのように水面に浮き上がりグラムを川原に放り投げる

 ロッソの周りの水が緑色に染まっている、ルナはスルスミとグラーネを連れて川原へ降りていった。

 ロッソが身体を洗っている必死に身体をこすっている。

「うわぁあああああああ」
 喚きながら緑の血を流している。

「ロッソ」
 ルナが声をかけるとロッソはジャンプしてあがってきた
濡れた手を差し出す、その手を握る、氷のように冷たい。
「大丈夫?」
「だめみたい」
「どうしたの?」
 手を握ったまま、ロッソが跪く
「体中が熱くて不安で怖くて」
「え?」
「ルナに手を握ってもらったら、少し落ち着いたけど、一番まずいのは」
 喉をひゅーひゅーと鳴らしている。すとんっと尻を落として胡坐で座り込む。

「目が見えない」
「え?」
「光は感じるのだけど見えないんだ」
 そして、緑の血を洗い流したはずの頭、燃える様な赤だった髪が
エメラルドグリーンに変化していた。
「ロッソ、がんばって」
 ルナの細い腕がしなる。

ロッソの目は虚ろだった、もはや口を利くことも出来ない。時々、咳き込み偉く苦しそうにぜいぜいと息をしている。
 ルナはへたり込んだロッソを励まして脇の下に手を入れて、立たせた。
臀を押しながら
 なんとかグラーネの鞍に乗せる、グラーネの傍に行き長い顔に手を置いて
目を見つめる。
「グラーネ、おねがい」
 黒い馬は鼻をならして顔を振った目が承知と言っている。
 ロッソは手綱になんとかしがみつき、跨っている。ルナはスルスミに乗り街道へ戻る。 ロッソを乗せたグラーネが後からついてくる。

 途中、グラーネが追い越し、先に行く、この方が前だけ注意すればよいので行きやすい。
 ルナはスルスミで後をついてロッソの様子を見ながら、とことこと帰路を行く。
 何故かほとんど往来の無い街道。 先方から多数の騎馬がやってくる陽を浴びてきらきら光るところを見ると武装した騎馬隊のようだ。

数十騎

よけていれば、行き過ぎてくれるだろうか? 何か有ったら対応できるだろうか。
 ロッソが左の耳をそちらへ向けている。

 やがて騎馬隊が見えてきた。 ロッソは背中のグラムを抜こうとして
思いとどまった。

 ルナにも見えた。セージの甲冑で揃えた騎馬隊、クロノス家の隊だ。
先頭にいるのは黒髪の女武者

「ルナ!ロッソ!!」
 イシュタルだった。
「ロッソ」
 イシュタルはロッソを見て驚いていた。
「クロノス領内を龍がダルヘン方面へ飛んだと見張りから報告があって
心配になって見に来たの」
 ルナは安心して気が抜けた。 ほっと大きな息を吐く。 ロッソは空ろな目のまま口も利かないで居る。
「目が見えないの?」
「龍の血を浴びて、飲んでしまったみたいで、それから、おかしいの」
「龍とまみえたのね」
「えぇ、龍は倒したのだけど」
「とにかく、クロノスへ」
 イシュタルは早馬を出した。 ルナとロッソを囲んで、クロノスへ戻る。


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