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黄色い蟲[OJ小説(SF)]

 あの黄色くて丸い小さな虫が現れ始めたのいつからだろう。その虫はどこからともなく現れては人にまとわりついた。黄色くて丸い5mmくらいでダニなのか、アブラムシなのかわからない謎の生き物で100匹以上はいるだろう群れで動いていて、一度人に集団でくっつくと、死ぬまで離れなかった。顔中にくっつく特徴があった。痒みもなく痛みもなく、ただふわりとくっつくだけ。だがどうやっても取れず、どんな殺虫剤も効かなかった。くっつく人とくっつかない人を選んでいるようだったが、どうやって選んでいるかはわからなかった。世界中に生息場を拡げていて、人々はその虫にくっつかれる恐怖に怯えていた。くっつかれても害はなかったが、黄色い虫にくっつかれたおぞましい顔に自分自身が耐えられず、発狂するかまたは自殺するものが後を絶たなかった。

「虫にくっつかれなくても、元々冴えない人生だったな」
その男には顔中に虫がくっついていたが不快さはなかった。むしろ、この黄色い虫に少し暖かさすら感じていた。仕事終わりには毎日この公園に来て一服する。

「この虫のおかげで職場ではバイ菌扱い。まぁ、元々何の取り柄もなく出世とも無縁でゴミのように扱われてたけど」
この虫は毒もなく身体に影響もない。ただ、その虫に覆われた醜く不快な顔だけが人々に恐怖を与えた。解雇されるもの、差別や排除するものが後を絶たず、やがて差別禁止法ができ、人権が守られてきた。
 その男の頭に小さな石がぶつかった。

「おい、おっさん、いつもこの公園にいるな。気持ち悪りぃから来るなって言ってんだろ」
3人組の,高校生くらいの男1人女2人のヤンキーグループだ。毎日絡んでくるが平気だった。この顔を恐れて、虫にくっつかれることを恐れて近づいてこないからだ。

「てめーらこそ、とっとと帰りな。ここはおれの聖域なんだ。」ガタッと,ベンチの椅子から立ち上がるとヤンキー達が後ずさった。
「うわ、きもい。虫が感染る!」
ヤンキー達は逃げていった。

「臆病な奴らめ、何の害もないのに。害はないけど役に立たず疎われて恐れられる。おまえらはおれと同類だな」
と、顔にくっついている虫にささやいた。そのとき、突然黄色い虫が暴れ始めた,くっついた顔から離れたが、顔中をブンブン飛び始めた。

「うわ!なんだ、ついに虫にすら嫌われたのか。うわ、くそ!やめろ」
虫達は暴れるのをやめなかった。相変わらず刺したり噛んだりはしない。柔らかくふんわり触るだけだけど、ただただ不快だった。男は地面に倒れのたうちまわった。不快すぎて何も考えられなくなってきた。虫にすら疎われる自分に虚しくなり死にたい気分になっていた。
「いい気味だね、おっさん。出て行かないからだよ」
虫の間からさっきのヤンキーグループの1人の緑の髪の女が見える。
「おれはこのまま死ぬんだ。邪魔するな。とっとと消えろ」
「そらくらいで死ぬかよ。こんな虫くらいで」
ヤンキー女が男に近づいて虫をはらいはじめた。

「やめとけ、この虫はとれないんだよ。もう何年もいっしょなんだ。くっついたら離れないから俺から離れろ」

「この虫、柔らかくてかわいいじゃん。全部とれそうだな」
ヤンキー女は男の周りの虫を手で取っては放った。男は虫がいなくなっていくのを感じた。虫がいない顔は久しぶりに戻っていく爽快感を感じた。意識が遠のくのを感じた。

「虫、いなくなったよ」
男は気絶していた。緑の髪のヤンキー女に起こされた。どこかで見た顔だ。思い出した。アパートの2階に住んでた、親から暴力を受けてた子だ。いつも一人で公園で何か虫を触って遊んでいて、愛想もなく周りから気味悪がられてた。おれとは何故かよく喋ってくれて虫取りを手伝ってあげたりしてたのを思い出した。自分も子供の頃は友達が少なく、虫や自然が友達だった。
「あ、2階にいた子か。大きくなったんだな。気づかなかったよ。それにしてもなんで君は平気で虫を触れるのかな」
「なんだ、おじさん、忘れてたの?私はこんな格好だけどずっと勉強してたんだよ。来年から大学行って虫の研究するんだ。おじさんに虫の学者になれるって言われたおかげかな。この虫、昔からいるのを知ってた。くっつく人を選んでるみたい。今みたいにとれる時もあるから不思議だよね。」
「そうなのか。勉強してたんだな。おれは虫はとれても冴えない毎日で情けないよ。俺も頑張らないとな。そうだ、これやるよ」
いつも,肌身離さずもっていたパウルカンメラーの獲得形質の遺伝の本だ。
「この虫はもしかしたら、これから生きるべき人を選んでるのかもしれない。人はこれまで多くの生き物の進化を妨げ、生存を常に脅かしてきた。人に害となるものは排除するどころか、不快というだけで抹殺してきた。この虫はこれから、人と自然が共存できるかの選択を迫っているのかもしれないね。見えないところで大きな進化が始まってるのかも。研究の成果楽しみにしてるよ」

突然現れて理由もなく人にまとわりつくだけの小さな黄色い虫。その虫を恐れず、殺さず、生存する意味を考えるものこそ選ばれしものなのかもしれない。


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