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丁寧さを手放さずにおく。

 昨日の昼、購入した講座のPDFテキストをコンビニにネットプリントしに行こうと家を出たら、猫から呼ばれた。
 見ると、隣の家の二階の屋根にいて、一メートルほど離れているうちのマンションに軽々飛び移ってこちらに寄ってきた。私のことそんな風に慕ってくれるの、人間含めて片手もいないのに、何ていとおしいんだろう、猫。部屋に戻り、おやつを与えて私はコンビニに出かける。数分で帰ると玄関で待っていてくれた。その後きもちよさそうに昼寝をはじめた猫につられて、人間もすこしうたたねをしてしまった。猫の昼寝は、人間の眠りを誘う。起きると、縫いかけの刺繍枠が私の傍らにあった。家で仕事をすると、こういうことが起こる。自分とのたたかい。自律という関門が、いつも立ちはだかる。

 数日前の話だけれど、岸田さん、次期総裁選には出ないらしいですね。前回のそれの時、少しでも「もしかしたらいい方を向くかもしれない。」と思った数年前の自分を殴りたいです。あの時、ノートらしきものを掲げて自分には聞く力があると言っていた人はどこにいったのだろうか。それとも、聞く力を勝手に「国民の声を聞く力」と変換した私の勘違いが良くなかったのだろうか。

 相変わらず世界はきな臭いけど、私は穏やかで居られている。起きている戦争のことも、自ら情報を取りに行くことを辞めてしまったら最後、何もないようなふるまいをしてしまいそうなくらいには、穏やかで多幸感がある。だから情報を得ることはどんなに忙しくなっても辞めない。

 もっと、目の前のことに丁寧になりたい。夏休みに、甥っ子が本を隅々まで読んでいるのに感心してしまった。彼の母親である妹に聞くと、図鑑なども隅から隅まで読むから、細かいところまでものすごく覚えているという。自分は本をたくさん読むことはしても、そこまで一冊一冊と丁寧に対峙しているかと言われたら甥にはかなわないなと思った。
 本以外にも、物の扱い方も丁寧にしたい。食事を作る時に使う道具、刺繍の仕事道具、服やカバン、アクセサリー、買い足したり、買い替えたりすることはお金を出せばできるけど、それはなるべく最終手段にしたい。
 人との関係の構築もそう。急いで築くのではなくて、大切にしたい相手との関係性ほど、丁寧にするのがいい。

 そういうことを重ねることが、平和にもつながるんじゃないかってやっぱり真に思う。大切なことや人の、さらなる大切さに気づいていくことで、戦争をやめること、もっと言うと戦争をはじめないことや、政治を見張ることの重要性にも気づいていけるはず。例えば、目の前にいる小さな子供や動物のことは慈しめて、戦争で亡くなったり、家を追われたりした子供や動物のことを慈しめないということはないはずだ。もちろん目の前にあるものへの感情移入の方が強くはなるだろうけれど、想像することを止めなければ、できる。
 だから私は、インスタントなもの、分かりやすいもの、答えが一つのものを警戒して、考え続けないといけないことを今日も考えたい。
 

 今日は、10日ほど前に急遽決めたお出かけ。久しぶりの車じゃない遠出にわくわくしているー。


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