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業界紙営業職というマスコミ界の極北

「新聞社に勤めている」と聞いたとき、多くの人は日刊紙あるいはスポーツ紙で働く外勤記者をイメージすると思う。市井の人々にインタビューしたり、記者会見に出張ったり、時には政治や大企業の暗部をスクープしたり……という感じだろう。一般的な新聞・通信社では、従業員の半数以上がそうした外勤記者を含む「編集職」に当たるので、そのイメージはおおむね合っている。そして、小説やドラマなどでスポットが当たるのは基本的に彼ら編集職である。
 
 一方で、ほとんどのメディア社には「営業職」という存在がある。こちらは媒体の広告営業、会社が発行する出版物や関連商品の販促、自社主催のイベント運営などが主な業務になる。新聞に掲載される週刊誌の広告や、○○新聞主催のマラソン大会などがそれに当たる。
 
 基本的に彼ら営業職の仕事が注目されることは少ない。まず売上規模が小さい。2021年度の新聞業の総売上高は約1兆4,690億円だが、そのうち広告収入は2割に満たない約2669億円である。 
https://www.pressnet.or.jp/data/finance/finance01.php

 広告は確かに重要な収入源には違いないが、少なくとも主流ではない。営業職員の人数もまた全社員中約15%と少ない(編集職は外勤・内勤合わせて52%ほど)。したがって社内における影響力は小さいし、記者職と比べて待遇やポストに明確な差が設けられていることが多い。ひどいところでは営業職を「記者の左遷先」やら「島流し」と認識している不心得者も存在する。

 また、営業職の仕事にはドラマ性が少ない。当たり前だが、社会悪を暴くのは営業職の仕事ではない。被災者の声を聞くのも、記者会見で為政者を詰問するのも、もっと言えば紙面を作るのも営業の仕事ではない。

 だから新聞社の営業職は小説はおろかルポタージュ記事ですら取り上げられることがほとんどない。下の毎日新聞の記事で取り上げられているのはいわゆるローカル紙であるが、やはり表に出るのは編集記者である(これくらい小規模だと記者が営業を兼ねていることもあるが)。営業職は黒子というか、存在そのものが人々の意識の外にある。

 私はというと、そんな新聞社の営業職員だった。それも読売や朝日のような全国紙どころか地方紙ですらない。発行部数は公称1万、従業員数30余名、一般的な知名度皆無の激狭ニッチ層向けの業界紙の営業マンである。

 業界紙とは、鉄鋼や金融など特定業界の情報のみを報道する新聞を指す。『日刊工業新聞』や『ニッキン』などだ。ゼネコンや金融関係者なら読んだことがあるかもしれない。その2紙は数万~数十万部を発行する中堅・大手の業界紙だが、公称1万というのはド零細である。日刊紙の外勤記者が新聞業界の中心とするなら、零細業界紙の営業マンは極北に近い。

 何の因果か、私は20代前半でその不毛地帯に足を踏み入れてしまった。先輩もいない、研修もない、ノウハウもない、既存顧客もいない、同類が少ないからネット上にも情報が出回らない……そんな非常に心細い状況ではあったが、その状況で5年間あがき、何とか定量的な結果を出すことができた。そして某広告代理店に転職した。年収も200万近くは上がった。

 これからnoteを通して零細業界紙営業の働き方やキャリアパスを少しずつ伝えていこうと思う。もっとも、零細業界紙という偏った企業での経験録に過ぎないので大多数の人には参考にならないだろう。ただ、もし似たような境遇で何の情報もなくもがいている人がいたら、5,000万人以上のサラリーマンの中に1人でも私と近い立場の人がいたら、彼・彼女の気慰みにでもなればうれしい。

つづく


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