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#60 「18禁スピリチュアル」 赤いドア 前編

こんばんは。id_butterです。

人生で最高に不幸な時に恋に落ちた話 の60話目です。
今回は性的および暴力的な表現を含みます。
なんかこんなことばかり言っている気がしてくる。
苦手な方は回れ右でお願いします。

このとき以降、はっきりと区別がつくようになってきた。
自分の中には、自分の記憶と他人の知らない記憶が混在している。
他人とは一般的に前世とか言われるひとかもしれない。

最近、頭の中でどうせ愛してもいないくせに、というセリフが頭の中で繰り返し鳴り響くようになっていた。

身に覚えがない、だからそれがパターンだとわかる。
夜中、寝ようとして寝られなくて、突然セリフが鳴り響いて、怒りとか悲しみに全身が支配されて、枕がびっしょり濡れるくらい涙が止まらなくなる。
わたしは混乱する。
その感情に覚えがないからだ。

今回もそうだった。
今のわたしは「どうせ愛してもいないくせに」とか言えるほど彼との関係を深めていない、というか現実何もないのに笑

こういうときは潜らなくてはいけない、というか潜るしかない。
やらないと進まないし終わらない。
最初は「なんなのよ意味わかんない」と思っていたけど、もう慣れてきた。
たぶんしょうがないのだ。
やるべきだとかやった方がいいとかもう考えないことにした。
「じゃあ行くか」

目を閉じて、呼吸を整える。
真っ暗になったら、もうエレベーターに乗っている。
エレベーターは下降する。
硬い底にコツンとあたる音がしたら、自動的にドアが開く。
ドアが開くと、目の前はなぜか水族館みたいに暗くて水槽が並んでいる。
通路を右のほうへ進むと、色々なドアが並んでいるエリアに着く。

前回の記憶は、その中の黒いドアだった。
今回は、どれだろう。
どこでもドアみたいな色のピンクとか、黄色、青、みどり本当に色とりどりのドアがたくさん並んでいる。
一番奥にある、少し錆びたような暗めの赤いドアにしようと決めた。
進んでいくと、誰かに止められる。

「あれは、ハードだからまだやめておきなよ」
と小さい女の子が止める。
でも、止まれなかった。

「いいの。もう決めたから。」
とわたしはその子を振り切って、赤いドアを開けた。
なぜだか、彼がついてきている。左肩に気配を感じた。

中は、夜なのか暗くて岩だらけだった。
でも、自然の岩じゃなくて、岩が削ってあって神殿みたいな作りの広場だった。何かの儀式とかをするところらしい。寒々しい。

ここで、わたしはオレイリー、彼はアリランと呼ばれているらしい。
今回、今のわたしと彼、前世のわたしと彼が入り混じる。
混乱しそうなので、以降「わたし」は今のわたし、「彼」はわたしのところに来ているエネルギーのひとを表すことにする。

岩でできた神殿、そこにオレイリーはもういなかった。
オレイリーはここにいた巫女のようだった。

最初の記憶まで遡る。
まだ小さいオレイリーは白くてぶよぶよした男性の上にいる。いやだやめてと号泣しているオレイリーを男性はニヤニヤしながら見ていた。オレイリーの腕は強く掴まれていてに逃げられない。周囲にはなぜかたくさんひとがいるのに、遠巻きにしていて誰も止めてはくれない。期待とか恐れとか興味とか不安とか変な熱のこもった視線がじっとりとはりついて気持ち悪い。

あ、これはまじやばいやつだった、とわたしは一瞬日和った。

肩越しにアリランと目が合ったオレイリーが絶叫する。
「ミナイデ、アッチニイッテ、ミナイデ、オネガイ、ミナイデー」
アリランは憐れむような決意したような強い目をなぜか逸らさない。
暴れるオレイリーの中に男性が入ってきた瞬間、オレイリーがスイッチ?アンカー?何かをぶちっと切った。すると、ものすごく遠くの果てみたいなところにまで意識が飛んでいった。
おばば様と呼ばれる老齢の女性が飛んでいくオレイリーを見て慌てている。
アリランは自分も攻撃されたように痛そうな表情をして、空っぽになったオレイリーの顔から目を離さない。

オレイリーの意識が入ってくる。
失敗した。
こんな風に心を体の中に置いておいてはいけないとおばば様に言われていたのに。心は体の外へ、空気に溶かして、意識は天とつなげておかないといけなかった。目の前に見えるものにフォーカスしてはいけないとあんなに言われていたのに。
できなかった。
でもあんなおぞましいなんて知らなかった。
人間なんて。
もう戻りたくない、戻れない。
アリランに見られた。

「だいじょうぶ?」
のっけから状況にのまれているわたしに彼が心配そうに声をかけてくる。
「どうして、見てたじゃない、なんで見てるの、止めもせずに。あれが本当の記憶なら、なんでわたしはあなたを愛さなきゃいけないの、憎むならともかく。わからないよ、なんで、なんでなの。」
わたしの怒りに彼が必死で答える。
「もちろん、どうしようがきみの自由だ。だけど僕はきみを愛してるし、愛し続けるし償い続けるんだ。きみがどう思おうがかまわない。でも僕は離れない。」
そういう間も彼のエネルギーがわたしの全身をまわっていくのがわかる。
傷ついたわたしの中の淀みをまたキレイにしているらしい。
あぁ、彼はこのためについてきたのか。
全部、知っているんだね。

わたしはまだ、よくわかっていない。
オレイリーがかわいそうで、わたしは怒りに支配されている。
まだオレイリーは遠くにいったまま、「果て」で眠っているようだった。

わたしが神殿に戻ると、空っぽのオレイリーの体にはおばば様が入っていて、代わりに続きを行なっていた。
周りでそれに気づいたひとはいないようだった。
おばば様が男性を上手に誘導して、ふたりがオレイリーの中で交わると空につながって何かが降りてきて、男性が果てて終わりらしい。
周囲にはホッとしたような雰囲気が漂っていた。
儀式は無事に終わったらしい。

オレイリーの体は、オレイリーのために使うことは許されないらしかった。
おばば様と言われる女性も、死んでしまったらしいオレイリーの母親も同じで高位の巫女の家系らしい。
オレイリーは同世代では格段にその力が強かったから、権力者の儀式を執り行う巫女として選ばれて今回初めての儀式に臨むところだったらしい。
という情報ががどこからともなく流れ込んでくる。
おばば様の意識からかもしれない。

おばば様の意識が抜けたオレイリーの体が岩の上にぐったりと横たわる。
そこにおばば様が近づいてきて、おでこを撫でた。
おばば様がアリランを呼んだ。
そして、オレイリーに声を掛ける。
「レイリー、お前はこれがのぞみなんだろう、まだ死んではいけないよ。」

アリランはお湯を沸かした。
ところどころ固まった髪をほぐして、丁寧に梳かしていく。
布をお湯で濡らし、オレイリーの体を拭いている。
頰にはりついた涙の跡もこびりついた血も儀式のために描かれた模様も丁寧に落としていく。特殊な洗浄液を使って中も洗うらしい。
隅々まで洗い終えた体に薬とクリームを塗りこみ、髪は香りのついたオイルで仕上げる。すべてが終わると冷えたオレイリーの体をふわりと布でくるみ、抱きあげて部屋まで連れ帰った。

オレイリーの部屋のドアを開けようとしたアリランをオレイリーより小さな女の子が止めて、別のドアを指差す。
儀式を終えたからか、部屋が変わったらしい。
何もかも新しくなった部屋に大きなベッドが置かれている。
アリランがふかふかのベッドの上にオレイリーの体を下ろす。

「レイリー、かえってきて。」
アリランがそう言っておでこに手を当てる。
オレイリーをレイリーと呼ぶのはアリランとおばば様だけだ。

オレイリーが空からアリランを見ていた。
やだ、見ないで。
いやだ。
見られたくない。

わたしはというと、なぜか心臓の鼓動が急に早まり、ドクドクいっている。
ドクドクしている先に誰かにつながってる感じがする。
それまでなんともなかった胃がキリキリと痛みだす。
熱い。
痛い部分にエネルギーが集まってくる。
彼がわたしを心配しているようだった。

「だいじょうぶだよ。」
そう言うと、無理しないでと彼が言う。
「ねぇ、なんであのとき見てたの。なんで目をそらさなかったの。」
彼は黙っていた。こういうとき何も言ってくれない。
とにかく見ないと終わらない。
それにオレイリーをひとりにできないような気持ちだった。

そこからオレイリーは熱を出して何日も眠り続けた。
意識が戻らないオレイリーにおばば様がつきっきりだった。
アリランは診療所の手伝いをしていたから、夜に顔を出していた。
オレイリーの髪を撫で続けるアリランを、オレイリーは空から見ていた。

ある日。
アリランに触りたい。
あの手を感じたい。
そう思ってしまったら、もう体に戻ってしまっていた。

「レイリー?」
アリランがすぐに気づく。
空から見えなかった、アリランの顔は嬉しいのか悲しいのかわからない表情で歪んでいた。
ずるい、なんでそんな顔するの。
涙が溢れる。
「アリラン、ごめんね。」

アリランの隣で生きていきたかった。
でも、体も守れなかったし、あげられるものは何もない。
自分の中にキレイなものが何も残ってない。
でも。

「ねぇ」
アリランが心配そうに見つめてくる。
背中を向けて、「お願い」と言った。
空気が震えて、アリランが迷っているのがわかった。
「うそ、ごめん。」
声が震えた、でも笑って振り返ろうとしたらアリランが目の前にいて視線が交じる。
熱っぽい瞳に喜びが込み上げる。
そのまま重なりあった。

鳥の声が聞こえてくるくらいにはもうアリランはもういなかった。
まだ暗いうちにベッドからそっと抜け出していくのには気づいていたけど、声をかけられなかった。
たぶん、アリランが困るから。

それからアリランは来なくなって、ちょうどひと月後くらいにアリランが結婚することを知った。

私欲のための交わりは穢れと言われる。
高位の巫女だったオレイリーは大罪を犯した。
けれど、何も変わらなかった。
オレイリーの代わりはいなかったし、大罪を犯しても能力が変わらなかったことから他の巫女たちはそのことをわかっていながら口をつぐんだ。

オレイリーが巫女として勤めなくてはいけない儀式は数ヶ月に一度あった。
もう1年先までスケジュールが埋まっていた。
どんどん、痩せていった。
オレイリーは儀式のたびにすぐに外に飛んでいってしまうようになり、代わりに誰かが入ることによって運営されていた。

儀式は過酷だった。
オレイリーが出ていってしまうと、ベテランのばば様がどんなに上手にやっても、制御がうまくいかずに体がボロボロになる日もあった。
うまくいかずに当たり散らす権力者もいて、なんとか体裁だけが取り繕われている。
体の怪我が増えていく、けれどオレイリー本人の気力がなくて回復が遅い。
緩慢な自殺に近かった。 

オレイリーは、いつかのように果てで眠っているわけではなく、漂っていた。
何度か、妻といるアリランを見かけた。
胸がつぶれそうになりながら、目が離せない。
それでも一目見たくて、漂ってしまう自分をどうにもできないのだった。

半年経って、おばば様はアリランをオレイリーの側に戻した。
あまりにも痩せたオレイリーからアリランが目をそらす。
オレイリーも同じだった。
もう、誰かのものであるアリランをまっすぐに見られない。

半年前のように、ボロボロになったオレイリーをアリランが世話することになった。
髪の毛を梳かして、オイルをつける。
隅々まで洗い、傷んだところに薬を塗り、クリームをすり込む。
半年間の手入れがぞんざいだったことは明らかだった、巫女たちのいじめもあったけれどオレイリーが拒んだのだった。
自分を粗末にすることくらいしか、抵抗する術がない。
アリランは黙って空っぽのオレイリーを磨き続けた。

ある日、アリランがポツリと漏らす。
「あの日、間違った。ごめんな。ずっと側にいる方を選ぶべきだったのに。レイリー、ごめん。お願いだから生きてくれ。」
オレイリーは体に引き戻された。
「どうして、そんなこと言うの?どうせ愛してもいないくせに!もう優しくしたりしないで。」
アリランは否定も肯定もしなかった。
ただ悲しいような困ったような顔でオレイリーを見返し、視線をそらす。
オレイリーは絶望した。アリランの胸を叩きながら泣きじゃくる。
アリランはされるがままにしている。

あぁ、これか。
何日か脳内をリフレインしていたのは。
そう思いながら、わたしも涙が止まらなかった。
頭ががんがんして、限界が近づいている。
同じ質問を何度目だろう、彼にぶつける。

「ねぇ、最初の儀式の日、なんでオレイリーを見てたの。止められないのは状況的にわかったんだけど、オレイリーが見て欲しくないのわかってたんでしょ?」

諦めたように彼が答える。

「背負いたかったから。全部一緒に。それで巫女を引退したら一緒に暮らすはずだったんだ。オレイリーを全部受け止めたかったんだ。ひとりにしたくなかった。」

足りない、まだ何か隠している。
今はチャンスかもしれない。さらに詰める。

「じゃあなんで他のひとと結婚したの。」

もう、完全にあきらめたらしい彼が言葉を続ける。

「それが条件だったんだ。
オレイリーに罰が与えられないこと、引退したらオレイリーを自由にすること、をおばば様が約束してくれた。
誰の子かわからない子どもを身ごもった女の夫になる、それで妻の家から僕は援助が受けられた。
レイリーがあきらめてくれることを周囲は狙ってたし、僕もそれでレイリーが生きていけるならいいと思った。
あのとき間違った自分にできることはそれだけだった。
レイリーが生きてくれさえすればよかった。」

「ねぇ、戻ってきたとき足引きずってた?」

「あぁ、それはリンチされたから。高位の巫女に手を出したから生きてただけでありがたいくらいだったんだ。」

何も言えなかった。
彼はいつも大事なことをわたしに言ってくれない。
そんな彼に毎回腹が立つ、けれど彼が背負った重荷を思うと言葉が出ない。
ねぇ、オレイリー。
あなたは愛されていたみたいだよ。

続きます。


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