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#61 「18禁スピリチュアル」 赤いドア 中編

こんばんは。id_butterです。

人生で最高に不幸な時に恋に落ちた話 の61話目です。

前回↑の続き、赤いドアに入った記憶の中編です。
今回も性的な表現を含みます。
苦手な方は回れ右でお願いします。

結婚してしまったアリランが、今にも死んでしまいそうなオレイリーのところに戻ってきて、アリランにオレイリーが本音をぶつけたところまで。

オレイリーとアリランはそれでも毎日を一緒に過ごした。
ほとんど何も言葉を交わさないまま、日々が過ぎていった。
オレイリーは感情をどこかに沈めて、自分を無にした。
巫女でいるには、自分がいない方が都合がよかった。
儀式のたびに飛んでしまうことは減り、あきらめたように大人になり儀式をこなした。
誰が体を通り過ぎても、もう何も感じない。
皮肉にも、巫女としての能力は高まっていって、もうオレイリーには追いつけない。
おばば様だけが、オレイリーに苦言を呈した。
「レイリー、自分を否定したらそれが限界になる。受け入れたその先にお前が欲しいものがあるんじゃないのか。生きているうちに、本当に生きるんだ、それがお前がここにいる意味じゃないのか。」
オレイリーには何も受け入れる力はなかった。
体が朽ちていく、時間が過ぎるのを待っているだけだった。
それでもアリランが砂漠に水を撒くように続けた努力はいくらか実り、体調は徐々に回復しつつあった。

そんなとき、王が神殿を訪れることになった。
王は幼い頃のオレイリーとアリラン、そして死んだオレイリーの母を知っていた。
オレイリーは記憶になかったけれど、王がオレイリーに会えたことを喜んでくれているのはわかった。
けれど、王は自分を責めているようだった。

オレイリー、こんなことになってすまない。
そなたの母にもすまないことをした。
それなのに、同じことをお前にも強いる。
まだ、こんなにこどもなのに、そなたに頼らざるを得ないのだ。
許してくれ。

王は儀式を行う必要に迫られていた。
オレイリーは王に聞いた。

「わたしにも、お役に立てることがあるのですか?」
「あぁ、お前にしかできないのだ。だから、恥を忍んで来たのだ。力を貸して欲しい。」

わたしにもやれることがあるの?
こんなわたしにも?
ほんとうに?

「わたしにできることがあるのであれば。」
王の儀式はその一週間後に行われた。

オレイリーの意識は飛ばなかった。
儀式はいつもと全く別のものだった。
王は訓練を受けていたのか、資質なのかわからないが、王とエネルギーを合わせると自分ひとりでは行けないところにもいけるのだった。
おばば様から教えられた手順に意味があることをはじめて実感する。
進むにつれ、王の力が漲ってくるのがわかる。
オレイリーの体の中はあたたかくて力強いエネルギーで満たされている。
今までと違う、エネルギーがきれいなのだ。
つらかったのは汚いものをそれと知りながら内側に受け入れることだったのかもしれない。王のエネルギーが今までの穢れを流していくのがわかる。
頭がすっきりと霧が晴れたようになって、オレイリーは変容した。
王も、トランス状態に入っている。
彼が行きたいところに連れて行かなくてはいけない、はじめてオレイリーは充実感と使命感を感じた。
限界はなかった。
王となら、どこまでも高く昇っていける。
いつもつながっているところとは別の次元につながっていることがわかる。
王が達したとき、天から光が降り注いだ。
祝福、というのかもしれない。
自分がここにいる意味がわかったような気がした。

儀式の後、王はオレイリーをねぎらった。

「オレイリー、立派になった。
子どもだと侮ってしまって、すまなかった。
すっかり一人前になって、それどころか助けられた。
そなたのおかげで国をどうにか維持できそうだ。
感謝する。」

オレイリーははじめて自分の能力を誇りに思った。
わたしがわたしのままでいられる場所が、ある。
心に、暖かいひかりが灯る。

その晩も、いつものようにアリランはオレイリーの世話をした。
体の隅々まで熟知しているアリランには、オレイリーの変化は一目瞭然だった。目の前の体はエネルギーに満ちていて、何も必要ないのだった。
目に力が戻っていた。
あぁ、レイリーだ。
アリランは安堵で崩れ落ちそうになる自分を保った。
片側で他の男によってオレイリーがオレイリーらしく在ることに腹が煮えたぎっている。
けれどオレイリーに気づかれてはならない、感情を必死で押しとどめる。
いつものようにオレイリーの全身の肌を整えた。汗を拭き、クリームを滑らせる。

レイリーが生きている、それだけでいい。

オレイリーはアリランに髪を梳かされながらもう寝ていた。
すこやかな寝息に胸が締め付けられる。
よかったんだ、これで。
そう思えるアリランは自分に安堵した。これからもなんとかやっていけそうだった。
寝顔から目が離せなかった。
安心したように眠るオレイリーを見るのは久しぶりだった。
幼いころと同じ表情をしていたけれど、はるかに美しくなっていた。
はだけた布から伸びやかな脚がのぞいていて、眩しさに目を逸らす。
布を綺麗にかけ直すと、レイリーの匂いがふわりと鼻をつく。
内側の衝動が暴れ出す。
あの夜腕の中にいたレイリーを思った。

真夜中に、喉が渇いてオレイリーが起きると、珍しくベッドの端でアリランがうつ伏せで寝ていた。
当然といえば、当然なのだった。
アリランは昼間診療所と妻の実家の店の手伝いがある。
夜もこんなに遅くまで毎日働いていたら、疲れていて当然だった。
自分のせいで、とわかっているけどアリランを離せないのだった。
久しぶりにアリランの顔をまじまじと見た。
疲れた顔をしている。
あの夜の目を思い出して、胸が波打つ。
男のひとだった、そして自分が巫女じゃない普通の女で在れた唯一の瞬間。
恐る恐る、髪に触れる。
指先から全身に電流が走る。
あぁ、こんなにも好きだ。もうわたしの方を向いてくれることはないのに。
アリランの妻が羨ましかった。
彼に愛されて、普通に生きていける。
太陽の下街で彼と手を繋いで歩きたい。それだけだったのに。
近くにいるのに、こんなにも遠い。
巫女として崇められたところで、欲しいものなんて何も手に入らない。

子どもの頃みたいに、笑って欲しいのに。
それだけなのに。

けれど、今日生きている実感を得てしまった。
アリランとはまったく別の場所で、自分は生きていくんだろうか。
道が離れるのなら、もうアリランの手を離すべきなんだろうか。
アリランは、本当は普通に生きていけるのに、わたしがここにとどめているのかもしれない。

お母さまは、なんで死んだんだろう。
誰も教えてくれない。
お母さまに聞きたいことがあるのに。

わたしは、というと彼を傷つけた自分に傷ついているところだった。
アリランを知らなすぎた。こんな思いさせてたの。
ずっと足が痙攣している。
たぶん、彼はわたしが傷つくたびにエネルギーを送り続けているんだろう。
今も彼は休まらないままなのか。
わたしの存在は彼をそんなに苦しめるの。

どうしても彼に聞きたいことがあった。
「ねぇ、あの夜のことアリランは後悔していたの?」

苦い表情をしてそう、見えないけど。
「あんまり、言いたくない。」

「ねぇ、お願い。もう傷つかないよ。本当のことが聞きたいの。」

「そうじゃなくて。
あの日自分の欲望に負けたことを後悔してる。
巫女を引退する日まで待ったほうがよかった。
抱いたら、レイリーが生きていくのに苦しくなるのがわかってたのに。」

「レイリーは嬉しかったと思うけど。何も言わないで出ていったのは?」

「あれは。」

「お願い。全部、聞きたい。もう終わらせようよ。
あのとき言ってくれなかったこと全部、教えて。知りたいよ。」

「ほかの男みたいに、レイリーを汚している気がして、自分がいやになった。レイリーを自分だけは傷つけたくなかったのに、レイリーが欲しかった。限界だった。」

下半身の痙攣が激しくなって、涙は止まらないし、頭はガンガンして限界みたいだった。耳の後ろをゴーゴーと音を立てながらエネルギーがすごい勢いで流れていく。
彼も、昂ぶっているようだった。
癒すために、入ってきたはずの彼から感情が漏れてくる。

「僕のことだけを見てて。」

たぶん、彼の本音だった。
「あなたしか見てないよ」と返すけど、彼はなぜか信じない。
彼のよくわからないところだった。
こんなに愛してるのに伝わらない、いつも。

王の儀式以来、ほかの権力者との儀式からオレイリーは外れることになった。王の専属になったのだ。
王との儀式を務める巫女がほかの人間と共有されるわけにはいかない。

王が神殿に訪れるのは半年後、急にレイリーはひまを持て余すようになった。毎日いろいろなところに飛んで行って、気ままに過ごした。
平穏な日々に慣れず、戸惑う。

今まで気にしたことのなかった母のことが急に気になってきていた。
聞けるとしたら、おばば様とアリラン、王くらいだった。

「アリラン、母のことを知ってる?」
背中が動揺しているのがわかる。
普通に聞いたらしゃべらないだろうから、突然聞いたのだもちろん。
畳み掛ける。
「知ってることだけでいいから、教えて。誰も何も教えてくれない。アリランが教えてくれないなら、おばば様に聞くから。」
アリランが固まる。
ゆっくりと、振り返って答える。
「わかった。でも、噂話だからな。」
頷く。十分だった。

レイリーの母親はシェリルといって、レイリーと同じ高位巫女だった。
おばば様は巫女だったから、子どもがいなかった。
子どもの代わりに、優秀なシェリルをおばば様は特別可愛がった。
おばば様の後を継ぐはずだった。

けれど、ある日シェリルの妊娠が発覚する。
おばば様は怒り狂って、シェリルに子どもを堕ろすよう迫った。
「まだ、間に合う。出産したら、能力を失う。この家を追い出される。どこにも元巫女の居場所なんてない。わかるでしょ。シェリー、どうやって生きていくの?それに神様と話せなくなる。耐えられるの?土地の加護を失うのよ。」

だけど、それだけじゃなかった。
オレイリーの父親はおばば様が憧れたひとだったらしい。
おばば様は巫女として生きることを選んだ。
シェリルにも同じ人生を強要したいように見えた。

結局、シェリルはオレイリーを産むことを選んだ。
けれど生まれたオレイリーは土地との結びつきが強すぎて、土地を離れられない。シェリルは土地の加護を失って、巫女としての能力が衰え、神殿から追い出された。オレイリーをここに残していくしかなかった。

「え、じゃあ母がどこかで生きているかもしれないってこと?
おばば様はわたしのおばあちゃんじゃなかったの?」

アリランが頷く。

「でも、おばば様がお前をかわいいと思ってるのも本当だ。お前の母さんのこともかわいがっていたから憎しみも倍増したんだと思う。」


わたしはまた一つ疑問が解けたような気がしていた。
「どうしてふたりで逃げなかったの?って思ってた。違ったんだね。」

「あぁ、無理なんだ。
あの土地にレイリーはすごく愛されているから、レイリーは巫女である間あの土地から離れられなかったんだ。力が枯渇すれば引退できるし、土地もレイリーを離してくれる。そうしたらレイリーと街を離れてふたりで生きていけると思ったんだ。それに、レイリーは神様と話すのを楽しんでた。
子どもの頃は、本当に楽しそうだったんだ。」

「待っててって、言えばよかったのに。」

「そんな空手形を切るみたいなことできない。
それに、レイリーに待ってて欲しかったんじゃない、自由になって欲しかった。それなのに待っててっていうことはレイリーを縛ることになる。
もしレイリーが引退したときに、俺がいらないならそれでよかったんだ。
レイリーが楽しくて、笑ってくれたらなんでもよかったんだ。」

なんか、このひとがわかるようになってきたかもしれない。
このひとはつまり、ばかなのだ。どうしようもなくどこまでも。


半年後、ふたたび王の儀式が行われた。
儀式は、人払いされるようになっていた。
アリランもおばば様も入れなくなったけど、怖くはなくむしろ楽しみなくらいだった。
王とオレイリーは二人になった。

「オレイリー、久しぶりだな。かわりはないか。」

「はい。サハラ様はお元気でしたか。」

「あぁ、オレイリーはどうしていた。つらいことはないか。」

ふと涙がこみ上げる。
オレイリーは父親を知らなかった。
いたら、こんな感じだろうかという思いがよぎる。

「いいえ。サハラ様のエネルギーに癒されたのはわたしの方でした。」

「神殿は荒れていたんだな。本当に申し訳なかった。
近寄らないほうがいいと思っていたのに、あんな風に巫女たちが利用されていたとは。
オレイリーを傷つけて、すまない。
儀式は神聖であるべきだ。これからはそうあるように指示を出した。
監視も続けていくから許してほしい。」

あぁ、あの儀式は間違っていたのか。
おばば様だけは知っていたはずだ、その事実が胸に刺さる。
知っていて、あの場にオレイリーを立たせたのだ。
あのとき泣き叫ぶオレイリーはおばば様の目にどう映っていたのか。

「そんな、サハラ様。もう十分です。ほんとうに。」
それよりも、王に聞きたいことがあったのだ。

「サハラ様はわたしの母をご存知ですか。」

「ああ、シェリルにもかわいそうなことをした。
本当に王とはなんなのだろうな、ひとりの女性も守れないとは。
いつもわたしは間に合わない。
シェリルは、わたしの父の専属巫女だったんだ。
父が死んで、わたしの巫女としてもわたしの初の儀式を執り行うはずだった。」

「サハラ様のお父様の巫女はおばば様だったのではないのですか。」

「そうだったのだが、一度彼女が体調を崩したときにシェリルが代理を勤めたことがあった。それで父は最後の数回シェリルを指名したんだ。
どうしてもシェリルが必要だったとしか聞いていないが。」

「それでどうなったのですか。」

「わたしの儀式の直前に、神殿が襲われた。シェリルも被害に遭った。」

「まさか。」

「そうだ、そのあとにシェリルの妊娠が発覚したらしい。
 お腹の子は父の子なのか、その夜の子なのかと皆が問い詰めた。
 シェリルは頑として言わなかった。
 父の子とわかれば政治に巻き込まれることになり、暴漢の子であれば、」

「…わたしはここにいなかったでしょうね。」
優しさで言い淀んだ言葉を受けとって続ける。
最高位の巫女が能力を失うことに神殿が黙っているはずがなかった。

王が頷いた。
「シェリルがお前を産んでいなくなったときも何もできなかったんだ。
そして儀式なんてシェリルを不幸にしたものから遠ざかりたかった。
オレイリー、すまなかった。
君を見るのが、つらかった。
それなのにまたこんなことに結局巻き込んでいる。」

「おばば様はサハラ様のお父様が好きだったんでしょうか。」
そしてサハラ様は、母を愛していたんだろうか。

「そうかもしれないな。
わたしが知ったのはシェリルが神殿を追われた後だった。」

「では、サハラ様も母の消息はご存知ではないのですね。」

「ああ、シェリルがその後この街を出たところまでは知っている。
けれどその後、追わないようにと命じた。元巫女だと知られたりすれば注目を浴びて何かに巻き込まれたりするかもしれない、そう思ったから。
けれどオレイリーには申し訳ないことをしてしまったな。」

首を振る。

母はしあわせだっただろうか。
生きているんだろうか。
今はしあわせだろうか。

会ってみたかった。
母がそのとき何を思ったのか、聞いてみたかった。


後編に続きます。


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