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#13:間違い電話と永遠の妹~日本人(2)~

日本人男性の良さ(セックスの面で)を教えてくれた人がいた。Tという名前で、すごく苦労人だった。嘘のような出会い方で、途中長く途切れたときもあったけど18年にもわたって体の関係が続いている。
最初の出会いは間違い電話だった。まったく身に覚えのない電話番号から着信があったので、かけなおしたら関西弁の男が出た。
「間違いですよ」と親切で言うと
「ちょっとしゃべろうや」と返される。
暇だったというのと、単純に声の感じがイヤでなかったので少し話した。
格闘技が好きだという話になり、突然話に食いつく私。
信じられないだろうけど、本当にコレがきっかけで何度か電話で話しているうちに、会うことになって、食事に行って、部屋に来た。男女間の好感度合いにおいて話術がいかに重要かということを再認識する。
ケータイで写真を送れない時代のことだ。どんな人が来るのかは会ってみないとわからない。
実際にやってきたTはモワモワのカーリーヘアで美容師か古着屋の店員、という風貌だった。オシャレ系、というか個性派だった。会話の中ですでに気付いていたが、彼は自分の好きなものに対するこだわりがものすごく強かった。決してお金に余裕があるような風でもないけど、かっこいいレコードのコレクションと巨大なスピーカーを持っていたり、手入れが行き届いたイギリス製のブーツを履いていた。
小さい頃に母親を亡くし、男手ひとつで育てられ、その父親も高校のときに亡くなったという。彼がどういう気持ちで生きてきたのかは私には分からないことの方が多かったけど、決して卑屈にならずアメリカ留学も実現し、ヨーロッパを旅したりもしていたという。いつか自分の映画館を持ちたい。そう語ってマニアックなDVDをよく一緒に観た。

彼のセックスが永らく私の中で暫定1位の座を確保していた。堅くて反ったモノは確実にイケたし、長くていやらしい前戯で私はいつも必要以上に興奮した。彼が来る、という連絡をしてきたら急いでシャワーを浴びてシーツをまっさらに変えて、自分的にセクシーだと思う下着を着て待った。部屋に入るなりセックスが始まることもあれば、張り切って待っていた私に「ごはん作ってや」と拍子抜けさせるような要求をすることもあった。セックスをするだけじゃなくて、デートがついてくる男だった。それが短い時間でも、長い時間でも。ホラースポットに一緒に行ったこともあったし、ひたすら家で映画を観続けたこともあったし、買い物に出かけることもあった。カップルがすることと何ら変わりない。自分のベッドの上でセルフレームのメガネをかけて本を読んでいたり、当たり前のように「なんかごはん作って」と甘えたように耳元で囁かれるのが大好きだった。
何より、私は自分とは真逆の彼を尊敬していたのだ。彼といると自分が持っていた不満や不平が消えてなくなるような気がしたし、彼を見ているだけでがんばろうという気持ちになれた。そして、「付き合うって何なの?」と考えることが増えた。言葉があるか、ないか。それ以外のポイントで見るとあの時私たちは付き合ってたのかもしれないと思えるけど。

Tがモテることは明らかだった。お金がなくても、特段男前でなくても、雰囲気と会話とセックスが一流だということに誰でも気付くと思う。常に数人の女が取り合いしていると感じたし、DHCのお泊まり用化粧品を見つけた日の翌日にはサンローランの試供品を置いて帰った。お風呂には堂々とローションが置いてあったし、2皿分の食器がキッチンに洗いたてかのように置かれていることもあった。敵は一人や二人じゃない、と感じさせる争奪戦だったし、付き合っているわけではない自分に文句を言う権利はなかった。文句を言って嫌われるぐらいなら言わない方がいい。しかも、Tは文句を言われたとしてもますますこちらがハマるような返し方をしてくる。そこにズルさや小賢しさが感じられないから女は沼る一方なのだ。あんなに幅広い層からナチュラルにモテる男を私は今まで見たことがない。

私の結婚が決まったとき、関係を清算しようと決意して電話をした。どれだけ好きだったかを伝えて、泣いた私にTが言ったのは「俺と緋紗子は付き合ったとしてもうまくいかない。お互いセックス好きなの知ってるから二人でいないときは心配になるし、俺だけで満足しないやろ」そんなことない…とそのときは泣いて責めたけど、冷静に考えると間違ってはいない。Tは決して「結婚してからもまた会おう」とは言わなかった。それは彼なりの祝福だったのかもな、と思ったものの、数日間は凹んだままだった。結婚するはずなのに、違う男のことを考えて泣いている。欲しくても手に入らない人ほど欲しくなるものなのだ。

結婚してから7年が経ち、ある日突然Tから電話がかかってきた。何事もなかったかのように「久しぶり。ごはんでも行こうや」と最初の間違い電話と同じテンションだった。待ち合わせ場所に指定されたカフェで座っていると横にモワモワの頭がやってきた。「会わなくなって7年も経ったんやな」と言ったあと少しこちらを見てふふふ、と笑って「ぜんぜんかわらへん」と独り言のようにつぶやいた。
「変わるわ。7年も経ってたら」と言う私に
「緋紗子と俺の年齢差は一生同じやから、永遠の年下やで。ええやん。妹的な感じで」と言って自分の言葉に満足そうに頷いた。その日はご飯だけ食べて解散したのも驚きだったが、1ヶ月もしないうちに家に泊まりにおいで、と誘われた。

7年ぶりにしたTのセックスはやっぱり最高で、狭いベッドで目いっぱい楽しんだ。私の体を触るTの指先があまりにもカサカサで少し痛かったのだけど、映画館の資金を貯めるために昼間の仕事とは別に夜は酒屋で配達をして貯金しているという話を聞いていたから、その痛みすら愛おしく感じた。その後半年ぐらいの間毎月1回ぐらいは会ったり、泊まったりして、いつの間にかTとはまた連絡を取らなくなった。
それでも、自分史上いいセックスはどれだったか、と考えたときにいつも思い浮かべるし、自分から本当に好きになった数少ない人のうちのひとりだと今でも思えるのがTだ。映画館を持ちたい、という夢は叶ったのだろうか。決してブレることがなく自分を持っていた彼がどんな一生を送るのか、それを私は近くで見ていたかったのにな、と懐かしくTと過ごした色々なシーンを思い出した。

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