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アビスパ福岡を好きになった話

サッカーを知ったきっかけ


ドーハの悲劇が起きたのが1993年10月28日。
その2日後の10月30日に僕は熊本で生まれた。

父親がサッカーが好きで浦和レッズを応援していた。
当時はお荷物クラブと呼ばれていた浦和レッズ。

「なんで熊本に住んでたのに浦和レッズを応援してたん?」と聞いたことがある。

「鹿島とかヴェルディは強いって分かってたから。
あんまり強くないチームが勝った方が嬉しいやん。
レッズの応援かっこいいし」

という答えが返ってきたのを覚えてる。
その時は「ふーん」としか思わなかったが。

なので浦和レッズと日本代表の試合がある時はいつもテレビで観ていた。
点が入れば父は雄叫びをあげ、母と僕が「うるさい」と怒るという流れが我が家で出来上がっていた。

そんな父の影響でサッカーに興味を持ち、小学生の時にサッカーを習い始めた。
しかし5年生の時のコーチの影響でサッカーを嫌いになり、サッカーをしなくなってしまった。
サッカーが嫌いになりテレビでも野球を観るようになった。

そんなある時転機が訪れる。


はじめまして アビスパ福岡

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(※この画像は2019年時)

父の転勤により熊本から福岡へ引っ越すことに。
当時2005年9月。
あと半年で小学校卒業という衝撃タイミング。
「絶対行かん」「お父さんだけ行けばいい」
と暴言の連続。
その後涙は枯れ、父とキャッチボールをして現実を受け入れる。

そして2005年9月10日。
アビスパ福岡VS 横浜FCを観に行った。
これが人生初のサッカー観戦。
というのも熊本には当時Jリーグチームがなかった。JFLのロッソ熊本(現:ロアッソ熊本)はあったものの観に行ったことはなく、アビスパ福岡が初めてのサッカー観戦だった。

正直スコアは覚えていない。
調べたら3-0で勝っていた。

唯一記憶に残っているのは三浦知良選手が自分達が座っていたバックスタンド側のファンの声援に応えてたことくらい。
あと「スタジアムって壮大だなぁ」とも感じた。



2006年 J1 アビスパ福岡を振り返ってみよう


2005年のアビスパ福岡は2位でシーズンを終えJ1昇格。
2006年アビスパ福岡はJ1の舞台で戦う。
この2006年、父に連れられアビスパをたくさん観に行った。
またJ1ということで父がアビスパに期待していたこともあり観に行けない試合はテレビでチェックしていた。

自分は自身の経験からサッカーが嫌いだということをまだ引きずっていたが、父が連れて行ったりテレビを観せたりするので半強制的にアビスパを観るように。

以下にテレビ&現地で観た試合をネットで調べつつ記憶に残っている出来事・記憶に残っている自身の感情を書き出してみる。

そしてアビスパ福岡やサッカーに関する情報をどんどん覚えていき、アビスパ福岡が好きになる過程もいくつか書いていく。



J1 1節 ジュビロ磐田 1-1 △ アウェイ

J1開幕戦。結果を知らない状態でハイライトを見た。(おそらくJリーグ速報)
「日本代表の川口能活から点を決めるなんてすげー」
…と点を決めた宮崎光平を覚える。

J1 2節 大宮アルディージャ 1-1 △ ホーム

ホーム開幕戦。BSかNHKか忘れたがテレビで観戦。
アレックスが先制ゴールを決める。
その瞬間父は「よっしゃー」と雄叫びをあげる。
父はすでにアビスパに夢中。
左サイドバックのアレックスを覚える

J1 7節 浦和レッズ 0-1 ● ホーム

父がもともとレッズ好きだったこともあり、現地観戦。席はアビスパサポーター側。
(当時はSA席という名前だった気がする。
サポーター席との間に緑色のネットで仕切られていた。)
レッズにはポンテ、ワシントン、長谷部、三都主、小野伸二らがスタメン。ベンチには野人岡野や後にアビスパでもプレーする黒部らが控えていた。
当時はまだアビスパの選手のことはよく知らなかったがちょっとずつ覚えている真っ最中だった。
(同じ名字の田中佑昌、キャプテンのホベルト、背番号10の久藤清一、変わった名字の千代反田充、守護神の水谷雄一など)

当時開幕から勝ちなしのアビスパと負け無しのレッズ。ここでアビスパが勝ったらすごいなと内心思っていた。試合が0-0のまま進み、期待も膨らんだが、逆に終了間際に田中マルクス闘莉王に決められ敗戦。

ただこの試合で自分の中で何かが少し変わった。
レッズの応援を楽しみにしていたがアビスパの応援がかっこよく思えたこと。
勝ったら奇跡くらいの感じに思っていたが、終わった時に悔しさを感じたこと。
そしてまたアビスパを観に行きたいと感じた。

J1 9節 アルビレックス新潟 2-0 ◯ ホーム

現地には行けず出先で父の携帯で結果確認。
結果を知った状態でハイライトをチェック。
やっと勝てたんだと喜ぶ。
点を決めたグラウシオを覚える。

J1 11節 川崎フロンターレ 1-2 ● ホーム

現地観戦。当時勢いのあったフロンターレは我那覇が2得点。アビスパは金古聖司が試合終盤に点を決めるも同点にはならず敗戦。
ただ終盤のサポーターの応援が押せ押せムードを作ろうとしていたことに心揺さぶられる。
金古聖司を覚える。

J1 12節 サンフレッチェ広島 0-1 ● アウェイ

結果をハイライトでチェック。キーパーが水谷ではなく神山。後にアビスパでプレーする当時日本代表駒野にフリーキックを決められる。敗戦。
神山を覚える。

ドイツW杯による中断期間を挟む
この間に監督が松田さんから川勝さんへ。
またせっかく覚えたグラウシオらが退団し、飯尾やバロンらが加入。

J1 16節 ガンバ大阪 2-2 △ アウェイ

強豪ガンバ大阪との試合をハイライトでチェック。
2点先制されるも飯尾と中村北斗のゴールで引き分けに持ち込む。
ハイライト内で「ガンバ、下位相手に痛い引き分けです」というナレーションに対して怒りを覚えた。
まぁ下位だったけど。笑
チーム名を言ってよって思った。

中村北斗は当時Jリーグオールスターに選ばれたり、北京オリンピック世代の代表に選ばれたりして知っていたので点を決めたことが嬉しかった。
また当時は野球が好きだったのでプロ野球選手の中村隼人と兄弟だということもこの期間に知った。

飯尾のことを知ろうと思いネットで調べたらニックネームが「チビ」だということを知り、衝撃を覚えた中1の夏。

J1 17節 大分トリニータ 0-2 ● ホーム

現地観戦も完敗。あまり記憶に残ってないが大分サポーター多いなぁと思った。勝てなくてもやもや。

J1 18節 京都パープルサンガ 4-5 ● ホーム

ネットのリアルタイム速報で結果を追いかける。
普段なかなか点を取れないアビスパがたくさん点を取るもののさらに失点して敗戦。パソコン画面の前で落ち込む。

J1 23節 横浜F・マリノス 1-3 ● ホーム

現地観戦。ドラゴン久保や後にアビスパでプレーする坂田に決められる。敗戦。
アビスパはバロンが毎回のように途中出場するも全く点を決めない。
久保竜彦がアビスパの柳楽に頭突きをして退場に。
アビスパサポーターは帰れコール。
自分は「ジダンの真似?」とW杯の出来事とかぶる。
バロンと柳楽智和を覚える。

J1 24節 セレッソ大阪 1ー0 ◯ ホーム

現地観戦。待望の勝利。セレッソには大久保嘉人や森島、西澤ら。控えには名波も。
アビスパはFW起用の布部が決勝点。
点を決めた後、サポーター席に走る布部。その際に「お前らも来い」と言わんばかりにチームメイトを煽るもあまり誰も来なかった気がする。
この日は布部が誕生日だったため試合後みんなでハッピーバースデーを歌う。
試合に勝つ雰囲気が最高だと知った日。

J1 26節 鹿島アントラーズ 2-1 ◯ ホーム

現地観戦。ホーム2連勝。
ツートップに定着した?飯尾と布部のゴール。一点返されるも逃げ切り。鹿島に勝てるって凄くね?と意気揚々となる。

J1 28節 ジュビロ磐田 2-1 ◯ ホーム

現地観戦。ホーム3連勝。
ジュビロには後にアビスパでプレーする田中誠や菊地直哉、2015年のめんたいマッチに来てくれた福西がスタメンに。
飯尾がメンバー外。調べると飯尾が怪我しやすいことを知る。それでもプロになるなんてすごい。かっこいい。
北斗と城後の2得点。終了間際に失点も勝利。
この日、シーズン終盤ながら選手名鑑を買う。
アビスパの選手は全員覚える。

J1 29節 アルビレックス新潟 0-1 ◯ アウェイ

おばあちゃんの家でJリーグ速報にて結果確認。
古賀誠史のゴールでアウェイ初勝利。
結果を知らない状態だったのでドキドキしながらハイライトを観た。
新潟には後にアビスパでプレーする中原貴之が途中出場。

天皇杯4回戦 京都パープルサンガ 1-1 ◯ ホーム

PK戦の末、勝利。現地観戦。
リーグ戦と違い、観客も少なく、スタジアムDJもいなかった。京都の中払選手へブーイングがあり、初めてブーイングというものを理解した。
バックスタンドで観戦したが、PK戦の時にゴール裏へ移動。ゴール裏からPK戦を観てゴール裏の観にくさを実感。ただサポーターと選手が共に喜べるサポーター席の面白さも少し感じた。

J1 30節 サンフレッチェ広島 0-2 ● ホーム

現地観戦。自身の現地観戦4連勝中で今日もいけるかと思っていたが負けた。ほぼ記憶なし。広島は元アビスパの上野優作が途中出場。

J1 32節 ガンバ大阪 1-1 △ ホーム
現地観戦。ガンバは二川や明神、マグノアウベスらがスタメン。監督は2018年W杯の時の日本代表監督、西野さん。
先制されるも薮田のゴールで同点に。
この時初めて見知らぬおじさんとゴールの喜びを分かち合う。観客2万人越え。引き分け。

J1 34節 ヴァンフォーレ甲府 1-1 △ ホーム

現地観戦。引き分け。佐伯直哉のゴールで引き分けに持ち込み、入れ替え戦へ。首の皮一枚つながる。

入れ替え戦2戦目 ヴィッセル神戸 1-1 ホーム

現地観戦。
一戦目はスコアレスドロー。2戦目は1-1。
アウェイゴールによりアビスパ降格決定。
神戸の指揮官はまさかの今季途中までアビスパを率いていた松田さん。
記憶に残っているのは三浦淳宏のえぐいフリーキックが壁に入っていた久藤清一に直撃し倒れたこと。
(脳震盪?)
そして試合終盤の猛攻。
疑惑のシーン。
ここから試合終了までサポーター席ではないバックスタンド席の人達もみんなずーっと座らずに立ち上がっていた。
降格が決まりみんな泣いていた。

この雰囲気。
この悔しさ。

この瞬間僕はアビスパ福岡サポーターになった。



アビスパ福岡が好きだ

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父が昔言っていた言葉を思い出す。
「あんまり強くないチームが勝った方が嬉しいやん。
レッズの応援かっこいいし」

アビスパは正直強くはない。
けれど勝った時嬉しかった。そしてアビスパの応援はかっこいい。
どうやらこの感情は父からの遺伝らしい。

アビスパ福岡というチームが選手サポーターが一つになって強くなっていく姿を見たい。
そう思うと同時にサッカーがまた好きになった。

いや実は元はそんなに好きじゃなかったのかもしれない。

サッカーの本当のおもしろさをアビスパ福岡から知ることができたのだと思う。



今の自分にできること

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自分の今の仕事の一つ。
それはサッカースクールのコーチ。
子ども達にサッカーの技術だけでなく、楽しむ気持ちが大切ともよく話す。
サッカーをしている子ども達にはずっとサッカーを好きでいてほしいから。

プロになれなくても。
「サッカー」を楽しんでほしい。
この気持ちがいつか何かに繋がるはずだから。

少なくとも自分はそう。
小学生の時に少しサッカーを経験しただけ。
それでもアビスパのおかげでサッカーが好きになり、それが今の自分の人生の一部になってる。


アビスパが無ければ自分はサッカーが嫌いなままだったかもしれない。
そうだったら今の子ども達には出逢えていない。
人生楽しめてなかったかもしれない。
だからこれからもアビスパ福岡を応援し続ける。


2020年度から運営している自分のサッカースクール。

自身のサッカースクールが大きくなるのが先か。
アビスパ福岡がJ1の頂点に立つのが先か。


今は色々と厳しい世の中。
それでもきっと乗り越える。

「どんなに苦しい時でも 心の中にいつもいる」

これからもアビスパ福岡を応援します。



 

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