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2024オフシーズン記事③ "ビルドアップってどうなったら成功なの?"



 オフシーズン記事①、②と欧州クラブの実際の試合内容から5-3-2システムのビルドアップに着目してきたが、今回は具体的な話ではなく抽象的なところにポイントを置いてみたい。ビルドアップ、すなわち自陣を始点とする攻撃の組み立てはどうなったら成功といえるの?という話である。
 シュートを打てたら?それともゴールが決まったら?



・ビルドアップの目的とは?

 サッカーというゲームにおける勝利条件は、相手よりも多く得点を挙げることである。そのためにはシュートを打つ必要があり、シュートは相手ゴールの近くで打つ方が得点に繋がる可能性は高い。問題は、どのようにして相手ゴールの近くにいる選手までボールを届けるかという点である。一般的に距離が長くなればなるほどキック精度は落ちるため、得点率が高くなる相手ゴールに近い位置へより確実にボールを届ける方法として、ショートパスとドリブルを中心にしたビルドアップが採用される傾向にある。自陣からのロングフィードを繰り返すよりも高いシュート成功率とチャンスの再現性が期待できるからだ。(もちろん全てが上手くいく仮定であるし、ビルドアップの成功率が低く逆に相手にチャンスを与えるようであれば、ロングフィードを選択した方が勝率が上がることもある。昨シーズン終盤の湘南のことである)

 つまりビルドアップを行う目的とは、相手ゴール近くにいるアタッカーへ前向きの状態でボールを届けることにある。前向きの状態を言い換えると、ゴールに向かった体勢でシュートや他の選択肢(パスやドリブル)から最適なものを選び取る時間と空間の余裕を与えることとも言える。

ビルドアップの目的
正確なロングフィードの価値も高い


・フェーズの分解:フィニッシュ、崩し、ビルドアップ

 しかし自陣ペナルティエリアから相手陣ペナルティエリアまで約60m。この距離を一つの共通意識のみで泳ぎきるには些か長すぎるし、かかわる選手の数も20人と多い。60mを二つの区間と担当に分けて、ピッチのどこかに中継地点を設定するのが適当だろう。
 シュートを打つ局面をフィニッシュ、DFラインからの組み立てをビルドアップとして、相手ゴール前の守備を攻略するフェーズを崩しと呼ぶ。先ほど記した通り、ビルドアップの目的は相手ゴール近くにいるアタッカーへ前向きの状態でボールを届けることにあるが、マイルストーンとして、崩し担当の選手が相手DFに仕掛けられる状態でボールを渡すことも含めて読み解いてみよう。

崩しの最後は大きく分けて
クロスボールかスルーパス


 先ほど確認したマイルストーンはチームによって設定する位置が異なる(所属している選手やシステムの特長に左右される)ため、これが正解といったものはない。三笘薫のような優れたウインガーが居ればサイドの高い位置がDFラインの目標になるだろうし、遠藤保仁のような展開力に優れたボランチが居るならばセンターサークル付近が中継地点になる。チームの顔ぶれと力量からどこに中継地点=崩しのキーポジションを定めるかは監督の腕の見せ所だろう。

 しかしながら崩しのフェーズに入るためには(ほぼ)必須といえるプレーが、相手の1stプレスラインを安全に越えることである。プレスラインとは、システム上の各ポジション(4-3-3や4-4-2)を線で結び防衛ラインに見立たもの。そのうち最前線のプレスを乗り越えるのがビルドアップ担当の役割だ。各プレスラインはボールの動きを制限し最終ラインで奪うために設計されているため、突破すると相手の守備設計に打撃を与えることになる。
 プレスラインを越えるパスの例としては、昨シーズンのアウェイ京都戦、岡本のPK獲得につながるパスを出した、池田へ通したミンテのパスが挙げられる。ミンテが出した1本のパスは1stラインを越えただけでなく、池田の的確な状況判断とターンで2ndラインも突破し、最終ラインに仕掛ける場面を作り出した。

防衛ライン(プレスライン)の図

 プレスラインを越えるとは、プレスを剝がすとも呼ばれる。自分たちが保持しているボールを相手が奪いに来るのをパスやドリブルでかわし、1stラインよりもボールが相手ゴールに近い位置で保持し続けられれば成功といえる。逆にプレスラインを越えないままボールを進めていくと、どこかしらで手詰まりになるうえ相手に予測されているためボールを失うことになる。またプレスラインの向こうにいる味方が既に相手に捕まっているとしたら、パスが通ったとしてもビルドアップ成功とは言えない。

プレスラインを越えないまま前進した例
なぜか非常に見覚えがある

 具体的な例を考えてみよう。湘南でいえば、昨シーズンの春~夏ごろと同じ形でビルドアップに取り掛かる形になるはずだ。つまりDFライン3人+GK1人の4人で相手の1stプレスラインを越えるミッションに立ち向かう。おそらく対戦相手はDFラインの枚数に合わせて3人でプレスに来るので、GKもビルドアップに参加してプレスラインを越えたいところだ。
 中盤やWBの選手が降りるとマークする相手も一緒に連れてくることになるので(4vs3が5vs4になるだけ)、一概に降りれば解決するわけでもないし、反対に高い位置で張っていればいいわけでもない。結局のところパスを受けた選手に対して周りがどれだけ選択肢を提供できるかという点に収束するため、それはDF3人+GK1人でも中盤やWBが降りても変わらないだろう。



 昨シーズンはあまり目に見える形で成果が得られなかったため今もなお不安が残る3+1のビルドアップだが、今シーズンはそれも踏まえた回避パターンも用意してくるのではないかと筆者は予想している。というのは、移籍によって湘南の両WBはリーグの中でも高水準の身長と競り合いの強さを有しているからだ。WBに入るであろう岡本や鈴木雄斗、杉岡は左右のCBもこなせる選手であり、比較的サイズが求められないサイドのポジションにおいては他チームより高さの面で優位を取れる。奪われたとしてもゴールからも離れた位置であり、ミスキックでタッチラインを割ってしまっても痛手にはならない。今シーズンもプレスを剥がせない時間が続くのであれば、WBに活路を見出すのも一つかもしれない。

3+1のビルドアップ隊と
回避場所としてのWBで1stラインを突破


・(ある種のプログラム的な)ビルドアップの仕上げ

 1stラインを安全に越えられれば、ビルドアップ隊が残すは仕上げの場面。崩し担当の選手が相手DFに仕掛けられるような形でボールを届けるのが次の目標だ。


 オフシーズン記事②のインテルの項で記載した図を用いて考えてみよう。相手のプレスライン2本は中央を封鎖、味方WBが高い位置を取っているためサイドにはスペースが空いており、ボールホルダーであるRCBはフリーでそのスペースまで進行できるシチュエーションだ。上手くやれば最終ラインの攻略に繋げられそうな場面。
 ここでRCBに求められるのはドリブルのコースとスピード、精度である。精度に関しては次のプレーに支障がない程度のドリブル技術は有していると仮定して、スピードは自陣へ戻ってくる相手に追いつかれない程度が必要になる。遅すぎると1stラインが戻ってきて組み立てのやり直しになってしまうし、早すぎるとドリブル精度にも影響が出てくる。速く正確にドリブルできる最終ラインの選手が貴重であるのは言うまでもない。

RCBがボールを運ぶシチュエーション

 そしてドリブルのコース。つまりどこに向かえばよいか、という話であるが、この状況でRCBが達成したいのはビルドアップの目的である「相手ゴール近くにいるアタッカーへ前向きの状態でボールを届ける」か、次のフェーズである崩しに繋げるための「崩し担当の選手が相手DFに仕掛けられる状態でボールを渡す」のどちらかである。共通しているのは味方が相手よりも優位な状態になるようにボールを渡している点で、RCBはこれが達成できる場所に向かってドリブルを行う必要がある。


 例えばRCBが高い位置に張っているRWBに向かって進路を取ったとしよう。次の瞬間にはRWBに付いている相手のマーカーは、ボールホルダーであるRCBの進行を妨げるためにマークを捨ててボールへアタック。そうなればRCBはフリーになった味方RWBへパスを通してビルドアップ完了。フリーでボールを受けたRWBは、クロスやドリブルを狙うそぶりも見せつつ裏へ走るFWへのスルーパスも狙える優位な状況でプレー出来るようになった。
 仮に相手マーカーがアタックしてこなければ、そのままドリブルでRCBが崩しも担当すれば良い。相手DFの対応の逆を取っていけば攻撃側は優位を保ち続けられるのであり、それの前提となるのが1stラインを安全に越えるビルドアップなのである。(だからこそFWが戻ってくるプレスバックもまた、守備においてとても重要になる)


 ここで区別をつけたいのが、RWBに向かうことは具体的な選手への落とし込みであって、私たち観戦者が意識する原則は相手プレスラインを越えられているかどうかであることに変わりはない。そのためRCBが向かう先はIHでもFWでもよく、プレスラインの向こう側で味方がフリーになりさえすればOKだ。とはいえオフサイドは考慮する必要があるので、その辺りは選手や監督の判断、ピッチの状況によって変わりうる。

ボールへアタックにきた相手の逆を取って
フリーの味方にパス


 さて、またピッチに戻ろう。相手も同じようなやられ方をするわけにはいかないので、同じシチュエーションでもボールホルダーへのアタックに合わせて、RWBのマークをスライドして対応してくることも考えられる。
 だがその場合DFは横にスライドしていくわけで、FWのマークがズレるタイミングがある。つまりビルドアップが目指す最終目的地であるアタッカーへパスコースが開くのと同義だ。RCBはRWBではなくFWへパスを通せれば、崩しのフェーズを飛ばしてビルドアップ完了。一気にフィニッシュのフェーズにまで持ち込むことが出来る。
 前のプレーが布石となって相手の守備陣形に影響を及ぼし、常に相手の逆を取る優位な駆け引きに持ち込める点は、ビルドアップを採用する大きなメリットだろう。筆者としてもそういったサッカーを見てみたいなと思う次第である。

相手のスライドによって空いた
味方のFWへパスしてビルドアップ完了

 なおこの項については富士石陽太氏 (@youta_fujiishi) 開催のスペースで解説された内容(1:36:55~) を元に図解しているため、そちらもあわせてチェックしてもらえれば幸いだ。


・まとめ

 最後に表題の疑問に戻ろう。ビルドアップってどうなったら成功なの?の回答としては、以下の通りになる。

―ビルドアップってどうなったら成功なの?

A.相手ゴール近くにいるアタッカーへ前向きの状態でボールを届けたら。
そのために以下の2点も必要。ただし②はスキップも可能。
①相手の1stプレスラインを越える。
②崩し担当の選手が相手DFに仕掛けられる状態でボールを渡す。


 したがって、相手の1stプレスラインを越えているがアタッカー陣に良い形でボールを渡せなかったり(=2ndラインに穴が作れていない、相手守備陣のスライドが早い)、相手の1stプレスラインを越えて崩し担当もチャンスを作っているがフィニッシュまで繋がらない(=崩している場所がエリアから遠い、アタッカーがマークを外せていない)といったように、段階的な評価も出来る。そのうえでボトルネックとなっている箇所をピッチ上でどのように解決するのか、選手と監督・スタッフ陣が試行錯誤しつつ、それまでに積み重なったプレーも含めて相手と駆け引きするところを見るのもサッカーの楽しみ方の一つだろう。

 それでは今日の話はここまで。続きはまた次回。


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