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劇薬の効果と副作用。 2023.08.05 湘南ベルマーレvsサンフレッチェ広島 マッチレビュー

開始時の立ち位置と噛み合わせはこちら。

開始時の立ち位置
各ポジションの噛み合わせ

■一眼でわかる起用の効果

 中断期間を挟み、移籍期間を経て迎えたJ1リーグの第22節。湘南は鹿島からキムミンテ、清水からディサロ 燦シルヴァーノ(以降は愛称のレレ表記とする)、ベルギーへの期限付き移籍から復帰した田中聡がスタメンに名を連ねた。一方の広島は10番森島が名古屋へと移籍。シーズン序盤にめざましい活躍を見せたシャドー2枚を怪我と移籍で失うことになった。C大阪から加藤が加入したが彼等とはタイプが異なる選手であり、抜けた穴を埋めるのか、やり方自体を変えるのかもポイントになりそうな試合である。

 試合は夏真っ盛り、周囲の街では夏祭りも開催される平塚でキックオフ。試合は序盤からどちらも互角の展開。両チームともにボールを握るよりも奪って早く攻めたいチームのため、良さを出し切れない時間が続いた。湘南はこれまでと同じくサイドで起点を作ろうと試みる。相手が3バックとWBというこちらと同じ布陣を敷いているためか、畑は積極的に高い位置を取って対面する志知の裏を狙っていく。2トップもしきりに斜めに走ってボールを受けており、相手DFを5バック化させて押し込み、かつボールを横に動かして揺さぶるのが目的だろう。新加入のレレはシュートこそなかったものの決勝ゴールに繋がるボールキープを見せるなど、加入後初戦としては及第点の出来だったと言える。とはいえ彼の怖さはゴールへ迫るにつれて指数関数的に増えていくはずなので、DFラインとの駆け引きで相手を引っ張るといった形も見てみたい。
 広島も早い時間に繰り返しシュートまで持ちこむ。エゼキエウがサイドに流れたり、ピエロスが降りてライン間に立ったりといった動きで湘南DFを混乱させた。それを食い止めて試合の均衡を保ったのはソンボムグンとキムミンテ、2人の活躍に他ならない。ミンテはボールを後ろに逸らすことがほとんどなく、また味方のカバーリングでサイドに出張しても確実にプレーを切って自らが中央に戻る時間を作っており、不測の事態がそもそも起こりにくいプレーを選択。派手さはないが熱さのあるプレーでDF陣を牽引した。

 そして何よりも田中聡。約一年ぶりに復帰した彼のプレーは、観る者を圧倒していた。相手に寄せればボールを刈り取り、プレッシャーを受けてもターンでかわして味方に繋げる。天皇杯も出場して中2日にも関わらずチームトップの走行距離を誇り、ピッチを所狭しと走り回っていた。簡単にボールを失わず、五分五分のボールを自らのモノに出来る選手がピッチの至る所に顔を出してきたら、広島からするとたまったものではなかったはずだ。走り回る中でもDFラインの前でフィルター役を担い、相手に自由を与えなかった。ミンテが堅実にプレー出来ていたのも、中盤で相手に制限をかけられていた影響もあるだろう。
 田中の起用はチームにとって良い効き目をもたらす一方で、副作用も少なからず存在していた。今シーズン初のクリーンシート、大橋のスーパーゴールで4カ月ぶりの勝利となったこの試合、黒子としてチームを助けたベテラン2人にスポットを当ててみたい。

■副作用はチームで補う

 この試合、広島はアンカー脇のスペース(IHの背後、ライン間とも言える)を活用する狙いがあったと思われる。主にボールを受けるのはエゼキエウで、迎撃担当の左右CBを2トップが牽制。このスペースで前を向き、チャンスを作り出そうとする。序盤の何回かは湘南のアプローチが遅れて危険なシーンも見られたが、徐々に修正が図られた。
 その修正とは田中がとにかく早くボールに寄せること。あまりにも単純明快で(脳筋な)解決策だが、効果覿面であった。広島のアタッカー陣に突出したドリブラーがいなかったこともあり、田中を嫌がってサイドに逃げるシーンが増える。田中はそのままボールに着いてサイドまで追いかけ、中央のスペースが空いてしまう形に。本来アンカーポジションであればそこまで着いて行くべきではないのだろうが、そこが田中の良さでもあるからか(あるいはすぐ直るものでもないからか) 、ボールにアタックするプレーをやめさせるようなことはなかった。
 その結果、田中が移動したことで空いた中央のスペースを埋めていたのが両IHの小野瀬と山田である。奥野がアンカーに入っていた福岡戦などでは戻る動きは積極的ではなく、ボックス近辺まで押し込まれたところで帰ってくるくらいだったがこの試合では違っていた。

 例えば湘南の右サイドから攻め込まれる場合、山田は田中と同じラインまで戻ってポジションを取る(このとき小野瀬はボールホルダーにアタックしている)。アンカー脇にボールが入った際は田中がプレッシャーをかけに持ち場を離れるため、中央をあらかじめ埋めておくためだ。またボールが自身を通過した小野瀬は、真っ直ぐに自陣へ帰るのではなく中央に向かって斜めにランニング。これも田中が持ち場を離れ、山田がスライドして空く危険なスペースを埋めるため。ゾーンディフェンスにおけるディアゴナーレのような動きを、田中に合わせてベテラン2人が行っていたのではないだろうか。(ちなみに交代して入った奥野・平岡も同様の動きをしていたため、中断期間でのトレーニングで徹底されたものかもしれない)


 これが良い形で機能したのは32分のシーン。小野瀬が佐々木へアプローチすると、アンカー脇でエゼキエウがパスを受ける。ピエロスは自身が舘をピン留めし、ボールへアタックさせない。狙い通りの形を作った広島のチャンスへとなりかけるが、田中が個人能力で引き留めてスピードダウン。かわそうとしたエゼキエウの切り返しが大きくなったところ、斜めに戻ってきた小野瀬がボール回収に成功した。仮に小野瀬が奪えなかったとしても山田が田中と同じ高さまで戻っているため、繰り返しのアプローチで大きなピンチにはならなかったはずだ。ちなみにこの後にあるレレのダイレクトプレスも見どころなので、見直せる方はぜひそこまで見てほしい。新加入選手がチームにフィットしようとする姿が見て取れる。

広島が狙い通り縦パスを通したシーン。
一枚かわせば決定機。
田中が個人能力で食い止めることに成功。
小野瀬は自分の背後ではなく、中央に向かって斜めに戻ってボール奪取。


 湘南が再び手にしたリーグ屈指のボール奪取能力を最大限活用するため、現在はその副作用をチームで抑える方法を模索している過程だ。当然ながらまだ完璧な状態ではなく、アンカー脇を起点に何度かチャンスも作られていた。田中のアプローチが間に合わなければ初動対応が遅れてしまう課題は残っているため、次節以降の注目ポイントにしたい。
 また現在の方法は両IHの負担が大きく、ボール奪取時にも高い位置を取れない大きな欠点がある(事実、フル出場が多い小野瀬が途中で下がった)。この試合ではどうしても1点が欲しいシチュエーションはなかったが、例えば押し気味に0-0で迎えるラスト15分やビハインドの状況では監督がどのような判断を下すのか気になるところ。中央に留まれる奥野や茨田をアンカーに置いて両IHを高い位置に残すなど、選手のキャラクター変更で重心を変えるといったことも考えられるだろう。

■明確な短所は成長で補う(予定)

 前項で扱った非保持で空いてしまうスペースについては、チームメイトによってカバー出来る範囲であった。しかしながらボール保持の局面においては、チームメイトでも補うことは難しい。現状では田中をアンカーで起用する場合は、スムーズなビルドアップを期待するのは酷と言わざるを得ない。成長や改善にはもう少し時間が必要である。
 初めにも触れたとおり、田中が持つ足元の技術に疑いはない。ボールを奪われるシーンは少ないし、安易なパスをかっさらわれるようなこともほとんどない。しかしパサーと自分、近くの相手といった狭い範囲での状況理解に終始している印象が強く、この試合でボール循環の指揮を取れていたとは言いづらい。ビルドアップにおける指揮者役を果たせるという意味では、二手先三手先まで視野に入れたプレーが出来る茨田や奥野の方が優先順位が上になるだろう。

 具体的にはボールに寄りすぎる場面が多く、ボールホルダーの選択肢をかえって狭めてしまっているところがある。41分のシーンはそれがよく表れている場面。GKとCBの間でボールがゆっくりと回り、広島のプレス隊に睨まれ続ける状況。タイミングよくアンカーが顔を出せればプレスをいなして誰かしらに時間を渡せるところだが、田中はボールホルダーの一人一人に向かうためタイミングが合わせられず、ボール循環を助けられなかった。
 下の図でもミンテからボールを受けようとしたところピエロスに消され、ミンテは大野を選択。おそらくミンテから直接受けるのではなく、角度が付けられる左右のCBを経由するのを前提としてポジションを取れると、ホルダーへの選択肢を提供できるだけでなく、相手プレス隊の判断を迷わせることが出来るのだろう。

ボールを前進させる上でアンカーの役割は重要。
ただプレス隊に消されているだけでは厳しい。



 広島の非保持については、迎撃するDFラインはリーグでもトップクラスの強さ・高さ・堅さを誇っているが、プレス隊~中盤の強度と練度はそこまででもないという印象だ。そのためファーストプレスさえ外せれば、ゴールに迫る機会をもっと増やせたのではないか、と思う次第である。
 筆者は、田中がベルギーで出場時間を伸ばせなかったのはこの点に理由がありそうと見ている。特定の局面においては類を見ない輝きを持っているものの、チームプレイヤーとしては成長の余地が多分にある。ボール循環の指揮棒を持ち慣れれば、再び海外へ飛び立つ日もそう遠くはないはずだ。



 さて、田中の加入によって難しい立場に置かれるのは奥野であろう。筆者の感想としては勝利した広島戦よりも敗れた福岡戦の方が試合内容は良かったと思うのだが、出場する試合で結果がついてこない。シーズン初のクリーンシートも、IHの守備位置やキムミンテの加入といった変更点がある以上、全てにおいて田中が優れているとは言えないところだ。
 しかし非保持重視に舵を切ったようにも見える現状では、中盤の選手に求められる要素の色合いも変化しているように思われる。勝ち点1でも上積みが必要なチーム状況、守備の立て直し、ローンプレイヤーという点を踏まえると出場時間が短くなる見込みが高いが、その力が必要になる時まで準備をしておいてほしい。
 反対に優先順位が上がるのは永木かもしれない。田中と似たタイプのプレーヤーで、球際の強度は負けずとも劣らない。同じほどの運動量を求めるのはさすがに厳しいが、勝負所を知っている選手が控えているのは心強いはずだ。またIHの代わりにWBがゴール前に入るシーンが増えていることから、走力を備えたアタッカーの出場もあるかもしれない。



 田中聡という"劇薬"の効果は、勝利という最も分かりやすい形で表れた。その劇薬は目に見えにくい部分でもチームに影響を及ぼしており、一部選手の守備位置にも変化を加えている。副作用としてボール保持で質が下がったところもあり、これまでの積み上げを一旦諦めざるを得なくなっている(順位と残り試合数を考えれば妥当な判断だが)。
 その大きな作用はチームの順位にも影響を与えてくれるだろうか。あまりにも、あまりにも長すぎる梅雨が終わり、ようやく湘南の夏が来るかもしれない。


試合結果
J1リーグ第22節
湘南ベルマーレ 1-0 サンフレッチェ広島

湘南:大橋(47')
広島:なし


主審 中村 太

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