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全身が震えるような運命の瞬間を想像して。 2024.10.19 湘南ベルマーレ vs サンフレッチェ広島 マッチレビュー

開始時の立ち位置と嚙み合わせはこちら。

開始時の立ち位置
各ポジションの噛み合わせ

■ハイライト

 10月も後半に入ったのにもかかわらず半袖ユニフォーム一枚で過ごせる気温だったこの日、夕暮れ前の平塚でキックオフ。
 湘南は勝利した東京V戦からメンバー継続。対する広島はFWパシエンシアがベンチで最前線に加藤が入る。CHだった松本がシャドーに移動して、若手の中島がCHとしてメンバー入りした。


 試合序盤から湘南は相手ゴールに中々迫れない中、広島が主導権を握る。18分は左サイドのスローインから中央でフリーになった川辺のミドルシュート。GK上福元の好セーブでコーナーキックへ逃れた。
 25分には右サイドのフリーキックの流れから、中島のクロスに加藤がフリーで合わせる。しかしシュートはミスになってボールは枠の左へ。

 そして28分、左サイドでパスを繋いで加藤がドリブルで湘南DFを引き付け、右サイドへ展開。後ろから上がってきた中野がボックス角付近でボールを受けると、ニアサイドを打ち抜く強烈なシュート。上福元の手をかすめてネットを揺らし、広島が先制する。


 大迫にほとんど仕事を与えられなかった湘南は前半アディショナルタイム、右サイドのコーナーキック。小野瀬のキックを淳之介、福田と繋いで最後にミンテが足で合わせ、クロスバーを叩いてネットを揺らした。しかしVARのレコメンドにより福田の足がDF佐々木の頭に当たっているとしてオンフィールドレビューを実施、主審は原判定を覆しゴール取り消しとなった。しかしながら湘南の選手たちは大きな動揺を見せず、0-1で前半を折り返す。
 追いかける湘南はハーフタイムで2名の選手交代。松村に代えて畑、平岡に代えて茨田を投入。畑はそのまま左WB、小野瀬は左IHに移動して茨田が右IHに入る。



 後半開始早々の48分、右サイドから雄斗の持ち上がりでチャンスが生まれる。一度阻まれて後ろに下げてから茨田のクロス、章斗と競り合った大迫のパンチングが小さくなったところを福田が拾ってシュート。相手DFに当たって力は弱まっていたものの、大迫の逆を取ってネットを揺らした。湘南が同点に追いつく。

 広島もギアを上げて反撃に出たのは52分。湘南のパスがミスになって拾ってカウンター、左サイドから加藤、中島、松本と繋いで最後は川辺がゴール右からシュート。しかしボールはポストに弾かれてゴールとはならず。
 62分も左サイドから細かくパスを繋いでアルスランがボックス内に侵入。シュートは淳之介がスライディングでブロックしたが、打たれていたら危険な場面だった。
 64分はカウンターから。田中が無理やり打ったシュートをブロック、加藤に繋いで一気に湘南陣内に攻め込む広島。アルスランがタメを作ってフリーでシュートを放ったのは川辺。しかし上福元が見事なセーブでチームを救う。その後のコーナーキックでもあわやというシーンが続くが、何とか難を逃れた。



 68分は湘南の決定機。自陣中央でのこぼれ球を小野瀬がモノにすると、背後を取った福田へスルーパス。荒木の一歩先を取って大迫との1vs1に挑んだが、軍配は大迫に上がる。荒木が見せたほんの少しのプッシュも影響したのか、シュートは大迫の守備範囲に飛んでしまった。

 71分に章斗に代えて根本を投入。ターゲットマンを前線に入れてくる。

 73分にも湘南に決定機。根本が自陣でボールを収めて反転、ドリブルで時間を作りながら相手陣内へ侵入する。そして横を爆走する大岩。上がってきた選手たちでパスを繋いでピッチを右から左へ横断、ボックス左から茨田がクロスを上げると、フリーになって頭で合わせたのは大岩。しかしミートがうまくいかず、ボールは枠の外へ。
 85分にも湘南のチャンス。奪ったボールを上福元に下げたところ、雄斗が引いて受ける素振りで対面の東を引き付けると、茨田が相手DFの背後に空いたスペースへランニング。そこへ上福元が精度の高いロングキックを届け、一気に相手ゴール前でのチャンスシーンが生まれた。ニアに走り込んだ根本が中野を抑えてボールをコントロール、ゴールを背にしてオーバーヘッドキックで狙ったが、シュートは枠を逸れてしまった。

 そして迎えた後半のアディショナルタイム。中央エリアでごちゃっとした場面から小野瀬がボールをさらい、福田から畑へスルーパス。佐々木のカバーでシュートは打てなかったが切り返して攻撃を継続させると、遅れて田中がフリーでボックス内に侵入してパスを受ける。慌てて出てきた中野をかわして左足を振り抜き、ニアサイドのポストをかすめてネットを揺らした。湘南が試合終了間際、逆転に成功する。


 最終盤もうまく時間を使って凌ぎきった湘南が広島に2-1で逆転勝利、鹿島・東京V・広島とトップハーフを相手に3連勝を飾った。


■"守備のやり方を変えた"とは?

 試合後のインタビューで山口監督やミンテが話していたのは、この試合においては守備のやり方を変えた、という点。いつものやり方ではどこに問題があって、どんな風にやり方を変えたのか見てみよう。

 まずはいつもの守備の方法、プレスのかけ方から。プレスの口火を切るのは2トップのうちの片方で、もう一方は相手の中盤1枚(主にアンカー役)を捕まえる。相手がボールをサイドに振ったら、そちらサイドにいるIHがアプローチをかけるというのが通常の形である。

湘南のいつものプレス。
アンカー役を章斗がケアしている様子をよく見るはず。
ボールがサイドに出たらIHが後ろを気にしつつプレスに走る。

 このやり方だとどのような問題が生じるか。それはIHのプレスが少しでも遅れると、危険な位置へ簡単にボールを通されてしまう可能性が高いというものだ。中央を厚めに封鎖しながらボールの動きに合わせて陣形を変えられる利点はありつつも、ボールへの圧力=IHの走力と集中力にかかっている側面は無視できない。
 対戦相手である広島は、そのプレスの遅れをきっかけにチャンスを最大化できるチーム。左右CBの塩谷、佐々木はプレスから遠い方の足で正確なパスを通せるし、シャドーの2人も確かな技術でボールをコントロールできる。IHが遅れて出ていって生まれた背後のスペースに人とボールを届けられると、一気にDFラインが晒される状況が発生してしまうのである。

いつものプレスが失敗に終わった場合に想定されるシーン。
一本のパスでプレスをひっくり返され、DFラインはFWと対峙せざるを得なくなる。


 そのためいつものプレスの形をやめて広島対策として準備してきたのが、左右のIHで役割を明確に分ける形。並びとしては5-2-3のようになり、あらかじめ管理する相手選手を設定していたように思われる。

 左IHはFWと共に相手DFライン3人に対して圧力をかける役割。2トップもこの日は相手中盤のケアはせず、中央へのパスコースを消しつつ目の前にいるDFラインの選手にアプローチし、サイドへボールを追い込むのが主な仕事だった。
 一方の右IHはプレス役ではなく中央寄りの位置をとり、田中とともに相手CHを監視。小野瀬はそれに加えて佐々木からアルスランへのパスコースも消す素振りも見られ、ある種守備のフリーマン的な存在になっている印象を受けた。

広島対策の守備のやり方。
左IHがプレス要員、右IHがCH役で異なる役割を担う。

 上図でも分かる通り、IHの役割分担によって湘南の守備陣形は広島のポジションと噛み合う形になっている。FWがボールを外に誘導したら、今度はWBが縦を切って人を捕まえている中央へパスを出させて回収、という形を狙っていた。
 それが完璧に機能していたかというとそうでもないが、少なくとも相手に自由を与えず難しいシュートを打たせることを強いていたとは言えるはずだ。前半にあった川辺のミドルシュートもフリーではあるが距離があったし、中野のゴールは湘南のスライド遅れよりも彼の素晴らしいシュートを褒める方が先だろう。いくつもあった上福元の素晴らしいセーブも、DF陣のコース限定があったからだとも言える。

広島対策の守備のやり方2。
サイドに追い込んでから縦を切って中央で回収はいつもの形に近い。

 前半、守備はある程度機能していたが攻撃はほとんど機能せず中々広島のゴール前に侵攻できなかった。それはおそらく守備陣系で相手とのポジションが噛み合ってしまっているところに起因していたと思われる。相手を捕まえているということは自らも相手に捕まっているのである。
 広島も湘南と同じく人を捕まえる守備で来たため、フリーの選手が作れずにボールを進めることが困難な状態であった。また前線の選手たちが一発で相手の背後を狙うプレーが多かったこともあり、通ればチャンスだがコースを変えられたら攻撃失敗、といったシーンが目立つ前半だった。数的同数であるため、相手の戻りよりも早く攻め切ってしまおう、という意図があったのかもしれない。

広島の守備。
湘南の配置と揃えて人を捕まえる形だった。


 また湘南が準備してきた守備に対して、広島もピッチ内で対応を見せる。アルスランが中盤まで降りてボールに関与し、田中と小野瀬の二枚に対して2CH+アルスランで3枚を作って迷いを生じさせていた。ただ他の選手が前線に上がって補完していたとしても、彼ほどの危険な選手がゴールから遠い位置でプレーすることになるので、トータルで考えた時に広島にとってどれほど効果的だったのかは微妙なところではある。

アルスランが中盤に降りて組み立てに参加。
湘南としては捕まえづらいが、ゴールから遠ければ
決定的なプレーもされないとも考えられる。

 全体のバランスとしては悪くないものの、相手の強さと共に挽回する難しさを感じる内容だった前半。ビハインドを跳ね返すために山口監督が打った策についても見てみよう。


■効いたハーフタイムの修正

 後半に入って湘南が見せた修正は以下の通り。

・広島が人基準で捕まえてきたことから、WBやIH、CBといった後ろの選手がDFラインの背後を狙う
・走り込むスペースを生むために、2トップは中央でプレーして3バックを集結させる
・2トップの動きで相手DFが下がって生まれる中央のスペースを小野瀬が飛び出して使い、中央集結を加速させる
・茨田は田中のサポート、前線に上がる小野瀬と繋がれる位置を取りつつ、自身も背後を狙う
・中盤を攻守どちらにおいても3枚にして相手の2CHより数の優位を取る

ゴールに向かうための修正一覧。
主にIHの役割を修正し、相手CHとDFラインを動かす狙い。

 一気に修正したポイントと図を見てもらったが、それぞれの詳細について触れていこう。
 まずは背後を狙う点について。元々相手の背後を狙うのはチームとしてこれまでもよく見られる動きであり、特段この試合のためのものではない。それ故に前半は背後を狙う動きが乏しく、あるいは単発的であったところを改善したかったのだと思われる。また広島の守備が人基準で行われていたため、後ろから長い距離を走ればフリーで攻撃に参加できる可能性が高かった点もあるだろう。その最たる例が大岩だったはずだ。


 修正のコンセプトと担当者が決まったところで、次はどこに、どのように走り込むかを定めたい。場所はいつも通りポケットと呼ばれるペナルティエリアの横辺りとして、どうやってそこにスペースを作るかが問題であった。
 山口監督が狙ったのは相手DFを中央に集結させてポケットにスペースを生み出すこと。そしてそのために行った修正が左IHのプレーエリア変更。平岡は自身がポケットに向かってランニングするところに一番の魅力があるが、この場面ではむしろ左IHがFWと共にDFラインを中央に集結させることを選択した。ボールを持ってドリブルしながら相手に複数の選択肢を見せられる小野瀬を中央エリアでプレーさせることで、相手DFが中央に集まり使いたいスペースを空けさせる策を取ったのだろう。
 あくまで取りたい戦略に特長が合致しなかった話であって、平岡が良くなかっただとか、誰某の方が優れるだとかという話ではない点は留意したい。

 山口監督が修正のコンセプトと担当者、具体的な方法を定めた上で、ピッチ上でバランスと調整を行ったのが途中出場の茨田だ。急ぎすぎていた攻撃のテンポを落ち着かせて味方が上がる時間を作ったり、スペースが空いていると見るや自身がランニングしてボールを引き出していた。雄斗が対面するWB東を引き付けてスペースをより広大なものにしていたのも相まって、後半は右サイドからの展開が多く見られた。
 また小野瀬をより高い位置でプレーさせるために田中との位置関係を見ながら相手CHを動かしていたり、逆に小野瀬とともに高い位置を取って相手CHを引き付けて田中をフリーにしたりと、現場監督としてその力を遺憾無く発揮していた。

IHが高い位置をとるとCHが引っ張られて田中が空く。
まさに決勝点はこの形から生まれた。


 ゴールへの迫り方だけでなく、守備のやり方も後半から変更。かといっていつものやり方にするのでもなく、相手の対応策に合わせた修正だった。左IHがプレス役に上がるのはやめて中盤3枚でセット。相手CHを捕まえることを優先し、ボールの状況を見てからプレスに出ていく形になっていた。これによってアルスランが中盤に降りてきても問題なく対応できるようになっており、中盤〜DFラインでズレが起きにくい形での守備陣形となった。
 あるいは攻撃面でクオリティを発揮して欲しい小野瀬のスタミナ管理という側面もあったのかもしれない。

守備のやり方も変更。
高い位置からのプレスは控えてズレを生じさせないことを優先したと思われる。



 茨田と同じく後半頭からの出場となった畑はその他の選手とは異なる趣きの役割が与えられていて、中野との1vs1に負けず彼を沈黙させることが第一に求められていたように思われる。これまで見てきた通り湘南が取った修正策は右サイドがベースとなっており、左サイドはほとんど利用していない。CBも務められるほどの対人能力を備えた中野のサイドから攻め込むのは得策ではないのは明らかなので、そっちは畑(と淳之介)に任せるから何とか黙らせといてくれと、いった彼らの個人能力ありきのリスク上等策だったことも忘れてはならない。目立った問題が生じなかったのは畑と淳之介の頑張り故である。表のMOMが田中や上福元、影のMOMが茨田と小野瀬だとしたら、そのさらに奥にいるMOMは畑と淳之介だろう(その畑も決勝点のアシストをしているけども)。


 今回は特に深くは触れなかったが、その他にも根本の収めるプレーや福田のプレスバックなど、広島を苦しめる良いプレーが随所に見られた。全員が90分間を通して球際の戦いに負けないといったベーシックなところを徹底したことで、広島のスタミナ切れ誘発、湘南のセカンドボール回収率増加にも繋がったはずだ。
 何度でも見ても良いくらいの試合だったので、次節までの間に見直してみてはいかがだろうか。この記事がその楽しみの手助けになれば幸いだ。


試合結果
J1リーグ第34節
湘南ベルマーレ 2-1 サンフレッチェ広島

湘南:福田(48')、田中(90'+2')
広島:中野(28')

主審 山本 雄大


タイトル引用:ROF-MAO/フルカウント

にじさんじのユニット、ROF-MAOの楽曲より引用。アディショナルタイムに挙げた田中のゴール、いずれあのシーンが生まれる予感を持って観戦していた方は多かったのではないだろうか。力を持った強豪にいつかやられてしまう恐怖感も、自分たちがやり返す期待感の両面を持った好ゲームだったことから。

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ぺん
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