♯14 耳管開放症という障害。

あなたはキチガイ。

この世にそんな症状はないし、現に今聞こえているんでしょう?
あなたが聞こえなくなったり、聞こえたりコロコロ変わるのは聞きたくないと思うからで心の問題なの。

中耳炎は自律神経っていう心の乱れからもくるのね?
あなたは乱れているの。

わかる?
あなたはキチガイなの、ここに来ても治らないよそれは。
心の病気を治すところじゃないからね?
ここは耳とかお鼻を治すところなの。

私の肩を持って先生はいつも通りとても笑いながら言った。
いつでもこの人は大きな声で笑っている。

私もよくやる治療の一つだった薬を染み込ませた長い綿棒を鼻に刺して時間を置く、それをやっていた男の人が先生の後ろに座ってこっちを見ていたのを覚えている。

小さな丸いパイプ椅子に座っていた。
その隣にはベッド。

正直今思い出しても辛いとか、傷ついたって感覚は不思議となくて。
その当時も何も思わなかった感覚がまだ記憶に残っている。

何でだろうか。
自分でもわからないがきっとそうだと思ったからだろう。

先生が言っているから、きっと私は耳が悪いんじゃないんだ。

この耳がボコボコ鳴る感覚も音も、自分の声が大きく響くのも、呼吸をするのが辛いのも、鼻を啜らないと上手く喋れないのも、あくびが出来ないのも、大きな声を出せないのも、大きな音が聞けないのも、耳に水が溜まるのも、何度も何度も鼓膜を切開したのも、鼓膜が再生しないようにチューブを差したのも、それが簡単に抜け落ちてしまうのも、鼓膜がすぐ骨と癒着してしまうのも、毛細血管が骨に張り付いてるのも全部。

これは全部この先生が言ってるから、私は耳じゃなくて心の病気なんだ。

ちなみに先ほど当時も今も傷ついてもいないし辛い感覚もないと言ったが、当時と違う感情はもちろん持っている。

耳以外も含め、私の体を壊したのも医者。
だけど治してくれたのも医者。

だからこそ言えるのがあの人は医者失格だと。
私は誰も怨んじゃいない。

この病院に連れてきた母も、この病院が良いよとあの日母に電話で教えてきた人も、誰も怨んじゃいないがただ、ただ私の人生を壊したのは紛れもなく資格を持っているのにも関わらず、真っ当な勉強もせずに子供相手に全てを否定し尽くしたあの人だ。

耳管開放症というのはもう明治時代には症状を訴える患者がいたと。
鼻啜りによる隠蔽性耳管開放症というものがある、見分け方、診断方法、注意事項、90年代には既にはっきりわかって研究が進められている。

論文が出ている。

この事実は覆せない。

この病名はもうあったんだ。

私は誰も怨んじゃいない。
何でかって、単純だよ。
正直疲れちゃったんだ。

何か感情を動かすことに、疲れてしまっただけです。

もともとこうすれば良かったかな?
ああすれば良かったかな?
なんて振り返りや、後悔をするようなタイプではなく、自ら進んでの行動をできる限り行わないように生きてきた。

私は志を強く持ち、あらゆるハンデを背負ってでもと夢を追う性格ではない。
私なりの息の仕方と同じ。

小さく、目立たぬように、うるさくならないように。
静かに、そんな人です。

その結果、この病院に行っても水が溜まった時だけ。
薬を貰うか、切るか、チューブを刺すか。
引っ込んだ鼓膜の張りを元に戻す治療を受けに行っただけ。

だって先生の口癖は

『薬飲み終わって症状が無かったら来なくて大丈夫だからね。
これ飲めば治るから。
キチガイは治った?
心の病院に連れて行ってもらった?
はいお大事にどうぞ』

この人はとても笑いながら楽しそうに話す人だった。


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