見出し画像

【掌編小説】カニカマ#毎週ショートショートnote

(読了目安3分/約2,000字+α)

 プロデューサーの一声で「ものまね芸人大集合! ムラタヤスダの年末2時間SP」の収録が終わった。特番のため、滅多にテレビに出ない若手も多い。ひな壇芸人達は、撮影終了後もその場にとどまり嬉しそうに雑談している。僕は大物芸人さんとスタッフさんに頭を下げてその場をそっと離れる。

「おい、小野。お前帰るんか?」

 後ろから声をかけたのは、同じ事務所の先輩だった。僕は振り返り、頭を下げる。

「ええ。すんません。お疲れさまです」

「なんでや。打ち上げ出んと。こういうときこそ顔売るチャンスやで」

「ちょっと今日嫁が誕生日で。すんません」

 先輩の眉間にシワが寄るのが見える。小言を言うときのクセだ。

「お前、何キャラで売っとんねん。大野博幸投手のモノマネ芸人コモノピロユキやろ? 嫁が誕生日で帰るキャラちゃうやろ。あ、そうや。さっきの撮影の時、お前気ぃ抜いとったな。せっかくネタ振ってもろて、何モゴついとんねん。アホか。ネタの精度も低い、上手い返しもできん、気の利いたコメントも言えんじゃお前のとこだいーぶカットされるで、っておい待たんかい!」

 僕は先輩に大きく頭を下げ、走って逃げた。

 楽屋の隅に丸めてあったパーカーを衣装の上から羽織り、フードを被りマスクをすると、誰にも気づかれないように俯いて足早にテレビ局を出た。

 近くの駅へ向かいながら、彼女に「今から帰る」とラインする。返信はすぐにあった。謝っているスタンプと「ごめん、遅くなりそう。帰りに好きなお惣菜買ってきて」という文章だった。僕は電車に揺られて行きつけのスーパーへ向かう。改札を出るともう一言届いていたことに気付く。「レシート、忘れずにもらっておいてね」

 僕は鳴かず飛ばずの芸歴14年のモノマネ芸人で、彼女は銀行員だ。出世払いの約束で、家賃も生活費もすべてお世話になっている。「レシートをもらって帰る」イコール「あとで生活費から出す」という意味だ。これくらいいいよ、と言いたいところだが、財布の中身は二千円と小銭がちょっと。「了解」と返信する。

 せっかくの誕生日だが、寿司やステーキは無理だ。とりあえず、プリンやヨーグルトの並びにあった二つ入りのショートケーキを買い物カゴに入れる。総菜コーナーを三周し、カリッと揚がったとんかつを二枚買うことにした。あとは彼女が好きな梅のチューハイと僕用に第三のビール。他に要るものがないだろうかと、スーパーの中を回っていると、ふとカニカマが目に留まった。

 彼女はカニカマが好きだった。そのまま食卓に並ぶこともあれば、細くほぐしてサラダに入れたり、天ぷらになったりと週三回くらいは登場する。いつも食べているのは六本パックで七九円の一番安いやつだった。カニカマもいろんなメーカーが出していて、カニの身にしか見えない高級なカニカマがあることを初めて知った。僕は一パック一九八円のパックを手に取る。誕生日にこれくらいの贅沢はさせてやりたい。

 僕が帰宅してまもなく彼女も帰ってきた。

 お互い着替えると早々に、昨日の残りのサラダやみそ汁、買ってきた惣菜を食卓に並べる。

 僕たちは食卓に横に並んで乾杯をした。向かい合わせに座るよりテレビが見やすいので、いつも並んで座っている。

「あれ、ひろくん。これ何?」

 早速、高級カニカマに気付いた。

「うん。たまには良いかなと思って。ちょっと高級なの買ってみた」

 彼女はゆっくりと味わうようにカニカマを食べ、僕に笑顔を向ける。

「うーん……うん。確かにカニっぽい。あんまりカニ食べたことないけど」

 屈託のない笑顔に、僕はうしろめたさを感じる。結婚して以来カニなんて食べさせたことがない。

「今度、給料が入ったら新潟にカニでも食べに行こうか」

 旅行ができるほどの給料は入ってこない。それでも何としてでもお金を工面しようと思った。彼女は驚いたようにまばたきをする。

「え、まだ秋だよ。無いんじゃない?」

「もうちょっと冬になってから。が、僕としても助かるけど・・・」

 彼女は表情を和らげ、優しい目で僕を見つめる。

「ひろくん。私ね、実はあんまりカニ好きじゃないんだ。カニっていまいちおかずにならないし、身を出すの大変だし、大変なわりに身を出してみると意外と少ないし。いつも食べてるカニカマが好きなんだよね。これこれーって感じがするの。サラダでもカニ玉でも何にでも入れられるし。ものまね芸人と一緒だよ。本物にそっくりなのもすごいけど、私たちはモノマネってわかってて見るんだから。大野博幸さんが見たいんじゃなくて、コモノピロユキが見たいんだよ。年に一回食べるか食べないかのカニより、毎日食べるカニカマの方がずっと好きだよ」

 彼女の笑顔がまぶしすぎて、僕はごまかすようにビールを飲む。「あ、照れてるー」と肘でついてくる彼女を制しながら、僕はカニカマをかみしめた。


前回に引き続き、たらはかに(田原にか)様の企画に乗っかっているつもりです。


今回のテーマは「全力で推したい」「ダジャレ」。

ダジャレ、苦手なんですよね……。しかも最近、読む&観る 方に傾きすぎてて、書く&創る 方に全然頭が向いてません。バランス取らないと燃費が悪いんですけどね……。

一時期「ねりもの」をテーマにした短編を書くのに何故かハマっていて、その中からテーマに近いものをピックアップしました。当たらずとも遠からず、ということで(いや、遠い)。

この記事が参加している募集

よろしければサポートをお願いします!サポートいただいた分は、クリエイティブでお返ししていきます。