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【雑記/紹介/応援】芸の道をリアルに描くお仕事小説。おーい!落語の神様ッ #創作大賞感想

 別名義の方では数多くの方がお世話になっているかと思います。今現在もすんげー綺麗な装丁の本が私の枕もとに鎮座しております。
 そんなナアジマヒカルさんの新作が上がっておりますよ!

 落語家のお身内がいらっしゃるとのことで、落語家のお仕事小説です。
 とある会社員とかならイメージつくけど、落語家なんてなかなかつかない。もちろん過去にいくつかテレビドラマがありましたが、そう数があるわけではない。

 十数年の修業を経て、四か月後に落語家の最上位階級『真打』に昇進することが決まっている若手落語家の紅葉家咲太もみじやさいた。一時期は超売れっ子だったが今はもう見る影もない。仕事は激減。不義理を重ね、自堕落な生活で作った百万からの借金を抱えて、度々電気やガスを止められる体たらく。昇進に必要とされる数百万の費用の算段なんてつくわけもなし。ヤケ酒を飲んで深夜の浅草を徘徊していると謎の老人と遭遇。咲太は翌日から貧乏神が見えるようになり、目が覚めたように落語に邁進し、試練に挑んでいく。果たして咲太は無事に真打に昇進出来るのか。老人の正体は一体誰なのか。落語界に福をもたらす演芸小説。

あらすじより

 まず、文体が軽妙。もうすでに落語。
 物語全体がそもそも落語のような雰囲気があるのです。肩に乗ってる貧乏神(仮)のせいですが、人の運がコロリと変わってトントン拍子に上手くいったりもする。この作品自体が、新作落語でかかってもおかしくないと思う。
 あくまでも主人公は紅葉家咲太もみじやさいただが、その脇を固めるキャラクターが良い。先輩の夏風亭とんびは家族があり良い住居をかまえているものの娘のために休業している。夏風亭みかんは落語会ではまだ珍しい女性だが、努力と実力で出世していく。謎の多いモギー鳥司や、応援してくれる居酒屋の大将、佐賀の方。物語の進行とともに様々な人が関わり、影響を与え・受けつつ、その周囲の方々の人生も変わっていくのだ。
 最終盤にある、寄席の舞台から満席の会場を眺めるシーンは、舞台に上がったことのある人は想像できると思う。最初は照明が強すぎて人々の顔は見えないのだけど、いざ舞台に上がり落ち着いて見回せば、顔の識別ができる(演劇のような客席が暗いものは見えませんが)。知っている人の顔を見つけた時の嬉しさと心強さ。思わず泣きながら読んだ。
 作中作として登場する落語は、初心者にも分かるようにお話の解説があり、なぜこの物語のその場面でその演目がかかるのかはわかるようになっている。その他、解説は差し挿まれていないものの落語好きにはニヤリとする部分が散りばめられているらしい。


 とまあ、素人が書く感想を読むよりもずっと良い書評が上がっているので勝手ながらリンクを貼っておきます。

 ↑ 書こうと思っていたことを数段クオリティ高く表現されていて、先に見ておいて良かったと胸を撫でおろしました。

 そしてガチの落語ファンによる落語解説も上がっています。

 ↑「 寄席に行ったことがない」「落語は素人です」という方は先にこちらをご覧ください。物語自体も初心者に向けて解説を多々差し挿んでくれていますが、それを補完する形で解説されています。

 じゃ、素人なりの感想を……と思った矢先、素人ヅラ(失礼)しながらも熱量高めの軽快な感想が上がってきました。

 というわけで、書こうにも書けなくなった感想文……。
 すっぱり諦めて、ちょっと横道に逸れますが、落語『死神』の話を。

 いやお前素人やないんかい! と突っ込まれそうですが、実は大学の時の卒論テーマが死神でして、その時めっちゃ調べたのですよ。この度ひさしぶりに卒論を読み直しました。今より文章上手でした。凹みました。

 落語『死神』は、明治20年代に三遊亭円朝により作られたいわゆる翻訳ものです。『日本国語大辞典第二版⑥』ではイタリアのオペラ「靴直しのクリピスノ」から翻案とありますが、恐らくこれは誤植。 ’Crispino e la comare'が原題なので「クリスピーノと代母」というところ。また、グリム童話「死神の名づけ親」が由来、または双方からだという話もあるようです。
 このあたりの事情は当時めちゃめちゃ参考になった本に書かれているので、興味がある人は古本屋で探して読んでみてください。

 円朝は外国語ができなかったようですが、身近にアイデアを提供してくれたと思われる人がいて、その可能性が高いのが福地桜痴。彼は福沢諭吉とともに翻訳官・通辞として幕府に任命され、何度も海外へ出かけている記録があるようです。

 ちなみに似た話はなにも、オペラ「クリスピーノと代母」・グリム童話「死神の名づけ親」だけではありません。この世界にはざっくり560以上の類話があると言われています。
 3年前に米津元師「死神」が上がった時「日本人にしかわからないんじゃね?」と危惧された方も多かったかと思いますが、そんなことはありません。知ってる人は知ってる。
 しかし、40分くらいあるお話を約2分の曲に超訳された手腕は圧巻でしたね。所作も美しいPVでした。


 物語のオチの部分はこの失敗型が専らですが、ろうそくの接ぎ足しに成功する型を円遊が演じていたとのこと。一般には「全快」「ほまれのたいこ」「ほまれのたいこもち」という名前で呼ばれているそうですが、現在この成功型を語る落語家は少ないようです。
 落語CD『圓生百席23』にある説明文の中で、六代目三遊亭円生が以下のように語ったことが記されています。

圓朝師という方はたいへん楽屋入りの早い方で、まだ誰も来ていないうちから楽屋へ入っている。そのときに圓朝師が、のちの二代目金馬に『死神』を教えてくれたと云う。「他のお弟子さんに教えたけども」――他のお弟子というのはつまり園遊さんのことなんですね。「あたしのせっかく作った噺を直してしまったから、おまえに本当の『死神』を教えておく。今にもっと偉くなったらやっておくれ」と言われたのだそうです。

落語CD『圓生百席23』

 作った本人が嫌がってるんですよね。オチはやはり失敗型が正統派、というところでしょう。しかし落語家は一般人よりも普段から縁起をかつぐ方々。成功型を生み出す気持ちにも共感できますね。


 話芸は高度な舞台芸術だと思っています。身ひとつ、ひとり座った状態で、身振りと話だけでお客様を魅了する。しかもお客様が知っている話で。
 誰にでもできる所業ではない。にもかかわらず、舞台でくっちゃべって良いお給金をもらっているとやっかむ人もいるようです。
 以前聞いた立川談志の粋な話はずっと頭に残っています。こちらの紹介で〆とさせていただきます。



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