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【#創作大賞感想】『おーい!落語の神様ッ』ナアジマヒカルさん

 落語にそんなに詳しくない私が、集中力なくて読むのが遅い積ん読常習犯の私が、とんでもない熱量でのめり込んだ小説。それがこの『おーい!落語の神様ッ』でした。

 元々、ナアジマ ヒカルさん(ぼんやりRADIOさん名義の頃から)の作品のファンでありますが、滲み出るパワーとかオーラがすごいなと思いながら読んでいて、その正体は何だろう? と毎話読み終えるごとに考えを巡らせていました。
 すると、「Don't think,  Feel !」と物語の向こうからお告げみたいに声が降ってくるので、「誰? 神出鬼没のお爺さん師匠? 貧乏神?」と辺りを見回しちゃうという。


 こちら、お仕事小説ではあるのです。確実に。
 しかし、このお話の主人公、落語家の紅葉家咲太もみじやさいたは、いきなり冒頭からお仕事すっ飛ばしちゃってます。それも、パチンコ打っていて。
 タイトルの「おーい!」って、ここに掛かっているわけではないですよね?

 彼にはなかなかの額の借金があり、ギャンブルのみならずお酒でも散財しております。

 かつては寄席やテレビ、ラジオで人気を博していた咲太さん。
 彼に嫉妬する同期からは楽屋で無視され、落語への向き合い方が疎かになったといつしかファンが離れ、師匠方からの評判もよろしくありません。
 せっかくの真打昇進を目前に「ちくしょう。死んでやる。死んでやるぞ」と、やけっぱちなご様子。再びの「おーい!」案件です。

 ちょいと、主人公の咲太さんがそんなんじゃあお話が始まった途端に終わっちまうじゃないか。と、ハラハラする読者の私。
 落語調のツッコミを入れたくなっちゃう理由は、この小説、セリフもさることながら、文章全体に落語のようなリズム感が流れているから。さらに全話を繋げると、まるで壮大なひとつの落語(演目)の中にいるような感覚になるのです。
(それで、読んでいると影響受けまくって自分も落語っぽい口調になるという現象が)

 話を戻して……なぜに咲太さんがこんなに荒れているのかというと、真打昇進にはお披露目のためにそれなりのお金を準備する必要があるからなのです。
 しかし、身から出た錆で助けてもらえる当てもなく、にっちもさっちもいかなくなっていた彼。

 そこへ、咲太さんのことをどこから見ていたのか? 怪しげな爺さんがふいっと現れ声をかけてきます。どうも話し方や雰囲気から同業の師匠クラス。
 そのときからです。主人公の身に不可思議な出来事が次々と起き出したのは。


 さて、この小説には『死神』をはじめ、『しじみ売り』、『松山鏡』、『千両みかん』、『柳田格之進』など様々な落語の演目が登場します。それらは登場人物達を取り巻く状況と重なり、ときに演目自体が物語を動かす力にもキーにもなっております。
 
 神出鬼没の師匠(前述の「怪しげな爺さん」と同人)が唱えた『死神』を追い払う呪文、「アジャラカモクレン、キューライス、テケレッツノパア」を喰らってから、咲太さんに変化が生じます。この仕掛けが面白い!

 同時に、落語のお仕事小説でありつつ、ファンタジーとエンタメの扉も大きく開かれてゆきます。

 咲太さんにあるものが見える力が備わります! 幽霊ではありません。見えたのは貧乏神の姿です。
 でも安心してください。貧乏神さま達、とーっても可愛くて愛嬌のあるキャラクターです!
 風貌は、肩にちょこんと乗るサイズの、襤褸ボロを纏った青白い顔のおじさん。憑いている咲太さんと仕草がシンクロしたり、寄合したり、落語に笑い転げたりと、なんだかとっても楽しそう。

 彼らも神出鬼没の師匠と同じくらい重要なキーマンとなっております。

 そして、咲太さんが成長してゆく過程や、彼の後輩の夏風亭みかん、先輩の夏風亭とんび、咲太の師匠紅葉家柳咲モギー鳥司に居酒屋いつきやの大将夫妻、そして佐賀の岡津さん等々……主人公を取り巻く登場人物のキャラが実に魅力的なことも、エピソードを通して読者の胸を熱くさせます。
 何度も泣かされましたが、特に最終話(いや、前半も中盤も粋なんだよな)……ぜひ読んで体験してほしいです。

 でもやっぱり私のイチオシキャラクターは、神出鬼没の師匠でしょうか。毎度酒臭くて、屁をこいていつの間にかいなくなるという。もう三話目あたりから師匠の屁待ちをしている自分がいました。(屁って書きすぎてごめんなさい)


 すべて読み終え、物語から滲み出るパワーやオーラの正体にたどり着いた私は、心地好い放心状態に見舞われました。

 これまで落語を題材にした映画やドラマ、漫画に触れる機会は何度かありましたが、本作のようなアプローチは初めてだったと思います。
 ファンタジーやエンタメ要素がありながら、まったくブレない強い想いが一本しなやかに通っている。

 『おーい!落語の神様ッ』は、やはりお仕事小説なのです。
 この小説には、落語とそこへ携わる人々への最大級のリスペクトと愛情がずっと横たわっておりました。

 先人達の息づかい、演目の面白さ、時代を越えた観客達の笑い声、そして今まさに現在進行形で落語を愛し、落語を演っている噺家さん達
 そこに作者の熱が込められ、読者を観客にも主人公の気持ちにもシンクロさせてくれるパワーが文章から滲み出ていたのだと。
 

 没頭できる読書時間と読後感を体験されたい方は、ぜひ、咲太さんや落語の神様に会いにきてください。
 すべてを読んだ後、あなたに福の神がもれなく憑いてくるかも?


~了~


最後まで読んでいただき、ありがとうございました🍀

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