詩28「台風とメランコリア」

台風とメランコリア

「星」の付く街の皮膚科に向かう
昨日の台風の尻尾がまだ停滞している
風が丸くわたしをくるんで強い力でシャツを巻き上げた
髪の毛はもうぐしゃぐしゃで直す力もない
坂道は長く続いて息が上がるので
マスクを外して新鮮な空気を肺に満たした

指先にクトゥルフの目玉のような水泡ができて
その数は日々増えている
宇宙から来た神話生物の目玉は大小さまざま
夜になるとたぶんそいつらは蠢いて
わたしのしてきた悪いことを海底に広めている
わたしはそのうち恥ずかしさで魚の顔になるだろう
医師の用いるステロイドで
まだひとのかたちを保っているかたち

台風が街を横切る真夜中
雨に打たれて行儀よく錆びていく駐車場のトタン屋根
散らばる若いナナカマドの実が唯一の色
死んで固くなったトンボが風で流れて
もがれた交通安全守がひとつ探されるのを待っている
わたし(あるいはクトゥルフの目玉)は
身体を抜け出して踊るようにアスファルトに溶ける
川の気配を感じながら地中を進み大海に還る
海底神殿の夢を見ながら笑っている

小さい頃から怪我が多くて手当は全部自分でしてきたから
看護師さんにガーゼを巻かれると泣きたいような気持ちになる
幻想の母の手が私の指に触れると目玉は、すうと眠る
メランコリア、どうしようもない

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