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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter5-6


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【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄ほんろうされる中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕びんわん弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。そんな時に、マサカズと伊達の前に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーは大活躍を見せる中、ある知らせをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。弱りきっていたマサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力をたくしてしまい、ゆがんだ暴走の矛先ほこさきは伊達に向けられる。そしてマサカズが駆けつけた時にはもう…。その後、マサカズの元には新たな5人の若者たちが集まりつつあった。

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第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter5

 事務所の片付けは全て終わった。五人の座席は決まり、スキンヘッドの久留間くるまがマサカズの隣、以前、伊達が座っていた席に着くことになった。残りの四人も老人たちが使っていた席がそれぞれ割り当てられ、顔合わせの翌日からは、一応ではあるが組織として始動することができる状況にまでこぎ着けた。冬の鈍い陽が窓から差し込むこの日の午後、マサカズは腰を上げて手を叩いた。
「いま、テキストファイルを送信した。タイトルは、12/13_001だ。開いてくれ」
 マサカズに言われ、久留間たちはパソコンを操作してファイルを開いた。しかし、流石谷さすがやだけはは口元をわなわなと震わせ、目を泳がせていたので、向かいの席の川崎が、流石谷の隣の佐々木に「教えてやれ」と、低い声で指示を出した。佐々木は流石谷からマウスを取り上げると、マサカズの言ったファイルを開いてあげた。
「日本語、読めるよな」
 佐々木がボソリとそうたずねると、流石谷は長い睫毛まつげを上下させてまばたきすると「日本語しか知らん」とうれしそうにこたえた。
「いいかな。そのファイルに書かれている業務内容が、君たちに最優先でお願いしたいことだ。同時に写真データも送ったから見てくれ」
 マサカズの指示に、佐々木は流石谷が手を動かすより早く、彼のパソコンを操作し、写真データを表示させた。
「あ、それはねーんじゃない? 佐々木のオッサン。流石谷クンだって、できたかもしんねーのに。可能性の芽を……芽を……」
 “芽をむのは良くない”。おそらくだが、川崎の隣の席で胡座あぐらをかいていた浅野五右衛門あさのごえもんは、そう言いたかったのだろう。しかしそれを補足することもなく、マサカズは説明を続けた。
「写真の男はホッパーたけし。ウチに対して一方的にうらみをいだいている、元アルバイト従業員だ。砦南さいなん大学院で生化学を研究するエリートだ。いまは敵となってしまっているけど、僕としては今一度交渉を試みようと考えている」
「じゃあこのハーフの坊ちゃんをさらってくりゃ、ゲームクリアなんですか?」
 川崎の質問に、マサカズは首を横に振った。
「あの猫矢ねこやくんたちでも現在の彼の居場所を突き止められない。だから、確保は無理だと思っている」
 川崎は不満げに下唇したくちびるを突き出し“ならどうする?”とでも言いたげだった。久留間は両指を頭の後ろで組み、薄笑いを浮かべ“考えを聞かせてもらおうか”と、こちらもそう言いたげな様子だった。そして、佐々木からは何も感じられず、浅野はスマートフォンをいじりだし、流石谷はマウスを手に取り、それを不思議そうに見つめる、といった有様ありさまであり、この三人には当面、反応というものを期待してはいけないのだとマサカズは思った。
「ホッパーは、ここか僕の自宅を襲撃してくる可能性がある」
「それって、こいつが副社長を殺したってことですか?」
「まだわからない」
 久留間の鋭い指摘に、マサカズは食い気味に返答した。久留間は薄笑いを消さぬまま、両目を閉ざして足を組んだ。
「とにかく、みんなに一番して欲しい仕事は、僕が仕事で不在の際、ここと僕の自宅にホッパーが出現した場合、それをいち早く連絡するってことにある。基本的には勤務時間内が警戒の対象だ。事務所班四名と、自宅班の一名の二班体制で行く。自宅班は、アパートの僕の部屋を近所の喫茶店きっさてんから監視してもらう。僕が家を出る八時から十二時までの四時間だ。それが終わりしだい、事務所に来てくれ。シフトはテキストに書いたから、意見があれば後で受け付ける」
 ただ見張る。青い目をした青年が現れるのを、ただ待つ。仕事の内容はあまりにも単純だったのだが、まゆひそめた川崎が、不満げな表情を浮かべて手を挙げた。
「指示書読んだら、ハーフを発見したら社長に即電ってありますけど、とっ捕まえちゃいけないんですか? 自宅班はともかく、事務所は四人もいる。言っちゃなんですけど、連絡だけなんて、甘くないですか?」
「川崎の言うことはもっともだ。けど、ダメだ。ホッパーには絶対に手を出すな
 強い口調でマサカズがそう言うと、佐々木がのっそりと席を立った。
「ナイフの使用を許可してもらえたら、どうにでもできますよ。けん靱帯じんたいをバラせば、動きは封じられる。それともそいつは銃でも持ってるんですか?」
 聞き取るのがやっとなほど早口で、佐々木はそう意見すると着席した。
牽制けんせい程度ならいいけど、めておいた方がいい。ホッパーは規格外の敵だ。僕たちがたばになってもかなう相手じゃない」
 あるいは、ここにいる全員にスペアキーを渡して共に戦えば勝てる可能性は高いが、それは同時に敵を五人も増やすことにもなりかねない。マサカズはひょっこりと顔をのぞかせた誘惑をすぐに断ち切った。すると、浅野がスマートフォンをいじりながら鼻で笑い、「“僕たちが”ねぇ」とあきれたようなリズムでつぶやいた。山田正一など、荒事あらごとでは一切の戦力にならず、足手まといになるだけだ。浅野の嘲笑ちょうしょうをマサカズはそう理解した。
 猫矢から自分の力がどの程度伝わっているか、これでよくわかった。しかし、このあざけりに対して力をもってしてくつがすのも危険があると考えたマサカズは、説明を続行することにした。
「ホッパーが危害を加える対象は僕だけだ。だからヤツが出現しても自分たちの安全を優先して行動してくれ。とにかく、そこに僕がいないときは連絡をしてくれ。お願いだから」
 嘆願たんがんにも近い要請ようせいに、川崎は何度もうなずき、久留間はとなりからじっと見上げていたので、そこから同意を感じ取れたが、残りの三人は相変わらず何を考えているのかマサカズには見当もつかなかった。
 ホッパーと再び相対する機会を得た場合、取るべき行動は交渉と説得となるが、そのとき彼が置かれている状況によって、選択肢は変化する。しかも“選択肢A~Dの中から選ぶ”などといったわかりやすいものではなく、“A、Bが存在する場合、新たにEが発生”といったいささか面倒めんどうで複雑な考え方を必要としていた。伊達ならば、このようなパズルへの取り組みはお手の物であり、自分などが想定していなかった解法を指南しなんしてくれただろう。だが、それを望むべくもない。マサカズは椅子いすに腰を下ろすと、カップに入ったコーヒーを飲んだ。
「社長。ホッパーが現れない場合、どうします? 受け身の姿勢はよしとして、いくらなんでもひとりの出現報告に俺たち五人のリソースをくってのは、得策とくさくとは言えません」
 久留間の言葉に、マサカズは感心した。何やらその発言に知性というものを感じたからだ。マサカズはコップを置いて身を乗り出した。
「うん、実のところ事務所班は一人でもいいわけだし、そうだな……僕は明日法務省に出向くことにしよう。久留間、ついてきてくれ」
「法務省? こっわっ……」
 久留間は苦笑いを浮かべたが、マサカズにその意味はわからなかった。
「前に仕事を仲介してもらってたんだよ」
「そりゃ、すごいですね」
「僕たちナッシングゼロの目的は社会貢献や人助けだ。そのためにも公共機関とのパイプは強くたもつ必要がある。国家に対して、僕たちが常にメリットある存在だとアピールするんだ」
「官と業務提携なんて、スケールが大きいですね。いや、こりゃ想定外だ」
 久留間はスキンヘッドをでつけると、肩を上下させて笑った。

 翌日の午後、ライダースジャケット姿のマサカズは、久留間と共に霞ヶ関かすみがせきの法務省を訪れた。玄関には守衛の男性が警備にあたっていて、二人の来訪に応じた。まさか、このような存在が立ちはだかるとは。想定外の事態にマサカズは戸惑とまどい、久留間に目を向けた。しかし久留間はぶるぶると頭を振り、たよりにはなりそうになかった。
「どなたです? 当省に何のご用ですか?」
 重く低い声で、制服姿で受け口の守衛はそうたずねてきた。
「えっとですね。僕、以前から法務省でお仕事を発注してもらってた会社の代表で、ナッシングゼロの社長の山田と申します」
「業者の方ですね。今日は当省の誰と何時のお約束です?」
 簡潔な質問だったので、それだけに返答をごまかす余地が微塵みじんもない。無策にもほどあるとマサカズは今さらながらに思い知った。素人しろうとの動画配信者でも、突撃に際してもう少しましなシナリオを用意するはずなのに、これでは子供がからかいに来たのと変わらない。
「あのですね、庭石にわいし課長と知り合いなんですが」
「どの課の所属ですか?」
「あ、えっと……」
 マサカズは腰のポーチから庭石の名刺を取り出し「法務省大司法法制部司法法制課」と、庭石の所属をうろ覚えの呪文のように、平坦へいたんな口調で述べた。すると守衛はたすき掛けしていたかばんからタッチパッドを取り出し、それを操作した。
「現在の課長の名前はご存じですか?」
 守衛の口調から、どこかあきれのような感情が察せられる。マサカズは言葉に詰まり「わかりません」と、消え入るような声でらした。

 わずか数分の訪問だった。これはいわゆる、門前払いという結果と言っていいだろう。マサカズは久留間と並んで霞ヶ関の官庁街を歩いていた。
「なんなんですか、社長。政府にコネがあったんじゃないですか?」
「あったけどさ、どう使っていいのか……庭石さんはもう死んでるし」
「あー、そーゆーことですね。じゃあ、さっきのって、なにか成功するシナリオとかってあったんですか?」
「……ない」
 マサカズがそう返すと久留間は足を止め、「はぁぁぁ?」と、わざとらしく疑問を口にした。マサカズも立ち止まると「守衛がいるなんて思ってなかったんだよ!」と返した。
「じゃないでしょ? 仮に門番がいなくって中に入れたとしても、そこからどうするつもりだったんです?」
「なんとかするつもりだった。チャレンジするつもりだった」
「チャレンジ? なんともならないですよ。受付でさっきのやりとりがリピートされるだけです。なんだよ、行き当たりばったりだったのかよ」
「ごめん久留間。お前の正論を受けきれる防御力は、今の僕にはない」
 あまりにも考えがなさ過ぎた。そして何よりも失敗だったのは、五人の中でも中心的な役割を任せようとしていた久留間から、すっかり見くびられてしまったことだ。マサカズは何か言い訳できないかと考えをめぐらせてみたが、そうすること自体がひどく不毛に思えたため、すぐにあきらめてしまった。
「次はどーするんですか?」
 両手をひろげ、久留間はそう問うてきた。
「考える。これから」
「政治家とパイプ作りとかですか? 難しいですよ。あいつらは、こちらに集票能力があるか、選挙活動のボランティアでもしなけりゃ見向きもしません。それらをやるにはかなりの資本がいる」
「だから、これから考えるって」
「まぁ、こりゃ自分の場合ですけど、俺みたいなのがお上と関われるのは、犯罪やらかしておなわになるときぐらいってね。けど、社長は違うんだよね」
「だから! 考えさせてよ!!」
 国家の行政の中枢をになう、おそらくはつとめる者たちが卒業した母校の偏差値が平均をはるかに超える霞ヶ関の街中で、マサカズはとぼしい語彙ごいわめいてしまった。それは宿題の進捗しんちょくを迫る親に対して、言い訳する子供の様でもあった。気霜きじもが巻き散り、それは寒気にむなしくき消えていった。

第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter6

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