遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第7話 ─バッタの力を借りてみよう!─ Chapter3-4
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第7話 ─バッタの力を借りてみよう!─Chapter3
彼は自分などより、ずっとこの場に相応しい。マサカズは隣に並ぶ暗灰色のスーツを着たホッパーを一瞥し、今日になって五度目となる感想を抱いた。仕事が始まってからまだ十分しか立っていなかったが、もう何度も同じ感想が繰り返されている。天井部にお立ち台が取り付けられたライトバンを背に、胸を張り後ろで手を組むこの青年は、いかにもボディーガードという風体である。
静岡県磐田駅の駅前ロータリーでは衆議院補欠選挙の演説会が行われ、ナッシングゼロはその警護の仕事を庭石の口添えで受注していた。業務の内容としては先月の浜松駅の市長選挙演説会と同じであり、終わるまで何があっても何もせず、ただ立っているだけといった前提で取り組むことになっていた。お立ち台には応援の弁士はおらず、与党が推薦する立候補者とその支援スタッフが二名いた。集まった聴衆は四十名ほどであり、その大半が老人だった。
「どうにも納得できません。何もしないというのは、職務怠慢かと思われるのですが。私にとってこれは人生において初仕事です。人に誇れぬ行いは我慢なりません。私とは思想信条を違える対象ではありますが、警護という職責を全うするためには、危害行為に対して全力を以てして対するのが当然だと思います」
今から二時間前、駅近くのプレハブ小屋で警護の事前ミーティングを終えたマサカズとホッパーは、現場に向かうため路地を歩いていた。ホッパーの不満に、マサカズはちりちり頭を掻いた。ホッパーには昨日の十一月十七日の金曜日からアルバイトとして勤務を始めさせていて、今日は初めての外勤だった。
「伊達さんからの指示なんだよ。僕たちは特権でこの仕事を得ているけど、素人だから専門性のある対応をしちゃいけない……そうだなぁ」
ただその場にいて何もしてはならないのは、鍵の力を秘匿としなければならないからである。テロリストが行動を起こした際、自分はこの力を使わずに対処することなどできないからだ。しかし、青い目をした屈強な彼はどうだろう。アマチュアではあるが、総合格闘技の王者にもなったほどの実力者である。自分などよりは優れた対応ができるかもしれない。だが、警護の素人であるマサカズには、それを許可するだけの根拠を持ち合わせてはいなかった。
「えっとさ、ゴメン。ホッパー君、ひとつ間違ってる。これは君にとって初仕事じゃない。君はきのう、みんなのお弁当を買ってきたり、名簿の整理をしたり、ホームページの英訳を始めたり、しっかりと働いてくれているじゃないか。立派に務め上げているよ」
そう言い終えると、ホッパーはマサカズの前に素早く回り込み、重々しく頭を垂れた。
「社長のおっしゃる通りです。私は仕事というものに対して、勝手に軽重をつけていました。深く反省いたします! そして、誠に感謝いたします!」
それから、ホッパーとは駅前に到着するまでのあいだ、この街を本拠地とするプロサッカーチームの話題に終始した。彼の真っ当な不満に対して答えられなかった。とにかく立場上何かを言わなければいけないといった、漠然としたプレッシャーのための指摘だったが、彼はそれに対して深く反省してしまい、自分に対しての従属心を強めてしまった。マサカズは今後、ホッパーへの理解をより深め、より慎重な対応が必要だと思った。
今回の件について、ホッパーは行動指針に対して納得できず、多少の燻りは生じるだろうが、結果としてこの演説会では何かをする機会自体が発生しないので、うやむやのままにしてしまえるだろう。そして、いずれ彼への信用が一定の値に達すれば秘密を共有し、遡った上で理解を得られるだろう。立候補者の熱弁を背に、マサカズはホッパーとのそのようなやりとりを思い出していた。
庭石とは、この十日ほど連絡が取れなくなったままになっていた。携帯電話には応答せず、法務省に登庁はしているのだが、一時的な不在を理由に電話で話もできず、メールの返答もないと伊達は言っていた。今日の仕事を割り振ってはくれたものの、娘が違法薬物の中毒に陥り、父親としてそれに向き合うことに懸命なため、自分や伊達に対して関わり合う余裕がないのではないのだろうか。マサカズは現状をひとまずそう解釈していた。
娘が薬漬けになる。夫と女子高生を山に埋める。宝石店に強盗して幼稚園バスを乗っ取る。誰もが余裕もなく、司法の処断に怯えている。それなのに三人を殺害した自分は、昨晩、歓迎会でホッパーと、うろ覚えのボーカロイド曲をカラオケでデュエットして呑気に楽しんだりしている。あの罪を打ち明けたら、隣に立つ彼はどのような反応をするのだろうか。正義感が強いのはもうわかった。おそらくはこれまでの成功経験に基づき、自身の価値観に疑いがないからだろう。受け入れ、内側に入れてしまったものの、ホッパーという存在はマサカズにとって処理しきれていないゴミ箱を、あらためて覗くきっかけとなっていた。
いわし雲の元、二度目となる警護という仕事に対して集中できず、ぼんやりとしたままだったマサカズが次の瞬間目にしたのは、隣にいた暗灰色の背中が弾丸のように突進し、聴衆の群れに突入し、中年男性に掴みかかるといった、日常ならざる光景だった。マサカズはホッパーの唐突な行動に驚き、慌てて駆け寄った。
「ホッパー君! なんだ!?」
ホッパーは白髪交じりの男の右肩を抱え込み、アスファルトに組み伏せていた。
「テロリストです!」
ホッパーの報告は明確だった。マサカズはそれに対しての検証を試みたが、関節技を極められているこげ茶色のブルゾンを着た男から、テロリストの要素を見つけ出すことができなかった。すると、黒いスーツ姿の女性が駆け付け、男の傍らにあったトートバックをまさぐり、銀色の筒を取り出した。
「ティーツーか。おそらく」
女性の言った“ティーツー”とは、事前の打ち合わせでも説明された、投擲型の爆発物の呼称である。火力しだいでは殺傷能力を有するものであり、もし本物ということなら、ホッパーに制圧されている男はテロリストということになる。
「あ、山田さん?」
筒を手に振り返った女性は、浜松の一件で知り合った警備会社の田宮だった。
演説会は急遽中止となり、聴衆の中でスマートフォンを持っている者は、その原因となったホッパーとトートバッグの男を動画に撮っていた。おそらく、午後のニュースで“視聴者提供”のテロップ付けられ、これらの映像は流されるのだろう。唐突に訪れた緊急事態に、マサカズは困惑しながらも納得に向けて考えを整理することにした。そのためには、とにかく置いてきぼりにされてしまった当事者に話を聞く必要がある。
トートバッグの男は警察に引き渡され、マサカズたち警護スタッフは事前のミーティングで利用したプレハブ小屋に戻ってきた。
「ホッパー君、お手柄だ。よくやった」
雇用主の賞賛に対して、美丈夫は分厚い胸を張り強く鼻を鳴らした。
「会社の実績に貢献できたと思います!」
「僕にはまったくわからなかった。あのトートバッグの男が危険人物だって、どうやって気づいたんだ?」
「はい、あれは悪意溢れる形相でバッグに右手を突っ込んだまま、最前線で候補者への距離を測るように細かく前後に身体を運んでいました。不審だと思ったのです。そして、遂に見えたのが銀色の筒です」
ホッパーが制したあの男は、マサカズも存在を認識はしていた。しかし、彼から悪意はまったく感じなかった。
「それだけの情報で、あの行動をとったの?」
わかりづらい問いかけだと思ったが、マサカズには適当な言葉が思いつかなかった。ホッパーはしばらく黙り込むと、両手を窓を拭くように震わせた。
「すみません社長! 何もしてはいけなかったのですよね! なのに自分はやってしまった! いま処罰の覚悟をしている最中です!」
裏返った声の謝罪に、マサカズの傍らにいた田宮が吹き出して口を手で押さえた。
「山田さん、なんです? 面白いわね」
そう言われたものの、マサカズは返す言葉が見つからなかった。プロの警備スタッフがホッパーを笑い事にしている。つまり、今回のこの“やってしまったこと”は、この業務において許容されたということになる。
「トートバッグ男、どうなったんです?」
マサカズは田宮にそう尋ねた。
「現行犯逮捕されたわ。おたくの行動はいささか早すぎでしたけど、爆発物が二発にサバイバルナイフが一本押収されたから、結果論としてあいつはテロリスト認定されたわね」
「じゃあ、ウチが叱られることはないってことですか?」
マサカズの言葉に、田宮は意外そうに細い目を見開いた。
「なんですそれ? お手柄ですよ。公安からの評価も爆上がりですよ。羨ましい。こんなこと、滅多にないんですから」
興奮気味にそう語る田宮に、マサカズはちりちり頭を掻き、ホッパーの分厚い胸板を裏拳で軽く叩いた。
「ホッパー君、君の行動は正しかった。間違っていたのはウチの方針だ。今後もこの調子で頼むよ」
「処罰はないのですか!?」
「君のおかげでひとりの政治家の命が救われた。そしてウチには今後、こういった仕事が増えるかもしれない。今日のこれは大いなる実績だ。ありがとう」
ホッパーはマサカズの賛辞を即座に理解できていないようであり、何度も大きく瞬きをし、うめき声を上げていた。二十四歳の青年だが、その内実は少年のように素直で単純で、それが許される人生を送ってきたのだろう。マサカズはそう理解すると、羨ましく思った。もし彼に鍵の力を与えたら、迷いなく正義のために活用してくれるのではないだろうか。例えば先日のバスジャックも瞬時に解決し、そもそもバスが乗っ取られること自体がなく、竹下を車外で制圧していたかもしれない。マサカズはスラックスのポケットに手を突っ込み、力の源を握った。
この演説会で、会社としては大きな実績を残した。今後は庭石の紹介に頼らず要人警護の仕事が回ってくる可能性も出てきた。これらが事実に基づき想定されうる未来である。伊達の方針に反した結果でもあるが、彼は思考が柔軟なので方向性の変更をいくらでもできるはずである。マサカズは田宮と談笑するホッパーを見上げ、この極めて優秀な人材をこれからどう起用していくべきか、伊達と相談する必要があると感じていた。
第7話 ─バッタの力を借りてみよう!─Chapter4
演説会のあったその日の夕方、電話をかけてきたマサカズの第一声は「今日は事務所ですよね? 何でもいいので磐田駅のテロ事件のニュースを確認してください」だった。つい先日、事務所用に購入したテレビを点けてみたところ、磐田駅前のロータリーで、爆発物とサバイバルナイフを持った男が警察官に確保されている事件を報道していた。マサカズが説明するには、この検挙の初手はホッパーによるものであり、彼は自分たちが決めた取り決めを破ったが、結果として大きな手柄を立てたということになる。つい先ほども公安の責任者を名乗る人物から感謝され、名刺交換をしたとのことだった。
伊達はすぐに従来の方針を修正する必要があると思った。しかし、そうなるとこの会社の実態と彼の能力をどう釣り合わせるか、慎重な調整を心がけなければならない。伊達はマサカズに労いの言葉をかけ、電話を切った。ホッパーという青年は、自分が思っていたよりずっと優れているようだ。初仕事で聴衆の中から暴漢を見極め、真っ先にそれを無力化する。まるで公安のスペシャリストのようだ。マサカズの力と同じように常識が通じないスペックではあるが、マサカズとは異なり、然るべき機関で検査をすれば、それは充分証明がつけられる能力なのだろう。唯一の不安点は、暴漢と判断した途端、すぐに制圧を実行したことだ。あまりにも迷いがなさ過ぎる。自信過剰と言ってもいい。書類に目を通しながら、伊達は生じていた懸念に顔を顰めた。
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