見出し画像

遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第7話 ─バッタの力を借りてみよう!─ Chapter3-4


前回までの「ひみつく」は

▼第1話〜順次無料公開中!!

▼真っ当な道を進むための道のりが描かれる「第5話」はこちらから

▼新たな挑戦者とミッションが描かれる「第6話」はこちらから

▼新たな登場人物によって大波乱の展開を迎える「第7話」はこちらから

【前回までのあらすじ】
ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・28歳)。彼はその大きな力に翻弄ほんろうされる中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕びんわん弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。まるで秘密結社と思えるような新会社"ナッシングゼロ"に3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露ばくろしようとし、最悪の結果を迎えることに。これからはとうな道を進もうとした伊達とマサカズはあるルートからその受注に成功し、新たなミッションをこなす中で、バスジャック犯を撃退する活躍も見せていた。そんな中、マサカズと伊達の元に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れ、早くも現場で大活躍を見せる。

※本記事はこちらから見ることができます(※下の「2024年間購読版」はかなりお得でオススメです)

◆「2024年間購読版」にはサブスク版にはない特典の付録も用意していますのでぜひどうぞ!

※初めての方は遠藤正二朗氏の「シルキーリップ」秘話も読める「無料お試し10記事パック」を一緒にご覧ください!

第7話 ─バッタの力を借りてみよう!─Chapter3

 彼は自分などより、ずっとこの場に相応ふさわしい。マサカズはとなりに並ぶ暗灰色あんかいしょくのスーツを着たホッパーを一瞥いちべつし、今日になって五度目となる感想をいだいた。仕事が始まってからまだ十分しか立っていなかったが、もう何度も同じ感想がり返されている。天井部にお立ち台が取り付けられたライトバンを背に、胸を張り後ろで手を組むこの青年は、いかにもボディーガードという風体である。
 静岡県磐田駅いわたえきの駅前ロータリーでは衆議院補欠選挙の演説会が行われ、ナッシングゼロはその警護の仕事を庭石にわいし口添くちぞえで受注していた。業務の内容としては先月の浜松駅の市長選挙演説会と同じであり、終わるまで何があっても何もせず、ただ立っているだけといった前提で取り組むことになっていた。お立ち台には応援の弁士はおらず、与党が推薦する立候補者とその支援スタッフが二名いた。集まった聴衆は四十名ほどであり、その大半が老人だった。

「どうにも納得できません。何もしないというのは、職務怠慢たいまんかと思われるのですが。私にとってこれは人生において初仕事です。人にほこれぬ行いは我慢がまんなりません。私とは思想信条をたがえる対象ではありますが、警護という職責しょくせきまっとうするためには、危害行為に対して全力をもってして対するのが当然だと思います」
 今から二時間前、駅近くのプレハブ小屋で警護の事前ミーティングを終えたマサカズとホッパーは、現場に向かうため路地を歩いていた。ホッパーの不満に、マサカズはちりちり頭をいた。ホッパーには昨日の十一月十七日の金曜日からアルバイトとして勤務を始めさせていて、今日は初めての外勤だった。
「伊達さんからの指示なんだよ。僕たちは特権でこの仕事を得ているけど、素人しろうとだから専門性のある対応をしちゃいけない……そうだなぁ」
 ただその場にいて何もしてはならないのは、鍵の力を秘匿ひとくとしなければならないからである。テロリストが行動を起こした際、自分はこの力を使わずに対処することなどできないからだ。しかし、青い目をした屈強な彼はどうだろう。アマチュアではあるが、総合格闘技の王者にもなったほどの実力者である。自分などよりはすぐれた対応ができるかもしれない。だが、警護の素人であるマサカズには、それを許可するだけの根拠を持ち合わせてはいなかった。
「えっとさ、ゴメン。ホッパー君、ひとつ間違ってる。これは君にとって初仕事じゃない。君はきのう、みんなのお弁当を買ってきたり、名簿の整理をしたり、ホームページの英訳を始めたり、しっかりと働いてくれているじゃないか。立派に務め上げているよ」
 そう言い終えると、ホッパーはマサカズの前に素早く回り込み、重々しくこうべを垂れた。
「社長のおっしゃる通りです。私は仕事というものに対して、勝手に軽重をつけていました。深く反省いたします! そして、誠に感謝いたします!」
 それから、ホッパーとは駅前に到着するまでのあいだ、この街を本拠地とするプロサッカーチームの話題に終始した。彼のとうな不満に対して答えられなかった。とにかく立場上何かを言わなければいけないといった、漠然ばくぜんとしたプレッシャーのための指摘だったが、彼はそれに対して深く反省してしまい、自分に対しての従属心を強めてしまった。マサカズは今後、ホッパーへの理解をより深め、より慎重な対応が必要だと思った。
 今回の件について、ホッパーは行動指針に対して納得できず、多少のくすぶりは生じるだろうが、結果としてこの演説会では何かをする機会自体が発生しないので、うやむやのままにしてしまえるだろう。そして、いずれ彼への信用が一定の値に達すれば秘密を共有し、さかのぼった上で理解を得られるだろう。立候補者の熱弁を背に、マサカズはホッパーとのそのようなやりとりを思い出していた。

 庭石にわいしとは、この十日ほど連絡が取れなくなったままになっていた。携帯電話には応答せず、法務省に登庁はしているのだが、一時的な不在を理由に電話で話もできず、メールの返答もないと伊達は言っていた。今日の仕事を割り振ってはくれたものの、娘が違法薬物の中毒におちいり、父親としてそれに向き合うことに懸命なため、自分や伊達に対して関わり合う余裕がないのではないのだろうか。マサカズは現状をひとまずそう解釈していた。
 娘が薬けになる。夫と女子高生を山に埋める。宝石店に強盗して幼稚園バスを乗っ取る。誰もが余裕もなく、司法の処断におびえている。それなのに三人を殺害した自分は、昨晩、歓迎会でホッパーと、うろ覚えのボーカロイド曲をカラオケでデュエットして呑気のんきに楽しんだりしている。あの罪を打ち明けたら、隣に立つ彼はどのような反応をするのだろうか。正義感が強いのはもうわかった。おそらくはこれまでの成功経験に基づき、自身の価値観に疑いがないからだろう。受け入れ、内側に入れてしまったものの、ホッパーという存在はマサカズにとって処理しきれていないゴミ箱を、あらためてのぞくきっかけとなっていた。
 いわし雲の元、二度目となる警護という仕事に対して集中できず、ぼんやりとしたままだったマサカズが次の瞬間目にしたのは、隣にいた暗灰色の背中が弾丸のように突進し、聴衆の群れに突入し、中年男性につかみかかるといった、日常ならざる光景だった。マサカズはホッパーの唐突とうとつな行動に驚き、あわてて駆け寄った。
「ホッパー君! なんだ!?」
 ホッパーは白髪交じりの男の右肩をかかえ込み、アスファルトに組み伏せていた。
「テロリストです!」
 ホッパーの報告は明確だった。マサカズはそれに対しての検証を試みたが、関節技をめられているこげ茶色のブルゾンを着た男から、テロリストの要素を見つけ出すことができなかった。すると、黒いスーツ姿の女性が駆け付け、男のかたわらにあったトートバックをまさぐり、銀色の筒を取り出した。
「ティーツーか。おそらく」
 女性の言った“ティーツー”とは、事前の打ち合わせでも説明された、投擲とうてき型の爆発物の呼称である。火力しだいでは殺傷能力を有するものであり、もし本物ということなら、ホッパーに制圧されている男はテロリストということになる。
「あ、山田さん?」
 筒を手に振り返った女性は、浜松の一件で知り合った警備会社の田宮だった。

 演説会は急遽きゅうきょ中止となり、聴衆の中でスマートフォンを持っている者は、その原因となったホッパーとトートバッグの男を動画に撮っていた。おそらく、午後のニュースで“視聴者提供”のテロップ付けられ、これらの映像は流されるのだろう。唐突に訪れた緊急事態に、マサカズは困惑しながらも納得に向けて考えを整理することにした。そのためには、とにかく置いてきぼりにされてしまった当事者に話を聞く必要がある。

 トートバッグの男は警察に引き渡され、マサカズたち警護スタッフは事前のミーティングで利用したプレハブ小屋に戻ってきた。
「ホッパー君、お手柄てがらだ。よくやった」
 雇用主の賞賛に対して、美丈夫びじょうふは分厚い胸を張り強く鼻を鳴らした。
「会社の実績に貢献できたと思います!」
「僕にはまったくわからなかった。あのトートバッグの男が危険人物だって、どうやって気づいたんだ?」
「はい、あれは悪意あふれる形相ぎょうそうでバッグに右手を突っ込んだまま、最前線で候補者への距離をはかるように細かく前後に身体からだを運んでいました。不審だと思ったのです。そして、遂に見えたのが銀色の筒です」
 ホッパーが制したあの男は、マサカズも存在を認識はしていた。しかし、彼から悪意はまったく感じなかった。
「それだけの情報で、あの行動をとったの?」
 わかりづらい問いかけだと思ったが、マサカズには適当な言葉が思いつかなかった。ホッパーはしばらくだまり込むと、両手を窓をくようにふるわせた。
「すみません社長! 何もしてはいけなかったのですよね! なのに自分はやってしまった! いま処罰の覚悟をしている最中です!」
 裏返った声の謝罪に、マサカズのかたわらにいた田宮が吹き出して口を手で押さえた。
「山田さん、なんです? 面白いわね」
 そう言われたものの、マサカズは返す言葉が見つからなかった。プロの警備スタッフがホッパーを笑い事にしている。つまり、今回のこの“やってしまったこと”は、この業務において許容されたということになる。
「トートバッグ男、どうなったんです?」
 マサカズは田宮にそうたずねた。
「現行犯逮捕されたわ。おたくの行動はいささか早すぎでしたけど、爆発物が二発にサバイバルナイフが一本押収されたから、結果論としてあいつはテロリスト認定されたわね」
「じゃあ、ウチがしかられることはないってことですか?」
 マサカズの言葉に、田宮は意外そうに細い目を見開いた。
「なんですそれ? お手柄ですよ。公安からの評価も爆上がりですよ。うらやましい。こんなこと、滅多めったにないんですから」
 興奮気味にそう語る田宮に、マサカズはちりちり頭をき、ホッパーの分厚い胸板を裏拳で軽く叩いた。
「ホッパー君、君の行動は正しかった。間違っていたのはウチの方針だ。今後もこの調子でたのむよ」
「処罰はないのですか!?」
「君のおかげでひとりの政治家の命が救われた。そしてウチには今後、こういった仕事が増えるかもしれない。今日のこれは大いなる実績だ。ありがとう」
 ホッパーはマサカズの賛辞さんじを即座に理解できていないようであり、何度も大きくまばたきをし、うめき声を上げていた。二十四歳の青年だが、その内実は少年のように素直で単純で、それが許される人生を送ってきたのだろう。マサカズはそう理解すると、うらやましく思った。もし彼に鍵の力を与えたら、迷いなく正義のために活用してくれるのではないだろうか。例えば先日のバスジャックも瞬時に解決し、そもそもバスが乗っ取られること自体がなく、竹下を車外で制圧していたかもしれない。マサカズはスラックスのポケットに手を突っ込み、力のみなもとにぎった。
 
 この演説会で、会社としては大きな実績を残した。今後は庭石の紹介に頼らず要人警護の仕事が回ってくる可能性も出てきた。これらが事実に基づき想定されうる未来である。伊達の方針に反した結果でもあるが、彼は思考が柔軟なので方向性の変更をいくらでもできるはずである。マサカズは田宮と談笑するホッパーを見上げ、この極めて優秀な人材をこれからどう起用していくべきか、伊達と相談する必要があると感じていた。

第7話 ─バッタの力を借りてみよう!─Chapter4

 演説会のあったその日の夕方、電話をかけてきたマサカズの第一声は「今日は事務所ですよね? 何でもいいので磐田いわた駅のテロ事件のニュースを確認してください」だった。つい先日、事務所用に購入したテレビをけてみたところ、磐田駅前のロータリーで、爆発物とサバイバルナイフを持った男が警察官に確保されている事件を報道していた。マサカズが説明するには、この検挙の初手はホッパーによるものであり、彼は自分たちが決めた取り決めを破ったが、結果として大きな手柄を立てたということになる。つい先ほども公安の責任者を名乗る人物から感謝され、名刺交換をしたとのことだった。
 伊達はすぐに従来の方針を修正する必要があると思った。しかし、そうなるとこの会社の実態と彼の能力をどうり合わせるか、慎重な調整を心がけなければならない。伊達はマサカズにねぎらいの言葉をかけ、電話を切った。ホッパーという青年は、自分が思っていたよりずっとすぐれているようだ。初仕事で聴衆の中から暴漢を見極め、真っ先にそれを無力化する。まるで公安のスペシャリストのようだ。マサカズの力と同じように常識が通じないスペックではあるが、マサカズとは異なり、しかるべき機関で検査をすれば、それは充分証明がつけられる能力なのだろう。唯一の不安点は、暴漢と判断した途端、すぐに制圧を実行したことだ。あまりにも迷いがなさ過ぎる。自信過剰と言ってもいい。書類に目を通しながら、伊達は生じていた懸念けねんに顔をしかめた。

ここから先は

4,722字

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?