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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第6話 ─ジャックされた幼稚園バスを取り戻そう!─ Chapter3-4


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【前回までのあらすじ】
ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・28歳)。彼はその大きな力に翻弄ほんろうされる中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕びんわん弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。まるで秘密結社と思えるような新会社"ナッシングゼロ"に3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露ばくろしようとし、最悪の結果を迎えることに。これからはとうな道を進もうとした伊達とマサカズはあるルートからその受注に成功し、新たなミッションをこなしていた。

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第6話 ─ジャックされた幼稚園バスを取り戻そう!─Chapter3

 庭石が家畜かちくのようにいつくばった次の日、マサカズは板の上に棒立ちでたたずんでいた。真山まことやまたのみを受け、市ヶ谷駅近くの雷轟流らいごうりゅう空手道場の三階建ての本部ビルを訪れたマサカズは、その最上階にてみがかれた板張りの床上にった。対するのは漆黒しっこくのカンフースーツに身を包んだ、身のたけ二メートルを超える体格に恵まれた禿頭とくとうの青年であり、その左目はつぶれていた。二人の周囲には成り行きを見届けるため、胴着を着た道場生たちや真山、そして瓜原うりはらの姿があった。真山はすうっと息を吸い込むと、広い道場のすみにまでひびき渡る声量で叫んだ。
「山田クン! いまキミが対しているのは狸王拳りおうけん第六十七代継承者、尾之花紅化おのはなこうか殿だ! 狸王拳は中国拳法を源とした流派である。かつて雷轟流空手を代表して自分も挑んだが、圧倒的敗北をきっした! 以来、尾之花殿とは奇妙きみょうな友情が生まれ、今では雷轟流空手の特別師範しはんとして我々に武を導く存在となっている!」
 よく通る声だ。マサカズのいだいた感想はたったそれだけで、真山の言葉はなにも頭の中に入ってくれなかった。なぜなら、聞いて、理解して、消化する意味が全くないと思っていたからだった。それよりも今は大勢の前に板の上に裸足でいることの方が気になる。

 九歳の夏、あのときも裸足で、身に着けていたのは水泳用のパンツだけだった。重さをともなうと錯覚さっかくするほどの暑さの中、プールサイドで戸惑とまどっていたのをよく覚えている。彼女は授業で見るこんの単色ではなく、カラフルなワンピースの水着を身に着けていたからだ。
「ヤンマサじゃん!」
新実にいみさんじゃん」

 ここは地元の市民プールであり、連日の暑さから考えれば違和感もない遭遇そうぐうだった。しかし、見慣れない彼女の水着で心をかき乱されていたのを思い出される。
「ヤンマサはひとり?」
「ひとり。新実さんも?」
「うん。葉月はづきでいーよ」
「あ、いや、うん」
 そう、戸惑いの連発だった。結局、その日もその先も彼女を“葉月”と呼んだことはないはずだ。

 一緒に泳いだり、すっかり別々になったり、その日は微妙びみょうな距離感を保ったままだったのだが、偶然なことにプールから帰るタイミングが重なったため、彼女とは出口で数十分ぶりに言葉をわすことになった。ひぐらしの音が降りそそぐ中、彼女は露店ろてんで買ったアイスキャンディーを手にしていた。
「ヤンマサは、ヒーローものとか見るんだ? 日曜日の朝にやってるの」
「もう見ないよ。ガキじゃねーし」
 いつわりである。毎週ではないが、タイミングしだいで見られれば見る。
「あ、そーなんだ」
「マンガやアニメは見るよ。深夜のとか」
「うわ、ヤンマサってエッチなんだ」
 彼女は、どこかうれしそうな様子だった。
「じゃねーよ。バトルものとかだよ」
 これもまた、いつわりである。バトルだけではなく、性的な興奮が得られるものも親にかくれて見ていた。
「ふーん、じゃーけっこう大人なんだね」
「当たり前じゃん。もう十歳なんだぜ」
「あ、わたしはとうに十歳だよ。ヤンマサは十一月だよね」
「年上ムーブか?」
「そんなんじゃないけど。わたし、ヤンマサよりちょっとお姉さん」
 はにかんだ笑顔だった。それが、ひどくまぶしかったことはよく覚えている。同窓会での再会で、記憶のどこかが鮮明化されたと思われる。裸足で人に囲まれただけで、胸騒ぎをともなう思い出が発掘される。

「俺を一瞬でほふったあの狸王拳、臆・十三連撃おく・じゅうさんれんげきも通じんのかっ! 微塵みじんもっ!?」
 左から、真山の叫びが耳に入ってきた。目の前では、身構えた隻眼禿頭せきがんとくとうの大男が呼吸を整えていた。彼の表情には明らかな驚きがり付いており、マサカズは市民プールでのあわい記憶を思い出しているあいだ、何が起きていたのかようやく把握はあくした。おそらくだが、この六十何代目とやらの攻撃を受けたのだろう。アンロックしたこの身には何も感じることはなかったが、周囲のざわめきや対面する男の様子からそうさっするのが自然である。
 今回は、どういった落とし所をつけよう。うらみなどない相手だから、怪我けがはさせたくない。なんとか穏便おんびんな解決策をみちびき出さなければ。今日はまだ昼前なので、このあとは事務所に戻ろう。その前に昼飯はどうしよう。この市ヶ谷でいいお店はないだろうか。この道場の誰かに聞いてみるか。マサカズが周囲に目を向けると、そこには胴着を身に着けたポニーテールの少女がいた。

 中学二年生のころ、新実葉月は長くなった髪をポニーテールにまとめていた。中学校の三年間で彼女とは一度も同じクラスにはならず、話す機会もなくなりすっかり疎遠そえんになっていた。だからこそ、二学期の終わりの曇り空の中、下校した際の偶然が印象深く思い出される。こんのブレザー姿の彼女は、急に背後から声をかけてきた。
「山田クンだよね?」
 振り返ると彼女がいた。息が白く、けてきたことがなんとなくだがわかる。
「新実さん?」
「そーだよ、久しぶりー!」
「三年の高知こうちさんと付き合ってるんだよね?」
 それはなんとなく伝え聞いたうわさ話だった。今にしてみると、なぜあのような唐突とうとつで失礼な確認をしてしまったのだろう。
「うわぁ、なんで山田クンが知ってるのよ〜」
 あからさまに、気味の悪さを顔と声であらわしていた。
「別に。なんとなく。で?」
 なぜ、念押しの確認をしてしまったのか。
「うん、先月から。あっちからコクってきたんよ」
「ふーん、どんな感じ?」
「デートとかまだだよ。あ、クリスマスに映画行こうって」
「なに観に行くの」
 通学路の住宅街を並んで歩いていたはずだが、くわしい場所までは思い出せない。ただ、彼女の息が白いことだけはよく覚えている。
「えっとぉ……なんだっけ?」
「俺にくなよ」
 中学二年生のころは、本当にひどい有様ありさまだった。成績も落ち込む一方で、両親との関係もぎくしゃくし、兄とも対立し、なにより身体からだの変化に心がついていけず、大人になろうとしていたのに準備が間に合わず、自分が得体えたいの知れない怪物になってしまうのではないかとおびえていた。だから、異性とまともなコミュニケーションもとれない。今ならもっとましな会話もできるはずだ。
「訊いてなんかいませーん」
「訊いたよ」
「からむなぁ」
「からんでない」
「まーいーや。ヤンマサはさ、誰かと付き合ったりしてるの?」
 急に呼び方が昔に戻った。あれはなんだったのだろうか。
「どうだっていいだろ」
「ヤンマサ背も伸びたし、けっこうイケメンだもんね」
「うるせーな」
「いるんだ? 彼女」
「いねーよ」
 なぜ正直に答えてしまったのだろう。そして、その返事で彼女の足が止まったのが意外だった。
「なんだよ?」
「へぇ、ヤンマサってばフリーなんだ」
「だからなんなの? 新実さんに関係ないだろ?」
「いやぁ。確かにそーなんだけど。あー、あー、あー」
 かいなリアクションだった。彼女は曇天どんてんを見上げ、その表情はこわばり、学生かばんの持ち手をにぎる手には力が入っていたように見えた。
「へんなヤツ」
 そう言い残し、彼女を置き去りにして帰ってしまった。そしてその後はあの同窓会まで話す機会は訪れなかった。

 道場は、そこにいた人々の驚愕きょうがくの声によって騒然そうぜんとなっていた。それによりマサカズが中学生時代の思い出から現実に意識を取り戻したところ、カンフースーツの六十何代目が足元に倒れていた。
真山まことやま館長! 今のは?」
 ジャージ姿の瓜原うりはらとなりの真山にたずねた。
「知らん……が……俺も初めて見る技だが、おそらくアレは狸王拳最終奥義、金色こんじきだ。全てのエネルギーを掌に乗せ、寸勁すんけい要領ようりょうで敵の急所へとはなつ。金属のとびらですら粉砕ふんさいするとオヤジから聞いたことがある。すさまじき技だがその反面、放った者の消耗しょうもういちじるしく、最悪の場合、意識を失うらしい」
「じゃあ、あの人ガス欠っスね」
「うむ……ともかく手当をせねばならん」
 何事か皆目見当かいもくけんとうもつかないマサカズは、カンフースーツにけ寄る真山たちをただ傍観ぼうかんするだけだった。ともかくだが、鍵のアンロックによってこの望まぬ戦いは決着したようである。この界隈かいわいでは神とあがめめられる最強の存在が全力をもってして勝利を得られなかったのだから、この茶番劇とも言える無駄むだな時間もこれで終わるのだろう。マサカズはそれだけがうれしかった。

第6話 ─ジャックされた幼稚園バスを取り戻そう!─Chapter4

 春よりも秋の風が好きだ。春は夏をげ、秋は冬を知らせる。秋風は暑さへのねぎらいと、これから訪れる厳しい寒さへの気配を運んでくれる。春風は寒さをまぎらわし、この先のひどい暑さを警告してくれる。あくまでも自分の好みでしかない。だが、秋の風が好きだ。労われるのがとても心地がいい。
 静岡県は浜松という、初めて訪れた駅前広場で秋風にさらされたマサカズは、そのようなとりとめのないことを思っていた。背後にはライトバンがまっており、その天面に設置されたお立ち台にはマサカズもテレビで見たことのある二人がいた。ひとりは男性の元アナウンサーであり、もうひとりはニュースによく登場する老齢ろうれいの財務大臣だった。
 第六十何代目かのカンフースーツが、よくもわからないまま究極奥義とやらで失神してから二日が経った土曜日のことである。マサカズは庭石にわいしの紹介でこの仕事にいていた。その業務内容は浜松市長選挙運動期間最終日に行われる浜松駅前広場での演説会の警護で、この日の彼は、およそ十年ぶりとなるリクルートスーツにネクタイ、革靴を着用し、黒服の同業者たちとともに周囲を警戒していた。伊達からは演説の一時間、じっとその場に立っているだけでいいと言われていた。何があっても何もせず、それらしく過ごしていればいいと。

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