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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第7話 ─バッタの力を借りてみよう!─ Chapter9


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【前回までのあらすじ】
ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・28歳)。彼はその大きな力に翻弄ほんろうされる中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕びんわん弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。まるで秘密結社と思えるような新会社"ナッシングゼロ"に3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露ばくろしようとし、最悪の結果を迎えることに。これからはとうな道を進もうとした伊達とマサカズはあるルートからその受注に成功し、新たなミッションをこなす中で、バスジャック犯を撃退する活躍も見せていた。そんな中、マサカズと伊達の元に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーが活躍する中、伊達を凍り付かせる一報が入り、それをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。そんな中、マサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力をたくしてしまう…。

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第7話 ─バッタの力を借りてみよう!─Chapter9

 東京都稲城いなぎ市南多摩駅付近の住宅街で、マサカズは自転車をいでいた。これは駅前でレンタルしたものであり、保司ほしから依頼されていた、幼稚園バスに取り残された園児の見守り案件をスムーズに行うための移動手段だった。

 十二月四日の月曜日、鈍色どんじきの雲のもと、マサカズは昨日ホッパーにたくした大きすぎる力と、それを用いた仕事について考えていた。半グレグループの壊滅かいめつとは、言ってしまえば数ヶ月前吉田から依頼されたような内容だ。自分でなければとてもではないが務まらない荒事あらごとだが、その前の晩での人命救助で体力と気力を使い果たしていたこともあり、依頼いらいされたタイムリミットの内に回復する見込みはなかったので、本来ならことわるべき案件だった。だが、なにか手立てがあると思ってしまい、依頼の電話ではいったん保留にしてもらった。そして、彼がやってきた。果実のかごを手に、心配顔の彼が。もしかすると、今にしてみると漠然ばくぜんと思っていた“手立て”とは、このホッパーを活用することだったのかもしれない。あの剛直ごうちょくで自分の正義にうたがいがなく、信義しんぎを重んじる青年になら力をあずけてもいいと、無意識のうちに考えていた可能性がある。そして、豪雨が窓を打ち付ける中、彼に鍵と仕事を託した。鍵は自分の所有しているものを以前、駅の鍵修理専門店で複製したものである。限られた短い時間だったが、仕事の内容についてはこれまでの経験に基づき、段取りを事細かに説明し、聡明そうめいなホッパーはすぐに意図と目的を理解してくれた。最後に、無力化する相手や防犯カメラ対策として、ホッパーにプロレスのマスクを手渡した。彼はそれ受け取ったが、表情や態度からどうにも戸惑とまどっている様子にも見えた。

 そして雷雨も上がった夕方、ホッパーから電話があった。内容は「仕事は完璧かんぺき遂行すいこういたしました。反社はんしゃどもの無力化に成功です。明日、事務所でくわしく報告します」といったものだった。鍵の力を使い、指示通りローキックで二十名もの悪漢たちに重傷を負わせる。日常から大きく逸脱いつだつした仕事を果たしたと言うのに、電話越しに耳にするホッパーの声は抑揚よくようとぼしく、動画配信サイトなどでたまに聞くAIの合成音声のようでもあった。マサカズはそれが気になりはしたのだが、優先するべきことはこの件の伊達への報告だったので、早速電話をかけてみたのだが、彼からの応答はなかった。
 疲労ひろうが抜けきれないことから、夜まで寝てしまったマサカズがスマートフォンを確認してみたところ、伊達から電話とショートメールの着信が一件ずつあった。内容を確認してみたところ、メールには「竹下の件は、証人も含めて極めて順調に進んだ。そのぶんえらく疲れちまったから今日はサウナに寄ってから帰る。今後について色々と相談したい事もあるから、明日うなぎでも食べながら話そう。うなぎきらいじゃないよな?」としるされていた。上体を起こしたマサカズがため息をらすと、「今日はお疲れ様でした。僕も明日話したいことがあります。サウナとビール、楽しんでください。あと、うなぎ、大好きです」といった内容の返信メールを送信した。

 四件目の幼稚園バスの見守りを終えたマサカズは、職員にバスの鍵を返却した。この南多摩の案件も今週いっぱいで終わる。いまのところ、次の仕事は一切入っていない。ホッパーに任せた半グレ壊滅かいめつが成功すれば、保司ほしから似たような案件が入ってくるかもしれず、そこは期待したいところだ。悪党とは言え一方的な力で相手を叩きのめすことに対して、自分の心はえきれず、伊達に救われなければこわれてしまうところだった。だが、おそらくだがホッパーは大丈夫だと思える。これまでの言動や行動を勘案かんあんすると、彼にはそういった繊細な情操じょうそうというものが抜け落ちている様に感じられる。
 駅前の無人ポートで自転車を返却したマサカズは空腹を感じたので、モーニングサービスを提供している、駅前の雑居ざっきょビルの二階にある純喫茶店に入り、カウンターに着くとハムエッグトーストとコーヒーのモーニングを注文し、背中を丸めた。時刻はちょうど午前十時。ハムエッグトーストが来るまでマサカズは、コーヒーカップを片手にスマートフォンで漫画を読みふけっていた。十分ほどして運ばれてきたのは食パンが二枚に卵が二つといった、想像していたよりずっとボリュームのあるハムエッグトーストと、小さなサラダだった。自転車で街を奔走ほんそうしたため、この程度は軽く平らげられるぐらいの空腹ではある。マサカズがトーストをつかんで大口を開けると、カウンターの奥のテレビでニュースを映しているのが目に入った。半熟卵とハム、そしてトーストを威勢いせい良くみちぎったマサカズは、なんとなくニュースに意識を向け、耳をそばだてた。
 昨日、東京都目黒区中目黒のマンションで殺人事件が発生した。それが報道の概要だった。被害者の数は二十名にものぼり、全てが死亡し、中には犯人と激しくもみ合うなどの形跡けいせきがあり、いずれも室内で身体を強く打つなどしており、死因は内臓破裂はれつ失血死しっけつしなどだった。被害者の名前は二十名を代表し、夏川麗音なつかわれおんという青年であると報じられた。マサカズは静かにトーストを皿に戻すと、立ち上がって店員に料金を支払い、喫茶店から出た。

 きのう依頼された仕事の現地は中目黒のマンションで、先ほどのテレビにうつっていたものと同一だ。壊滅かいめつさせる半グレのグループ名は“サマーリバー中目黒”で、リーダーの名前は夏川麗音れおんとなっている。ドアは強引にこじ開けられ、防犯カメラに容疑者と思われる人物も映っているとの報道であり、もしこの殺人事件がホッパーの手によって行われたのであれば、彼は納得していたはずの段取りを全て無視し、重傷を負わせるという目的についても命をってしまう間違いを起こしている。防犯カメラの件から、鍵と共に渡したプロレスのマスクもかぶっていないようだ。何が理由で、あの優秀な彼はミスをおかしたのだろう。それとも犯人は別人物で、ホッパーの完了報告は、それをかくうそといった可能性もある。判断するにはあまりにも材料がとぼしく、それを求めるためマサカズは、南多摩駅に早足で向かいながら、ホッパーに電話をした。しかしどうやら電源を切っている様であり、即座にアナウンスが返ってきてしまった。こうなると、まずは伊達と合流していち早くこの緊急事態について相談しなければならない。電車に乗り込んだマサカズは伊達に、「緊急事態が発生しました。会社につきしだい話をさせてください。確定している情報が少ないので、伊達さんの知恵が必要です。一時間ほどで帰ります」といった内容のメールを送信した。するとすぐさま伊達より「わかった。ひとまず落ち着け」との返事が返ってきた。着席したマサカズは手すりに半身をあずけると、苛立ちで左のかかとを細かく着けたり離したりした。

「半グレって、おっかない連中なんだろ? それがまぁ二十人も殺されたなんて、犯人は外国のギャングとかだったりしてー?」
 マサカズが電車で焦燥しょうそう感にさいなまれていたころ、代々木の事務所のテレビで報道を見た浜口は、そのような感想をおっかなそうにつぶやいた。木村は「なんか、五月ぐらいにも歌舞伎町のヤミ金業者が殺された事件とかありましたけど、なんか最近、そういうのが多いって印象がありますね」と、おだやかな口調でそう言った。その言葉がきっかけで、伊達もニュースに注目した。マンションの防犯カメラに映っていたのは一人の男だった。映像から年齢や人相はわからないが、長身で恵まれた体格をしているようであり、みょうに記憶を刺激される。先ほどマサカズから送信されてきた“緊急事態”と関係してはいないだろうか。
 ともかく、今はマサカズの出社を待つしかない。彼の心の内では、ここ二日ほどで大きな変化が生じようとしていた。この事業から身を引くつもりだったが、マサカズはまだやる気があり、そもそも彼をこの状況に巻き込んでしまったのは自分なので、撤退てったいはあまりにも身勝手みがってだ。なによりここ最近における彼の成長ぶりは目を見張るものがあり、これからもまだ追っていきたい欲求ももいてきた。
 確かに自分たちが勝ち組となる目的で、庭石にわいしを弱者に転落させ、自殺に追い込んだ責任はある。しかしマサカズはそうは思っていなかった。これはまるで登別のぼりべつの件と真逆な状況であり、今の自分と彼は互いの存在があってこそ正気しょうきたもてるといった考え方もできる。
「じゃあ社長、私と浜口さんで新宿まで買い出しに行ってきますね」
「ええ、自分は今日、一日ここですから、よければ昼飯も行ってきちゃってください」
「いいねぇ! 思い出横丁にランチやってる焼き鳥ちゃんがあってさ、そこのぼんじり丼が最高なのよ! 木村ちゃん、寄ってこ!」
 浜口にうながされ、木村は共に事務所から出て行った。ひとり残された伊達は、椅子いすを反転させ窓に向かって曇り空を見上げた。
 なにやら胸の底あたりがざわざわとし、き気がもよおす。恩師の柏城かしわぎは、以前このようなことを言っていた。「なぁ伊達、人間ってのは面白くできてるもんで、実のところもう色んなことがわかってるんだ。とっくに計算ができているんだ。だけどそれが無意識のうちなものだから、自覚できちゃいない。それがいわゆる“嫌な予感”ってやつだ。こいつにやられたら、とにかく時間を作って考えるんだ。そして無意識を自覚にしろ。そうなれば早い手が打てる。逆に言えば、モタモタしてたら手遅れだ」と。もう、手遅れなのかもしれない。椅子いすをもとの向きに回した伊達は、目の前に立つ精悍せいかんな青年を見上げ、鼻を鳴らした。
「サマーリバーは俺も担当したことがあってさ、あそこの夏川ってボスは、本当に物覚えか悪くて苦労したよ。ぶっちゃけバカだ。けど、みょうに責任感はあったな。仲間の危機に対しちゃ死に物狂いで身体からだを張る。まぁ、犯罪者だけどな」
 伊達は煙草たばこを箱から一本取り出すと、上ずった早口でホッパーにそう言った。
ったな?」
 だが、ホッパーからの返答はない。伊達は煙草をくわえると火をつけ、紫煙しえんをくゆらせた。
「わからないのは、なんでお前がいま、ここにいるかだ。防犯カメラにもモロ映りで、逮捕は時間の問題だぞ。あんな反社、生きている価値もない、そんなゆがんだ正義感を振りかざすんなら、いまは全力で逃げるべきなんじゃないのか?」
「悪は、見過ごせん」
 ようやく開かれた口から聞こえたのは、伊達にとって少々意味を理解しかねる言葉だった。
「俺たちが、悪だって?」
「山田から鍵というものを借り、その力を使い反社に正義の鉄槌てっついくだした。なんだ、これは? 自分は薬物によるドーピングだろうとんでいたが、これはそんなものではない。なんのデメリットもない魔法のたぐいだ。お手軽で負荷がなく、なんでもありだ。これは人類の歴史を大きく変える力ではないのか? それをお前たちは独占し、くだらん事業にうつつを抜かすなどといったていたらくだ。人類規模という視点から見れば、お前たちは悪だ! 大いなる発見を秘密とし、それによって私欲を満たす悪の秘密結社だ!
「ご高説こうせつだな。なんで俺がお前に、ずっと違和感いわかんいだいていたのかようやくわかった。俺は、お前みたいな幼稚ようちなヤローが大っ嫌いなんだよ!」
 伊達は啖呵たんかを切ると、ふところからあるものを取り出しながら立ち上がった。
「自分のすべきことは、この素晴らしい力を全人類で共有することだ。これから政府関係者と接触し、この秘密について話をする」
「議論はしたかねーが、一応言っておく、世の中めんなよ」
「反社専門の弁護士風情ふぜいが、身の程知らずもいいところだな」
「どうせテメーはヘマをこく、それだけは言っておく。そして鍵はマサカズが手に入れた俺たちの財産だ。勝手に持ち出されるなんて、あいつの相棒としちゃ見過ごせねーな」
 伊達の言葉に、ホッパーは彼の目の前で鍵を南京錠に差し込み、それを回すことで答えた。
「虎の子の鍵を自分に手渡してしまったのが運の尽きだったな。私はとてつもない力を手に入れたのだ! 悪よ滅びよ!!
 芝居しばいがかった仰々ぎょうぎょうしい台詞せりふと共に、ホッパーは机越しの伊達目がけて右ストレートを放った。しかし、その拳は伊達の頭部を果実のように粉砕ふんさいすることなく、交差した両腕でしっかりとブロックされていた。本来、伊達の身体を打ち砕くはずだった破壊の力は彼の周辺に広がり、机上のパソコンや本棚は倒れ、背後の窓ガラスにはヒビが入った。
「バ、バカな……昨日は逃げ込んだ机ごと粉砕ふんさいできたのに」
 望まない結果に、ホッパーは困惑こんわくしているようである。まさかこのような形で役に立つとは伊達も思っていなかった。机の引き出しの鍵穴に突き刺した“それ”をちらりと見下ろした伊達は、これを半ば強引に押しつけてきたマサカズに感謝していた。そう、それは以前マサカズが十本複製し、“可能性と選択肢を広げる”ためといった理由からゲームバーで受け取った一本である。ホッパーがこの展開を想定していなかったのは、戸惑とまどった様子から明らかである。マサカズから“これ”を受け取っていなければ、一撃でこの身体は粉々こなごなにされていただろう。精神的優位な状況を作り出したことで、選択しだいではこの正義の味方気取りの殺人鬼から、生存という可能性が高まる。手は交差したまま、伊達は人差し指で眼鏡めがねを直した。

「なんつーか、こーゆー展開、けっこー好きかも……俺」
 不敵ふてきみを浮かべると、伊達は舌なめずりをした。机上のスマートフォンがあばれるように振動し、それはマサカズからの着信だった。しかし、戦いの中にあった彼に応じる余裕よゆうはなかった。

【予告】第7話 ─バッタの力を借りてみよう!─Chapter10 完結

伊達の元に駆けつけたマサカズ。そこで彼が見たものは…。

7話10章完結の公開は4月8日(月)予定です。お楽しみに!

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