遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第6話 ─ジャックされた幼稚園バスを取り戻そう!─ Chapter9-10
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第6話 ─ジャックされた幼稚園バスを取り戻そう!─Chapter9
東京都北区赤羽の雑居ビル『レッドアーク赤羽』の二階、『串焼き大陸・テツ』のガラス戸は、パーカーの男が手にしていた拳銃の底でたたき割られた。男は扉の内側に手を回し、速やかに解錠した。彼は慣れている。これまでにこういった不法侵入を繰り返してきたのだろうだろう。一連の様子を背後から見ていたマサカズはそう思った。
「入れ!」
男にそう促されたマサカズは、従うことにした。このバスジャック犯が胸に女児を抱えている以上、逆らうことはできなかった。
侵入した店内は開店前であり、店員はまだ出勤していないようである。電灯が点けられた店内はカウンターとテーブル席が四つほどの狭さだった。男は女児を床に下ろすと、背中を軽く押してマサカズに目を向けた。
「ふん縛るから、それまでこの子の面倒を見ろ」
うめき声を上げ、ときおり身体を痙攣させる少女の肩をマサカズは掴み「大丈夫。僕がどうにかする。だから大人しくしててくれ」と耳元で囁いた。すると彼女は目を見開き、三度ほど大きく頷いた。
想定していなかった展開だ。まさか、人質を預けられるとは。反撃の条件は呆気なく揃ったように思えたのだがそれが早計であることを、向けられ続けている銃口からマサカズは察した。自分は平気だ。しかしこの女の子に当たれば致命傷となる。このような状況に対応する訓練は受けておらず、女児を庇ったままの立ち回りができる自信はない。命が懸かっている以上、失敗は絶対に許されない。店内を物色する男に注意を向け、マサカズは更なる機会を窺うことにした。
マサカズと女児は背中合わせになる形で床に座らされ、ゴムのホースでまとめて縛り上げられてしまった。店の隅に設置されたテレビではワイドショーが流されていて、幼稚園の送迎バスが横付けされたこの雑居ビルの周辺にパトカーが何台も到着し、警官の配備が進む様子が映し出されていた。
「大げさなんだよ。ったく、どーすりゃいいんだよ」
テレビで“強盗事件に詳しい”といった肩書きで専門家がこの事件ついてコメントしているを横目に、パーカーの犯罪者は苛ついた様に裏返った声で焦燥感を言葉にした。
「大人しく自首するしかないよ」
マサカズの言葉に、男は振り向いて銃口を向けた。
「お前さ、ちょっとおかしくねーか?」
「まぁ、普通じゃないよね」
「なんなん?」
「一応、正義の味方になりたいって思っている」
「なんかやってるの?」
「いや、そう言われると……」
立てこもり犯と人質のやりとりとしては、あまりにも木訥で間が抜けていた。マサカズはこれからの成り行きが見通せなくなり、途方に暮れてしまった。
「副社長、こりゃ、ちょっとまずいかも」
代々木の事務所で、伊達は寺西からそう声をかけられた。
「どうしました?」
「株価調べるついでにニュース見てたんですけど、社長が見回ってる幼稚園のバスがジャックされたらしいんです」
「マジで!?」
伊達は席から立ち上がると、寺西の席に移動した。事務所にいた木村と草津も同じように寺西の背後に回り込み、四人はモニターに映し出されたニュースに注目した。現在わかっているのは、幼稚園の送迎バスが何者かに奪われ、赤羽の雑居ビルまで逃走し、犯人はその中の飲食店に立て籠もったとのことだった。当時、バスには降車しきれなかった女児ひとりと、アルバイトの青年が同乗し、犯人はこの二名を人質としている可能性が高い。
ニュースを読んだ伊達は、自分の座席に戻るとブラウザでテレビ局が動画配信しているライブニュースにアクセスした。空撮されたビルの前にはパトカーと警官が配備され、これから状況の確認を進めるらしい。伊達はマサカズに連絡を入れようかと思ったが、あまりにも情報が不足していて、場合によっては犯人を刺激する可能性もあるのでそれを躊躇った。昨日の打ち合わせで、見守り仕事は業務が完了した時点で、マサカズから連絡が入る段取りとなっている。時刻からしてとうに電話がかかってきてもおかしくはないため、“アルバイトの青年”と報じられている彼がマサカズである可能性は極めて高い。いま、自分にできることはなんなのか。伊達は素早く結論に達すると、テキストエディターを起ち上げ、勢い良くキーボードを叩き始めた。
拳銃を突きつけられてる。おそらくは本物なのだろう。弾丸が入っているかどうかまではわからない。マサカズはパーカーの立てこもり犯から決して目を離さなかった。男はときおり煽るように銃口を上下させたり、わざとらしく大きな挙動で引き金に人差し指をかけたりしたが、マサカズはまったく動じることもなく、心配だったのは背中合わせに縛られている少女の無事だけだった。
「もしかしてさ、サバゲーのやつだと思ってるん?」
「いや、サバゲーとかよくわかんないし」
「本物だぞ。三十万円もしたんだ」
「へぇ」
マサカズが平然と返事をすると、店の外で駆け足の音が響いてきた。男はビクリと全身を震わせ、拳銃を割れたガラス戸へ向けた。しばらくしたのち、男は再び銃口をマサカズに転ずると、急に嘔吐きだし、涙をこぼれ落とした。
「もーさー、なんでこーなっちゃうんだよ? ぜってー成功するって言われたんだよ?」
嘆きの叫びだった。マサカズは平然としたまま男を見据えていると、引きつった笑みが返ってきた。
「なぁお前、実は凄いヤツなんじゃないのか?」
「空手家の、真山って知ってる? テレビとかにも出たことあるらしいけど」
「ああ、あの虎と戦ったヤツだろ。知ってる知ってる。すげぇヤツだ」
彼はそんなことまでしたのか。マサカズは苦笑いを浮かべ、「僕はそいつを倒したことがある」と告げた。男はしばらく沈黙すると、マサカズの前までやってきた。
「なんだろ、信じられる気がする。お前、全然強くなさそうなのに、ちっともビビラねぇし」
「ビビるほどの状況じゃないからね」
「なぁ、だったら助けてくれよ。分け前やるからよ。たぶん何千万円かにはなる。オレをここから逃げ出してくれよ」
「それはムリだよ」
「何千万円だぞ」
「お金の問題じゃない。だって犯罪じゃん。嫌だよ」
「お前がいくら頑張っても稼げない額だぞ」
「矛盾が過ぎる。僕を見込んでるのに、なんで僕が稼げないヤツだって都合よく見くびる」
その言葉に、男はいきり立った様子でマサカズの胸ぐらを掴んだ。同時に、ポーチに入れたスマートフォンから振動音が漏れてきた。
「だだだ、ど、が、ぎ、ごごご!」
言語化できない感情の発露である。マサカズは機会が訪れたと判断し、両腕を強引に広げて拘束していたホースを内側から引きちぎり、男の胸元に頭突きを見舞わせた。男は嗚咽を漏らしながらその場に崩れ落ちた。マサカズは振り返ると、女児の様子を確認した。彼女は振り向くとマサカズの腰に抱きついてきた。
「警察だ!」
割られたガラス戸の向こうでそのような叫び声が聞こえてきた。マサカズは女の子の頭を軽く撫でると「大丈夫です! 終わりました!」と返事をした。
「行こうか」
マサカズは女児を促したが、彼女は額を擦りつけ、抱きついたままだった。
「えっと、怖いの終わったから」
言いながら、マサカズはポーチからスマートフォンを取り出した。どうやら先ほどの着信はメールの様だ。それは伊達からのもので、表題は『人質の被害者として取り調べを受けるにあたっての注意事項』と記されており、本文は長文のようだった。
「ほら、パパやママのところに帰らないと」
いくら説いても頑なに離れない。マサカズは少女の心持ちを計りかねていた。すると、青い制服の救急隊員と警察官が店内に入ってきた。
「山田正一さんですか?」
若い警官のひとりがそう尋ねてきた。
「ええ、ってどういった把握です? あと、奥で倒れているのが犯人です」
「あなたとその子、岩越まゆりさんが人質にとられていると把握しています」
なるほど、警察は正確に事態を掴んでいる。これから被害者として取り調べを受けることになるはずであり、それに向けて伊達からの長文メールを事前に頭に叩き込まなければならない。その時間が取れるのか、マサカズは不安になった。そして同時に、今この状況での自分というものが他人から見た場合、先ほどの立てこもり犯が感じたであろう違和感に満ちた人物だと思われてしまうかもしれず、それはあまり得策ではないと思った。
「マジで、ほんと、怖かったんですよぉ」
泣き顔を作り、女児に抱きつかれたまま、マサカズは思いきり震えた声で警官にそう訴えた。
第6話 ─ジャックされた幼稚園バスを取り戻そう!─Chapter10 完結
今回の事件ではまったくの無傷に終わったが、マサカズと女児は警察の指定する、篭城現場からほど近い総合病院で検査を受けることになった。そのおかげで、検査の合間に伊達からの長文メールも読むことができた。そこには、「今後の裁判のため、検察の指示で身体検査が行われる可能性が高い」と記されていて、マサカズはさすがだと感心した。
検査は一時間ほどで完了し、そこから徒歩で赤羽警察署に移動することになった。それを伝令してきた警察官が、午後も遅い時刻だが昼食をどうするのかと尋ねてきた。マサカズはなにやら奇妙な自由を感じながらも空腹を覚えていたので途中で摂ると返答し、病院から警察署までの道のりで蕎麦屋に立ち寄り、きしめんを食べた。
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