遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第5話 ─信じられる仲間を集めよう!─Chapter7-8
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第5話 ─信じられる仲間を集めよう!─Chapter7
品川の割烹料理店で庭石から仕事の紹介を確約したあの夜から、マサカズは“法務省”についてネットで検索して知識を得ていた。その上で、彼は自分の力を有効に使える仕事が何であるのか想像を膨らませていた。
法務省とは文字通り法律に携わる行政機関であり、下部組織には検察庁や刑務所、出入国在留管理庁などがある。ひらたく言ってしまえば日本の法と治安を司る組織だ。柏城の紹介に対して伊達が喜んでいた理由を、マサカズはようやく理解できた。鍵の力を使うのに、これほどわかりやすい窓口はない。
例えばどうだろう。テロリストとの戦いを命じられる。日本の国益を損なわんとする武装組織に対して敢然と立ち向かう自分の姿はいかにも正義のヒーローだ。弾丸をものともせず、次々と悪漢どもをなぎ倒していく己の勇姿を、マサカズは深夜のアパートで想像してみた。それはやがて妄想へと変容していき、朝方には相棒の女性エージェントが殉職し、その怒りと悲しみから新たな力に覚醒するというプロットまで仕上がっていた。
例えばどうだろう。誰もが匙を投げる凶悪犯ばかりを集めた極北の刑務所に、特別刑務官として赴任する。ルール無用の最凶囚人たちに、有無を言わせず道具を使わせず、素手で便所掃除をさせる。制服姿で囚人たちを屈服させる威容を、マサカズは事務所で署名捺印しながら想像してみた。それももちろん妄想へと進み、定時が過ぎるころには毒を使う脱走犯を街中で倒し、人質になっていた女性を抱きかかえるなどといった、他人に覗かれたらため息しか生み出さないような、愚かな場面を思い浮かべていた。
だが、現実はそのようなドラマチックな妄想を打ち消すだけだった。六日が経ち、庭石から紹介された仕事は、あまりにも萎びた内容だった。
「いまメールを転送した」
事務所で隣の席の伊達からそう言われたマサカズは、メールソフトで庭石からの案件に目を通した。
依頼内容・建設資材の運搬業務
概要・十月五日、埼玉県秩父山中(所在地は地図参照)にて、拘置所の建築資材をB点よりA点まで運搬。委細は別途添付ファイルを参照。
事情・業者が資材を誤ってB点に運搬したため、これを本来のA点まで移動。
「えー」
マサカズは思わず嫌気を声に出してしまった。伊達は苦笑いを浮かべ、珍しく揃っていた四人の年寄りもそれぞれ笑いを漏らしていた。
「建築資材の運搬って、つまりは力仕事ってことですか?」
「成功したら、もっと派手な案件を紹介してもらえるさ。我慢しろ、マサカズ」
ハードなアクション映画を想像していたのだが、発注されたのはドラマ化もされそうにない“お仕事”である。言ってしまえばこれまでやってきた解体業とあまり変わりはない。拘置所という点が法務省の管轄を匂わせるものだが、あまりにも地味でつまらない業務である。
「立派な仕事ですよ」そう励ましたのは木村だった。
「社長のスーパーパワーで、パパッと済ませりゃいーのよ」浜口の軽口は相変わらずである。
「がんばれ!」語彙力のなさは寺西の個性とも言えた。
「税金の節約にもなりますし、公益に貢献できますよ」嫌気を少しは打ち消してくれる草津の言葉だった。
「やりますよ。第一歩ですし、たぶん楽勝案件でしょうから、クリアして次に進むだけです」
マサカズは前向きな気持ちを言葉にして、老人たちと伊達に返した。創業以来、木村たちには業務内容については情報を共有していた。しかしその手段については秘匿としていたのだが、マサカズは一度昼食の際、それが気にならないのか正直な気持ちを問うてみた。そしてその回答は四人が異口同音に、「興味はあるけど関心はもたない。結果としてお給料をもらえればそれでよし。なぜなら、もう先も長くないから」と説明してくれた。尋ねたのが兄、雄大の離脱後だったため、彼らは会社の秘密に触れることに何らかの危険を感じていたのかもしれない。自分たちが世話になっているこの会社には闇の部分があり、それに手を出せば職を失う危険をはらんでいる。だからこそ、保司のような怪しげな業者ではなく法務官僚からの仕事の依頼に対して、安心して朗らかな激励をしてくれるのだろう。マサカズはちりちり頭をかき、添付されている業務の詳細を記したファイルを解凍した。
その翌日の深夜、伊達は事務所でパソコンに向かっていた。残業の原因は、草津が急遽検査入院のため明後日まで不在となってしまったからである。草津は会社のネットワークやWebサイトの管理を一手に引き受けており、今日はちょうどサイトの更新業務があったため、伊達がその代役を引き受けていた。Webサイトの更新などこれまでにやってきたことはなく、夜の七時から始めて業務内容のページに二行の文面を追加するだけで四時間もかかってしまった。そのうち最初の一時間はサイトの構成の理解に費やし、次の二時間でHTMLとCSSの基礎知識を学び、最後の一時間で更新する文面の打ち込みとFTPへのアップロードを実行した。やり遂げた伊達は十本目になる煙草を灰皿に押しつけると、両手を挙げて大きく伸びをした。
人手があからさまに足りていない。安い人件費で年寄りたちを雇い、能力については申し分なく性格面でも柔軟な者ばかりで扱いやすいのだが、体調や家族のイベントなどでどうしても欠席が多く、総力を用いての運営はできていない。マサカズも事務仕事においては成長しつつあるが、力仕事の翌日は疲労のため自宅で静養するため、あてにすることはできない。せめてあともう一人、若い戦力が欲しい。あるいは明日の夜に予定されている庭石からの案件を無事成功させれば、今後健全で安定した収益が見込め、営業から解放され事務仕事に充てる時間が増やせるかもしれない。そうなれば追加の人員も不要となり、人件費の増加も防げる。
それにしても我ながら無茶な試みだ。伊達は十一本目の煙草に火をつけた。マサカズの超能力を秘密にしたまま、公益に叶う業務を遂行する。そう発想した当時、最悪を一として十レベルの段階で状況を想定していたのだが、現状ではレベル三だと言える。最高のレベル十まで、あとどれだけの行程を経ればいいのだろうか。そして自分とマサカズはその実現のため、どれだけ成長しなければならないのだろうか。
ゲームの開発に喩えてみれば、ゲーム機の仕様は把握でき、開発方法も見通しが立ったようなものだ。しかしどのような相手にいかなるソフトを提案できるのか、それについてはまだ入り口に辿り着いたばかりのようなものだ。庭石というメーカーに対して、自分たちデベロッパーがどう立ち回れるのか。考えることは山積みではあったが、公的案件の獲得という試みが現実になろうとしていたため、伊達は疲れを感じていなかった。
「電気がついてると思ったら、まだいたんですか? ぼち終電ですよ」
ドアの鍵を開け、事務所に入ってきたのはマサカズだった。
「俺はバイクだから、終電とか別にだけど、お前は定時上がりのあと、こんな時間までどこ行ってたんだ?」
「ジムです駅近くの。先週から入会したんですよ」
「知らなかった。スポーツジムか?」
「ええ、鍵の力が少しでも使いこなせればって思って。格闘技のコースもあるんで、まだまだ初心者ですけど」
「格闘技って、MMAか?」
伊達は目を輝かせ、そう尋ねた。
「いや、ボクシングのエクササイズです」
“MMA”という単語もわからぬまま、マサカズはそう返すと伊達のデスクまで進み、缶コーヒーを差し出した。
「サンキュー。ちょうど欲しかったんだ」
缶を受け取った伊達は、プルトップを引っ張った。
「もしかして、草津さんの穴埋めですか?」
「ああ、ホームページの更新が必要だったんだよ。いや、まいった。HTMLとかFTPとか全然素人でさ。なんとか更新までは辿りつけたけど、まぁ疲れたな」
「あ、それだったら僕に言ってくれればよかったのに」
「できるのか? ウソ?」
「書店のひとつ前の、自転車屋のバイトでホームページの更新やらされてたんですよ。しかも予算がないから専用のソフトとか使わずテキストエディタで、CSSとかJavaとかなんかもかじりましたし」
マサカズの言葉に、伊達はぐったりとうなだれた。
「もっとお前のこと、知る必要があったな、俺は」
「まぁでもパソコンは得意じゃないですから、できることは狭いですよ。あんまり期待……してもらえるようにもっと頑張らないと……か」
考えを巡らせながら、マサカズは言葉を選んだ。伊達の負担を減らすためにも自分がやるべきことは、途方もないほど広く大きい。ジム通いもその一環ではあったのだが、自分にはもっとデスクワークを引き受けられる力が必要である。しかもその習熟内容を伊達に聞くのは彼の実務を増やすだけであり、木村たち四人から学ぶのが最善策だと思えた。
「明日はいよいよ初の公共事業ですし、ぼちぼち僕は上がりますね」
「ああ、ほんと、明日は頼んだぞ」
「そうだ、ひとつ聞きたかったんですけど……なんで柏城さんに最初っから紹介をお願いしてもらわなかったんです? ほら、独立でよくあるでしょ? 前の職場から取引先の紹介してもらうのって」
問われた伊達は、仏頂面で煙草を灰皿に押しつけるとコーヒーをひと飲みした。
「オヤジに頼むのは、最終手段にしていたんだ。カッコつけてたんだよ、俺は」
「つまりそれほど僕たちは追い詰められていたってことですか?」
伊達は無言のまま頷くと、コーヒーを一気に飲み干した。
「あとな、オヤジに紹介を頼んだ場合、間違いなくお前に一度会わせろって言ってくると思ったんだ」
「つまり、僕だと柏城さんに認められなくって、紹介してもらえないと?」
「そうだ」
「じゃあなんで?」
「ここしばらくのお前を見て、大丈夫って期待した。そして、それは間違っていなかった」
「あー、じゃあ僕は起業以来、成長したってことなんですね?」
嬉しそうなマサカズに対して伊達は静かな口調で、「それだけじゃない、隠れていた才能が開花したってこともある」と返した。すっかり有頂天になったマサカズは伊達に敬礼すると、軽やかな足取りで事務所を後にしていった。
「そして、俺にはそんなものは、ない」
残された伊達は、寂し気にそう呟いた。
第5話 ─信じられる仲間を集めよう!─Chapter8
マサカズが埼玉西端の秩父鉄道三峰口駅のホームに降り立ったのは、終電となる夜十時過ぎのことだった。十月に入り夜にもなると寒気を感じることもあり、マサカズもTシャツの上に青いダンガリーシャツを羽織っていた。生まれる前の昭和を想起させる古びた駅舎を出た彼は、すぐ近くのタクシー乗り場に向かった。
事務所の代々木を出たのが夜七時半で、ここまで三度の乗り換えを経て三時間近くを要していた。料金も一千四百円ほどかかり、あとで交通用の電子マネーにチャージをしておかなければならない。伊達は今日も増資の件という、マサカズにとってまだ勉強が追いついていない分野の事務処理で忙しく、今日の仕事は単独行動になっていた。
やるべきことは庭石から送られてきた資料で把握しており、念のためにスマートフォンにそのファイルも保存しておいた。簡単に言ってしまえば運搬業務であり、力仕事なので消耗は覚悟の上である。今夜中に終わらせ、どこかで宿を取り、明日は一日休養に充てる旨は伊達ともすり合わせ済みとなっている。
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