遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第1話 ─変身!正義のヒーローになろう!─Chapter7-8
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第1話 ─変身!正義のヒーローになろう! Chapter7
新宿区高田馬場に、一軒のゲームセンターがあった。ここにはプリクラやクレーンゲーム、メダルゲームといった普通のゲームセンターにあるような遊具はなく、ビデオゲームのみを揃えた店舗だった。用意されたゲームは七十年代からゼロ年代にリリースされた古いものが多く、いわゆるレトロゲームを嗜好するマニアたちは、ここに足繁く通い、いつの間にかレトロゲームの聖地とも呼ばれる存在となっていた。
電子音が鳴り響く中、椅子に座り筐体に身を屈め、食い入るようにモニターを見つめる伊達隼斗も、そんな常連客のひとりだった。
「懐かしいな……あ、いや、違うか」
しゃがれた声が伊達の背中にかけられた。彼は背を向けたまま、「これは1986年にリリースされた、いわゆるリメイク版のブロック崩しです」と、早口で答えた。ボールの形をしたドッドが画面の下へ通過していくと、彼は起ち上がって振り返った。
三つ揃いのスーツを着た眼鏡の長身、目付きにやや険はあるものの整った顔立ちをした伊達隼斗は、今年三十三歳になる、中年に差し掛かろうとしていた青年だった。
対する男は初老のワイシャツ姿で、ハンチング帽を目深に被り、豊かな口髭をたくわえていた。二人は二つの椅子が並んで置かれた筐体にそれぞれ腰を下ろした。
「井沢さん、どのキャラ使うんです?」
筐体に百円玉を入れながら、伊達は隣に座った男にそう尋ねた。
「あっと、いつものかな」
井沢はそう返すと、選択画面の中から派手なメイクをした力士のキャラクターを選択した。伊達は小さく笑みを浮かべると、愛用している米国軍人のキャラクターを選んだ。
二人のキャラクターが画面の中で向き合っていた。しかし互いに何かをするわけでもなく、ただ待機の挙動を繰り返すだけだった。井沢は傍らに置いていた鞄の中からA4大の封筒を取り出すと、それを伊達の膝に置いた。伊達はすぐさまそれを自分の鞄にしまい、筐体のレバーを握った。
「山田正一ってな、ここ何日か猫矢に貼り付かせてみたんだが、ありゃとんでもねーな」
井沢の言葉に、伊達は興奮した強い笑みを浮かべ、鼻を鳴らせた。
「でしょうね。俺が見たあいつは、まさしく化け物でしたから」
「プロフィールは至って平凡なんだよな」
「でしょうね。そんな感じの男でした」
伊達の返答に、井沢は相撲取りをなんとなく前後に動かしてみた。
「でよ、その化け物に、お前はどうするんだよ?」
「アレ? 珍しく詮索ですか?」
「そりゃまぁね。どうやっても伊達先生とは結びつかねぇ案件だしよ」
「…………」
返事をせず、伊達は待機モーションを繰り返す画面を見つめていた。そう、結びつかない。自分にとって、あの夜見た超人的な力は。だが、あのチリチリ頭の青年は、悪人ではないがおそらく頭脳明晰というタイプではなく、あのデタラメな超能力を有効には使えていないだろう。自分の知能と経験があれば、もっとよい活用方法を示せるはずである。そして、それによってヤミ金に追い詰められてしまうほど自堕落でこの愚かなこの生き方を変えられるかもしれない。事実、あの夜から何日も経ったが、自分の中で何かが変わりつつあるような気がしてならない。借金をしてまで溺れていた遊興にも一切の関心がなくなり、青年が見せた信じられない力が何度も思い浮んでしまう。だから、もう一度会って確かめる必要があった。自分はなにができるのか、そしてどうしたいのか。これまで漠然という感覚を一切排除してきた人生だったので、このもやもやとした気持ちは早期に解決したかった。
井沢は席を立つと、鞄を手にした。
「あ、やらないんですか? 対戦?」
伊達の問いに、井沢は「やんねーよ。勝てねぇし」と言い放ち、ゲームセンターをあとにした。伊達は木偶人形と化している相撲キャラを叩きのめすと席を立った。画面には二戦目のアナウンスが表示されていたが、米国軍人と相撲取りはただひたすら全身を上下させるだけであった。
「アンロック」
そう呟いたマサカズは鍵を南京錠に差し込み、それを回した。口にしたのは正義を守るヒーローへの変身という願いを込めた呪文だったが、今の自分は黒い目出し帽に黒いTシャツに手袋と、鏡で見ればまるで犯罪者のような出で立ちである。その夜、今日の“仕事”を果たすため、彼は目黒の雑居ビルの屋上に着地した。
いつもの様に現地へ赴き、そこにいるガラの悪そうな連中を蹴り倒し、若い二人組にその後を一切任せ、池袋のガールズバーまで報告に出向く。今夜の仕事も実に容易だった。目黒の事務所にいた、たった七人を無力化するだけで終わりだ。そのうちのひとりはまだあどけなさを残した少年だったが、容赦はしなかった。最初の件から今日でもう四週間ほどが経ち、何回も同じ様なことを繰り返していたが、段々と恐れはなくなり、同時に葛藤も失いつつあった。それが気持ち悪い。このままではいけない。今一度自分というものを取り戻さなければ。ビルの屋上まで出たマサカズは、目だし帽を脱ぎ、「辞めよう、もう」と呟いた。
ガールズバーの事務室までやってきたマサカズは、座っていた吉田から報酬の入った封筒を受け取った。
「助かるわー。“山田ちゃん”のおかげで関東から悪が滅びつつあるんだから」
最近ではすっかりなれなれしい口調になっていた笑顔の吉田をマサカズは睨みつけ、「このお金、どこから出てるんです?」と尋ねた。すると、吉田は表情を消した。
「あんね、山田ちゃんはそんなの気にしなくっていいのよ。細かいことはこっちにお任せして、ビシバシ蹴ってりゃそれでみ〜んなが幸せなの」
とくとくと語る吉田に、マサカズはある決心をした。
「あの、そろそろ僕、こういうの辞めたいんですけど」
「なんで? 本屋のバイトより全然ワリがいいでしょー。もう年収以上は稼げてるんじゃない?」
決意に対して、吉田の返答は食い気味で素早かった。
「何て言うか、おかしいんですよ。こう、上手くは説明できないんですけど、僕のやってることって、吉田さんの言う正義とは違うって言うか」
「正義じゃん。どー考えても。だって、山田ちゃんの必殺ローキックは、悪い連中専用なんだし」
「確かにあの人たちはヤクザっぽくって悪いって感じですけど、僕、吉田さんの説明以上のことは知りませんし。実際のところはどんな人たちなのかなって?」
「あ、オレが嘘ついてるかもってこと?」
「そうは言いませんけど、なんか、なんかしっくりこないんですよ。それにここ最近、吉田さんの態度も変わってきちゃってるし……」
吉田はマサカズを見上げたまま、煙草に火を点けた。
「あのさ、山田ちゃん。自分の立場わかってる?」
これまでになく低い声に、マサカズは戸惑った。
「こっちはさ、お前の殺し、知ってんだよ。それにド田舎のジジイとババアの居場所だってな」
脅迫である。これは、まさしく。これがこいつの本性というやつか。煙草の煙を吹きかけられたマサカズは咳き込み、とぼとぼと事務所を後にするしかなかった。
マサカズはアパートまで帰ってきた。鞄を放り投げると布団に大の字となり、彼はうめき声を漏らした。このような奇怪としか言いようのない力があるばかりに、得体の知れない連中に暴力を奮わされている。先ほどの吉田の態度からすると、怪我をさせたあと、トシとケンが救急車を呼んでいるかどうかも怪しい限りである。それによくよく考えてみれば、悪いと称される彼らを蹴り倒したところで、何がどうなるというのだろうか。トシとケンが説教して、改心でもさせているのだろうか。
これからどうすればいい? このまま吉田の言いなりになるしか道はないのか? 逆らえば強盗殺人犯として密告されるか、両親に危害が及ぶ可能性がある。しかし、やはり今やらされている行いは、何もかもが不明瞭すぎて気持ちが悪い。詳細を尋ねたところではぐらかされるか、脅されるかのいずれかだろう。悶々とした気持ちを抱えたまま布団の上をゴロゴロとしていると、玄関の呼び鈴が鳴った。身体を起こしたマサカズは、扉ののぞき穴に目をつけた。
長身の、三つ揃いのスーツを着た男の姿があった。忘れるはずもない、眼鏡の彼は、歌舞伎町であの強烈な体験を共にした“ダテ先生”だ。マサカズは扉の鍵に手を伸ばした。
第1話 ─変身!正義のヒーローになろう! Chapter8
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