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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第3話 ─俺たちのアジトで旗揚げしよう!─Chapter3-4


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【前回までのあらすじ】
ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・28歳)。彼はその大きな力に翻弄される中で、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、立ち直りつつあったマサカズは、伊達との間に次第に奇妙な友情を感じつつあった。そんな2人の前で、ある事件が突如起きる…。

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第3話 ─俺たちのアジトで旗揚げしよう!─ Chapter3

 バー『ジョイスティック』に面する夜の路地で、マサカズと伊達は並んで呆然ぼうぜんと立ちくしていた。二人の視線の先には七階建ての細長いビルがあり、その六階、道路側の窓ガラスは割れ、中からは煙が立ち上り、炎がちらちらと見られた。ビルの出口からは口を押さえた者達が路上に逃げ出し、その場にうずくまってき込む女性もいた。
 店内で酒をみながら聞こえたあれは、おそらくこの災害のきっかけとなった爆発音だろう。あのビルで、何かが爆発した。路地に散らばる看板のや窓ガラスの破片を見て、マサカズと伊達は言葉を交わさずとも同じ認識に至っていた。そして雑居ビルの火災という緊急事態に、二人はこれからなにをするべきかの結論も共有していた。
いけそうか、マサカズ? 消防と救急が到着するのに、おそらく最短でも五分はかかる。それにこのせまい路地ではハシゴ車は入れないだろう」
 そう言った伊達は、風に流されただよってきたけむりき込んでしまった。
「川の中でも息ができたんで、やってみます」
 マサカズは背負っていたリュックからプロレスのマスクを取り出し、それをかぶって南京錠なんきんじょうを手早く解錠かいじょうし、「アンロック」つぶやいた。周囲には火事場見物の野次馬やじうまもいたが、皆が災害に注目していて、マサカズたちの動向を気に留める者はいなかった。
「もし逃げ遅れている人がいたら、できる範囲でいいから運び出すんだ。チャンスは一度きりだと割り切ってくれ。もし助け出すべき相手の選択が必要なら、それはお前に任せる。助けたあとは、この路地側ではなく……」
「わかってます。できるだけ見られないように、ですよね」
 マサカズは反社会的勢力の無力化をこれまで何度か行い、力の秘匿ひとくについては自分よりわかっているようである。彼の様子から自信を感じた伊達はそう納得すると、「なら、まかせた。俺はできるだけフォローする」と返した。
 伊達が言い終えるのを待たず、仮面をつけたマサカズはその場から空中に舞った。旋風を浴びた伊達が視線を上げると、その先には燃えさかる雑居ビルと隣のビルの隙間すきまに入り込んでいくマサカズの姿が在った。見物人は十数名ほどいたが、マサカズの姿は煙越しだったため、自分のように“あのビルの六階の側面目がけて跳躍して侵入する者がいる”ということが前もってわかっていなければ、視覚から得られる情報をその通りには解釈できないはずである。伊達は両手を握りしめ、煙を上げるビルのかたわらまで駆けていった。

 煙に圧力があるはずもない。だが、マサカズは燃えさかるスナックの店内で白煙にされていた。おそらくこれは風圧をともなっているからだ。彼は煙の中で火花や炎をときおり目に入れながら、呼吸に何の支障もなく無臭の中、耐えきれないはずの熱気も感じずにいた。ただ、視界だけが不明瞭だった。うめき声、叫び声、泣き声、人の苦痛が音となって耳に届く。マサカズは聴覚を支配する絶望にひるみもしたが、この中にあって自分はまったく物理的なつらさがなかったため、特別な存在であるのだと思い込むことで勇気をふるい起こした。

 僕はこの中で立っていられる。
 僕にしかできないことがある。
 救いを求める声に、僕はこたえることができる。

「誰かいますかー!」
 マサカズは、手で煙を払いながらそう叫んだ。鍵が発動してからでもこちらの声は届くはずである。しくもそれは、葵とのゴンドラでのやりとりであらためて証明されていた。しかし、明確な返答はなかった。
 足元にワンピース姿の中年の女性が倒れていた。マサカズはそれをかかえ、店内を進んだ。視線を下ろしてみると煙の中、ソファや床におびただしい数の人々が倒れていた。鍵は剛力を与えてくれてはいたが、ここから運び出せるとしてもせいぜい一度に三名が限界であり、救えるのはあと残り二名である。き込み、うめき、炎に焼かれながらも生存が認められる者はそれよりはるか多くいた。救える命の選択は伊達に任されたものの、マサカズは即座に判断できなかった。女子供、そして老人が救助する優先順位としてよく言われていたが、スナックに高齢者と子供の姿は見当たらず、マサカズは目についた女性たちを両脇に抱え、背負い、三人の命と共に白煙の立ちこめる店内をあとにした。背中ではむごたらしい阿鼻叫喚あびきょうかんり広げられていたが、心を殺し、前に進むしかなかった。

 三人の女性と共に、マサカズは隣のビルとの狭間はざまに着陸した。救急車のサイレンが鳴る中、彼は女性たちをゴミ箱のかたわらに下ろした。
「こっちです!」
 伊達の声が響いた。おそらくだが、自分の行動を追った上で救急隊員を誘導しているのだろう。マサカズはそう解釈し、その場からんだ。

「助かったんでしょうか?」
「おそらく。あのあとすぐに救急車で搬送された」
 マサカズと伊達は、火災現場からほど近い御徒町おかちまちの小さな公園で合流した。二人はベンチに並んで座り、ときおり明滅する、まだLED化されていない街灯に照らされていた。
つらくないか?」
「辛いですね。例えばコンテナとかあれば、もっと沢山運び出せました」
「だけど、三人は救えた」
「それは、そうなんですけど……」
 人の命を選ぶなど、これまでなら想像もできなかった。だが、いまの自分はそれができてしまう力を持っている。マサカズはあらためてそう感じると、こぶしを作った。
「なんでしょう、えらいことだって、それはわかります」
「だよな。いやか?」
「嫌ではないです。ただ、ちょっとこわいかなって」
「それについては、俺もフォローするよ」
「ありがとうございます。そうですよね、僕なんかより伊達さんの方が正しい判断ができますし」
 マサカズの言葉に伊達はベンチから立ち上がり、地面をった。
「あのな! それは違うぞ! 俺は知識があるだけだ。判断についちゃ、お前だって中々のものだ」
 怒声に、マサカズは困惑してしまった。それを察した伊達はネクタイをめ直し、咳払せきばらいをした。
「あー、悪い悪い。違うな、そうじゃないんだ。あー、な、なんだ? なんて言えばいい?」
「へー、しゃべるのが仕事の伊達さんでもそんな風になっちゃうんですか?」
「正直に言おう。マサカズ、お前は自己評価が低い。もっと自信を持て」
「いやでも伊達さんみたいな完璧超人といると、どうしたって僕みたいな負け組は気後きおくれしちゃいますよ」
「俺はそんな大した人間じゃない。考えてみろ、キャバとギャンブルにハマってヤミ金に金借りて殺されかけたんだぞ? どちらかと言えばロクでなしに分類される」
「それを言ったら僕だって保証人になっちゃいましたし」
「だから同等だ。いや、あの件についちゃお前の方が上等だ。俺は自分の欲望のための借金だけど、お前は人を助けるための連帯保証人だろ?」
 そう言われて、マサカズは目を落とし背を丸めた。連帯保証人は、前のバイト先の同僚の女性に頼まれ、ベッドを共にすることをぶら下げられ、よこしまな気持ちから引き受けてしまったものである。人を助けるという動機は希薄だった。
「えーとですね、あの連帯保証人は、前のバイト先の女の子に頼まれて、その、なんて言いますか、スケベ心からなっちゃったもので、立派な理由じゃありません」
「お前な、どこまで正直なんだ?」
「伊達さんにはうそをつきたくないんですよ。どうせあとから見抜かれちゃうだろうって気もしますし」
 伊達は勢い良くマサカズの隣に腰を落とし、煙草たばことライターを取り出した。
「煙草、やめないんですか?」
「やめない」
「健康に良くないですよ。僕の父親や兄貴あにきも吸いますけど」
「なら喫煙者の気持ちもわかるだろ」
 そう言うと、伊達は煙草をくわえ、火をつけた。
「わかんないですよ。吸いたいって思ったことないですし」
 伊達は煙草をひとふかしすると、左のかかとを上下させた。
「今後についてだけどな、一週間以内に絵図を仕上げる」
「どうしたんです、急に」
「あのさ、三人の命を救ったんだぞ。すごいことだと思わないか?」
「まぁ」
鍵の力は有効に使えるってことが、今夜証明されたんだ。なら、急ぐ必要がある。世の中の役に立てられるってことなら、早ければ早いほど救える人たちも多くなる」
 伊達の言葉にマサカズは胸を張り、大きく息を吸った。
「そうか、三人も助けられたんですよね」
「やっと、実感か?」
「火事から人を助けたのはこれで二度目です。前に言いましたよね、実家の工場の火事」
「父親の命を鍵で救ったってことだっけ?」
「そうです。この鍵って、やっぱり人助けのために使うべきなんですよね」
「ああ、さっきみたいな人命救助もそうだし、困窮こんきゅう者や弱者の救済という考え方もできる」
「伊達さん、“エズ”ってなんだかよくわかりませんけど、計画的ななにかですよね。そっちはまかせるので、よろしくお願いします」
 マサカズは伊達に右手を差し出した。伊達は煙草をくわえたまま、その手をにぎり返した。

第3話 ─俺たちのアジトで旗揚げしよう!─ Chapter4

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