遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第1話完結 ─変身!正義のヒーローになろう!─Chapter9-10
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第1話 ─変身!正義のヒーローになろう! Chapter9
再び湯船に浸かっていたマサカズは、つい先ほどまで伊達と食事処でやりとりした内容を改めて整理していた。
歌舞伎町の夜、金庫を抱えて窓から飛び出したあと、伊達は指紋や頭髪、名簿や記録書類など、弁護士としておよそ考えられる証拠を隠滅したと言っていた。あの当時、夜の雑居ビルには自分や登別たち以外誰もおらず、二度の銃声にも反応する者がいなかったため、時間は充分にとれたらしい。自分たちと繋がる名簿や貸し出しの記録、物的証拠も消えた。そうなると自分や伊達は、捜査当局から嫌疑をかけられる様な存在ではないらしい。従って捜査線上に上がるとも考え辛いということだ。反社会的勢力である非合法の金貸しへの強盗殺人の疑いの目は、同様の組織に向けられているはずだそうだ。
奪い去った金庫をアパートで保管している件についても話をしておいた。ただ、中にあった札束については触れてはいないままだ。
今後の問題としては、一部始終を知っている吉田である。対処方法は伊達から伝授された。とても簡単ではあるのだが、できる自信が今ひとつない。マサカズは今後の段取りをあらためて頭の中で確認しつつ、湯船を出た。伊達は今ごろあのサウナにいるはずだから、また食事処で落ち合おう。アドレスは交換済みなので、居場所はメッセンジャーで送っておこう。そう決めたマサカズは、着替え場に向かった。
誰もいない着替え場のロッカーの前でマサカズがトランクスを穿くと、その背中に低く掠れた声で、「山田正一だな」という言葉がかけられた。マサカズはすかさずロッカーの中のポーチから錠前を取り出した。鍵を刺し込みそれを回したものの、マサカズは、強引に振り向かされた。目の前にいたのは、とてつもなく大きい男だった。ポロシャツに短パン姿で、その全身には顔も含めて入れ墨が掘られていた。痺れを感じながら、マサカズは怪物との遭遇に恐れおののいてしまった。そして力の滾りが走り始めたその時、入れ墨の右ストレートを食らってしまったマサカズは、ロッカーに叩きつけられた。防御はなんとか間に合ったようだが、衝撃で背中がじんじんと痛む。銃弾をものともしなかったのに、拳でここまでの被害を受けるということは、つまり鍵の力は本格的に発動するまでに、若干だが時間がかかる様である。マサカズはなんとか体勢を立て直した。
手にしていた鍵は、錠から露出している持ち手の部分が折れてしまった。後手でロッカーから目出し帽を取り出したマサカズは、怪物の出方を伺った。左手を下ろし、右手を胸の高さまで構え、巨体には似合わぬ軽やかなフットワークで全身を上下させている。格闘技に詳しくはなかったが、こいつがその道の習熟者であることはマサカズにもなんとなくだがわかった。「吉田さんの言うこときく?」男はそう呟いた。マサカズは「いやです」と返事をすると、パンツ一枚、目だし帽を被った姿でその場から逃げ出した。できるだけ速く走りたかったが、思ったほどの速度は出ず、追ってきた男との差はそれほど開いてはいない。
裸足のまま店を出たマサカズは、この事態を解決するべき場所を探した。すぐ目に入ったのは、電気の落ちているゲームセンターだった。マサカズはガラス戸を蹴破ると、店内に足を踏み入れた。非常灯も消えており、ここは確か先月廃業したばかりだと伊達が言っていた。マサカズは振り返り、呼吸を整えた。
「吉田さんに頼まれたのか!」
真っ暗な店内にやってきた怪物に向け、マサカズは問うた。
「言うこと聞かねぇんなら、聞くように躾けるってことだ」
反抗的な態度を取った途端、暴力で脅迫をしてくるとは油断のならない相手だ。しかしおかげで伊達の立ててくれた計画も迷いがなく実行に移すことができる。両拳をぎこちなく構えたマサカズは頬を引き攣らせ、ありったけの闘志を寄せ集めた。すると、男が素早く掴みかかってきた。マサカズは拳を放ったが、それは鋭く風を切る音と共に宙を切り、次の瞬間、腹部を抱きかかえられ、そのまま押し込まれた。メダルプッシャーの大型筐体に背中を打ち付けたマサカズは、これまでにない衝撃に呻きを漏らした。入れ墨の男はマサカズの胴を抱き締めたまま尚も前進して圧迫してきたが、マサカズは踏みとどまり、遂には押し返した。胴締めを解いた男は目を丸くし、口をぽかんと開けた。
子供のころからじゃれ合うことはあったものの、きちんとした喧嘩などしたこともない。戦闘の経験もなかったが、刺客であろう怪物のキョトンとした様子を見るうちに、マサカズは対抗できる自信を抱きつつあった。
入れ墨の男は攻撃手段を打撃に切り換えた。手足の矢がつぎつぎと降りかかったが痛みはなく、くすぐられる態度であり、マサカズはビクともせずその全てを受けきった。死んでもおかしくないほどの打撃を何度も受けた。もういいだろう。顔を歪めて息を荒くする怪物に、意を決したマサカズは突っ込んだ。弾丸のような速度で相手の分厚い胸板に肩からぶつかると、衝撃に男は吹き飛ばされ、クレーンゲーム機に頭から激突した。ガラスの割れた筐体に頭を突っ込んでいた男は血を吐き、気を失っていた。全力での体当たりだったはずなので、かなりのダメージを負わせたはずだ。マサカズは戦いの終わりに安堵したが、怪我を負わせた相手への心配する気持ちはほとんど沸いてこなかった。
「マサカズ、ここか?」
店の入り口から伊達の声がしたので、マサカズは手を振りながらそちらへと向かった。
「風呂から見させてもらったけど、マサカズがやったアレは、瓜原って男だ」
「どんな人なんです?」
『いざないの湯』からほど近いファストフード店の二階のカウンター席に、マサカズと伊達は並んで座っていた。チーズバーガーを手にしていた伊達はスマートフォンを取り出し、しばらくそれを操作すると画面をマサカズに向けた。そこにはひとりの男が映し出されていた。上半身は裸で、薄く指の出たグローブをはめた両手を挙げ、なにやら勝ち誇っているようでもある。解像度こそ低かったが、この男はつい先ほどまでゲームセンターで果たし合いをした入れ墨のあの怪物である。マサカズは小さな声で「格闘家?」と尋ねた。
「瓜原って、地下格闘技大会のチャンピオンだ。動画で試合を見たこともあるけど、尋常じゃないほど強い。まぁ、真っ当なカタギじゃないし反社の用心棒もやってるから、裏の試合しか出られないわけだけど。で、吉田の依頼でマサカズを脅しにきたってことだよな」
「たぶん……でも文句を言ったのは今日ですよ。いくらなんでも早すぎません?」
「躊躇や迷いがないんだよ。奴らはフローチャートを最短の工程でテキパキと進める。ムダがないんだよな」
早口でそう語る伊達を横目に、マサカズは紙コップのコーヒーを口に運んだ。
「だったら俺たちも速攻だ。例の計画、上手くいくようなら今夜にでも済ませよう」
「ええ。吉田は土日の夜だったら、必ず池袋のガールズバーにいるって言ってましたから」
“ガールズバー”という言葉に、伊達は僅かだが鼻を鳴らせ、口の端を吊り上げた。
「服とか荷物とかロッカーから持ってきてくれて、ほんと助かりました。あのままだとパンイチで目出し帽の変質者でしたし。唐揚げ代もちゃんと清算してくれたし、伊達さんってキレ者って感じです」
「まあね」
判断の速さは吉田との共通点とも言えるため、伊達はそれを自慢したくはなかった。
マサカズはポケットから鍵を取り出した。二つに割れてしまったそれは、今となってはここに来る途中、ホームセンターで購入したラジオペンチを使うしか付け外しができず、不便な代物である。このままでは着替え場でやれた様に、咄嗟には鍵の力を頼ることはできない。
「なんなんでしょう。コレって」
「俺にわかるわけないだろ」
掌に鍵を乗せたマサカズの疑問に、伊達は素っ気なく返した。
「昔、子供のころだったんですけど、僕、鍵で父親を助けたことがあったんです」
「ん? それは井沢さんの調査報告書にはない情報だな」
「結果的には大事には至らずに済んだんですけど、親父の工場で誤ってシャッターが閉まってしまった状況で火事があって、親父が中に閉じ込められていて。たまたま親父に合鍵を届ける用事があったから、それでシャッターを開けたんです。消防署に電話したあと、親父、すっごく喜んでくれて。僕も嬉しくって」
「小さな英雄だな。つまりだ……それはお前の超能力が具現化したものであって、過去の成功体験から鍵という形となって現れた。そう言いたいのか?」
伊達の指摘に、マサカズは目を大きく見開いた。
「です、です、です。あー、それだ。言いたかったのは。凄いですね、伊達さん。伊達さんこそ能力者だ」
「違う。これは仕事で覚えた通常能力だ。もちろん、人より高いという自信はあるけど。それより今からの件が上手く行ったら、明日には事務所に来てくれよ。正式契約を結びたい」
「はい、あ、午後でいいですか? さっきも話したようにこの力って使いすぎると後でドッと疲れてしまうんです。今日ぐらいだと、たぶん午前中は寝てると思うんで」
「じゃあ午後二時だ。実印を忘れるなよ。場所はわかるよな」
「名刺のですよね」
淡々としたやりとりを続ける中、マサカズは手にした紙コップが小刻みに震えているのに気づいた。瓜原という地下格闘技王者のタックルや打撃を全て凌ぎきり、たった一発の体当たりで失神させてしまった。なんの取り柄もなく冴えないフリーターでアラサーの自分が。この震えは恐怖ではなく、興奮から来るものである。コップをカウンターに置いたマサカズは、力を持ってから初めて、確かな充実感を得ていた。
第1話 ─変身!正義のヒーローになろう! Chapter10
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