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点滴ルームへようこそ 9 (the final)

Day 9

夜中から降り出した雨が朝になっても止まない。
9日間の最後にして初めての雨。
雨も嫌いではないが、今はあまり歓迎する気にはならない。
しかも、冷たい雨。先日までの変な暖かさを一変して真冬の寒さがまたやってきた。
年に数回しか出番のないダウンジャケットを着て出かける。

「雨の日の病院は空いている」という勝手な推測をしながらスタスタ歩く。
今日でなくてもいい人はわざわざ寒い雨の日にはやってこないだろうという推測だ。
10時23分着。
推測は大外れでめちゃくちゃ混んでいる。
昨日のチャキチャキ看護師さんが「イトカズさんおはよう。今日めっちゃ混んでるねん。椅子席、真ん中しか空いてないけどそこでいい?ベッドなら空いてるけどね」と、忙しそうに聞いてくる。
ベッドは嫌だったので真ん中の椅子席に座る。これで満席。かなり圧迫感がある。
右隣りは初めて見る女性の方、左隣りも初めて見るサラリーマン風の男性の方。
席と席の間は50センチほど間があいているのだけど、左隣りの男性の方が私の席に備え付けてある可動式テーブルを自分の方に引き寄せて両手を大きく広げてスマホを見てらっしゃる。
困ったなと思う。新幹線なんかで肘掛けを左右両方独占している人がいるが、そういう感じ。
点滴を持ってきたチャキチャキ看護師さんがめざとくそれを見つけて、
「〇〇さん、このテーブルこっちの方のだからちょっと返してね〜」とこっちに向けてくれた。言ってくれてよかった。
ちょっと気難しそうな方だったので自分で言うのは嫌だなと思っていた。
男性は何も言わず、スマホを見続けてらした。

最後はゆったりと…と思っていたが、雨といいこの男性といい、そうもいかずいろいろめんどくさい展開となった。
YouTubeを見るのにも飽きて、ずっと本を読む。武田砂鉄さんの本。
武田砂鉄さんの視点がもう納得を通り越して目から鱗が落ちっぱなし。
「はぁ、深いわ」と感服する。

人は人をそう簡単に理解できないのだから、もともと存在している違いを無理矢理に埋めてははいけない。(中略)私はここにいる、あなたはそこにいる、という距離を静かに守る。(中略)尊重や尊敬は、距離があってこそのものなのではないだろうか。

本文より一部抜粋

はぁ〜そうだなと思って付箋を貼る。
人と人はまったく同じ人はいない。違いを無理矢理こっちに引き寄せて、
「私たち理解しあってるね」というのは歪みが生まれる。SNSなどでの「いいね」などの共有がまさしくそれかもしれない。本当に「いいね」と思って押している人がどれだけいるのだろうか…そうしなきゃいけない何かに囚われているのではないか…と思いながら読み進める。

今日はベッドの方も入れ替わりが激しい。
看護師さんたち忙しそうにバタバタ。
1時間終了して針を抜いてもらう。
「今日で終わりですね、お疲れさまでした。少しでも楽になるといいですね」と労ってもらう。
「お世話になりました。忙しそうだから他の看護師さんには挨拶できないけど、よろしくお伝えください」と挨拶をして退室。
点滴ルームとはお別れだけど、診療には来なきゃいけない。病と訣別できたわけではない。それがちょっと暗雲をもたらすけど、今回のことでさまざまな患者さんがいることもわかったし、そこで働く方々との出会いもあった。
また来ることがあるのかないのか、それはわからないけれど、点滴ルームよさようならという気持ちで外に出た。
さて、9日間おつかれさまという気持ちでカフェに寄る。
パスタランチセットを注文する。
ゆっくりだけど全部食べれた。
よし、帰ろう。

カフェの入り口から後ろを見上げると点滴ルームの窓際の席が見える。
「点滴ルームよさようなら」とつぶやいてスタスタと歩いて帰る。


2023.2.10(金曜日)9回目が終わった。
これで最後。

あとがき
9日間の他愛もないドキュメンタリーにお付き合い頂きましてありがとうございました。
私の病はまた完治していませんが、いろいろな人間関係を垣間見て少し大人になった気分です。
それと副作用が激しくて、点滴が終わってもまだビールの1滴も飲めてません。あぁ...なんてことでしょう。

読んで頂き感謝です。
2023.2.16 イトカズ

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