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自分以外の人をじっと見つめる

2024.5.11 (土)other people's lives   


夫が早朝から何かの仕事でどこぞやにロケハンに行った。
昨晩そのことを聞いていたが、今朝、私はすっかり忘れていて、
起きた時にはもう夫が外出した後だったのでびっくりしてた。
「どこにいかはったんやろか」と一瞬思ったが、しばらくして
「あぁそうだった」と思い出したのだ。

大きな声では言えないが、夫のいない朝というのはいい。
まず好きなものが食べられる。
私は朝ごはんは和食派なのだが、夫が洋食派なのでほぼそれに合わせる形になっている。2種類も作るほど私は暇ではないから。
というわけで、今朝は遠慮なくご飯と味噌汁と卵焼きとおひたしと納豆。
なかなかのセオリー通りの朝ごはんだ。
これをゆっくりと食べる。
満足至極であった。

それにしてもよく晴れている。
相変わらず堂島川は濁っているが、時々波がたって光が当たるとキラキラと川面が光る時があって、その時はパリのセーヌ川、あるいはカイロのナイル川、はたまたバグダッドのチグリス川かもと錯覚を起こしてしまう。
実際は濁った堂島川なのだが、川というのはどんな川でもロマンチックなものだ。
ベランダからその川の遊歩道を見ていると、いろんな人が行き交っている。
ジョッギングをしている人、ウォーキングをしている人、犬と散歩している人、自転車でどこかに行こうとしている人、出勤途中らしき人、ただゆっくり歩いている老人…ざっと見ただけでもこれだけの人がいる。
私はいつもここからそんな人たちを見るたびに、顔も名前も知らない人たちではあるけど、ひとりひとりが何かを思って、何かを経験して、何かを成し遂げたり、成し遂げられなかったり、何かに悩んでいたり、本当にひとりひとりに歴史があるのだなとつくづく思う。
忙しい時などは、自分の家族や友人やいつも会う人のことしか目に入らなくて、世界はそれだけで動いているような気になってしまうが、こうやって時間のある時に外を眺めていると、よく海外に行った人が口にする言葉で
『私って、世界から見るとちっぽけな存在だな』ってやつを、日本にいながら思ってしまう。それぞれのそれぞれの願いみたいなものがうまくいけばいいなと思う。

私はそういう名も知らぬ人間の思いを汲み取って、小説にしたりお芝居にしたりしているわけであるが、何十年やってきてもそのネタに困ることはないくらい、この世の中にはいろんな人が存在しているということだ。
私もその中のひとりであることに間違いない。
特別偉くもない、人間という肩書きを持っただけのひとりの人間である。
他人のことをこんなにじっくり考えられた、まことにいい朝だった。

午後から、ワインフェアに呼ばれたので出かける。
このイベントは関西と山梨のワイン醸造家たちが集まって開催されている。
飲むといいうより、作り手の話をいろいろ聞いた。
お酒作ってる人って、情熱の塊みたいな人がが多いから話もまた美味しい。
明日12日までです。お近くのワイン好きの方…ご興味があれば⬇️


明日からまた雨になる。
うまくできているな。
人生はプラスマイナスゼロの法則でできている。

あなたは何をする人?


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読んでいただきありがとうございます。 書くこと、読むこと、考えること... これからも精進します。