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[私小説] 霜柱を踏みながら

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私小説です。時系列でなく、思い出した順番で書いてます。私の個人的な思い出の物語です。
このマガジンは私の私小説風のエッセイで、月に3本くらい2000文字前後の作品を投稿していく予定です…
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#ノンフィクション

愛の匂いのするスープ

一歩進むごとに、過去の一歩が失くなっていく。 いつかこの場所もゼロになってしまうのだろう。 『霜柱を踏みながら 18』 先日何気なく見ていたテレビドラマの中で、不治の病でもうすぐ死ぬであろう娘がお父さんにひざ枕で耳掃除をしてもらうというシーンがあった。子供の頃の思い出を最後にもう一度味わってみたいという娘の願いに応えた父の姿がそこにあった。そのシーンを見た時に、とても悲しい場面のはずなのだけどすごく懐かしい気持ちが込み上げてきた。それは、ずっと忘れていたけど私も子供の頃こう

あまりに瑣末で、あまりに余毒。

一歩進むごとに、過去の一歩が失くなっていく。 いつかこの場所もゼロになってしまうのだろう。 『霜柱を踏みながら 17』 母の命日になると思い出すことがいろいろある。それは良いことより悪いことの方が多いのが玉に瑕で、いつも母の写真の前でため息しか出ないのである。古いアルバムに母と私が中学校の校門の前で寄り添うように写っている写真がある。春の日差しに眩しそうな顔をした私とにこやかに笑う母。でも私の眩しそうな顔は決して日差しが眩しかったわけではない。それは苦痛に歪んだ顔だというこ

世界一優しいヤクザが真中夜を駆ける

一歩進むごとに、過去の一歩が失くなっていく。 いつかこの場所もゼロになってしまうのだろう。 『霜柱を踏みながら 16』 私がまだ小学校に上がる前の話である。小学校3年生の時に奈良に引っ越すまで私たち家族3人は大阪市内でアパート暮らしをしていた。2階建てのアパートの2階の一番奥に私たちの住まいがあった。私は小児喘息という病を持っていて、幼稚園に在籍していたもののその病のせいで半分も通うことができなかったと聞いている。よっぽど気分がいい時は通園していたが、それでも途中で発作を起

青春は、傲慢と謙虚のはざまでゆれる

一歩進むごとに、過去の一歩が失くなっていく。 いつかこの場所もゼロになってしまうのだろう。 『霜柱を踏みながら 15』 両親があんな風だったせいもあり、それに加えひとりっ子だったせいもあり兄弟・姉妹の世話をすることもなく、親戚も遠方にいたため四六時中の付き合いもなく、両親と向き合っていない時はひとりで時間を過ごすことが多かった。今のようにインターネットやゲームなどはなく、ひとり遊びの原点といえば漫画本を読むか児童図書を読むかくらいしかなかった。今の子供たちからすればなんて退

最後まで、あなたは溶けきらない氷でした

一歩進むごとに、過去の一歩が失くなっていく。 いつかこの場所もゼロになってしまうのだろう。 『霜柱を踏みながら 13』 早朝、ベッドの中で起きようかどうしようかとうだうだとした時間を過ごしているときに携帯電話が鳴った。着信画面から相手は誰だかわからないが、日本からだということがすぐにわかって電話に出る。 「もしもし。私、お母さんだけど、ちょっとお願いがあるのよ」 「何?」 「明日ね、乳癌の摘出手術を受けるのよ、家族の立ち合いが必要なんだって、病院まで明日来てくれない?