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宝石の国を読んで


地獄は地獄に存在するとは限らない。

まず、『宝石の国』にはある。


主人公がこんなに報われない漫画を読んだのは初めてだった。シンジくん(エヴァ)も理不尽に遭う面でかなり可哀想だと思っていたけど、味方がひとりも居ないことで地獄の薄まり方がかなり違う。

読み終えた後、体調に影響を及ぼすくらいの、どす黒い何かが体内に溜まっている気がする。本を閉じて、悪夢から現実に戻ってきても、思い出す度にやるせなさが蘇ってしまう。

(※以下、内容に触れています)


フォスが月に行くまでは、『宝石の国』の世界観を楽しみながら、健康的に読めていた。

あなたの地獄はどこからと聞かれたら、宝石達を攫っていく不気味な月人達が、普通に喋り出した時からだ。

ありえない展開に、『何普通に喋ってんの?』と嫌悪感を露わにしたフォスと同じ感情だった。

そして更なる地獄が、カンゴームとエクメア。

私は、ゴーストのことも、ゴーストが砕かれた後にフォスに怒っていたかつてのカンゴームのことも好きだった。渋々でもゴーストに言われたことを守る描写は、カンゴームを縛るゴーストの悪意などではなく、ゴーストとカンゴームにしか分からない友情だと疑いなく受け取っていた。

あの時もカンゴームは、ずっと本心から解放されたかったのかな。

以前のカンゴームが好きだった、というのはエゴになってしまうとして、カンゴームの幸福を願えたのは、そこに本人の優しさがあったからだった。


これまで宝石達はずっと、男女に分類されることはなく、明確な性別は持っていなかった。

だけどエクメアとカンゴームのそれは、あまりに男女を匂わせている。それに加えて、フォスの不幸を餌に、自分達の幸せだけを見ている描写がいくつもあった。

これが、読んでいて物凄いストレスを与えてくる。

個人的には、こうなってしまったカンゴームは、もうハンサムでもキュートでもなくなってしまった。かつて存在した宝石の美しさは消え、まるで傲慢な人間のように変わり果ててしまった。

二人の恋愛模様は、作者の意図を窺ってしまう程に繰り返し描かれる。これが辛いので、実はエクメアが騙している線や、カンゴームが寝返る展開がくるのを期待したけれど、何もなかった。

フォスが孤独で闘う苦悩の裏で、エクメアとカンゴームの恋愛が描かれる。

いらない、、そんなのいらない、、、と私はなってしまった。


溺れそうになっている地獄の海で、さらに酸素を奪われるような展開が上塗りされていく。

金剛先生が、金剛先生と呼ばれていた頃、事あるごとに宝石達の頭に手をおく描写が好きだった。

金剛先生が肝心な時に限って寝ていたのは、タイミングが悪かっただけなのだろうか。

異常に眠たい理由も、ただ故障していたからなのだろうか。

あるいは、わざと宝石達の危険を見過ごしていたのではないか。そう思ってしまうほど、金剛先生も酷い地獄を見せてくれる。

___おまえ達を愛している。

そう言っていたのに、フォスに祈りの役割を押し付けた後は、何食わぬ顔をして満足そうだったので驚いた。

金剛、そこに愛はあるんか?となってしまった。

宝石達を愛していた。※フォスを除く

と思ってしまうくらい何も感じていなさそうで、エクメアとも普通に話していたことで拍子抜けしてしまい、今までのことが全て分からない。

アンタークにも自分の行いは話さずに、フォスに言われた一部分だけを切り取って伝えていた。あれではフォスだけが悪者になってしまう。

かつてのカンゴームがもういないように、金剛先生もまた、かつての威厳と優しさが消えてしまったように思う。


二手に分かれた宝石達もまた、急に薄情になってしまったように感じる。

月に行く前のフォスは、確かに短慮が目立つこともあっても、あの頃の宝石達は、それでも思いやりがあるように見えた。

フォスは攫われた仲間を取り戻すために、そして先生の秘密を探るために、月に乗り込んだはずだった。だけど結局はフォスのお陰で、フォス以外のみんなが幸福を手に入れている。

フォスが地上でかつての仲間に粉々にされ遺灰のごとく各所に隠され、その隠されたことすらも忘れ去られた220年の間に、月組は月での生活を楽しんでいる。

闘う必要がなくなった地上組にも、違和感がすごい。今まで微笑ましかった金剛先生との仲良しごっこは狂気が見え隠れし、ほとんどが思考停止したようにフォスを倒すことしか考えていない。フォスが月に向かわなければ、月人は永遠に襲来していたというのに。

中でもショックなのは、フォスが誰よりも気にかけていたシンシャが、フォスが消えた途端、今までのことが嘘のように振舞っていたこと。

皮肉にも、フォスが見つけてあげようとした「シンシャにしかできない楽しい仕事」は、「フォスと闘うこと」になった。

「君が幸福そうで嬉しい」と呟く金剛先生に、嬉しそうなシンシャ。フォスの不幸の裏で、そんなのってあり、、と崩れ落ちたくなってしまう。

容姿も心も傷だらけにされたフォスを独りぼっちにして、どういう気持ちで祈って貰おうとしているんだろう。誰ひとりとして心を痛めていない様子が、読んでいて本当に辛い。

月人や宝石は完全な人間ではないから、共感性に欠けている設定なのかな。少なくとも最初の宝石達は、そうは見えなかった。

仲間を救うためとはいえ、小さな子から貝殻を奪うことが出来なかったフォスが、今では一番まともな感情があるように思える。

フォスがどんなにグロテスクな姿になろうとも、誰かが後ろめたさを感じる描写が一切ない。

カンゴームに至っては、エクメアに全て聞いた後でも、自分じゃなくてラッキー♩という感じだったので、おのれ覚えておれ...という気持ちになってしまう。


つまり、何が一番意地悪なのかというと、どんどん窮地に追い込まれるフォスと対比して、フォスを踏み台にするほぼ全員の幸福が描かれることだ。

平穏が訪れているのは誰のお陰なのかには言及せず、フォスが辛い目に遭うことには見向きもしない。それどころか、フォスにお説教までしてくるので驚いてしまう。

作者は、この理不尽さを意図して書いているのだろうか。そうだと言ってもらいたい。理不尽だと感じることが正解なのだと。そうでないのなら、私は正しく受け取れそうにない。


アンタークは、金剛先生の端折った説明を鵜呑みにしてしまうのだろうか。

月に到着後も協力してくれたイエローとパパラチアに限って、精神を病んだり、体の安否が不明になっていることを思うと希望がない。


__宝石達は粉々になろうと仮死にすぎない。

よって決定的な死が描かれるシーンはない。その上で、ここまで読み手の心に影を落としてくる作品なので凄い。

もちろん地獄の展開を置いておくと、新鮮な世界観や繊細な絵や、表紙の煌めき具合にときめく作品でもある。

だけど、このままフォスの不幸の上にみんなは幸せになりましたとさ、おしまい♩だとしたら、流石にトラウマになってしまうので救って貰いたい。


一万年の悪夢は長い。

だからある日突然、悪夢から醒めるその時が彗星の如くやって来ることを、切実に願っている。
物語の終焉を、「完全で最終的な決着がつく奇跡」を、もしも描いてもらえるのなら、それがフォスにとって報われるもの、どうか納得の行く終わりでありますように。


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