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カイゴはツライ?第17話~生活能力ゼロの30代女性介護士

 最初のうち、職員間での内藤さんの評判はすこぶるよかった。委員会などでのあいさつも、ユーモアを交えた上手な自己ピーアールが効き、排他性の強い施設のなかで、すんなりと受け入れられた。
 しかし、内藤さんのメッキがはがれるのは思いのほか早かった。内藤さんは、50代のおじさんよりも家事能力というか、生活能力が劣っていた。20代の男性職員にも劣るほどだった。粗雑さや乱雑さが度を超していた。ユリには、次々と耳にする報告内容がにわかには信じられなかった。
 洗濯機が使えない、掃除機を使わせたら壊してしまった、炊飯器に直接米を入れてしまったなど、一人暮らしと聞いているが、どうやって暮らしているのかと思うようなことばかりだった。あるとき、濡れた洗濯物が隙間なくぎっしり干されているのを見て、ユリはてっきり50代の男性職員深田さんの仕業だと思い注意した、。深田さんは片手を顔の前でぶんぶん振り、「とんでもない。私ではありませんよ。いくらなんでも私はこんなことしませんよ。」と言い、声をひそめて「内藤さんですよ…」と訴えた。
 内藤さんは食事や排せつの介助も非常に乱暴で、利用者さんからの苦情も相次いだ。食事介助を見ていたある利用者さんが「あれじゃあんまりやわ。ヨシさんだって人間ですよ。穴に物を放り込むみたいにどんどん食べ物を詰め込んで、ひどすぎますよ」と泣いて訴えてきた。隣のユニットに勤務する職員からも乱暴で見ていられない、危険だという訴えがあった。パーキンソン症候群で排泄時便座になかなか座れない利用者さんがおり、ヘルプで入った隣のユニットの職員が声がけしながら苦労して座らせようとしているのをみた内藤さんが「急所押さえれば簡単ですよ」と言って、利用者さんの脚の裏側に膝蹴りを入れたと言うのだ。反射でその利用者さんはガクッと後ろに倒れこみ無事便器に座ったそうだ。「あんまりですよ。いくらなんでもひどすぎます。タローさんは機械じゃありませんよ」その職員は半泣きになっていた。内藤さんのムチャぶりは常軌を逸していた。
 しかし、一方で内藤さんはごくたまに面会に来る家族からのウケは非常によかった。初めて面会に来た遠くに住む娘だという人がユリに興奮気味にこう語ったことがある。「内藤さんって方素晴らしい介護士さんですね。『私たちは利用者さんのお世話をしてるんじゃなくて、お世話をさせていただいているんです。ありがたいことです』って言うんですよ。こんなこと言う介護士さん初めてですよ。私びっくりしました。感動しましたよ」
ユリは「恐れ入ります。ありがとうございます」となんとかこたえたものの、不快な気持ちが強く、内藤さんへの嫌悪がいっきょに深まった。

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