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十一話 美久さん、告る

やっと引っ越しだ。いつまで続くんだ、この話は。
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性同一性障害と勘違いして悩む
義理の妹に悩むぼくの物語
十一話 美久さん、告る

 日曜日、美久には今から出ますとLINEした。渋谷からメトロを乗り継いで北千住までカエデと行った。カエデは今年高校三年生で、来年は大学受験。「カエデちゃんはどの大学を受験するつもりなの?」と訊くと、「本郷はやめておく。先生は、学校推薦型選抜でお茶大の理学部なら確率が高い、って言うのよ」え?お茶大?「お茶大なの?」「そう中高一貫女子校で、さらに四年間女子大になってしまうけど、理学部だとお茶大がいいのかな?なんて思いました。お兄と同じ理学部だもん。レポートもお兄が手伝ってくれるだろうし、ね?」とぼくにウインクする。お茶大かぁ・・・。

 そんなことを話していると北千住に着いた。「え?もう着いたの?思っていたよりも早いわね」とカエデが感想を言う。持ち物はスーツケースひとつだけ。他はもう部屋にある。スーツケースをガラガラと引いていってアパートに向かった。「あら、想像通りの下町。お兄、雰囲気は思っていたより悪くないわね?」と言う。

 途中で、節子、紗栄子、佳子のヤンキー三人組とすれ違った。彼女たちは駅周辺にでもいつも住んでいるのか?まったく。今日は気を利かせて素知らぬ顔で行ってしまった。カエデが「ほぉら、お兄、ヤンキーいるじゃない?ああいう人たちとからんじゃダメよ」と言う。いや、あの、もうからんで知り合いなんだけど。おまけに部屋で待っているのはカエデの言うああいう人たちの元の元締めの女の子なんだけどね。やれやれ。

 アパートに着いた。ドアフォンを鳴らす。「え?お兄、誰かいるの?」とカエデが驚いて言うので、「ほら、不動産屋さんの田中美久さん」と言うと途端にカエデの顔が険しくなる。ドアを開けて美久が顔を出した。「お待ちしてましたあ。あ、スーツケース、洗濯機の横に入るかな?」と言ってスーツケースをさっとつかんで洗濯機の横に押し込んでしまった。美久はイメチェン後のフレンチカジュアル。可愛い。いや、そういう話ではないな、これは。

 美久はすぐにスリッパを揃えて「ハイ、どうぞ」と言う。お茶も沸かしてあった。美久がカエデにテーブルを指し示して「どうぞこちらに」とニコニコして言った。カエデがテーブルに座る。黙っている。美久が「不動産屋の田中です。お茶をどうぞ」と言ってカエデの前にお茶をおいた。カエデの正面に美久が座る。ぼくはちょっと迷って、美久の隣に座った。カエデが(お兄、普通そっちに座る?)という顔でぼくの顔を睨んだ。

 カエデが「田中“美久”さん、私、兵藤楓と申します。この度は兄がいろいろお世話になりました。ありがとうございます」とお辞儀して挨拶した。“美久”さんとわざわざ強調しなくても・・・

「いえいえ、当店のお客様ですもの。当然のことをしただけです」と美久が言う。「そうですか。日曜日なのに大変ですね。不動産屋さんは、休日も契約した後の店子さんのお世話もみるんですね。サービスがいいですね、田中さんのお店は」とロボットのようにカエデは言った。

 美久がモジモジしてちょっと下を向いていたが、キッと顔を上げてカエデを見た。「楓さん、不動産屋の仕事ではなく、個人的にタケシさんのお手伝いをしたいと思ってまいりました。わ、私は、まだ、タケシさんにお会いしたばかりですが、タケシさんに好意をもっております」と言ってしまった。

 カエデがぼくを睨んで、「お兄様、これはどういうことでしょうか?美久さんとは今週お会いしたばかり。美久さんが言われるのがお兄様に『好意を持っている』とのこと。どういうことでしょうか?」おいおい、「お兄」が「お兄様」になってしまったよ。ぼくは頭が痛くなってきた。

 ぼくが話しだそうとすると美久がぼくの太ももに手をおいて制止した。「はい、楓さん、たった一週間です。それはどう言っていいのか。私は、すみません、タケシさんに勝手に一目惚れしてしまいました。そして、タケシさんを巻き込んでしまって、ヤンキーと乱闘しました」カエデがぼくの額を見る。それか?という顔でぼくを睨みつける。

 構わず美久がカエデに「それで、わたしはタケシさんにプ、プロポーズしてしまいました。タケシさんに『妻にしてください』と言ってしまいました」

「なんて突拍子もない話を・・・」とカエデが言う。
「はい、突拍子もありません。ごめんなさい。楓さん、実は、私はヤンキーグループの総長をやっていました。今は辞めています。今は、普通の大学生です。タケシさんにこれからまず友達からお付き合いしましょうと言われました。私はタケシさんにふさわしい女性になり・・・」
「お兄様!こういうお話を隠していらっしゃったんですね?引っ越しもすまないのに、もう、こういう話になって・・・私は北千住の土地柄をとやかく言う気はありません。ヤンキーについてもとやかく言いません。しかし、美久さん、お兄様とは生きてきた環境が違うじゃありませんか?これは差別ではなく、区別です。これはお兄様だけの個人の話ではなく、家庭の話です。お兄様、パパとママに説明して釈明なさってください」とまたまた立板に水だった。

 しかし、美久はひるまない。「楓さん、しかし、私は・・・」というので、ぼくは美久が言うのを止めて「カエデちゃん、何の運命のイタズラか、たった一週間でこうなったんだ。話さないでゴメン。美久が・・・」「美久ですって?彼女を呼び捨て?」「はい、美久がぼくにまず告白したのは事実だ。それでいろいろあった。カエデが貼ってくれた絆創膏の傷は、美久の後輩が拉致されて強姦されようとしたのをぼくと美久が止めた結果だ。美久が二人のヤンキーをのしたんだ。その後ろにもう二人近づいてきたので、ぼくがのした。頭突きだ。それで、美久が泣いて、いろいろあったが、ぼくと付き合いたい、いや、結婚したいということで、まず、友達からお付き合いしましょうと言ったんだ」

「お兄様、『友達からお付き合いしましょう』って、引越し前のお部屋にすでに美久さんがいて、スリッパを出して、お茶を出して、それはお友達のレベルですか?お兄様がどう思っておられようと、美久さんはお兄様を単なるお友達とは思っていないでしょう?それを容認しているお兄様も美久さんがただのお友達と思っておられないでしょう?でも、生きてきた環境が違いますよ?うまく行きますか?早速ヤンキーと喧嘩などして。美久さん、うまく行くと思いますか?」
「わかりません。でも、楓さん、私は努力したいと思います。私はタケシさんにふさわしい女性になりたいと思っています」

「いや、カエデ、あのね・・・」と言おうとした。そこで、カエデはいつものフェイントを出した。「美久さん、どちらの大学に進学されておられるのですか?」「カエデ、美久の大学とこの話と関係ないだろう?」「一応、お聞きしたいと思いまして・・・」こういう場合のカエデは意地が悪い。環境!なんて言うから、美久の大学のレベルで攻めようとしたのだろう。

 美久がおずおずと言う。「大学ですか・・・あの、その、お茶の水女子大学の理学部物理科です」「ハ、ハイ?お茶大の・・・理学部の・・・物理科?」カエデは唖然とした。「ごめんなさい、そうです」と美久が謝らなくていいのに謝った。

 あっけにとられたカエデに「あのね、カエデちゃん、電車の中で話していたキミが受験するというお茶大、美久も同じ学校推薦型選抜で合格して進学したんだ。だから、キミが受験して合格したら、美久はキミの先輩になるんだ」と説明した。カエデがのけぞった。

(くっそぉ、元ヤンなんだから、大学とかいっても短期か服飾とか、そういう大学いけよ。お茶大、この元ヤン、頭いいじゃないか?この野郎、お兄をとられる、お兄をとられる、お兄をとられる、お兄をとられる、お兄をとられる、お兄をとられる、お兄をとられる、お兄をとられる、お兄をとられる、お兄をとられる、この女にお兄をとられる、ああ、どうしよう?お兄をとられる、私のお兄をとられる!・・・あ!そうだ!)

「美久さん、お兄様は、私とお兄様がときどきキスの練習をしていることを、美久さんに言いましたか?」
「え?」と今度は美久がのけぞる。
「えって、キスの練習ですよ。兄と妹ですが、血はつながっていませんし、セックスするわけでもありません。私は、お兄様に私のいろいろな事情で・・・その、自分はLGBTじゃないか?と疑っていて、それで、お兄様にキスの練習台になってください、とお願いして、何度も何度も、私はお兄様とキスをいたしました、この一年間。美久さん、私とお兄様がこの一年間、何をしていたか知っていますか?知らないでしょう?お兄様があなたにそんなことを説明するわけがありませんものね」

(くっそぉ、このタケシさんの義理の妹のお嬢様は、わたしのタケシさんを・・・このお嬢ちゃん、つええじゃないか?かなり頭いいじゃん?この野郎、タケシさんをとられる、タケシさんをとられる、タケシさんをとられる、タケシさんをとられる、タケシさんをとられる、タケシさんをとられる、タケシさんをとられる、タケシさんをとられる、タケシさんをとられる、タケシさんをとられる、この女にタケシさんをとられる、ああ、どうしよう?タケシさんをとられる、私のタケシさんをとられる!・・・あ!そうだ!)

「わ、わかりました。楓さん、わたしはそういうことを知りませんでした。タケシさんもたった一週間の付き合いで、話せなかったと思います。でも、楓さん、でもですよ、あなたとタケシさんがそういう行為をしていたとして、それは一線を超えていませんよね?血はつながっていなくても、楓さん、あなたは妹、タケシさんはあなたのお兄様、そういう行為は慎まないといけませんよね?あなたのご両親はご存知なんですか?」今度はカエデがのけぞる。

(くっそぉ、この元ヤン、負けてたまるか!元ヤンのくせしてお嬢さん美少女なんてやりやがって!)
(くっそぉ、このお嬢ちゃん、負けてたまるか!高校生のくせに美人で背えたけえし!負けないぞ!)

 これって、アニメのブラック・ラグーンのレヴィが二人いて睨み合っている構図なのか?その時、ドアフォンが間抜けなピンポーンを奏でた。この面倒くさい時に、だれだ?いったい???

 ぼくはどちらさまでしょうか?と言った。「あら、タケシくん、分銅屋の女将ですよ」と素っ頓狂に明るい声がした。「引越し祝いに料理をね、持ってきたんですよ」と言う。ドアを開けると、女将さんだけではなく、ヤンキー三人組まで。ぼくはさらに頭が痛くなってきた。テーブルでは、美久とカエデが睨み合っている。

「あらあら、こちらがタケシくんの妹さん?私はタケシくんの近所の居酒屋の女将の吉川久美子っていいます」とカエデに向かって挨拶をする。「こっちはね、美久さんの妹分のヤンキーの節子と紗栄子と佳子」女将さん、女将さんだけならまだしも三人組を連れてこなくてもいいじゃないか?

「あ!さっき、すれ違った・・・」とカエデが言う。「あらあら、もうお知り合い?美久ちゃん、何で妹さんを睨んでいるの?」と美久に言う。「姐さん、別に睨んじゃいません」「睨んでいるじゃありませんか?あなたたち、バッカねえ。タケシくんの取りっ子でもしているの?」
「タケシくん、私が言ったでしょう?『お付き合いしたいのなら、隠し事なしで、みんなさらけ出したほうがあとが楽、オンナとオトコの間で最大の障害になるのは秘密と嘘、この二つ』って。今、その場面ね。でも、今、この睨み合っている二人、タケシくんがどっちを選ぶ、なんて考えなくていいからね。死ぬまでやることね」と不気味に女将さんが言う。

「お兄様、美久さんとお兄様の援軍が来たかもしれませんけど、生きている世界が違うのにかわりありませんでしょう?」と元の話題に戻すカエデ。
「カエデちゃん、女将さんはね、ぼくと同じく物理科で、院卒なんだよ」とぼくが言うと、「え?何?それはどういうこと?」とカエデは驚く。
「女将さんは、天体物理を目指したんだ。女将さんのお店の常連さんの自衛隊の南禅二佐、羽生二佐から聞いた。でも、それがどうだという話だ。今はお父さんのあとを継いで居酒屋の女将さんをやっているけどね」
「お兄、お兄、私、間違っているの?」とカエデが泣きそうになる。
「カエデちゃん、キミは間違っちゃいない。一見そう見えるし、そう感じるのが当たり前だ。だけど、美久や女将さんはカテゴリーに当てはまらない人たちなんだ。それに、まだ、キミは北千住に来て一時間も経っていない。人間は肩書や上辺だけじゃあない。ヤンキーの元総長だって女将さんの影響で物理学を目指してもいいだろう?だから、カエデ、ぼくと美久を許してくれ。ぼくは、今、このひとが好きなんだ」テーブルの下で美久がぼくの手をギュッと握った。

 カエデは俯いてしまった。ポタポタを涙が落ちた。「ひどいわ、ひどい。まだここに来てそんなに経っていない。それなのに、この部屋に来ると引っ越しも済んでいないのに、もう奥さんみたいに美久さんがいて、お茶を出して、スーツケースをしまっちゃって。それで、私のお兄に月曜日に一目惚れして、火曜日にプロポーズしたって、急に言われて。家族で家にいればいいじゃないと止めたのに引っ越してきて、もう地元の人間と喧嘩をして、私に内緒にして、パパもママも出張でいないのに家に私一人残して遅くまでお酒を飲んで、ほっておかれて。お兄は、テーブルの美久さんの側に当然みたいに座って、『今、このひとが好きなんだ』なんて言われて。せっかく、ママが再婚して、兄ができたと思ったのに、美久さんに横取りされて。おまけに、おまけに・・・」

「私だってお兄が好きなのよ!美久さん、親の再婚でできた義理の兄妹って結婚できないわけじゃないでしょ?私、調べたのよ、法律を。ただ、それでも兄妹だから、言い出さなくって我慢していたのに、美久さんがさっと出てきて、横取りしていくみたいじゃない?一年前から気づいていた。私がLGBTなんかじゃなく、普通に男の人を好きになれることを。でも、それがどこかの男の子じゃなくて、私の兄だったのよ。く、悔しい、悔しいわ」

 女将さんがウンウンうなずいている。ああ、この人なにか言うぞ。言うに決まっている。「楓さん、部外者の私が口出しするのを許してね。まず、民法上、親の再婚でできた義理の兄と妹は結婚できます。それがたとえ楓さんの義理のお父さん、つまり戸主が、楓さんを養子縁組して養女としたとしても、血縁関係にはありませんから、法律的にも医学的にも、タケシさんと楓さんが結婚するのになんら問題はありません。そう、だからね・・・」と法学の教授みたいな口調で女将さんが言う。

「だから、楓さんも美久ちゃんと同じに宣言しちゃえばいいのよ。『お兄さん、私はお兄さんが好きです。結婚して下さい』って言ってしまえばいいの。それで、美久ちゃんよりも楓さんの方が彼にふさわしい、とタケシさんに証明すればいいことよ。ただ、泣いて悔しがっていたって、埒が明くわけもなし。楓さん、美久ちゃんとタイマン勝負して勝てばいいだけの話。さ、楓さん、美久に宣戦布告なさい」カエデと美久があっけにとられて聞いている。女将さん、なんてことを言い出すんだ。

 女将さぁ~ん、勘弁して下さい!ぼくは思った。節子は驚いている。紗栄子はちょっと面白がっている。佳子は口をあんぐり開けている。だって、ぼくに『ちょっと、危ない雰囲気?』などと言ったからだ。

 委細構わず女将さんが、「節子、紗栄子、佳子、持ってきたつまみと酒を出しな。この前は、美久のオヤジさんが酒を飲むのを許したが、今日は私が許す。固めの杯じゃない、宣戦布告の誓いの盃でもかわそうじゃないか?」ぼくは思った。カエデの言う「生きている世界が違う」はある部分正しい。ぼくの生きてきた環境では、大人がこういう介入と解決をしない。極めて北千住的である。元天体物理学者の下町の居酒屋の女将さんというのは、みんなこういう人なんだろうか?

 三人組が持ってきた岡持ちから分銅屋のブリカマとか天ぷらとか、お惣菜をテーブルに並べていった。お赤飯もあった。七人分のお椀とお箸と、ぐい呑。そして、諏訪泉の三本絞りにされた一升瓶、三升。睨み合っている美久とカエデに女将さんがぐい呑を渡す。ぼくにも渡された。「ほら、飲みな、若造共、一気に干すんだ」女将さんってこういうキャラだったのか?「おい、三人組、おまえらも飲むんだ」と三人組に酒をついで干させた。

 カエデがぐい呑を美久に突き出して言った。「わかったわ。美久さん、あなたに宣戦布告します。元ヤンキーなんかに負けません。私が勝ちます」と言う。美久も「楓さん、お嬢様に私は負けません。私が勝ちます」と言う。「お兄、酒瓶下さい」とカエデが言う。一升瓶を渡すとカエデは美久のぐい呑についだ。美久も一升瓶を持ってカエデのぐい呑に酒をつぐ。こいつら、サシで飲み始めたよ。

 ぼくは三人組にも酒をついで回った。まあ、三人組は勝手に床に座ってやっているが。三人組、立膝でパンツ見えているんですけど。

 仕方なく、ボクは女将さんと。「女将さん、収拾ついてないんですが・・・」と言うと、「そうだよねえ、二兎を追うもの一兎も得ず、タケシさん、サイコロかトランプで、今、決めちゃえば?美久か楓か、どっちかを?」「女将さん、そんな無責任な・・・」

 カエデも美久もだんだん飽きてきたのか、話がそれた。「美久さん、そちらの方たちが拉致されたんですか?」「そうそう、この節子と紗栄子が拉致られて、佳子が逃げて知らせてくれたんです。節子、こっちに来いよ」美久さん、口調が。

 ぐい呑に酒を注がれて節子が飲む。「楓さんとわたしたち同じ学年なんです。楓さん、背、高いっすね。本当に水川あさみの若い頃みたいだ」
「え?水川あさみって?」
「兵藤さんが楓さんは水川あさみに似ているって言ってまして・・・」
「お兄、そんなこと言ったの?」
「だってカエデ、似てるじゃないか?」
「ふ~ん、そうね、美久さんも確かに後藤久美子に似てるわね。美少女がヤンキーの元総長って面白いわよね。悔しいけれど、ちょっと負けているかもしれない」
「ゴクミ似ですか?」と節子。
「そう、お兄が美久さんのことをそう説明したの」
「なるほど。確かに似てるっすね。兵藤さん、美人二人に迫られて幸せっすね」
「節子、バカなことを言うなよ」
「私も彼氏最近いないからまた作るかなあ?」
「節子さん、私なんか彼氏なんて今までいたことがないの。彼氏いない歴、イコール年齢なの」とカエデが言う。
「わたしだって彼氏なんていままでいません」と美久がカエデに言った。
「ネエさんが男っ気がないのは知ってますが、楓さんもそうなんすか?」
「ハイ」とカエデ。
「じゃあ、二人共処女だ。そりゃあ、面倒くさいことになるわな」
「なんですって?」とカエデと美久が声を揃えて節子に言った。
「経験がないから、手探りで舞い上がっちまうんですよ。さっさとやっちまえば・・・」と節子が言うと美久が「節子!この野郎!バカタレが!」とボカリと節子の頭をぶん殴る。
「痛ってえなあ。こういう兵藤さん絡みの話になるとネエさん、すぐ人の頭をぶん殴るんだから・・・ねえ、兵藤さんだって処女なんて面倒くさいっすよね?」

 ぼくも酔ってきた。「節子ちゃん、ぼくだって、経験ないよ」と言うと「え?兵藤さんも童貞さんなんすか?」「うん」「面倒くさいトリオだねえ」
「見てて面白いわよね」と女将さんが言う。「なにが面白いですか!」とぼくとカエデと美久が同時に言った。「まあまあ、ゆっくり決着をつけることよね」

 一升瓶が二本空いて、最後の一本を女将さんが開けて、ぼくとカエデと美久につぐ。さすがに酔ってきた。酒に強い美久とカエデも眼がトロンとしている。ダメだ。昼酒は効く。

「お兄、ロフトってどこにあるの?」と急にカエデが聞いた。「ああ、これ、この梯子を登ったとこ」「私、見てみたい」「いいよ、登れるか?」

 危ない足取りで登りだした。「危ないわ、楓さん」と美久がカエデのお尻を支える。二人してロフトに登ってしまった。やれやれ。降りてこない。

 女将さんが「節子、紗栄子、佳子、退散しよう。この三人、ほっておこう。片付け、片付け」と岡持ちにお皿なんかを片付けだした。「タケシくん、酒とぐい呑はおいておくからね。料理の残りもここに置いとくからね」とキッチンに残りの料理をおいた。「じゃあ、お邪魔しました。よろしくやってね」「女将さん、逃げるんですか?」「ええ、面倒くさいもん」と三人組を引き連れて行ってしまった。それでも二人はロフトから降りてこない。

 はしごを登ってのぞいてみると、ぼくのマットレスに横になって二人共寝てしまっている。まったく、なんてヤツラだ。ぼくもなんだか眠くなってしまって・・・

 ・・・あれ?何時かな?ここはどこかな?・・・大の字で寝ている(ようだ)両手が重いよね?何がぼくの両手に乗っかっているのか?ボクは左を見た。ぼくの眼前にカエデちゃんの顔が。ぼくは右を見た。ぼくの眼前に美久の顔が。ぼくはそぉっと彼女たちの首の下に組み敷かれている両腕を抜こうとジタバタした。二人共酒臭い。そういうぼくもそうだろうな。やれやれ。

 カエデが抱きついてきた。美久も抱きついてくる。二人共寝てるのに同じ動作をするなんて、なんなのだ。二人に密着されて、ボクは気が狂いそうだった。

「カエデちゃん、美久、起きろ、起きるんだ」と言うとカエデがムニャムニャ言ってさらにしがみつく。美久もしがみつく。カエデが「なんか、幸せな感じ」と半分寝たまま言った。「私も幸せ」と美久も言う。カエデが眼をぱっちり開けた。「お兄、好き」と言って頬にキスしてくる。美久も「タケシさん、好きです」と言って頬にキスされた。二人共まだ酔っている。

 ぼくは、引っ越しって大変なので、しばらく引っ越しはなしにしようと思った。やれやれ。



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