
夜学/Naked Singularities 4:レポートその3
「ファズボール」も同様で、観測によりブラックホールとファズボールを識別するにはある程度近くで観測する必要があります。ファズボールとは英語で「毛玉」のことです。もともとは弦理論(げんりろん,string theory)の文脈で考え出された天体で、遠くから見るとブラックホールに見えるけれども、近づいてみると毛玉のような1次元物体が絡まってできていると仮定されています。ファズボールもその存在が確認されたわけではありませんが、遠くから観測するとその周囲を運動する光や天体はある種のブラックホール周囲での動きと同じように振る舞うため、ファズボールが中心に存在している可能性もあります。

ブラックホール、ボソン星、ファズボールのいずれも、それらが作る時空の曲がりとその周囲における光や他の天体の運動を調べることが重要な研究テーマとなります。そのために必要な理論が何度も触れてきたアインシュタインの一般相対性理論です。一般相対性理論を用いると、物体の質量やエネルギー、またはその形状などと周囲の時空の曲がり方の関係を計算することができます。

物体の形状や質量の分布によって時空の曲がり方が変化するのは、ゴムシートの上におもりを乗せるとゴムシートがへこむのによく似ています。私たちの住んでいるこの世界は3次元空間なので2次元面的なゴムシートのへこみはもののたとえですが、直感的な理解にはもってこいです。

地球の周囲の時空も地球の質量によって曲がっていますし、太陽の周りも、銀河の周りも時空は曲がっています。その曲がりは物体同士を引きつける力である引力として私たちには観測されます。ニュートン力学でいう万有引力の正体が時空の曲がりです。

私たちも質量を持っていますから、自分たちの周囲の時空を曲げています。そしてその万有引力で私たちは互いに引っ張り合っています。ただしその力の大きさは非常に小さいため、私たちがお互いの引力で身動きできなくなるようなことはありません。しかし地球の引力、すなわち地球が周囲の時空を曲げたことによる効果(の一部分)はそれなりに大きいため、私たちを地球の表面から引きつけて離しません。私たちが大きくジャンプしてもまた地面に落ちてきてしまうのはそのためです。
そうした引力の大きさもゴムシートの例で直感的に理解することができます。ゴムシートの上に質量が小さい物体を置いても、その周囲の時空はあまり曲がりません。逆に質量が大きい物体を置くと時空の曲がりも大きくなります。ゴムシートに小さな軽石を置いてもシートは大してへこみませんが、ボウリングの球を置けば大きくへこむのと同じです。

同じ質量の物体でも、密度が高く、小さい物質であればもっとへこみはさらに大きくなります。粘土を指で押すのと画鋲の先で押すのとでは、圧力が高い分だけ画鋲の先で押した方がぎゅっと細く深い穴が開きますが、それと同じで、同じ質量の物質であってもコンパクトになっているとより激しく時空を曲げます。

その極端な例がブラックホールです。非常に大きな質量がコンパクトな領域に閉じ込められたことで時空を激しく曲げ、光ですら脱出できなくなるところがブラックホールです。ちなみに相対性理論の分野では小さな領域にまとまっていることを「コンパクトである」と表現します。
さて、中司さんは今回のトークで、特に「ワームホール」について話しました。先に述べたように、ワームホールといえば「ワープするための"穴"」や「別の時空への扉」のように考えられていますが、果たして本当にそんなものが存在するのでしょうか。

これもボゾン星やファズボールと同じく、ワームホールの近傍を飛ぶ光の軌跡や天体の軌道を理論的に計算し、それを観測と照らし合わせることでわかるはずです。今のところワームホールらしき天体は見つかっていませんが、だからといってワームホールがないとは言い切れません。その理由の一つに、現在理論的に考えられているワームホールには数種類ありますが、それらはどれも不安定で、あったとしてもすぐ壊れてしまうと考えられているからです。一瞬できたとしてもすぐ壊れてしまえば、見つけることは難しくなります。

もう一つの理由として、これまでに理論的に考えられてきたワームホールは回転していないタイプであるということがあります。ひょっとすると回転しているワームホールであれば安定に存在できるかもしれないのです。しかもそうしたワームホールの周囲を飛ぶ光や天体の動きは、これまでに私たちが考えてきたタイプのワームホールのものとは異なるかもしれません。だからこそ観測で見逃している可能性もあるのです。なぜ回転しているワームホールは安定に存在できるかもしれないと考えられるのでしょうか?
(レポートその4へ続く)