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夜学/Naked Singularities 4:レポートその2

レポートその1はこちら

オープニングに続くサイエンストークは中司桂輔さんによるワームホールの話からスタートした。

方言の話と特殊相対性理論をクロスさせた学際的なオープニングに続いたのはサイエンストークのコーナー。トップバッターを務めたのは相対性理論やブラックホールの研究者である中司桂輔さん。中司さんはブラックホール時空の構造や、相対性理論を拡張した修正重力理論の観測による検証可能性などについて研究しています。

2019年のイベントホライゾン望遠鏡による「ブラックホール」の画像。「ここにブラックホールは映っていない」という言葉から中司さんのトークは始まった。(画像:©️Event Horizon Telescope)

中司さんは2019年のイベントホライゾン望遠鏡(Event Horizon Telescope, EHT)によるブラックホールの「影」の画像を提示し、「ここにブラックホールは映っていない」という一言からトークを始めました。この言葉には二つの意味が込められています。一つ目は、EHT が撮影したのは銀河M87の中心にある超大質量ブラックホールの「影」であり、ブラックホールそのものではないということです。このブラックホールは約5,300万光年の距離にあり、太陽の約65億倍もの質量を持つ非常に大きなブラックホールです。

©︎ Event Horizon Telescope

EHT の画像には中心の暗い領域(ブラックホールの影)と、その周りの明るいリング(光が強く曲げられた光のリング)が映し出されています。このリングはブラックホールの事象の地平線(= イベントホライゾン、直感的にはそれ以上内側に入ると光でも脱出することができなくなるところ)の周辺にある高温のガスが放つ光です。
(EHT-Japan の皆さんによるポスターは以下。ぜひご覧下さい!)

もう一つは、この光の輪の中にあるのがそもそもブラックホールではないという可能性です。では何が映っている可能性があるのか?中司さんは「ボゾン星」「ファズボール」、そして「ワームホール」を例に上げました。ワームホールはSFファンの方であれば「ワープするための"穴"」としてよく使われる素材であることをご存知の方もおられるでしょう。しかし「ボゾン星」や「ファズボール」の方は聞いたことがないという方がほとんどかと思います。

ある種のボソン星におけるエネルギー密度の分布。
(Heldeiro et al., "Multipolar boson stars: macroscopic Bose-Einstein condensates akin to hydrogen orbitals", arXiv:2008.10608)

ボゾン星の「ボゾン」とは、物質の種類です。自然界に存在する物質はスピンと呼ばれる性質によって「ボース粒子(ボゾン、boson)」と「フェルミ粒子(フェルミオン、fermion)」の2種類に分けられます。ボース粒子として最もよく知られているのは光子(こうし、photon)です。光子とは光を量子力学的に考えたもので、光の粒子のようなイメージです。一方、フェルミ粒子として有名なのは電子や陽子です。

物質はボゾンとフェルミオンに分けることができる。これらはスピン(自転に例えられることが多い性質)の値で分類されたもので,ボゾンは「複数の粒子がいくらでも同じ状態になることができる」性質を持ち、一方のフェルミオンは「二つ以上の粒子が同じ状態になることができない」性質を持つ。

通常の星のほとんどは陽子と電子からできています。つまりフェルミ粒子のガスです。フェルミ粒子には「二つ以上の粒子が同じ状態になることができない」という性質があり、その性質から生じる斥力が星を安定化するために重要な役割を果たすことがわかっています。これに対し、ボソン星とは何らかのボゾンによってできている星を指します。ボース粒子はフェルミ粒子とは逆で、「粒子がいくらでも同じ状態になることができる」という性質があります。この性質が引き起こすのが「ボース・アインシュタイン凝縮」という現象で、低い温度に冷やされた大量のボース粒子がどれも同じエネルギーの状態になり、量子的な現象がマクロに現れるものです。ボソン星は何らかのボース粒子がボース・アインシュタイン凝縮を起こした状態になっていると考える研究者もいます。ボソン星の存在はまだ観測で確認されてはいませんが、存在可能性については議論が続いています。

ブラックホール以外にも宇宙にはさまざまな重力源が存在する可能性がある。議論のベースとなる一般相対性理論すら拡張される可能性もある

ボソン星もブラックホール同様、その周囲を飛ぶ光の軌跡や天体の軌道を観測することで存在するかどうかを検証することになります。ボソン星が仮にブラックホールと同じ質量を持っていても、それらの近くを飛ぶ光の軌跡や天体の軌道には差が出てきます。ボソン星は星なので「表面」があり、それより内側に入ることはできませんし、ブラックホールの場合はホライゾンと呼ばれる境界があり、それより内側に入ってしまうと光でも脱出することはできなくなります。

ある天体の近くを通る光の軌跡は、その天体がどのようなものかによって変化する

このように、十分近づくとボゾン星かブラックホールかによって周囲の様子がだいぶ変わるのですが、ある程度遠く離れてしまうと、周囲の光の軌跡や天体の軌道は変わりがありません。というのも時空の曲がりは曲がりの原因である物体の質量や形状などで決まってしまうからです。たとえば「中身」が違っていても、質量が同じ天体があれば、その周囲の時空の曲がりは同じものになってしまうこともあるからです。そのため、ブラックホールの周囲を飛ぶ光の軌跡だけでは、本当にその中心にあるものがブラックホールかどうかを絞りきれないのです。

最先端の研究内容がクラブという"異空間"で語られる

(レポートその3へ続く)

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