
夜学/Naked Singularities 4:レポートその1
2024年6月15日(土)に開催された「夜学/Naked Singularities 4」にお越しいただきました皆様,配信をご覧いただきました皆様,本当にありがとうございました!改めてお礼申し上げます。

"超実験的サイエンスエンターテインメント"と銘打ち,クラブで宇宙物理学の話を体感するという他に類を見ないこのイベント,今回は新宿歌舞伎町のクラブ WARP にて開催しました。

今回の夜学は「足し方はひとつじゃない」というトークからスタートしました。アップテンポなテクノサウンドとWARPの巨大LEDスクリーンを背景に,特殊相対性理論の話から始まります。オープニングを担当するのは宇宙物理学者であり,NHKのEテレの教養バラエティ『思考ガチャ!』で MC も務めたエンターテイナー,小林晋平・東京学芸大学准教授。夜学のオーガナイザーでもあります。

特殊相対性理論の基本原理である「光速不変の原理」についてトークが始まった…と思いきや,第一声は「あなたのおうちのお雑煮はどんなのですか?」

さらに話題は「探偵!ナイトスクープ」の「全国アホ・バカ分布図」の話から柳田國男の「蝸牛考」へ。「あれ?これって宇宙物理学のイベント?」とお客さんが思い始め,続いて民俗学の「方言周圏論」へと展開してきたところで,相対性理論が登場!両者にはまさかの共通点があるのです。物理学を軸にしていますが,学際的な話の広がりも夜学というイベントの醍醐味です。

「足し方はひとつじゃない」というタイトルにある通り,この世界では 1+1=2 という足し算だけが役に立つわけではありません。2人で協力したら仕事の時間が半分に済むかといえばそうとも限りませんし,10 N(ニュートン)の力と10 Nの力を合わせたら何Nの力になるかは,力を加えている方向次第で変わります。同じ向きに力を加えたら20 Nですが,逆向きなら正味の力はゼロです。

「光速不変」も本質はそこにあります。私たちが日常経験から導いた速度の足し方は不正確で,実は正しい足し方があります。

それを使って計算すると,光の速さで飛ぶロケットから光を発射しても,ロケットに乗っている人にも,ロケットの外で静止している人が見ても,光の速さはどちらにも同じ値(秒速30万km)のままに見えるのです。

私たちが日常経験から導いた a+b のような「速度の足し方」は,実は光速に比べて非常に小さい速さで運動している場合にしか成り立たない近似式だったのです。それに気づくには実験や観測,そして理論の発達が必要ですし,「宇宙の中で止まっているものなどない」という俯瞰する視点を得ることも大切です。

その視点を得ることは「自分が標準語だと思っていたものは,実は地元でしか通じない方言だった」と知るようなものです。「標準語」は人為的に決められたものですが,自然界にも「標準」と呼べそうなものや(光速がそのひとつ),自分の周りでしか成り立たないローカルルールがたくさんあります。

しかしこのことは私たちの経験則が「ただの世間知らずが言っていること」だということを意味しません。どんな自然現象とも私たちは自分というフィルターを通して出会います。科学では実証性・再現性・客観性を重視しますが,そのことは自分の主観に意味がないということではありません。「自分はこう感じた」「自分はこう思う」がまずないと何も始まりませんし,それぞれがどう感じたかを他人がとやかく言うべきものでもありません。

「子どもの科学(children's science)」や「素朴概念」という言葉もあり,教育の世界では時にそれを「啓蒙」しようという考え方がありますが,その人が何かに出会い,感じた何かを大切にせず,頭ごなしに「正解はこれ」という言い方をされて嬉しい人はあまりいないでしょう。あげく「客観性信仰」ともいえる,「誰にも文句を言われそうもないことを言わなければ」と怯えていては面白くもなんともありません。
まずは主観を認め,そこから始めること。同じ方向を向くことから始めなくては,科学オタクの自己満足や科学嫌いを増やすだけになってしまう。「科学を理解している人を育てる」ことと「科学に理解がある人を育てる」ことは両輪であり,どちらが欠けてもいけないのです。

夜学のタイトルにある "naked singularity" は物理学の専門用語で,日本語ではそのまま「裸の特異点」と訳されています。singularity(シンギュラリティ)という単語は情報の分野でも使われていますが,ここでの特異点とはブラックホール中心にあると考えられている,エネルギーや圧力が無限に発散する場所のことです。

ブラックホールに吸い込まれると光でも脱出できないため,特異点の様子を観測で検証することは難しいわけですが,ブラックホール周囲の物質の種類や分布状態によっては特異点がブラックホールで覆われない可能性も指摘されています。そうしたむき出しの特異点を「裸の特異点」といい,相対性理論における需要な研究対象の一つになっています。

(Ota-Kobayashi-Nakashi, Phys.Rev.D105(2022)024037より)
特異点は見つかっていませんし,そうしたものがあるかどうかもわかっていません。あるかどうかわからないけれどあったらとんでもないもの,そして面白そうなもの,その象徴として夜学というイベントに naked singularities と(しかも複数形で)名付けました。

オープニングトーク「足し方はひとつじゃない」の最後に「では,夜学/Naked Singularities 4,スタートです!」の掛け声でオープニング画像と音楽が流れたとき,観客席から「こんなすごいのが前座!?」という声が。

レポートその2へ続く