夜学/Naked Singularities4:レポートその4 ワームホール
中司さんが今回のトークでメインテーマにあげたのはワームホール(wormhole)です。ワームホールは、一般相対性理論から得られる時空構造のひとつで、空間と時間をつなぎワープするためのトンネルのようなものとしてさまざまな SF で扱われてきました。
一般相対性理論で最初に考えられたワームホールは、アインシュタインとローゼンが1935年に提案した「アインシュタイン=ローゼン橋(Einstein-Rosen bridge)」です。これは、球対称で静的なブラックホール時空を表すシュヴァルツシルト解を研究する過程で得られたものです。
相対性理論は数学的構造として「時間反転対称性」を持ちます。これはちょうど2次方程式 $${x^2=1}$$ が $${x=1}$$ と $${x=-1}$$ の正負2解を持つように、相対性理論から時間発展する解が得られたとすると、同時に時間を逆向きに辿るようなものも解になるという性質を表します。そのためブラックホールのように「吸い込む」解があると、その逆に「吐き出す」解であるホワイトホールも時空としてありうることになるのです。ただし数学的に解だからといって、それが実在するかどうかはまた別の話で、ホワイトホールは今のところ、観測的には(候補天体も含め)まったく見つかっていません。アインシュタイン=ローゼン橋とは、そのブラックホールとホワイトホールを結ぶ「トンネル」のようなものです。ホワイトホールが実在かどうかも疑わしいのですが、このワームホールはブラックホール側からホワイトホール側へ一方通行であり、しかも不安定ですぐに崩壊してしまうと考えられています。
これに対し、ワームホールを通じて実際に物質や人が移動できるタイプのワームホールも理論上考えられています。それらは traversable wormhole と呼ばれます(traverse(横断する)+ able(できる))。
しかし、この traversable wormhole が存在するためには負のエネルギーや「エキゾチック物質」と呼ばれるものが必要であることがわかっています。さらに、このワームホールに私たちやその他の物体が入ると、その影響でワームホールが壊れてしまう可能性が示唆されています。ワームホールは不安定なのです。
ではワームホールは理論上の産物に過ぎず、現実には存在しないのでしょうか?中司さんたちのグループは「回転するワームホール」に注目しています。なぜならワームホールが回転しているとその遠心力によってトンネルが膨らみやすくなり、安定化されるかもしれないからです。
回転しているワームホールがありうるかどうかを調べるには一般相対性理論の基礎方程式であるアインシュタイン方程式を解きます。それに相当する時空を表す解があるかどうかを検証するのです。前出の計量はそのようにして得られたものです。
しかしアインシュタイン方程式は10本が連立した非線形偏微分方程式であり、非常に複雑です。そのため一般的には解析的な解を求めることは難しく、「球対称で静的」とか「軸対称性がある」とかいった特殊な形状の場合しか求めることはできません。回転しているワームホールの場合、軸の周りで一定の速度で回転しているという仮定を置けば軸対称性な時空に限って解くことになります。アインシュタイン方程式に「定常軸対称」という仮定を置いて得られる方程式の一つがエルンスト方程式(Ernst方程式)です。ご覧いただくとわかるように、「定常軸対称」なる対称性を課しても決して
「簡単な」方程式ではありません。
回転するブラックホールである Kerrブラックホールを表す時空解もエルンスト方程式から得られました。数学の可積分系という分野でもよく研究されている方程式です。ちなみに小林研ではこの方程式の離散化や超離散化から離散的なブラックホール時空や離散的な初期宇宙を構成することを試みています。それにより時空を量子化するための足がかりを見つけようとしています。
中司さんたちのグループはゆっくり回転している場合のワームホール時空を表す解をすでに発見し、現在その回転速度を一般的なものへと拡張しているそうです。「アインシュタインが一般相対性理論を発表してすぐに、回転していないブラックホール(Schwarzschild black hole)を表す時空解は発見されましたが、回転しているブラックホールである Kerr 時空を表す解はそれから50年後に発見されました。実は、回転していない traversable wormhole を表す時空解が発見されたのが今から50年ほど前の1973年です。それからおよそ50年。今こそこの回転している traversable wormhole を表す時空解を見つけるときだと思います」と中司さんは熱く語ってくれました。
通常のサイエンスイベントではわかりやすさを重視するために「研究の本当の最前線」が語られることはほとんどありません。しかしそうしたフィロンティアの熱や混沌を味わいたい人は数多くいます。夜学はそんな「学問のスーパープレー」を目の当たりにすることができる稀有な空間なのです。
その5へ続く
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