夜学/Naked Singularities Vol.1 開催レポート その2 少し背伸びする物理
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夜学/Naked Singularities Vol.1 開催レポート その2 少し背伸びする物理

2019.11.15 @Misletoe of Tokyo, 池尻大橋

オープニング
「少し背伸びする物理:足し方はひとつじゃない 13歳からの相対性理論」

10と10を合わせたらいくつになるか。「20だろう」と思った人もいるだろうし,「敢えてそう聞くからには20ではないのだろう」と思った人もいるかもしれない。10個のミカンと10個のミカンを合計すれば20個のミカンになるし,10人のグループと10人のグループが合わされば20人のグループになる。

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では,濃度が10%の食塩水と,同じく濃度が10%の食塩水を合わせた場合,その濃度はどうなるだろうか?もちろん10%のままである。同じ濃さのものを混ぜただけだから,濃くも薄くもならない。濃度は10%のままで変化しない。同じ「10と10を合わせる」にしても,それが濃度10%の食塩水Aと,同じく濃度10%の食塩水Bを混ぜ合わせたときの濃度を聞いているのなら,「10と10を加えても,10のまま」ということになるのだ。

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今度は,床に荷物が置かれているとしよう。この荷物を2人が10Nずつの力で引っ張るとしたら,荷物に働く正味の力はいくらだろう?

答えは「これだけではわからない」である。もし2人が協力して同じ方向へ引っ張ったなら,正味の力は10Nと10Nを単純に合計して20Nになる。ちなみにN(ニュートン)とは力の大きさを表す単位だが,単1の乾電池1個を持ち上げるのに必要な力がおよそ1Nである。

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もし,2人が互いに逆方向へ荷物を引っ張ったなら話は変わってくる。10Nずつの力が互いに打ち消し合い,正味の力は0になってしまう。互いに直角をなす方向へ10Nずつの力を加えるなら,その合力は斜めの方向,すなわち二つの力の方向のちょうど中間に向かって働き,その大きさはおよそ14Nになる。10Nの力と10Nの力を加えても,単純に20Nになるとは限らないのである。

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では,時速60kmで走る車から時速100kmのボールを投げたら,そのボールは合計でどのくらいの時速で進むことになるのだろうか。合計とはすなわち,地面や地面の上で止まった状態で観測している人から見てということだが,ボールは車によって時速60kmで運ばれていた状態から,さらに時速100kmを加えて投げ出されるのだから,合わせて160kmになるはず。少なくともその計算でよいと中学や高校では教わる。ところが実は「時速160kmではなく,時速159.99…kmのように,時速160kmよりほんの少しだけ遅くなる」が正解なのだ。空気抵抗が効いて減速するという話だろうか?いや,そうではない。二つの速度を合わせるとき,「単純に足すだけ」という計算は正しくないのだ

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私たちが知っている「単純な足し算」が正しくないことが最も顕著に現れる事態,それは光の速度の合成である。あえて専門用語を使って述べるなら,「真空中の光は,すべての慣性系において同じ速さで進む」と表現できる。これを光速不変の原理という。真空中の光の速さは秒速30万km。1秒間に地球を7周半もする猛スピードとして知られる。

光速不変の原理が述べているのは,宇宙空間を光の速度で進むロケットがあったとして,そこから光を発射しても,その光の速度は相変わらず秒速30万kmのままであるということだ。例えるなら,時速60kmで走る車から,時速60kmでボールを投げても,地面から見たボールの速さは時速60kmのままだと言っているようなものだ。60+60=60?何かがおかしい。

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そう,おかしいのだ。速度の足し方はただの足し算ではない。「A と B を加ええた結果は A+B になる」という,単純な足し方は,速度の足し算とは異なるものなのである。実は私たちのように,私たちが直感に基づいて作ってきた足し方は,光に比べれば非常にゆっくり動く,特殊な世界でのみ通用する足し方だったのだ。例えるなら,世界で通用するグローバルスタンダードではなく,「田舎者のローカルルール」に過ぎなかったのだ。そしてそれが世界のどこでも通用すると私たちは信じていたのだ

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私たちが直感から信じてきた「速度の合成則」は,宇宙のどこでも通用する普遍なルールではなかった。宇宙を貫く普遍のルールに則るなら,速度を足すときは,もっと慎重に足す必要がある。このことは,様々な実験や観測から実証された。

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「究極の世界標準」とも言えるこの普遍のルールを原理として構築されたのが相対性理論である。今からおよそ100年前,私たちの日常的世界観の集大成であるニュートン力学は「田舎のローカルルール」であり,ひとつの極限としてニュートン力学を含み,かつ宇宙を貫くグローバルなルールも体現する相対性理論が誕生したのである。

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自分の常識が,言うなれば「田舎のローカルルール」に過ぎなかった。世界は自分が想像していたよりも遥かに大きく,これまで気づかなかったグローバルスタンダードがあったことを知って衝撃を受ける。これは田舎者が都会に出た時に感じるカルチャーショックに似ている。

地方出身の人なら共感してもらえると思うが,就職なり進学なりで初めて親元を離れ,他県に住んだ時,「これって方言だったのか…」と驚くことがある。僕は長野県長野市,善光寺の近くで生まれ育った。長野市は県内では北信と呼ばれる地域に当たる。自分では北信地方にはほとんど方言がないと思っていたのだが,全くそんなことはなかった。

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例えば長野弁で「へら」という言葉がある。体の部位なのだが,どこを指すかわかるだろうか?答えは「舌」。靴べらという言葉もあるくらいだから,僕はてっきり「へら」は標準語だと思っていた。「へら」を標準語だと思っている人は僕だけでは多いようで,長野の人が他県の病院に行った時,診察で「舌を出してください」と言われて,ズボンを下ろしたという有名なエピソードがあるほどだ(ちなみに僕の経験ではありません。僕は高校卒業後京都に出たので,周りの人が「舌」ではなく「ベロ」と言っていることに驚いた)。

誰もが自分の常識をある意味で「普通」だと思っている。ネットやテレビを通じ,世の中にはいろんな地域や民族,様々な風俗や習慣があって,自分が生きてきた世界はその一つに過ぎないと頭では思っていても,なかなかそうした相対化は簡単ではない。カップルのように恋愛感情に基づいて一緒にいる人間同士でさえ,それまでに生きてきた環境の違いから衝突するのだから,特別な感情を抱いているわけでもない赤の他人同士がわかり合おうとするのが相当に難しくても何の不思議もない(僕らはそれでもわかり合いたいと思う生き物だ)。

自分の立ち位置を相対的に見るためには,俯瞰するようなメタな視点が必要になる。それによって構造が初めて見えてくる。方言について,そうした構造をよく見抜いた例として,「少し背伸びする物理」では柳田邦男の方言周圏論を取り上げた。

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昔の都であった京都で様々な言葉が生まれ,それらが少しずつ周辺の地域へと広がる。最初に生まれたAという言葉が近畿圏の周辺に届いて使われるようになる頃,近畿圏では新しい流行り言葉である B が生まれている。今度は B が近畿圏の周辺に届く頃,近畿圏ではすでに新しい C という言葉が生まれている。その頃 A という言葉は,近畿圏の周辺の周辺に届いている…。これを繰り返すことで,京都を中心に,言葉が同心円状に分布して残っているという説が方言周圏論である。

あらゆる言葉にこのパターンが当てはまることはないし,山もあれば川もあるので必ずしも綺麗な同心円を描くわけではないが,言葉によってはこのパターンにうまく合致する場合もある。有名なのが,柳田が「蝸牛考」で述べた「カタツムリ」の呼ばれ方である。

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他にも関西の人気番組「探偵!ナイトスクープ」から生まれた「全国アホ・バカ分布」が有名である。

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こうしたメタな視点を持たなければ,自分を相対化し,構造を見抜くことはできない。自分がローカルルールに縛られていることに気づくことができないのだ。

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その相対化に成功し,世界の構造に気づいたとき,ただ落ち込むだけの者もいれば,ならば世界の深淵を見てやろうと奮い立つものもいるだろう。光の速度の研究から,グローバルスタンダードどころか「宇宙標準」なるものの存在に気づいたのがアインシュタインであり,彼はその宇宙標準に従って,あらゆる物理理論を見つめ直してみることにした。それが相対性理論である。

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1905年に発表された特殊相対性理論からは,運動の状態に応じてそれぞれ時間の流れ方が異なること,長さや質量もまた変化すること,「世界一有名な方程式」と呼ばれる E=mc^2,時間と空間を合わせた4次元時空という概念などが生まれ,およそその10年後に発表された一般相対性理論では,重力の本質を時空の歪みであると捉えた。

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全ては相対的である。時間すらも

これで何かがわかったのだろうか。

少なくとも,私たちの日常感覚によく合い,身の回りの現象を非常によく記述する理論,すなわちニュートン力学だけで世界が閉じているわけではないことは明らかになった。

では,時間や空間,そして物質や宇宙がよくわかったのかといえばそうではあるまい。むしろ謎は増え,疑問は深化した。すなわち,この世は面白がるに値することがわかったのである。ならば学ぼう。夜学/Naked Singularities Vol.1,スタート。

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