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《中編》『風光る』が変えた少女漫画の”歴史もの”

こんにちは!せのおです。

1つ前の投稿から、渡辺多恵子先生の『風光る』の魅力をご紹介しております。
前投稿では、前後編の二部構成とお伝えしたのに、急に《中編》を挟ませてもらいました!笑


『風光る』の作品ジャンルについてですが、
《前編》に記載の通り、新選組を題材に、幕末を舞台としていることから、“歴史もの”にジャンル分けすることができるでしょう。

しかし、長い間少女漫画はこのようなことが言われておりました。

「 少 女 漫 画 に 歴 史 も の は 無 理  ! 」

なぜ少女漫画の歴史ものはこのように評価されていたのでしょうか。
また、『風光る』はこの評価をどのように変えていき、少女漫画を代表する名作になっていったのでしょうか。
《中編》では、《前編》に書ききれなかった以上の点について述べていきます。


『風光る』以前の少女漫画の歴史もの


少女漫画の名作にあがる作品の中で、歴史ものは多数でてきます。
『ベルサイユのばら』『王家の紋章』『日出処の天子』などなど。

以上の作品は、名前を聞いただけでも惚れ惚れとするほどに私も大好きで、「少女漫画を好きになってよかった〜」と感謝したいほどの名作です。

これらの作品を含め、90年代半ば以前の少女漫画の歴史ものは、以下のいずれかに分類できるのではないでしょうか。

①実際の歴史・史実または時代をもとにした、架空の人物によるフィクションまたはファンタジー
 『ベルサイユのばら』、『はいからさんが通る』、『なんて素敵にジャパネスク』など
 『日出処の天子』もこの分類に入れても良いのかな…とも思います。

②タイムスリップ、パラレルワールド
 『王家の紋章』、『天は赤い河のほとり』など

③古典文学や伝説が原作、モチーフ
 『あさきゆめみし』、『ふしぎ遊戯』、『青青の時代』など

もちろん、この分類も考えられます。
④史実を限りなく忠実におった、実在の人物に焦点を当てた伝記もの
 『天上の虹』、『女帝エ カテリーナ』、『アルカサル』など


しかし、少女漫画の歴史もので大ヒット作・ビッグネームになったものは、先ほどあげた①〜③のいずれかの、フィクション性が強い分類に当てはまっています。

たしかに、少女漫画と比べ、少年・青年漫画の歴史ものの大ヒット作、『三国志』『カムイ伝』『陽だまりの樹』などは、ほとんど④と同義の、史実に密着した分類にあてはまるでしょう。

少女漫画の歴史もののヒット作(①~③)は、過去の出来事や生活描写を扱いつつも、結果として、それぞれの漫画家さんの唯一無二の素晴らしい世界観や、架空人物による主人公の設定が際立っています。

そこから、世間や編集者は少女漫画の歴史ものを、「史実への忠実性がない」「リアリティがない」「キャラクター設定ばかりにこだわっている」「読者は歴史に興味がない」と評価しました。

また、上記①~③の作品が人気を博していることから、④のような分類の歴史ものを少女漫画で描くことは難しいとされました。


『風光る』が生んだ、新たな少女漫画の”歴史もの”

前段では、少女漫画の歴史ものはフィクション性が強いものがほとんどだとお伝えしました。
(これが少女漫画の世界観を豊かにしている。と、私は思うのですけれどね…。)

『風光る』は前段であげた①~④の、どの歴史ものの分類に当てはまるのでしょうか。

個人的には、①と④が融合した、新たな分類だと言えるでしょう。

『風光る』の作品レビューを見ますと、「史実に限りなく忠実」「歴史通りに作品が進んでいく」といった評価をよく見ます。

まさに、これがそれまでの少女漫画の歴史ものと圧倒的に異なる点です!

では、それまでの少女漫画の歴史ものとは違い、「史実に忠実である」とはどういうことなのでしょうか。

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『風光る』の主人公は、実在の人物である沖田総司と、女の子が男装し新選組に入隊した、架空の人物である神谷清三郎です。
この時点で、本作は間違いなく①架空の人物によるフィクションに分類されます。

しかし、物語、つまり歴史を動かしているのは実在する新選組の武士たちであり、架空の人物による清三郎によって史実が異なることは一切ありません。

この点が、これまでの①に分類された『ベルサイユのばら』などとは圧倒的に異なり、
④史実を限りなく忠実におった、実在の人物に焦点を当てた伝記ものに分類させるべきだと言えます。
(決してベルばらを否定している訳ではないんですけれどね~💦)

ただ、すべての話が史実を再現しているというわけではありません。架空の人物である清三郎が引き起こす物語ももちろんあり、それが『風光る』をより豊かにしています。

『風光る』が歴史ものとして素晴らしいのは、この架空の人物が引き起こす出来事ですらも、史実を一切変えないという点です。

例えば、私もとっても好きなお話ですが、作中で、沖田総司と神谷清三郎が写真を撮りに行くというエピソードがあります。

しかし、史実では沖田総司の写真は一切残っていないとされています。

なので、その後かくかくしかじかにより、現像してもらったガラス板のアンブロタイプの写真は割れてしまい、作中でも沖田総司の写真は”ないもの”とされます。
(作中で写真師が予備で紙に現像した写真もありますが、実験的に作ったものとされているため世に出ることはありませんでした。)


以上のように、『風光る』は、架空の人物が主人公であるにも関わらず、細かい史実までこだわった歴史ものの再現が少女漫画でも可能であると証明された作品であると言えるでしょう。

その後、大河ドラマなどの影響により、新選組をモチーフにした少女漫画も増えたことから、『風光る』が少女漫画界に与えた影響は大きいと思います。

23年間の連載を終えようとしている今では、少女漫画・少年漫画の垣根を超え、「他の追随を許さない 新選組まんがの決定版!」(単行本43巻帯より)とされ、少女漫画の歴史ものの評価を大きく変えました。


架空の人物の存在意義

では、史実を忠実に追っているにも関わらず、架空の人物である神谷清三郎が主人公である意味はなんでしょうか。

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単行本2巻にもある通り、作者の渡辺多恵子先生は「幕末という時代で育った沖田総司を描きたい」という旨をおっしゃっていました。

個人的には、これがまさに作品の魅力でもあると思うのですが、
『風光る』は、作者が感じ取った、
「近藤勇に忠誠を誓った新選組一番隊組長沖田総司が、何を見て、何を感じ、何を得て、どのように武士として生を貫いたか」を、
分かりやすく読者に伝えるために、実は女の子である神谷清三郎・セイを誕生させたのではないかと思っています。

なので、先ほども述べたように、架空の人物がいることによって決して史実が変わることはなく、むしろ作品になくてはいけない存在であり、物語を満ち足りたものにしているのだと、私は思います。


おわりに


おまけで書いたつもりの《中編》が、思ったよりも長くなってしまいましたが、
『風光る』が与えた少女漫画の影響、理解していただけたでしょうか。

最後に、本記事を書くにあたって、漫画文化論研究者である藤本由香里先生の記事と、様々な方のお話を参考にさせていただきました。ありがとうございました。

《後編》も引き続き、お楽しみいただけたら幸いです。

参考文献
■『女たちは歴史が嫌いか?――少女マンガの歴史ものを中心に』
藤本由香里・著 2010年5月




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